レティーナからの誘い
カラカラカラ……と軽快に帰路を走る馬車とは反対に、車内の空気は重かった。
ちらり、と向かいに座る義兄を盗み見るも、真顔で景色を見ているだけ。話しかけにくい雰囲気が蔓延していて、口を開くことが出来ない。
どどど、どうしよう。もしかしてお義兄さま、とんでもないぐらい怒っている?修復不可能なほど関係にヒビが?
で、でも、どうして。そんなに私のお守りが嫌だったのかな。魔研まで迎えに来るのが嫌だったとか?これは……謝った方が良い……?
どうすれば、と一人で焦っているうちにあっという間に家に着いてしまい、私は大きなため息をつく。
どうしてこうなってしまったのか……。義兄とは仲良くしたいのに。なんというか、心に多大なダメージが……。
だが、気まずい雰囲気が漂っていても、義兄はきちんと馬車を降りる際に手を貸してくれた。まさに貴族の鑑だと思う。私はちゃんと笑ってお礼を言えただろうか。顔が引きつっていたのではと心配になる。
二人で家に入ると、ラーニャが出迎えてくれた。
「お帰りなさいませ、お嬢様、アリステラ様」
「ただいま、ラーニャ」
私が笑顔でそう告げると、義兄はこくりと一つ頷いただけで、すぐさま自分の部屋へ向かってしまった。心配しながら義兄を見送っていると、ラーニャがスッと一枚の手紙を取り出し渡してきた。
「こちら、レティーナ様からのお手紙です」
「レティーナから?」
「はい。ご自分のお部屋でご確認なさると良いかと」
「分かったわ」
さて、一体何の用だろう。レティーナに会ったのは、確かシューベルトのお茶会への誘いを持ってきた時が最後だった。あの時は生きた心地がしなかったな……。
ラーニャと話しながら自室へ戻ると、ソファに腰掛けて早速手紙を読んでみた。するとそこには、久しぶりにお茶会がしたいこと、そこで紹介したい人がいることなどがつらつらと綺麗な文字で綴られていた。
私は手紙を片手に天井を見上げながら、うーんと考える。
レティーナにお茶会へ誘われたことはとても嬉しい。是非とも行きたいし久しぶりにお話もしたい。でも、紹介したい人とは一体誰だろうか。
前々から、私にレティーナの友人を紹介してくれる約束をしていたことは確かだ。あまりにも私が引きこもりなせいで、お友達がレティーナしかいないということを溢したら、それでしたらと提案してくれたのだ。だが、いざ紹介を、となると、どちらかに急用が入ったり風邪を引いたり天気が優れなかったりなどなど、ことごとく運が悪く今まで実現はしなかった。
これはもはや、神がそうさせているとしか思えない。今回もそうならなければ良いのだけど……。
レティーナのお友達ということは、それなりに身分の高い立派なご令嬢に違いない。きっとレティーナのように気品たっぷりなのだろう。そんな人たちと上手く会話が出来るだろうか……。
というか、私が魔法研究所に入る変人だと社交界ではそこそこ噂になっているみたいだし。こんな私と友達になりたいと思ってくれる人なんているのだろうか。
「レティーナさまからお誘いをいただいたので参りましたが、ロディアーナさまとお友達になろうなどとは全く考えておりませんの。ごめん遊ばせ」なんて言われたら、しばらくショックで立ち直れないよ。
そんなことを考えながら、一応了承の返事を書く私。日程はレティーナが送られてきた都合の良い日の中から選んだ。四日後の午後である。心の準備も必要なため、なんとなく少し遅めにした。さすがに明日とか明後日は無理。
ラーニャにレティーナとのお茶会のことを話し、手紙を託す。きっと今日の夜には届くはずだ。私とレティーナの家は割と近いところにあるのだから。
それから自室にある小説の世界に飛び込んでいると、すぐラーニャに夕ご飯の時間ですと現実に引き戻された。
まだ全然お腹が減っていないのにと思いながら、私ははーいと返事をする。
今日は少しおやつを食べ過ぎたのかもしれない。考えてみれば、イチゴパフェにサンドイッチ、クッキーと結構食べていた。でも、夕ご飯を残すことはもったいないのでしたくない。どうか今日は少し少なめでありますよーに!
しかし、私は目の前に置かれた数々の料理に愕然とした。今日はいつになく豪華だったのだ。私は顔を引きつらせながらお父さんに確認する。
「お父さま、今日は何かの記念日でしょうか?いつもよりご飯が豪勢な気がするのですが……」
するとお父さんは、にこやかに笑って頷いた。
「ああ。今日は初めて一日ルナディールが外で働いた記念すべき日だからね。疲れただろう?いっぱい食べて元気になって欲しくてね。ルナディールの好きなデザートもたくさん用意したんだ」
私はその言葉に、なんて優しいお父さまなんだと感動しつつ、どうしようこんなに食べられない、と焦った。せっかく私のために準備してくれたのだから、ちゃんと食べないと失礼だ。
それに、デザートは別腹というもんね。きっと私なら大丈夫、食べられる……!!
「ありがとうございます、お父さま。とても嬉しいですわ」
にこりと笑って、気合いを入れる私。時間をかければきっと完食できるはず。無理だったとしてもシャイニンフェルにしまってもらおう。
「ところでルナディール、魔法研究所はどうだった?今日はフォスライナ様の部屋へ向かったと聞いたのだけれど、何かあったのかい?」
お父さんが柔らかな声で聞くのとは反対に、お父さんの隣に座るお母さんはとてもキツい目でこちらを睨み付けてくる。何かやらかしたのではないでしょうね?と。
最近つくづく思うけれど、お母さんって聖女みたいに優しくないと思う。それとも、私の目にそう映るだけで、本当は今も他の人には笑って見えているのかしら。幻影を見せる魔法とか存在するのかな。
そんな関係ないことを考えつつ、私はにこりと笑って言葉を返す。
「とても楽しかったです。知り合いも何人か出来ました。フォスライナさまとは、わたくし専用の部屋を作るために移動させた魔道具や魔法書の場所を聞いてきたのです。皆さん心配していましたから」
「なるほど。フォスライナさまもシューベルトさまも、ルナディールのためにいろいろ動いてくれたみたいだからね。本当に良い友人を持ったよ」
「ええ……そう、ですね。お二人は、わたくしには勿体ないほど素晴らしいお方です」
あはは、と笑いながらステーキをパクッと一口食べる。
本当に私には勿体ない素晴らしい人だ。私の心が持ちそうにないぐらい突飛な行動をする王子様たち。早く主人公と出会って幸せになって欲しいな。そうでなければ私の平穏な日々は守られない……。
「ルナディールはどこに所属するかはもう決めたのですか?」
お母さんにそう尋ねられ、私はふるふると首を振る。
「まだです。マジヴィン、フォーヴィン、ビーヴィン、どれにしようか迷っていて……。今日はマジヴィンにお世話になったので、明日はフォーヴィンかビーヴィンに行ってみようかと考えています」
「なるほど。プラヴィンは考えていないのですね。実践的な魔法はプラヴィンで行いますから、もしやと思ったのですが安心しました。ルナディールだとダハムの相手は難しいでしょうし」
お母さんのそんな言葉に苦笑する私。
「そうですね、プラヴィンは私には合わないと思い候補から外してしまいました。ですが、毎日行っているという暴走……あ、ええと、魔法の威力には驚きました。今日も二発ほどものすごい魔法が放たれている音を聞きましたから」
「ダハムは能筋ですからね。一日何発強力な魔法が放てるのか試しているのでしょう」
そんな感じで、ゆるりと両親と一緒に魔研について話していると、今まで一言も言葉を発さなかった義兄が、
「マジヴィンとはルークスがいるところだろう?やや険悪な雰囲気が漂っていたが、大丈夫だったのか?」
と尋ねてきたので、一瞬その場が静まり返った。
私は義兄が会話に入ってきてくれたことが嬉しくて、はい、と言葉を返す。
「ルークスさんは話してみるととても優しい方でした。お昼もご一緒してくれましたし、お城へ行く際は心配もしてくれました。それに、資料室の閲覧許可まで出していただき、いくら感謝を述べても足りないくらいですわ」
その言葉に、
「ルークスが閲覧許可を……そう。ルナディールが上手く魔法研究所でやっていることが分かり安心しました」
と珍しく笑って優しく告げるお母さんに、私は嬉しくて笑顔を浮かべる。
やっぱりルークスは生真面目風紀委員長なだけあって、お母さんからの信頼も厚いみたいだ。これで私が少しでも出来る子だと思ってくれたら嬉しいな。
「ルナディールはやはり凄いんだな」
そこで、ぽつりと小さく呟かれた義兄の言葉に、私は、へ?と変な声を出し、じーっと義兄を見つめる。
今、聞き間違いでないならば、義兄は今、私のことを凄いと言った?でも、どうして?私は凄いどころか義兄に迷惑をかけてうざがられているんじゃ?……ん?
頭がはてなでいっぱいになっていると、義兄が居心地悪そうにふるふると首を振った。
「いや……そのルークスといい、俺が今日会ったヴィントや眼帯の男など、お前はすぐに人と打ち解けてしまうのだと思ってな。ルナディールが俺を要らないと言うのは当たり前だ。俺は人と話すのが苦手だし誤解もされやすい。こんな俺は、お前の側にいない方が良いのだろう」
そう悲しそうに静かに告げた義兄。言っている意味が分からなくて、頭がフリーズする。
私が義兄を要らないと言った?私の側にいない方が良い?え、なんで?私が義兄のお供を断ったのは、義兄が私を煩わしく思っていると思ったからで……。
あれ、もしかしてそれはただの勘違いで、ただ単に私が義兄の誘いを断ったととられている?え、ちょっと待って、それは……違う……。
サアッと青ざめていくのを感じながら、私はただ呆然と義兄を見つめる。私はまた、とんでもないことをやらかしてしまったのではないだろうか。
義兄がスッと立ち上がり、部屋を出て行こうとしたので、私は慌てて義兄の腕を掴みそれを阻止する。
「お義兄さま、お待ちください!それは誤解です!」
義兄は私の言葉を聞くなり、ゆっくりと振り向き、誤解?と口にする。私は思いっきりこくこくと頷いて、言葉を続けた。
「私がお義兄さまを要らないだなんて思うはずがありません!確かにお義兄さまは人と話すのが苦手で誤解を受けやすいかもしれませんが……でも、私だって人と上手に話せませんし、誤解だっていっぱいされます!現に今だってそうじゃないですか!私は……私がお義兄さまのお供を断ったのは、お義兄さまが私のことを煩わしく思っていると思ったからです。私は迷惑ばっかりかけるし、最初の魔法研究所の見学についてきてくれた時も、お義兄さまはとても疲れているように見えました。私はもともと気になっていて、とても行ってみたい場所だったから全然疲れなかったけど……でも、お義兄さまは魔法研究所に興味がなさそうだったから、義務でついてきてくれているだけなら悪いと思って……お義兄さまも自分のお仕事で大変でしょうし……だから……」
そこから上手く言葉が出てこなくて、その場に沈黙が訪れる。
するとしばらくして、義兄が静かに、
「じゃあ……俺が今日一緒に行くことを断られたのは、俺が必要ないからとか、俺のことを嫌いになったとかではなく、俺のことを思って……?」
と聞いてきた。その言葉に、私はこくりと頷く。
「当たり前です!何度も言いますが、私がお義兄さまのことを嫌いになったり必要ないと思ったりするはずがありません!お義兄さまは……お義兄さまは、カッコよくて、優しくて、素敵で、頼りになる、私の理想のお義兄さまなんです!そんな大好きなお義兄さまを、嫌いになるはずがありません!」
私の言葉が部屋中に響き渡って、辺りはシンと静まり返る。義兄の顔はだんだん赤くなっていき、
「そ、そうか……勘違い、だったのだな……」
と小さく呟いた。その呟きに、私も恥ずかしくなって、あははと笑って誤魔化す。
「そう、ですね……魔法研究所の見学が終わってから、なんとなくお義兄さまの感じが変わったように感じて、私が何かやらかして嫌われたのではないかと思って……」
「それは違う!俺がお前を嫌いになるなど……」
「はい。私の勘違いだったんですね……。本当にすみませんでした」
「いや、こちらこそすまなかった」
そして、お互いに勘違いして関係をこじらせていたという何とも恥ずかしいことが分かり、互いに顔を赤くしていると。
パンパンパン、とお母さんが手を叩き、
「仲直りしたのならご飯を食べてしまいなさい。せっかくのお料理が冷めてしまいます」
と言い、私たちは静かに席に座った。そして、今度は四人で話しながら夕食を食べたのだった。
夕食後。結局私は全ての料理を平らげることが出来なかったので、家族全員が退室したあと、せっせと無限収納にご飯を納めていた。
料理人から大皿を数枚借りて、デザートやステーキ類を移し、ポイッと収納。本当に便利である。
もちろん大皿は食べ終わったら返すつもりだ。いつになるかは分からないけれど、その辺はきっと大丈夫だろう。大皿なんて普段の食事であまり使わないし。
思いがけず食料をゲットし、これで魔研の食堂に寄らなくても少しは持つだろう、とややテンション高く自室に戻ると、ラーニャが怪訝な顔をしてこてりと首を傾げた。
「今日はとてもお時間がかかったのですね。残さないという姿勢は尊敬しますが、食べ過ぎると太ってしまいますよ」
その言葉に、やや顔を引きつらせながら自分の身体を見下ろす。
「それは分かっているけど……もったいないじゃない。それに、私は魔法を使ったり頭を使ったりしているからきっと太らないわ」
大丈夫よ、と心の中でも唱え、ソファにぼふんと座る。夕食前に読んでいた小説に手を伸ばすと、
「お嬢様、先にお風呂に入りましょう。小説はそれからです」
ラーニャはテーブルの上に置かれたままだった小説を素早く棚にしまい、私を部屋から追い出した。
「えー、まだ良いじゃない。良いところで中断したんだもの、早く続きが読みたいわ」
「なりません。お嬢様は一度読み始めたらなかなか動かないではないですか」
「それはしょうがないわ。お話の世界に入っているんだもの」
「ですから先にお風呂に入って、後でゆっくり読んでください」
ぐいぐいと軽く押されながら廊下を歩いていると、前から義兄が歩いてくるのが見え、私はとたたっと側まで走っていって声をかけた。
「お義兄さまがこちら側に来るなんて珍しいですね。何かありましたか?」
私が声をかけると、今度は無視されることなく、
「ああ、ルナディールに話があってな」
とちゃんと返され、その嬉しさに笑みが溢れる。
「お話ですか?」
「ああ。明日も魔法研究所へ行くのだろう?今度は俺も同行させてくれないか」
「え、お義兄さまも?」
「ああ。明日やる仕事も今日で大方終わらせたし、元々ルナディールと一緒に行く予定だったからな。やはり魔法研究所に一人で行かせるのはまだ不安だ。あそこがどんな場所か俺はまだよく知らない。何かトラブルが起こった時に、すぐ助けられる人が周りにいないのは心配だ」
ここで心配性の義兄が発揮され、私はうーんと考える。
義兄がついてきてくれるのは確かに安心だし心強い。だが、本当にその言葉に甘えても良いのだろうか。明日も一日中魔研にいる予定だから、義兄を興味の無い魔研に丸一日縛り付けることになる。付き添いといっても絶対に面白くない。
「……やはり俺がついていくのはダメだろうか」
ぐるぐると頭の中でいろいろ考えていたが、義兄が少し悲しそうにそう聞いてきたので、私はすぐさま了承してしまった。
「いえ、そんなことないです!お義兄さまが一緒だととても心強いですから!」
「そうか、それならば良かった」
私の言葉に、嬉しそうに笑う義兄。
「それじゃあまた明日」
「はい、お休みなさいませ」
「お休み」
義兄が去って行く後ろ姿を見つめながら、推しにあんな顔されたらダメって言えないよ、とゆっくり息を吐いた。
推しってずるいよな、と思いながら、私はお風呂へ向かうのだった。
レティーナからのお茶会のお誘い、一体誰が来るのでしょうか。そして、無事義兄とぎこちなさが解消したルナディール。明日の魔研生活では何やら波乱が起きる予感……?




