調合
採取から戻り、フォーヴィンへ一時帰宅した私たち。出発して数時間で全材料を手にして戻ってきたことに、フォーヴィンの皆は信じられないように驚いていた。
こんな短時間でどうやって!?と質問されたが、それに全て曖昧に笑ってなんとかやり過ごす。ジャミラドとティルクの視線が痛かったけれど、すぐ調合に入るようなんとか急かした。
「ルナディールさんも調合、やってみますか?」
柔らかな笑みを浮かべながら、私にそう尋ねるティルク。その意図が分からず、私も首を傾げて笑顔を浮かべる。
「わたくしのような初心者がやっても良いものなのでしょうか?材料を採取するのも大変でしたし、失敗するわけにはまいりません」
その言葉に意味深に笑い、
「いえ、なんとなくルナディールさんは調合に慣れているのかなと思いまして。採取も手早かったですし」
と、探りらしいものを入れてくるティルク。笑みを崩さないのが逆に怖い。私はふるふると全力で首を振って否定した。
「いえいえ、そんなことは!採取が早く終わったのは運が良かったからです。調合なんてやったことありません。是非とも近くで見学させていただきたいと思います」
私の言葉にゆっくりと頷き、それではジャミラドにやって貰いましょうか、と材料の全てをジャミラドに手渡した。ジャミラドは材料を受け取ると、奥にある自分の調合部屋まで歩いて行き、中に消えていった。
「ルナディールさんも是非」
ティルクに誘導されながら、私と義兄もジャミラドの調合部屋にお邪魔する。
ジャミラドは私たちが中に入れるよう、軽く、床に散らばる紙を隅まで押しやり綺麗にした。若干埃っぽい調合室。大きな壺には緑色の液体が入れられていた。
私たちが静かに隅で佇み、ジャミラドの方を見ていると。ジャミラドは私たちの方を見てから、
「始める」
とボソリと呟いた。
ボトリボトリと、さっき採取してきた物や他の物をどんどん壺に投入していく。物を入れていく度に、壺の中の水の色が赤、青、紫、と変化していく。色の変化には何か規則性があるのだろうか、と考えながら私はじっとジャミラドを見る。
全ての材料を入れたのか、ジャミラドは側にある杖でぐるぐると液体をかき混ぜ、ぼそぼそと何か呟き出す。そして、眩い光が壺から発せられ、私は目を瞑る。
光が収まり、恐る恐る目を開けると、ジャミラドの手には桃色の液体が入ったフラスコが握られていた。
「完成」
そう呟き、そっと私の側まで歩いてくるジャミラド。はい、と手渡されたフラスコを受け取り、私はじっとそれを観察した。
中の液体は透き通っていて、とても綺麗だった。試しに匂いを嗅いでみると、花のような香りがしてリラックス出来る。
「これが、魔獣呼び香……?」
魔獣がおびき寄せられると聞いていたので、てっきり禍々しい物が出来ると思っていた私は、少し拍子抜けした。もっと赤黒くて血の臭いとかすると思ったのに。これじゃ香水ですって言われて出されても気付かないと思う。
「はい、そうですよ。これを森にまき散らせば、恐らく魔獣が寄ってくるかと」
まぁ、試してみないといけませんがね、と苦笑しながらティルクは答える。
私はティルクに瓶を渡しながら、そうですか、と言葉を発す。
「それでは、これから森に行き効果の試験を?」
また森に行くのなら結構時間がかかるなぁ、と思いながら尋ねると。ティルクは少し考えた後、ふるふると首を振った。
「とりあえず昼ご飯を食べてからにしましょう。もうお昼の時間をとっくに過ぎていますし、お腹が空いたのでは?」
こてり、と首を傾げられ、私はハッとしてお腹を押さえる。確かにお腹が空いたな、と考えたら、ぐぅぅ~、とお腹が鳴った。気付いた途端お腹が空腹を訴えたので、恥ずかしくなり顔が赤くなる。
「……食堂に行ってご飯食べてきますね」
私が小さく言うと、ティルクはクスクスと笑って頷いた。
「はい。私たちはフォーヴィンで食べますから、お二人はどうぞ食堂へ」
ありがとうございます、とお辞儀をして私たちはフォーヴィンを後にした。
食堂でご飯を食べるため、自室に置いてきたお金を取りに一旦四階へと向かう。流石に盗られていないよな、と思いながら部屋に入ると。なぜかサタンがいて目を丸くする。
「あれ、サタン?今日はここにいるんだ」
サタンはソファに座りながら、お昼ご飯と思われるサンドイッチを食べていた。私と義兄の登場に驚き、ゴホッゴホッとむせてしまったサタン。自分で淹れたのだろう紅茶を飲んで、なんとか落ち着こうとする。
私は、サタンが端に避けたのだろうテーブルの上に置いた鞄の中身を見、一応盗られていないかだけ確認する。大丈夫、ちゃんと盗られていなかった。
義兄は敵を刺し殺そうとせんばかりの鋭い眼光でサタンを睨み付けていて、
「なぜお前がここにいる?」
と声低く言い放った。その言葉にビクン、と肩を揺らしながら、それはだな……と目を彷徨わせる。どうせゆっくりご飯が食べられる場所がここしかなかったんだろうな、と予想を付けながら私はサタンに助け船を出した。
「この部屋、元はサタンの居場所だったみたいなんです。なので、私がここの出入りを自由にして良いと許可しました。お義兄さまもそんな顔しないでくださいませ、サタンは良い人ですから」
にこり、と笑ってそう言うと、義兄はもう一度サタンを睨み付け、はぁとため息をついた。
「お前は本当に無防備だな。もっと警戒心を持った方が良い」
義兄の言葉に素直に頷き、お金をポケットに入れて立ち上がる。鞄は邪魔になるのでこの部屋に置いていく。
「ではお義兄さま、行きましょうか」
「あぁ」
義兄の返事を聞き、私はもう一度サタンを振り返って、
「それじゃあ私たちは食堂に行ってくるね」
と笑う。サタンは呆気にとられた顔をしながらも、分かったと頷いた。義兄と一緒に部屋を出るとき、義兄が最後、またサタンを一睨みして、
「何か変なことをしたらただじゃおかないからな」
と釘を刺していた。
食堂は相変わらず人がいなかった。またも貸し切り状態の中、私たちは適当に二人席に座ってメニューを見る。シチュー、ステーキ、パスタ、パフェ、アイスクリーム、ホットケーキ……高いけれど種類はたくさんある。
一体何を食べようか、と真剣にメニューと睨めっこをする。今日は森を歩いたり走ったりしたので、とてもお腹が空いた。出来ればボリューミーな物が食べたい。
どーしよっかなー、といつまでも決まらず悩んでいると。ふと視線が気になり、顔を上げる。すると、じっと私を見つめる義兄と目が合った。
「……お義兄さま、もう決まったんですか?」
こてり、と首を傾げて問えば、あぁ、と頷き返す義兄。そのままメニュー表の茸パスタを指指した。
「わあっ、茸パスタ!私も目つけてましたそれ!美味しそうですよね~」
満面の笑みで言うと、義兄は一瞬目を見開き、それからサッと目を逸らした。
「……ルナディールはまだ決まらないのか?」
早口にそう言われ、私はやばいとメニュー表を改めて見る。
「優柔不断ですみません、なるべく早く決めますね!」
お腹が空いている義兄を待たせてはいけない。お腹が空いているとイライラするしな。早く決めないと、私も義兄にいい加減にしろと怒られてしまいそうだ。
「えぇっと……あ、私これにします!シチューとパンのセット!」
ビシッと指指し義兄に言うと、義兄はこくりと頷いて席から立ち上がる。そして、注文をしに行ってくれた。
戻ってきた義兄に、ありがとうございますとお礼を言うと、頷きだけで返された。それから、沈黙タイムが始まる。
無言で向かい合う、私と義兄。この食堂には私たちしかいないせいで、静寂が痛いほどに突き刺さる。何か話題を……と頭を回転させていると。
「……ところで。あの剣のことなんだが……」
不意に義兄からそう切り込まれ、私は、ふぇ?と変な声を上げる。
……剣、って魔剣のことだよね。それしかない、よね。
私は周囲をぐるっと見回してから、一応前のめりになって小声で囁く。
「すみません、今まで黙っていて。その、存在自体があれなもので……」
私が周囲を気にしながら言えば、義兄も気付いたのか、こくりと頷き、
「いや、良い。詳しくは家に帰ってから聞く」
そう言ってくれた。その言葉にありがとうございます、と返し、私は座り直す。
また沈黙が漂い、さて次は何を……と考えたところで、ふと、義兄の胸元でキラリと輝くブローチが目に入った。そう、私が前にプレゼントした物だ。それを見て、ある疑問が湧いたので私は義兄に質問した。
「あの、お義兄さま。ところで、最近お友達とかできましたか?」
突然聞かれて驚いたのだろう。義兄は、友達?と、怪訝な顔をした。
私はあのブローチを作る際、義兄にお友達が出来ますようにと願ったはずだ。それなら、もうそろそろ効果が出て、友達の一人や二人、出来ていたりしないだろうかと思ったのだ。
「……いや。出来ていない」
しかし、義兄から返ってきたのはそんな言葉で、しかも若干悲しそうな顔をしたので私は慌てた。
「あ……そうなんですね。え、っと、お友達になりたい方とか、気になる方はいないのですか?」
「……いない」
私のお守り効果はまだだったみたいだ。なんだかいたたまれない空気感になってしまい、私は心の中で頭を抱えた。
うわぁやってしまった!絶対、こいつ急になんだよって思われた!見てよあの怪しむような義兄の目を!
そりゃそうだよね、何の脈絡もなく、急にお友達できましたかって聞かれても、は?ってなるもん。どうしようどうやってこの空気変えれば良いの!?
一人パニクっていると。
「……心配かけて悪いな」
目を伏せ、若干悲しそうな雰囲気を醸し出しながらそう謝られたので、私はぶんぶんと手を振って、いえいえと声を上げる。
「そんな!私の方こそすみません急に」
「いや、心配をかける俺が悪い。人付き合いが苦手ですまない」
「何を言っているんですかお義兄さま!私の方こそいっぱいお義兄さまに心配をかけていますし。それに、人付き合いが苦手でもお義兄さまは十分素敵なので!それをカバー出来るぐらいたくさんの美点がありますから大丈夫です!むしろ私が迷惑いっぱいかける問題児ですみません!」
「いや、ルナディールは十分すごい……」
二人でごめんなさいの言い合いをしていると。
「お待たせいたしました。茸パスタとシチュー、そしてパンでございます」
間を割るように、私たちの前にお皿が置かれ、私たちはすぐさま静かになった。
「ありがとうございます」
にこりと笑ってシェフにお礼を言って、私たちはそれぞれ頼んだ料理に口を付ける。
「……!!美味しい、とっても美味しいですお義兄さま!!」
パンを一口サイズにちぎり、シチューに付けて口に含んだ私は、飲み込むなり義兄にそう言った。
ふわっふわのパンに、とろとろのシチュー。私の大好きなチーズも入っていて、もう悶絶するレベルの美味しさだ。義兄も美味しそうにパスタを食べている。
私は無我夢中で食べ続け、お腹を満たす。そして、気が付けばもう目の前のお皿は空だった。
「もう食べ終わっちゃった……」
悲しさのあまりそう溢すと、義兄は苦笑して、
「まだ何か頼むか?」
と聞いてくれた。義兄ももう食べ終わっていたみたいだ。
私はお腹とお金と相談し、ふるふると首を振る。
「いえ。お小遣いの少ない私はあまりお金を使えませんから。それに、シチューはとても美味しくて幸せだったので、しばらくこの余韻に浸っていたいんです」
にこりと笑えば、義兄も、そうか、と笑ってくれる。
美味しかったですね、と二人でしばらく昼食の話をしながらゆっくりする。そして、食堂に来てから約一時間が経とうとする時、ようやく腰を上げてお会計をした。
「ごちそうさまでした。とても美味しかったです」
にこりと笑ってシェフにお金を渡すと、シェフも嬉しそうに目を細めて笑った。
「ありがとうございます。ルナディール・ロディアーナ様は昨日も足をお運びくださいましたよね。昨日はルークス・ゾルデリア様とご一緒でしたが、今日はまた違う殿方と?」
ちら、と義兄の方を見たので、私は義兄を紹介する。
「はい。こちらはわたくしのお義兄さまで、アリステラ・ロディアーナと申します。昨日も、といいますと、もしかして貴方は昨日お話したシェフの方でしょうか?」
顔を覚えるのが苦手なせいで、全く思い出せなかったので正直にそう聞いた。すると、シェフはこくりと頷き、
「はい。私この魔法研究所でシェフを務めております、オリバーと申します。以後お見知りおきを」
そう言って恭しくお辞儀をした。私もそれに習い、きちんと淑女の礼で返す。
「わたくしはルナディール・ロディアーナと申します、オリバー様。最近魔法研究所で働き始めました。これからお世話になることがあるかと存じますが、どうぞよろしくお願いいたします」
私の言葉に、笑顔で頷くオリバー。それから、
「どうぞ、私のことはオリバーとお呼び下さい。それと、敬語も不要です。私は平民の出ですから、貴女様に気を遣われる身分ではございません」
どうぞ気楽に、と言われ、私は少し考えたけれど、要求に応えることにした。
「分かったわ。それじゃあこれからはオリバーと呼ぶわね」
にこりと笑うと、オリバーもホッとしたように頷いた。
年上の、しかも、とても美味しい料理を作るシェフ。そんな人に呼び捨て&ため口ってすっごく躊躇われるけれど、平民の出ですから、と言われるとこうする方が良いのかなとも考えてしまう。だって実際、トールの家族はそうなのだから。
……それにしても、お城から派遣されたシェフに平民がいるなんて。ちょっと驚きだ。どうやってお城の人に発掘してもらったのだろうと、聞いてみたい気もするけれど……そこまで親しくない間柄で聞くのはなんだか抵抗がある。もしこれが話しにくい内容だったら尚更だ。
「それじゃあオリバー、またね」
「はい。いつでもお待ちしております」
笑顔で見送られながら、私と義兄は再びフォーヴィンへと向かった。途中、義兄が何か言いたそうな顔をしていたけれど、特に何も言われなかったので私もスルーした。変に尋ねて、また微妙な空気になるのは嫌だったのだ。
ついに魔獣呼び香が完成しました。シェフのオリバーとも顔見知りになり、次回でようやく依頼達成です。




