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新たな依頼

 翌日。私は義兄と一緒に馬車に乗り魔研へ向かっていた。昨日の重い雰囲気とは違う、柔らかな雰囲気。その中で、

「お義兄さま、今日はありがとうございます。もし、途中でつまらなく思ったり疲れたらすぐに言ってくださいませ。わたくし、お義兄さまが無理をしたり、お義兄さまに迷惑をかけるのは嫌ですから」

 と真っ直ぐ義兄を見つめ微笑むと、義兄は静かに、分かったと一つ頷いた。


 義兄を連れて魔研内に入ると、いきなりノアナに話しかけられた。

「ルナディールさん、おはようございます。今日はお義兄さまもご一緒なんですね」

「ノアナさん、おはようございます。クナイアさんもおはようございます」

 ノアナと、その隣にいたクナイアにも挨拶をすると、クナイアもおはようと返してくれた。

 最初はとっつきにくい人かと思っていたけれど、こうやって挨拶を返してくれる辺り、きっとルークスと同じで優しい人に違いない。受付の人が二人とも良い人そうで良かった。

「はい、今日はお義兄さまも一緒なのですが、中に入っても大丈夫でしょうか?」

 もう敷地内に入ってはいるのだが、一応そう尋ねてみるとノアナはにこりと笑って快諾した。

「もちろんです。ヴォルフさんからも了承は得ていますし、ルナディールさんとご一緒ならば問題はありません」

「それなら良かったです」

 それからクナイアさんのところへ行き、依頼を見せて欲しいのですけれど……と言うと、また面倒そうな顔をされてしまったが、待っていろと言って奥へ取りに行ってくれた。

「ルナディールさんはまた依頼をお受けになるのですか?」

 ノアナが興味津々といった感じで私を見るので、私は曖昧に笑う。

「面白いものがあれば受けますけれど……」

「ふふ、そうですか。ルナディールさんのお眼鏡にかなう依頼があると良いですね」

 そんな風に二人で言葉を交わしていると、クナイアがまた分厚いファイルをドスッと私の目の前に置いた。

「それにしても、物好きな令嬢だな。昨日はルークスともつるんでいたと聞いた」

 メガネをくいっと上げながらそう言葉を発したクナイアに、

「あ、そういえばルークスさんのお兄さんなんでしたね。何か私のことを話していたりしました?」

 と何気なく尋ねて見ると、クナイアは顎に手を当て、少し考えてから答えてくれた。

「やっぱり噂なんてものはまやかしだな。嫌なやつかと思っていたのだが、と溢していた」

「なるほど。それを聞いて少し安心しました」

 ぱらぱらとページを捲りながら会話をしていると、

「なんだルナディール、もう来ていたのか」

 と後ろから声をかけられ振り返る。するとそこには、今日もまた真っ黒な服を着ているサタンがいた。

「サタン、おはよう」

「おう。貴様はまた依頼を見ているのか?」

 すすっと私の隣に立ち、ファイルを覗き込むサタン。

「そうだよ。何か面白いものはないかな~って」

「ふぅむ……よし、それならば俺も一緒に選んでやろう。この暗黒の覇者、サタルンヘディック・トヴァレアンヌ様がいればどんな依頼も瞬時に解決出来るのだからな」

 片手を額につけ、ふっふっふ、と目を輝かせながらお決まりポーズを取るサタンに、クナイアは冷めた視線を送り大きくため息をついた。

「お前もこんな馬鹿に付き纏われて大変だな。面倒になったら適当にあしらうことを勧める」

 その言葉に反応し、サタンはガバッと顔を上げクナイアを睨み付ける。

「なんだと貴様、この俺が馬鹿だとでも言うのか?」

「ああ。仕事をろくにしない怠け者が」

「おい、言葉には気を付けろよ。俺に秘められし力を発揮すれば貴様なんか瞬殺だ」


 ぎゃいぎゃいとまた言い合いが始まった光景に、サタンとゾルデリア兄弟はことごとく相性が悪いんだな、と苦笑しながらページをぺらぺらと捲る。

 雑草抜き、買い出し、魔物の討伐、探し物……より取り見取りな依頼を見ていると、不意にあるページが目にとまり、にやりと口の端が上がる。

 これは面白いかもしれない、と思っていると。

「もしかしてその反応、面白そうな依頼でもありましたか?」

 ノアナが私に尋ねてきたので、私はにっこりと笑って頷いた。

「はい、これです」

 私が指し示す依頼に皆の視線が集まる。

「これはまた……お前は本当に物好きだな」

「あら、面白そうではありませんか」

「なんだ、ルナディールはこれを受けるのか?全然楽しくなさそうだし、面倒事に巻き込まれる未来しか見えないぞ」

 各々違った反応を示す中、私は義兄を見上げ、

「わたくし、今日はこの依頼を受けようと思うのですがよろしいでしょうか?」

 と尋ねると、義兄はなんとも複雑な表情を浮かべながらこくりと頷いた。

「あぁ、ルナディールの好きにすると良い。だが、危ないと感じたらすぐに辞めさせるからな」

「ありがとうございます」

 それからクナイアに依頼受理の手続きをするよう頼むと、クナイアはまたため息をつきながらも受理してくれた。

「受付完了だ。依頼内容は、魔獣寄せ香の調合及び実験、依頼者はフォーヴィンの研究員。報酬はありったけの感謝。魔獣呼び香が完成したら依頼達成だ。……無理して怪我するなよ」

「ご心配ありがとうございます、クナイアさん。危ないと思ったら棄権しますので大丈夫ですよ」

 それではフォーヴィンに行ってきます、と皆と別れ、義兄と一緒にフォーヴィンへと向かう。

 道中、なぜあの依頼を受けたんだ?と聞かれたので、面白そうだったからですと答えると、義兄はなんだか遠い目をしたような気がした。

 しかし、本当に面白そうだったのだ。それにフォーヴィンへ行くきっかけも出来たので一石二鳥。どのぐらい時間がかかるかは分からないけれど、今回の依頼を通して少しでもフォーヴィンと良い関係が築けたら、私も魔研で過ごしやすくなるというものだ。


 コンコンコン、とフォーヴィンの扉を叩き、静かに中に入る。途端に薬品や植物などの様々なものが混ざった匂いが鼻をかすめる。

「失礼いたします。魔獣呼び香の依頼を受けました、ルナディールと申します」

 中に入って軽く頭を下げると、バッと研究員の人たちが一斉に私たちの方を見た。それから、うおぉ!と歓声が上がり、ジャミラドさんジャミラドさんっ!!とドタバタと数人が奥の部屋へ消えていくのが見えた。

 これはどういう状況だ、と義兄が顔を若干顰めて私を見る。恐らく、研究員のただならぬ雰囲気を察知し引いてしまったのだろう。私も少し顔が引きつっていると思う。

「まさかこの依頼を手伝ってくださる方がいらっしゃるだなんて!本当にありがとうございます!」

 目に涙を浮かべ感謝されることに戸惑っていると、奥からジャミラドがゆっくりと出て来たのが目に入った。


「久しぶり」

 相変わらず長い前髪で表情が全く分からないジャミラド。なんだか前会った時よりも白衣が少し汚れている様な気がする。もしかして働き詰めなのだろうか。

「お久しぶりです、ジャミラドさん。魔獣呼び香の依頼を受けたのでこちらに参りました。今日はお義兄さまも一緒なのですがよろしいでしょうか?」

 にこりと微笑みながら尋ねると、ジャミラドは小さくこくりと頷いた。そして、小さな声で、

「ありがとう」

 と言って軽く頭を下げた。

「いえ、面白そうな依頼でしたので。ところで、詳しい内容を伺っても?わたくしは何をお手伝いすれば良いのでしょうか」

 こてりと首を傾げて問えば、ジャミラドは言葉を発することなく、ちらりと後ろに立つ男性に視線を向けた。私も同じ方を見ると、ジャミラドとは正反対の、さっぱりとした髪型に清潔感のある白衣を着た、親しみやすそうな男性がにこりと笑った。

「依頼については、トリトンであるジャミラドに代わってこの私、ネレイドのティルク・トランツェが話させていただきます」

「ねれいど……?」

 聞き慣れない言葉に首を傾げると、ティルクと名乗った男性は優しく笑って頷いた。

「はい。副リーダーのようなものです」

「なるほど。トランツェさま、よろしくお願いいたします。わたくしはルナディール・ロディアーナと申します」

 淑女の礼をし自己紹介をすると、ティルクもぺこりとお辞儀をして、よろしくお願いしますと言葉を発す。そして、

「ロディアーナさま、私もジャミラドと同じようにティルクと名前でお呼びください」

 と笑う。

 ティルクという人は、優しそうですぐにでも仲良くなれそうだ。ものすごいお堅い怖そうな人が副リーダーじゃなくて良かった。

「では、お言葉に甘えてティルクさんとお呼びしますね。ティルクさんもわたくしのことはルナディールとお呼びくださいませ」

 和やかな雰囲気に包まれた中、ティルクは改めて依頼の内容について説明してくれた。


「では、依頼の方の説明をしますね。内容はその名の通り、魔獣呼び香の調合とその効果の実験を手伝っていただくものとなっています。実はこの依頼、受けてくださる方がおらず絶望していたところだったのです。ですので、ルナディールさんが依頼をお受けしてくださりとても助かりました。本当にありがとうございます」

 ぺこりとティルクが頭を下げると、調合を中断していた研究員の人たちも一斉に、ありがとうございます!と頭を下げた。その様子に、慌ててふるふると首を振る。

「そんな、顔を上げてくださいませ。わたくしはただ、面白そうな依頼でしたので受けたまでです。……ところで、誰も依頼を受けないだなんて、これはそれほど危険なものだったりするのですか?魔獣呼び香というくらいですから、もしかしてわたくし、魔獣の集団の中に放り込まれたりします?」

 こてりと首を傾げて聞くと、ティルクが話すよりも先に、

「もしもそうならばすぐに棄権する。ルナディールを危険にさらすのならば容赦はしない」

 と義兄がフォーヴィンの皆をキッと睨みながら威嚇した。その様子に、研究員の皆はヒッと怯える。

 ……それにしてもさすがだ。私はここまで相手を怯えさせることが出来ない。義兄の睨みはきっと凶暴な魔獣をも屈服させられるだろう。

 そんなことを考えていると、

「安心してください、そのようなことはしません」

 と、ティルクは義兄に柔らかく微笑んだ。

「しない」

 ジャミラドも静かにこくりと頷く。

 義兄はまだ疑った様子で二人を睨んでいたが、私はティルクに話を続けるよう促した。

「では、なぜ依頼を受ける方が少ないのでしょう?」

「それは……ルナディールさんももうご存じかもしれませんが、四つの省それぞれ交流があまりないことが理由です」

 少し困ったように話すティルクに、私は首を傾げる。

「確かに、仲が悪かったりすると聞いたことがありますが……」

 その言葉にこくりと頷くティルク。

「はい。他のところは知らない、という姿勢の者が多いせいで、この魔法研究所に所属する者が依頼を出してもあまり受けてはもらえないのです。同じ所属ならまだしも、他のところに所属する者の依頼はなかなか受けませんね。よって、フォーヴィンによって出された依頼はずっと無視されていたのです」

「え……それでは、そもそも依頼を出す意味がないのでは?」

 そんなに確率が低いのならば、自分たちでさっさと完成させてしまう方が速いんじゃ?と思い口にすると、ティルクは苦笑して頷いた。

「そうですね。ですが、依頼を出すのはタダですから。来てくれたらラッキー程度に考えて、自分たちでも完成させるよう励んでいますよ」

「……では、ルナディールは必要ないな?自分たちで進めているのならば問題はないだろう」

 確かめるように義兄が言葉を発すと、ティルクは申し訳なさそうに首を振った。

「いえ、出来ればお力をお借りしたいです。恥ずかしいことに、私たちフォーヴィンは体力が無い者が多く……未だ調合に必要な素材が集まっていないのです。聞けば、ルナディールさんは剣術に秀でており魔法の才能もおありとのことですから、採取班に伴っていただければ無事に素材を取ることが出来るかと。足場が悪い森の中ではありますが、そこまで深くは行かないため魔獣もあまりいません。ですので、どうか素材調達を手伝ってはいただけないでしょうか」

 あなただけが頼りなんです!と周囲から縋るように見つめられ、私はうーんと考え込む。

「……体力が無いとはどのぐらいなのでしょうか?調合をするならば素材は必須のはずです。今までも必要な素材は自分で調達してきたのでしょう?それなのに集まらないとなると、距離がとても離れているか、採取場所へ行くのが困難な場所ということになると思うのですが……」

 もし遠い場所で魔獣が出たとして、逃げる体力がなければ意味がない。大勢で行くほど面倒が増える。そもそも調合師って体力がある人がなるものだってイメージがあったのに、違うのだろうか。……ふぅむ、分からない。

「今までに何回か挑戦していますし、採取場所の近くまで行くことは出来ます。ただ、泳いだり崖を登ったり穴を掘ったりなどの作業が必要なため苦戦しているのです。途中で力尽きる者が多く……」

 そこまで聞いて、ああ、となんとなく理解した。

「つまり、採取手段が無いということですね?」

「ええ、簡単に言うとそんなところです」

「それならば自分たちで何か道具を作れば良いだろう。調合師なのだから」

 義兄がぼそりと呟いた言葉が聞こえ、私は苦笑する。きっとティルクにも聞こえたのだろう。

「確かにそれが出来れば良かったのですが……魔法道具を作るのはあまり簡単ではありません。魔力に素材、さらに魔法陣が必要な場合もありますし……」

 と返した。


 そもそも、道具を調合するための素材を調達することが出来ないかもしれない。そんな可能性も考え、なんとも不便な環境だと私はため息をつきたくなってしまった。

 一番はフォーヴィン全員の体力を上げることだが、それは時間がかかるだろうし、きっと体力を付けるなら他の調合をした方がましと考える人が多いのかもしれない。体力ならプラヴィンが強そうだが、協力関係が無いのなら当てにならない。

 ……四つそれぞれが、それぞれの強みを生かし協力関係を築けたら、もっと研究の幅は広がりそうなのにな。

 ヴォルフが前に、互いに協力しないことを嘆いていたことを思い出し、この状況がいつか改善されると良いな、と願うのだった。

フォーヴィンの依頼を受けることにしたルナディール。どうやら森へ採取へ行くことが初めの課題らしいですが、無事採ることが出来るのでしょうか。虫嫌いなルナディールにはちょっとつらいお仕事かもしれません……

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