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素晴らしい義妹

 ルナディールの魔法の才能が露わになり、我が家の食事は常時重苦しい雰囲気が漂うようになった。

 これからルナディールをどうするべきかを、俺と義父と義母で話し合うことも多くなった。彼女を望みのまま魔法研究所へ行かせるのか、行かせないのか。全属性であることを公表するのか、しないのか。ルナディールにとっても、ロディアーナ家にとっても重大な選択になるだろう。みんな慎重になっている。


 そんな重苦しい雰囲気を察しているのか、ルナディールは食事中その手の話を一切振ってこない。この状況を不安に思っているだろうに、そんなことは微塵も感じさせず美味しそうに食事をしている。

 この二日間、ルナディールはずっと自室に引きこもっているらしい。何をしているのか分からないが、きっとこの空気感を察して下手に動かない方が良いと考えての結果だろう。

 気配りもできて察しが良く、魔法の才能があり、こんな状況になっても不満を一つも漏らさない。私は魔法研究所へ行けるのかと問いただすこともしない。

 我ながら素晴らしい義妹を持ったものだと感心する。俺も彼女を見習わなければなるまい。

 最近の俺の目標はルナディールである。俺を庇ってくれたあの勇敢さや勇ましさを少しでも見習いたい。大事な時に物怖じしない強さを得たい。


「アリステラ。あなたはルナディールのことをどう思いますか?あの子を魔法研究所へ行かせることに反対ですか?それとも賛成ですか?教えてください」

 そう義母に問われ、義父はじっと俺の返事を待つ。重苦しい雰囲気が漂う中、俺は即答する。答えはもう決まっているからだ。

「私はルナディールが望むのならば、魔法研究所へ行かせても良いと思っています。彼女ならどこでも上手くやって行けるだろうと思いますし、何より魔法の才能もあります。私はあのように素晴らしい魔法を見たのは初めてでした。魔法研究所へ行っても重宝されると思います」

 俺はルナディールが幸せになれるのならそれで良いと思っている。彼女が行きたいと言うのなら行かせてあげるのが良い。嫌だと言うなら行かせない。大事なのは彼女の気持ちだ。

「……そうね。良い意味でも悪い意味でも、全属性のあの子は重宝されるでしょうね」

 そう言って、義母はまた考え込む。


 良い意味でも、悪い意味でも。確かに彼女が魔法研究所へ行ったら十中八九噂になるだろう。宰相の子とはいっても、ルナディールはロディアーナ家の中で一番立場が弱い。よって利用されやすいし目を付けられやすい。

 ……全属性だなんて知られたら、もっとルナディールを自分のものにしたいと群がる奴らが出てくるに決まっている。まだ婚約をしていないから、脅迫に近い形で婚約を迫られるかもしれない。

 そんな状況になって困るのも悲しむのもルナディールではないか?本当に魔法研究所へ行って幸せになれるのだろうか?変な輩に襲われたり命の危険に遭ったりしないだろうか?

 魔法研究所に信頼できる人が一人でもいれば良いのだが、あそこは変人の巣窟だと聞いている。そんなところにルナディール一人で行っては危ないのではないか。それにあそこは女性が少ないと聞いている。本当に大丈夫なのだろうか。

 考えれば考えるほど、ルナディールが危ないのではと思えてきて、俺は気が付けば、

「本当に危険が無いのか念入りに調べなければルナディールを行かせたくはないし、俺も一緒に魔法研究所へ入るか?」

 と声に出していた。

「アリステラも魔法研究所へ行くのですか!?それは無理ですよ、あなたは宰相となるのですから仕事が忙しいでしょう?ルナディールと一緒に行く時間はありませんよ」

 義母が驚いてふるふると首を振った。義父は顎に手を当て、「ほう」と一つ頷いた。

「アリステラも魔法研究所へ行きたいのかい?それはルナディールのためかな?」

 義父の質問に、なんて答えれば良いのか考えあぐねる。俺は別に魔法研究所へ行きたいわけではない。できれば変人揃いの場所に足を運びたくはないと思っている。

 しかし、ルナディールが魔法研究所へ行っても安全かどうかが分からない今、彼女を行かせたくはない。実際に俺が足を運び、そこの雰囲気を知り、そしてルナディールと共に行動し周りの人の反応を観察すれば、少しは安心できるかもしれない。ルナディールが危険に遭うことは避けたい。

「……私は魔法研究所へ行きたいとは思っていません。ただ、ルナディールがもしそこへ行くのなら、私も一緒に行って少しでも危険を減らしたいと思ったのです。私がいるのといないのとでは、ルナディールが危険に遭う可能性は減りますから」

 そう正直に答えると、義母と義父は揃って目を丸くした。そして義父は嬉しそうに、

「そうかそうか。アリステラはルナディールのことをとても大切に想っているんだね。最近、君が纏う空気感が柔らかくなったのはルナディールのお陰かな。ルナディールのことを話す君は、いつもより饒舌だし表情も柔らかい」

 と意味ありげに笑った。

「アリステラがこれほどルナディールのことを想っていたとは思いませんでした……。なるほど、それではまた色々と考えることが増えますわね」

 義母はまた少し考え込むと、

「アリステラ、あなたの意見は分かりました。もう部屋に戻って良いですよ」

 と言うと何やら二人で話し出す。俺は何が起こったのか良く分からなかったが、二人の邪魔にならないように自室へと戻った。


 部屋でソファに座りながら、義父と義母の言葉について考える。

 義父と義母にはまだ俺がルナディールのことを嫌っていると思われていたのだろうか。たまにルナディールの口からも、「嫌いにならないでくださいまし」という言葉が出てくるので薄々気付いてはいたが、かなりショックだ。

 もっとコミュニケーションを取らないと、また誤解されるかもしれない。俺はもう、三人のことを家族だと思っているのだ。傷付けられたくないと思うのは当然だ。

 そこで俺は、明日のルナディールとのお茶会で、まだ魔法研究所へ行きたいと思っているのか尋ねようと考えた。もしかしたら意見が変わっているかもしれない。本人の意見は大事だ。

 それから俺は明日のお茶会に思いを馳せ、どのような話をするのか考えた。計画は大事である。


 翌日。午後になると、コンコンコンと扉がノックされ、

「お義兄さま、ルナディールでございます。お茶会の準備が整いましたので、お迎えに上がりました」

 と少し緊張した声が聞こえてきた。俺は急いで扉を開け、

「今日はよろしく頼む」

 と挨拶をする。ルナディールはにっこりと笑い、

「こちらこそ、今日はよろしくお願いいたします」

 と言って、部屋へ案内するために歩き出した。


 俺とルナディールの部屋は遠い。それもそのはず、こっちに引き取られて来た際に、俺がそうお願いしたからだ。あまり人のいない場所に部屋が欲しいと。

 俺が人間不信になっていることが分かった義父は、快く部屋を用意してくれた。だから俺は今まで、同じ屋根の下で生活をしていながらも、家族と全く鉢合わせることのない生活ができた。

 しかし今はそれが不便で仕方がない。家族と接する機会が増えた分、端から端まで移動するのが面倒で堪らない。部屋を移したいとも思うが、それもそれで時間がかかり面倒なのでそれもできない。

 全く俺はどうしてこんな場所に部屋を用意してくれなんて言ったのか。せめてもう少し近い場所にして欲しかった。


「わたくし、今日のお茶会のために張り切ってメニューを考えたのですよ。好きなお菓子がたくさんありましたので、厳選するのが大変だったのです」

 不意に話しかけられて驚いた俺は、

「そうか。わざわざすまない」

 としか答えられなかった。もっと良い返しはあったはずだろう。どんなお菓子を用意してくれたのかとか聞けば、もっと話題が広まりそうだったのに会話を終わらせてしまった。

 一人で反省していると、

「いえいえ、お気になさらないでくださいな。わたくし、初めてお義兄さまと二人でお茶会をするのが楽しみで仕方がなかったのです」

 と笑って返してくれた。流石のコミュニケーション能力である。会話を繋げるなんて、俺には真似できそうにない。


 それにしても、自分でメニューを考えたりと、ルナディールも今日のお茶会が楽しみだったようだ。弾むような声と笑顔でそれが分かる。俺も楽しみにしていたので、少し嬉しくなった。

「お義兄さまは誰かと二人でお茶会をしたことがございますか?」

 そんな質問をされ、すこし返答に困る。

 俺は常に一人だったし、社交も適当に済ませているから親しい人はいない。いても知り合いくらいだ。だから仕事でのお茶会はしたことがあっても、プライベートなお茶会は初めてだ。

「私に親しい者はいないからな、初めてだ」

 その言葉を聞くと、ルナディールはサアッと顔を青ざめた。

「そ、そうなのですね。でも、わたくしも友人はレティーナぐらいしかおりませんもの。友人が少ない者同士、お義兄さまとは仲良くなれるかもしれませんね」

 にこっと笑っているけれど、完全に気を遣われた。ルナディールも、俺が一人くらいは友達がいるだろうと思っていたに違いない。なんて情けないのだろう。


 しかし、俺はレティーナという令嬢が気になった。

 ルナディールはコミュニケーション能力が高く、気配りのできる素晴らしい令嬢だ。身分も申し分ないのでもっと友達がいると思っていた。

 それなのに友人はレティーナぐらいしかいないと言っていた。レティーナとはどういう人物なのだろう。もしかして、ルナディールを独占しようと暗躍しているのではないだろうか。彼女は信頼できるのか?

 俺はパッとレティーナに関する情報を思い浮かべてみた。ルナディールの言葉からすると、たまにこの家の庭で見かける令嬢がレティーナで合っているだろう。

 しかし俺は元々他人に興味など無かったし、自分に危害を加えそうな危険人物ぐらいにしか注意していなかった。だから分かることなど無いに等しい。

 覚えているのは、クリーム色のストレートヘアーで

琥珀の瞳を持つ、公爵令嬢だということだけだ。

 ……これはレティーナについて調べないといけないようだ。ルナディールに危険を及ぼす危険性があるのなら釘を刺しておかなければならない。

 俺は、弾むように歩いているルナディールを見ながらそう決心した。


 和やかに始まったお茶会だったが、中盤辺りでルナディールはとんでもない爆弾を落としてきた。

「そういえばお義兄さま。わたくし、先日第二王子のシューベルトさまからお茶会の招待状をいただきましたの。お義兄さまはシューベルトさまと面識がございましたよね?どのようなお方でしたか聞いてもよろしいですか?」

 俺は耳を疑った。

「シューベルトさまから招かれたのか?」

 一体どうしてそんなことになるんだ。わけが分からない。俺は混乱する頭で、第二王子について考える。

 シューベルト・エルプニッツ。第二王子で我儘だと評判だ。俺も会ったことはあるが、相容れないタイプだった。長い時間一緒にいたらお互い我慢できずに大変なことになっただろう。

 そんな相手からお茶会に誘われるなんて、絶対に何か起きるに決まっている。俺はそんな確信を持ちながら、ルナディールの質問に答える。

「シューベルトさまとは一度挨拶しただけだが、初対面でも結構上から目線だったな。年上の人にも臆せず自分の意見を絶対に曲げない人と認識している。相手をするのは少々疲れるだろうが、ルナディールならきっと大丈夫だろう」

 一応彼女が前向きになれるような言葉を言い、俺は第二王子がルナディールを誘った意図を考えていた。


 ルナディールの言葉から察するに、きっと会ったことのない相手なのだろう。それなのにいきなりお茶会に招待するとは、何が目的だ?何か良からぬことを考えているのではないだろうか。

 ルナディールだったら上手く立ち回れるだろうが、相手は我儘王子である。何を要求されるか分かったものじゃない。

「あはは……相当手こずりそうなお相手ですわね。わたくし、生きて帰れる自信がありませんわ」

 はぁとため息をつくルナディール。

 そこで俺はふと、前回のお茶会でシューベルトと目が合ったかもしれないことを思い出した。もしかして、その事で何かいちゃもんをつけるつもりなのだろうか。王族主催のお茶会でよくも騒動を起こしてくれたなと怒るつもりだろうか。

 だとしたら、それはルナディールの責任ではなく俺の責任だ。一緒に行った方が良いのではないか?

 そう考えた俺は、

「だったら俺も一緒に行こうか?」

 とルナディールに提案した。するとルナディールは目をうるっとさせて、

「とても素敵なご提案をありがとうございます。ですが、お茶会は一対一で行うと書かれておりましたの。ですからお義兄さまと一緒に行くことはできないのです……」

 と悲しそうに目を伏せた。その姿がなんとも居た堪れなかった。

「そうか……力になれなくてすまない」

「いえ!お義兄さまは悪くありませんわ!謝らないでくださいまし!一緒に行こうかと言ってくださり、わたくしはとても嬉しいのですよ。お陰で勇気が出ました。きっと生きて帰って来ますわ!」

 俺の謝罪にバッと顔を上げ、そう力説する姿に思わず笑みがこぼれる。

 やっぱりルナディールは強い。俺を心配させまいと頑張っているのが分かった。

「そうか」

 ありがとう、と言おうとした時、ルナディールが固まっていることに気が付いた。そして急に顔が赤くなり、ぐびぐびと紅茶を飲み、お菓子を食べる。

 急な変化に戸惑った俺は、

「お、おい、大丈夫か……?」

 と尋ねると、

「だだだ、大丈夫ですわ。気にしないでくださいまし」

 おほほと笑って全然大丈夫じゃなさそうに答える。

 明らかに様子のおかしいルナディールに、

「顔が赤いぞ。熱があるのでは……」

 と側まで行き、手をおでこにピタリとくっつける。

 すると案の定、顔が熱く熱っぽかった。瞳もうるうるとしている。これは熱に違いない。早く休ませた方が良い。幸いここはルナディールの部屋である。

「やはり熱があるのではないか?休んだ方が良いのでは……」

 と声をかけた途端、ルナディールが急に力を失い俺の方に倒れてきた。

「ルナディール!?」

 俺は咄嗟に受け止め名前を呼ぶが、一向に目を覚まさない。身体中が熱く、時折「お、推しが……」と意味の分からない言葉を発している。

 俺は急いで彼女をベッドまで運び、メイドを呼ぶ。そして事情を説明してお茶会はお開きとなった。


 俺は自室に向かう中、ルナディールのことを考えていた。

 ルナディールは大丈夫だろうか。あんなに熱があったのに、大丈夫な振りをしていたのだろうか。体調が悪いのなら言ってくれれば良かったのに。延期にだってできたはずだ。

 そこで、ルナディールが第二王子にお茶会に招かれていることを思い出した。あんな状態で我儘王子と一対一で会ったら、もっと体調が悪くなるのではないだろうか。やはり一人で行かせるのは危険すぎる。一緒に行くべきではなかろうか。

 レティーナの前に第二王子について調べる必要がありそうだ。


 俺はそう考え、急ぎ足で自室へと向かう。

 ルナディールを守るためにも、動かなければ。ルナディールに危険を及ぼす人は排除しなければならない。忙しくなりそうだ。

義妹想いの良いお義兄ちゃんです(*´-`)これから色んな人と関わって、性格にも変化が現れるかもしれませんね。次は王子様とのお茶会です。予想外のことが起こりすぎて、ルナディールの頭はショート寸前。頑張れ!

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