採取 二つ目
「さ、さぁ!次はフィシュロアでしたよねティルクさん?」
義兄の小言をさらりと受け流して、義兄の後ろに立っていたティルクに話を振ると、ティルクは困った顔でこくりと頷いた。
「え、えぇ」
心なしか若干引かれている気もしたけれど、それはただの勘違いだと思いたい。そりゃあ確かにものすごく綺麗な魔獣の骨を、私一人で、しかも短時間で採ってきたのは驚くことかもしれないけれど。それでも引くほどじゃないと思う。私だったら、わぁ凄いなぁって思うだけだし。
「ルナディール、聞いているのか?私は勝手に一人で飛び出して行ったことをまだ許しては……」
真剣な顔でまだ小言を言う義兄ににこりと微笑み、
「きちんと聞いておりますお義兄さま。わたくしも、勝手に飛び出して行ったことは反省しておりますもの」
そう言って義兄の手を取った。
「ですがわたくしたちには時間がありません。早くフィシュロアを採取しに行かなくては」
そうですよね?と笑顔で問えば、ティルクは若干笑みを引きつらせながら、そうですねと同意した。そして私たちを先導するべく歩き出す。
「ほら、行きましょうお義兄さま。こんな森ではぐれてしまったら大変ですもの」
ぐいぐいと義兄の手を引っ張って無理矢理歩き出せば、義兄も何かぶつぶつ呟きながら仕方なくついてきてくれた。
義兄の小言を封じ、自分でも上手く場を凌げたのでは?と一人誇っていると、不意に隣から視線を感じて横を向く。すると、無言でただじっと私を見つめているジャミラドが視界に入った。
ジャミラドの目は見えないけれど、恐らく目が合っているのだろう彼と少しの間にらめっこした後。
「あ、あの……何か?」
互いに黙って見つめ合っているのが気まずくなり、声をかけた。しかしその問いにジャミラドは答えることなく。小さくふるふると首を振って、周りの景色を静かに見始めた。
一体なんだったんだろう?と首を傾げ、変に警戒されてないといいけど……と思いながら、私はティルクの後ろを歩く。
森に入ってから二時間ぐらい経っただろうか?こんなに長い間森の中にいたのは初めてだったが、意外とここにいるのが苦痛ではなくなってきていた。
もちろん虫は嫌だし嫌いだ。しかし、小バエ程度の小さな虫なら顔を顰める程度で無視できるようになってきたし、聞くだけで震えた蝉の声も聞き流せるようになってきた。お陰で周りの景色を楽しむ余裕まで出てきた。
森に入った初めは気が付かなかったけれど、この森は誰かの手によって手入れされているらしく、美しかった。枯れている木がなければ木が密集しすぎているところもない。木それぞれが適度な距離で並んでいた。
そよそよと風が吹き、小鳥がさえずる。葉から漏れる日光が明るく地面を照らす。ここで寝転がって日向ぼっこをしたら気持ちいいのかもしれないな、と考え、苦笑する。
いや、さすがにそんなことは出来ないな。地面に寝転がるとか服が汚れるし、蝶々とかやってくる危険があるのにそんなことは出来ない。バッタや蝶まみれになるだなんて、考えるだけで吐き気がする。
周りを眺めながら歩いていると、ふと、家の前に広がる森が頭をよぎった。ここは魔研の裏側にある森だから、私の家の前に広がる森とは違う森だ。きっと大きさはここより広いだろうあの森は、誰かによって手入れされているのだろうか。
あの森はこの国の中心に位置しており、その森を囲うように街が出来ている。森を中心に、北がお城や上級貴族、東西には中級、下級貴族、そして南が下町。
森には魔獣が出るとかで一般人は侵入禁止とされている。もちろん私も。だが、今いるこの森に私は入っている。ここもあの森と同じで魔獣が出るのに。どうしてだろう。一体何が違うのか。
最大の違いはまず規模だろう。ここもそこそこの大きさだがあそことは比べものにならない。なんせ家の前から森の中を直線で歩けば下町に着いてしまうのだから。家から下町は遠い。あの森全部を管理するのは難しいだろう。
対してこちらは大きいといってもちゃんと手入れがされているし、地図が存在するほど中身も把握されている。魔獣がいたとしても地形が把握できているから、入っても大丈夫なのだろうか。
……そういえば、ビーヴィンは森で魔獣をよく拾ってくると言っていた。その森とは恐らくこっちの森だろう。怪我した魔獣を連れ帰るなら、魔研から近いこの森からの方が簡単だ。とてもじゃないがあっちの森とは考えにくい。魔研からこの森は徒歩で行けるが、あっちの森は馬車を使わないと無理なのだから。
ぐるぐると森について考えていると、
「あ、湖が見えてきましたよ」
とティルクが言ったので、私はバッと顔を上げた。すると前方に、太陽の光を反射してキラキラと光っている美しい湖が見えたので、私はタタッと駆け出す。するとぐいっと何かに引っ張られる感じがして思わず振り返ると、義兄が体勢を崩し転びそうになっていた。
「あ、ごめんなさい。手を繋いでいたことを忘れていました」
考えに没頭していたせいで、義兄とずっと手を繋いだままだったことをすっかり忘れていた。なんだかんだあのまま手を繋ぎっぱなしだったとは。今更ながら恥ずかしくなってきて、顔が赤くなる。
私は子どもか。まるで親に手を繋がれている小さな子どもである。急に走り出すところも子どもっぽい。
「急に走ると転ぶぞ」
義兄が心配そうにそんな言葉を言うものだから、やっぱり私は子どもだとうなだれる。もう義兄は親である。子どもである私の面倒を見る親。愛想尽かされる前に成長しなくては。
「気を付けます」
湖はとても綺麗だった。透き通った水に、気持ちよさそうに泳ぐ魚。湖上を鳥が優雅に進んでいて、まるで絵本の世界のようだった。湖の周りに咲く色とりどりの花たちもまた美しく、こんなに素敵な場所があったのかと思わずため息が漏れた。
「綺麗……」
私の一言に、そうでしょう、と優しく微笑むティルク。
「ここ、夜になると月が湖に反射して、さらに幻想的な景色が広がるんですよ。たまに魔獣と遭遇してしまうこともありますが、デートスポットとして人気なんです。特に女性は、ここで告白されてみたいと憧れているようですね」
「デートスポット……」
確かにそう言われて見ると、ここは素晴らしいデートスポットのようだった。こんな場所で告白なんてされたらときめいてしまうかもしれない。
魔獣という危険があるけれど、その危険があるからこそ、よりここが特別な場所になるのだろう。危険に怯まず、勇敢に自分を守ってくれる、騎士のような男性。そんな人にここで、どんな困難からも貴女を守り抜いてみせますなんて言われたら……。
あ~~、ダメだ、妄想が……。頭の中でイケメン騎士が跪いて私の手の甲にキスを……。
「ルナディールさん?」
ティルクの声にハッとし顔を上げると、皆が私の顔をじっと見ていることに気が付いた。そこで、今まで妄想していたことが急に恥ずかしくなり、一気に顔が熱くなる。どうしよう、顔とかにやけてなかったかな……。
えへへ、と笑って誤魔化しながら、
「ところでフィシュロアとはどのようなお魚なのでしょう?」
と尋ねると、ティルクが湖の側まで行き、しゃがんで指を指した。
「あそこに集団で泳いでいる黄色の魚が見えますか?あれがフィシュロアです。フィシュロアは普段大人しいのですが、捕まえようとすると牙をむき出しにし噛みついてくるので危険なんですよ」
私もティルクに習ってしゃがみながら湖を見ると、確かに黄色い魚がたくさん泳いでいるのが目に映った。噛みつくとは思えないほど優雅にスイスイと水中を泳いでいる。
「また、牙には毒があるので噛まれないように注意してください。噛まれたら三日は身体の痺れが取れません」
「えっ、危険じゃないですか!」
捕まえようとしてガブリと噛まれ、その場に倒れる姿を想像してしまい、身体がブルッと震えた。
「はい。ですから気を付けて採取をお願いします。フィシュロアは素早い上に凶暴なのでなかなか捕まえられないのですよ……」
なるほど、と呟き、私はティルクに捕まえ方を聞く。するとティルクはバッグを地面に下ろし、何やらごそごそと探った後、小さな丸い粒がぎっしり詰まった瓶と、何本かナイフを取り出した。
「これはフィシュロアの餌です。これを水中に投げてフィシュロアをおびき寄せた後、殺して捕まえます」
「殺すって……ナイフでですか?」
「はい。フィシュロアは泳ぐのが速くてなかなか仕留められないのですが……そこは頑張って泳ぐフィシュロアにナイフを突き刺しましょう」
根性です、と笑うティルクに、嘘でしょうと若干青くなりながら、
「網かなんかで引き上げてから仕留めても良いのではないですか?そちらの方が簡単そうです」
と聞くも、
「あぁ、そう出来れば簡単なのですが……フィシュロアは陸に引き上げた途端なぜか爆発するんです。最初網で引き上げた時、網もろとも粉砕しました」
と何とも恐ろしい言葉が返ってきて身震いした。
引き上げたら爆発って何、ものすごく怖いんですけど……水がないと生きていけないっていうのは分かるけど自爆って……怖っ!
私が不安そうな顔をしていたからか、ティルクは私の方を見てにこりと優しく微笑んだ。
「大丈夫ですよルナディールさん。一度見本を見せますので、少し離れたところで見ていてください」
そう言われた私は、何とか笑顔を浮かべながらこくりと頷き、少し後ろに下がった。ティルクは私が下がったのを見てから瓶を開け、水の中に餌を撒く。
ぱらぱらぱら、と水に餌が落ちた瞬間。フィシュロアの集団が、ぐいっと餌の方に方向転換してものすごい勢いで向かってきた。そしてあっという間に餌の場所まで辿り着き、我先にと言わんばかりに互いに餌を奪い合う。まるで鯉の餌やりみたいだった。ばしゃばしゃと音を立てながらフィシュロアが集まる様子は気味が悪く、うえっと声が出てしまいそうになる。
そんな様子に特に怯んだ様子もなく、ティルクはナイフを両手に構え、狙いを定める。そして思いっきりナイフを魚に向けて飛ばすも……気付いたのかそのナイフを器用に避けて餌を食べるフィシュロア。何度ナイフを投げても、それ全てを器用に避けるフィシュロア。まるでどこにナイフが飛んでくるのか全て分かっているみたいに避けている。その様子がなんとも奇妙で、得体の知れないものを見ているみたいで薄気味悪かった。
もし私がご飯を食べている途中にナイフを投げられても避けきれる自信はない。それなのにフィシュロアは全てのナイフを避け、さらに餌までも食い尽くして颯爽と帰って行った。先ほどまでフィシュロアが群れていたところを恐る恐る覗き込むと、そこにはたくさんのナイフが沈んでいた。
ティルクは、はぁとため息をつきながらバッグから組み立て式の網を取り出し、ナイフを回収していった。
「このように、なかなか捕まらないのですよ……」
全てのナイフを回収し終えたら、またティルクは餌を手に持った。
「ルナディールさんもやってみますか?」
ちら、とこちらを見たティルク。そう言われたらやらないわけにもいかないので、はい、と返事をしようとしたら。義兄がずいっと私の前に出て、私が手伝いますと言ってナイフを両手に持った。その言葉に驚いたけれど、ティルクはにこりと笑って、ありがとうございますとお礼を言って餌を撒いた。第二ラウンドである。
先ほどと同じように群れるフィシュロア。今度は二人でナイフを投げているのだから、一匹くらいは仕留められるだろうと思ったけれど。フィシュロアは手強く、器用に全てのナイフを避けきっていた。二人で力を合わせ、一斉に同じ魚にナイフを投げるも、するっと避けてしまうフィシュロア。両サイドからの攻撃をかわして餌を食べるなんて、いくらなんでも気味が悪い。本当にこれは魚なのだろうか。予知能力でも持っていそうだ。
美しい姿勢でどんどんナイフを投げていく義兄だが、一向にナイフが当たらず、義兄は苦い顔をした。恐らく苛ついているんだろうな、と考えながら私はフィシュロアの動きを観察した。
しかし、見れば見るほど気味が悪くなってきてしょうがない。ぎょろっとした目も、鋭い牙をむき出しに餌にがっつく姿も、何でもなさそうにナイフを避ける姿も気持ちが悪い。一体どうして避けられるのだろう。これはもう何かチートを使っているようにしか見えない。
全てのナイフを使い切り、水中の餌もなくなると、またフィシュロアは一斉にはけていった。ティルクはまたため息をつきながらナイフの回収をする。義兄もいらだたしそうに冷たくフィシュロアを睨み付けている。
それから三回目、四回目と繰り返すが結果は同じく惨敗。私とジャミラドも一緒にナイフを投げてみても一向に当たる気配はなく、むしろ早くナイフが消費されただけだった。
何度投げても回避されるフィシュロアにだんだんいらだちが募ってきた頃。私は餌を食べ終えて優雅に泳ぐフィシュロアに向けて、足下にあった手のひらサイズの石を思いっきり投げつけた。距離が遠かったので、当たるとは思っていなかったけれど。集団に向けて投げられた石は、一匹のフィシュロアに当たってしまった。
「え」
先ほどまで軽々と避けられていたので、当たったことが信じられず、つい声が出てしまった。
石が当たったフィシュロアはぷかりと湖上に浮かび、動かない。まさか死んでしまったのか、と思った途端。仲間が殺されて怒ったのか、フィシュロアは私めがけて一直線に泳いできた。
牙をむき出しにし突進してくるフィシュロアが恐ろしくて、陸上にいれば安心だと分かっていてもつい叫んで逃げてしまう。
湖から離れて、もう大丈夫だろうと振り返ると。なんとフィシュロア自身が湖から陸に上がろうと大ジャンプをして、ぼかんぼかんと自爆していた。
その様子が恐ろしくて絶句していると。
「ルナディールさん、湖の周りを走り続けてください!ルナディールさんが引きつけてくれている間に、必要な分のフィシュロアを仕留めますから!」
とティルクの声が聞こえ。私はその言葉に従って湖の周りを走った。私めがけて泳ぐフィシュロアは、私が動くとそれにちゃんとくっついてきた。後ろからものすごい形相で追っかけてくるフィシュロアに恐怖心を抱きながら、私は転ばないよう走り続ける。もしここで転んでしまったら、フィシュロアに飛びかかられて私も一緒に吹き飛んでしまう。さっき見たけれど、フィシュロアの自爆の威力は凄まじかった。
フィシュロアは私にしか注意を向けていなかったからか、義兄とティルクからの攻撃には全く気付いていなかった。よって二人は先ほどより遙かに簡単にフィシュロアを仕留め、私に、もう集まりましたとティルクが声をかける。
動いている魚に正確にナイフを投げる技術に感心しながら、私はそのまま湖から全速力で退避する。もちろんフィシュロアの目が届かないところまで。
ぼかんぼかんと自爆の音がしていたけれど、ある程度走り湖が完全に私の視界から消えると、爆発の音も聞こえなくなった。恐らく諦めたのだろう、私もそこでほっと一息ついた。
しばらくしてから、
「ルナディール!」
と義兄が呼ぶ声がしたので、
「ここです!」
と答え、無事みんなと合流。
「さっきの凄かったですね」
とおかしそうに笑うティルクに、
「死ぬかと思いました」
と私も笑って答える。義兄は心配そうに私を見つめた後、
「無事で良かった」
と小さく溢した。
何はともあれ、フィシュロアも無事に採取出来た私たちは、次の採取地へ向かうのだった。
フィシュロアに追いかけられる恐怖を体験しましたが、何はともあれ採取二つ目クリアです!次は三つ目の採取。こちらも無事にクリアしたいところです。




