出発準備
「……分かりました。わたくしがどのぐらい役に立てるかは分かりませんが、採取のお手伝いをしたいと思います」
もともと依頼を受けるつもりでしたし、と言えば、おおっ!とフォーヴィンの皆から声が上がる。
「ありがとうございます」
ティルクもにこりと優しく微笑み、私も自然と口角が上がった。
やっぱり人の頼みを聞いて感謝されることほど嬉しいことはない。前世から頼み事はなかなか断れない性格だったけれど、それは自分が感謝されたり賞賛の言葉を得ることが嬉しかったからかもしれない。もちろんまだこの依頼は達成していないけれど、やると決めたからには完璧に終わらせたい。
「ルナディールが行くのなら私もついていこう」
義兄も当たり前のようにそうティルクに言うので、私は義兄を見上げる。
「良いのですか?」
「ああ。ルナディールを守るためにここまで来ているんだ。森で何かあって怪我でもされたら、私がここに来た意味がない」
そんな風に言ってくれ、私はまた、本当に義兄は家族想いの素敵なお義兄さまだなと感心してしまった。
「ありがとうございます。ですが、わたくしもお義兄さまが怪我をするのは嫌ですから、無理はしないでくださいませ。わたくしも怪我をしないように気を付けますから」
にこりと笑うと、義兄も微笑んでこくりと頷く。その光景に、
「お二人は随分と仲がよろしいのですね」
と、ティルクがくすくすと楽しそうに笑った。私はくすぐったくなりながら、えへへと笑う。そして、肯定するのも何だか恥ずかしかったので、依頼の話をすることにした。
「ところで、採取にはどのぐらいの人数で行くのでしょうか」
私がそう聞けば、ティルクが顎に手を当てながら、うーんと少し考え、
「私とルナディールさん、お義兄さん、その他に二、三名ほどいれば良いでしょうか。採取するものの量はそこまで多くありませんし、人数が多すぎても何かあった際にすぐ動きにくいですから」
と述べた。私はそれに、なるほどと相づちを打つ。
確かにネレイドのティルクがいれば安心だし、少数の方が私の気持ちも楽なのでありがたい。大勢で行動するのは苦手なのだ。それに、変に騒いで魔物が寄ってくるのも嫌だし。
じゃあ誰をお供に……とティルクが考えていると、
「僕も、行く」
と小さな声が聞こえ、ティルクは驚いたように振り返った。ティルクと目が合ったジャミラドはゆっくりと前に進み、ティルクの横に立つ。そして、
「四人で、行く」
と、再び言葉を発した。
「ジャミラドも行くの?」
明らかに驚いた顔で尋ねるティルクに、こくりと頷いて返事をしたジャミラド。それにティルクは少し困った顔をして、
「ジャミラド、森って意外と歩くの大変なんだよ?道がない場合もあるし、虫や動物が飛び出てくることもある。予測してなかった事態に遭遇することもある。ちゃんとついてこられる?ジャミラドはこのフォーヴィンで一番体力がないじゃないか。考え直した方が良いんじゃないかな。というか、今までも採取は他の人に頼んでいたよね?どうして急に……」
と、まるで小さい子を諭すようにジャミラドに語りかけた。しかしジャミラドはただ、
「大丈夫」
と答えるだけで、行く気満々のようだった。そんなジャミラドの、絶対に退かない決意を感じとったティルクは、はぁと一つため息をついてこくりと頷いた。
「……分かったよ」
そして私の方に向き直り、
「採取へは私とジャミラド、ルナディールさん、ルナディールさんのお義兄さんの四人で行くことにします。早速これから準備をして出発したいと思っているのですが、よろしいでしょうか」
と言葉を発した。その言葉に私はこくりと頷く。
「何かわたくしたちの方で用意した方が良いものはありますか?」
一応聞いてみると、その質問にはティルクではなくジャミラドが、
「ない」
と短く答えた。それに続いてティルクが、
「回復薬も採取に役立ちそうな魔道具もこちらで用意するのでご心配なく。持ち物はなるべく少ない方が良いかと思いますので、必要のないものはご自分の部屋に置いてきてくださいませんか?」
と補足した。
「分かりました。それでは一度部屋に戻って荷物を置いてきますね」
ちらり、と自分が持っている鞄に目を向け、嬉々として依頼に向かう前に先に自分の部屋に荷物を置いてくるべきだったか、と少し反省した。
「はい。それでは三十分後に正門前で会いましょう。それまでにこちらも準備を終えておきます」
にこりとティルクが笑ったことでその場は一旦お開きとなり、私と義兄はフォーヴィンを後にした。
フォーヴィンを出て自室へ戻る途中、義兄はとても難しい顔をして何かを考えているようだった。一体何を考えているのだろうか、と思いつつ、私は先ほどのティルクの言葉を思い返す。
面白そうだと思って依頼を受けたけれど、まさか森へ行くことになるなんて。しかもさっきティルクも言っていたけれど、森にはあの憎きやつ……虫がいっぱいいる。森は虫の巣窟だ。そんなところに足を運ばないといけないだなんて……。
ああ、憂鬱だ。どうしよう、蝶々がいっぱいいたら。蝉とかバッタとかトンボとか……名前の知らない気持ち悪い虫とかいたら発狂しちゃうかもしれない。そんなことしたらジャミラドとティルクに引かれてしまう。
それに私もあまり森に入ったことないし……体力だってあまりあるとは考えられない。魔力は自信あるけれど。
途中で転んだら悲惨なことになるだろうし、足下には気を付けなきゃな。
というか、ドレス姿で森へ行くのか。魔研にはあまり派手なドレスで来ないようにしているけれど、それでもフリフリしてたりふわふわしているので動きにくい。周りの人と比べても結構高そうな服だし……汚したら怒られそうだな。作業着みたいなのあったらいいのにな。ジャージみたいなやつ。
不安なことばかりを考えながら歩いていると、あっという間に自室へと着いてしまった。私は扉を開けて、ふかふかの絨毯を踏む。
とりあえず鞄をテーブルの上に置き、ソファにどかっと座った。そして鞄の中からお金などの貴重品を取り出しポケットに突っ込む。
「……そんなにポケットに詰め込んだら重くないか?それにジャラジャラとうるさいだろう」
お金やらを入れているとそう言われ、私はとりあえずソファの横に立ってジャンプしてみた。すると義兄の言った通り、ジャンプする度にジャラジャラとお金のこすれる音が聞こえ、私は困ったように笑う。
こんなにジャラジャラ言わせていたら、まるで私がお金持ちだと誇示しているみたいだ。これは良くない。
「この部屋に鍵がないので、貴重品だけでもと思ったのですが……」
「鍵がないのか!?」
私の呟いた言葉に、驚いたように声を上げる義兄。いつもより少しだけ大きな声だったので、びくりと身体が反応してしまった。
「は、はい。もとは物置きのような場所でしたし……」
それに、サタンやフォスライナには勝手にこの部屋に入っても良いと許可を出したから、新たに鍵を付けることは出来ないし何よりめんどくさい。
もちろんそんなことは言えないので、後半はごにょごにょと歯切れ悪く言うと。義兄の顔は一気に険しいものとなり、ふるふると首を振った。
「ルナディール。前は途中で話が終わってしまったが、この部屋はとても警備が薄い。まさか鍵も付いていないとは思わなかった。今すぐにでも鍵を付けるよう言った方が良い」
真面目な顔でそう言う義兄に、私はどうしようかと困った顔をする。
「いえ、これ以上迷惑をかけることは申し訳ありませんし、鍵は無くても大丈夫ですわ」
もしここで鍵を付けろだなんてまた面倒な頼み事をしたら、また魔研内での評判は下がるだろう。それに何より、鍵の管理という仕事が一つ増えてめんどくさい。
しかし、過保護な義兄はもちろんそんな言葉を聞くはずがなく。
「何を言っている。女性の部屋……しかも寝室も兼ねていそうなこの部屋に鍵をかけないなどあってはならない。悪いやつが入って来放題だ。もし休憩中に襲われたらどうする?仮眠を取っている時に襲われたらどうする?お前は無防備すぎる」
そんな風に言われてしまい、私は気圧されてしまった。普段あまり言葉を発さない義兄とは思えないほど、早口にまくし立ててくる。しかもじりじりと距離を詰められているので、その剣幕に私もじりじりと後ずさる。
うわぁ、なんか義兄が怖い……目が笑ってないなんか冷たいオーラもびしびし感じる~!!
義兄が少し怖く思え、ゆっくりと後ろへ下がっていると。不意にトンッと足にベッドが当たり、身体が後ろに倒れそうになった。
「うわっ」
急に身体が倒れる感覚に襲われた私は、咄嗟に目の前にいた義兄の腕を掴む。ぐいっと引っ張られた義兄も驚いたような顔をして。
バフッ。
「うぐぇっ」
私と一緒にベッドにダイブしてしまった。
それはまさに一瞬の出来事だった。バランスを崩した私が咄嗟に義兄を掴み、そのせいで義兄もバランスを崩し前のめりに倒れた。そして、私はベッドに押し倒されるような形になってしまい……。
「~~~~!?」
義兄が私の身体にくっつき、体温が伝わってくる。私が義兄の手を掴んでしまったがために義兄は受け身を取れず、思いっきり私と身体がぶつかってしまった。衝撃の反動で、うぐぇっと令嬢らしからぬ声を上げてしまったのは仕方がないと見逃して欲しい。
何の香りかは分からないけれど、ほんのりと香水の匂いが鼻をかすめ、私の鼓動は一気に早鐘を打った。
「ご、ごごご、ごめんなさいっ!!」
バッと手を離し慌てて謝るも、義兄は全く動かず返事もしない。
……もしかしてどこか打った?それとも急に腕を引っ張るとは何事だ!って怒った?
義兄の体温と香りで心臓がどんどんうるさくなっていくなか、そう考え恐ろしくなっていると。不意に義兄が起き、私の両腕を掴んだ。そして、じっと私の瞳を見つめる。
「ど、どうしましたか……?」
義兄が覆い被さるようにいるせいで、私は動くことが出来ず、話すことしか出来ない。両腕を掴む義兄の手は熱く、そこから私の身体全体に熱さが広がっていくような感じがした。
「お、怒って、ますか……?」
前世、漫画でよく見た押し倒されているベッドシーンが頭をよぎり、一気に身体が熱くなる。
これは違う、ただの事故であってそういうのではない。そう必死に自分に言い聞かせ、意識を手放さないように頑張る。
しかし、義兄は一向に退く気配はなく、私はどんどん焦っていった。
もしこのまま退いてくれなかったら私の頭はショートして気絶してしまう。早くどうにかして脱出しなければ……。
身体の熱さでどうにかなりそうで、視界も潤んできた頃。
「お前は無防備すぎる」
そう苦しそうな顔で呟いて、義兄が手を離した。そして静かに私から距離を取る。
「俺以外のやつだったらどうなってたいか知らないぞ。これに懲りたらもっと警備を固めろ」
「……はい」
何とか声を絞り出し、私は寝転がったままゆっくりと深呼吸した。
意識は手放さなかったものの、心臓は未だバクバクとうるさく鳴っている。身体も熱いしなんだかだるい。疲れた。
だんだんと落ち着いてきたらゆっくりと身体を起こす。すると、ソファに座ってこちらを見ていた義兄と目が合い、私はさっと目を逸らす。義兄には悪いけれど、さすがにまだ直視できない。というか同じ空間にいるのも辛いし話すのも辛い。絶対にさっきのことを思い出して悶えて気絶しそうになる。
私は、すー、はー、と再び深呼吸をし、さっきのことを忘れるために警備について考えることにした。また同じようなことが起こったら今度こそ持たない気がするからね。
しかし、鍵を付けるというのはやはり面倒だと思った。時間もかかるしお金もかかる。何より合鍵を作らないといけない手間も増えてしまう。
でも、鍵がないと義兄が言うように変な人も入ってくるかもしれない。泥棒されるのは嫌だし、貴重品の管理とか出来ないのは困る。自分で創った魔道具とかが盗まれて成果を取られたらたまったものじゃないし。
そりゃあシャイニンフェルの無限収納に入れれば貴重品問題とか解決すると思うけれど、他の人がいたらホイホイと取り出せないのが不便だ。
……防犯の魔法とかないのかな。人が入ってきたら爆発するとかそんなやつがあれば安心して部屋を空に出来る。でもそうしたら間違ってフォスライナとかサタンも巻き込まれる可能性あるし……。
あ、貴重品ボックスみたいなの作ってそこに仕掛けるとか?それか警備員を雇うとか……って待てよ、警備員……?あれ、確か私、護衛付けても良いって言われてたよね。だったら複数人雇って、私が魔研にいるときは部屋を見張ってて貰えば良いんじゃ?さすがに夜とかは無理かもだけど、さっきみたいに貴重品はまとめて防犯対策しておいたら大丈夫そうだし……あれ、決まったのでは?
警備体制が思いつき、私は自然と口角が上がった。
これならきっとお義兄さまも安心するはず……!!
「お義兄さま、良いことを思いつきましたの!」
そして先ほど思いついたことを口にすると、義兄は何やら難しい顔をして考え込んだ後、こくりと一つ頷いた。
「まぁ、何もないよりはましだ」
義兄が認めてくれたことが嬉しくて笑顔を浮かべると。
「しかし、防犯の魔法?というのは本当に存在するのか。今まで聞いたことがないが……」
と言われ、私はうぐっと声を詰まらせた。
「それはこれから調べます!それか作ります!」
そう意気込むも、
「そんな簡単じゃないだろう」
とスパッとはねのけられた。私は何も言い換えせず黙る。黙り込んだ私を見て、拗ねたとでも思ったのか、義兄は慌てて、
「まぁ護衛を付けるのは良い考えだ。なるべく早く決めた方が良い」
と言葉を発したので、私は素直に頷いた。そして、いつの間にか三十分が経とうとしていたので、私と義兄は正門へと向かうことにした。
採取へ向かうことになったルナディール。義兄とちょっとしたハプニングもありましたが、次回は皆で採取の回です。




