サタンとの一時
無事に手を洗い終えた私は、サンドイッチを手に取りパクッとかぶりつく。レタスとトマトとチーズ、そしてベーコンの贅沢すぎるタッグに、勝手に顔がほころんでいく。
「美味しい~~」
私はサンドイッチの中で、一番ベーコンチーズが大好きなのだ。前世でもよくサンドイッチはベーコンチーズを作っていた。先にベーコンを焼き、それからパンにベーコンとチーズを挟んでフライパンで焼く。バターを付けたらなお美味しい。カリッカリに焼いてかぶりつけば、とろっとろのチーズが伸びる。あの組み合わせほど美味しいものは無いと思う。
久しぶりに食べたサンドイッチはなんだかとても懐かしく、すぐに一枚ペロリと平らげてしまった。すぐさま二枚目に手を出し、シャキシャキのレタスとこれまた私の大好きなトマト、そしてベーコンチーズの最強コンビに夢中になっていると。
「そんなに美味いか?ただのサンドイッチだろう」
とサタンに尋ねられてしまった。私はこくこくと頷きながら、
「とっても美味しいよ!このタッグは最強!!私の大好きな味!!」
と絶賛すると、サタンはとても不思議そうな顔をした。
「貴様は投げ捨てたりしないのだな」
その言葉の意味が分からず、
「何を?」
と聞くと、サタンは肩を竦めて、
「別に。それより、もう遅めの昼ご飯は終わった。貴様は研究に戻るが良い。どうせルークスの元で、面白くもない資料を読みふけるのだろう」
と言って、近くの木に寄りかかるようにして座り、静かに目を閉じた。
私は少し考えてから、サタンの隣に立った。座ろうかとも考えたけれど、地面についた服から虫が這い上がってくる光景を想像してしまい、どうしても座る気にはなれなかった。
辺りを忙しなく飛ぶ虫たちに顔を顰めながら、私はサタンに話しかける。
「別に研究してたわけじゃないよ。ただの興味で資料を読んでいただけ」
「……貴様は本当に本が好きなんだな」
呆れたような声に、私は、もちろん、と言葉を返す。
「今日は世界の起源についての資料を読んだんだけど、面白かったよ。あれ、結構長いから読み切るにはまだまだ時間がかかりそうなんだけどね」
「……」
サタンからの返事はなく、そよそよと吹く風が木の葉を揺らし、小鳥がさえずる音しか聞こえない。
空を見上げると、驚くほど青く澄んだ空と白い雲が視界に入る。夏の空、とかいう題名でありそうなほど絵に描かれたような美しい空で、私は目を細めた。
この空を自由に飛べたら楽しいだろうな。空飛ぶ絨毯とか作れたら最高に面白そう。こういう開発ならフォーヴィンに所属すれば良いのかな。
でも、風魔法で自由自在に空を駆けるっていうのも面白そうだよね。翼とか魔法で創れたら遠くまで飛んだり出来ちゃうんじゃないかな。でも、そんな魔法存在するのかなぁ。それを調べるんだったらマジヴィンか。自分で魔法を創るっていう分野もマジヴィンに入るんだっけ?
それか、ペガサスとか空を飛べる魔獣に乗って空中散歩っていうのも良いよね。自分の相棒となる魔獣と空を駆け回る……最高じゃん。そんな素敵な魔獣と出会うためにはビーヴィンなんだよなぁ。
うぅ、迷う……一体どこに所属すれば良いんだろう。
ぼーっと考えていると、また、ズコーンッとものすごい音が聞こえて、一瞬で我に返る。
「この暴走は通常運転?」
「ああ。毎日プラヴィンは騒がしいぞ」
やっぱりプラヴィンだけはないかな、と考えていると、ダハムが怒ったのか、急に蝶がひらひらと私めがけて飛んできた。
「うわあっ!?」
急いで横に飛び退くと、これまたダハムの刺客か、他の蝶が現れ飛んでくる。
「ちょっ」
慌ててそれをかわすと、今度はハエぐらいの大きさの虫が顔の前に現れる。あり得ないほどの連携で私を翻弄する虫たちに、一瞬炎で周囲を焼き尽くしてやろうかと殺意が芽生えた頃。
「どわっ!?」
足がもつれて、私の身体がゆっくりと後ろに倒れていった。
……もしここで地面に倒れれば、私はたくさんの虫を潰す、もしくは襲われる……。
サァッと顔が青ざめ、それは一大事だと風魔法を後ろに放って身体を支えようと構えた瞬間。
「おっと」
いつの間にか側にいたサタンが、すんでのところで私を受け止めた。
「気を付けろよ」
サタンに抱き留められるような姿勢のままそう言われ、私はこくこくと小刻みに首を縦に動かす。
急に近くなったサタンの顔。さすがというか、当たり前というか、サタンも顔が整っていて、間近で見るのは少し堪えた。
私を解放した後、
「そんなに虫が苦手なら、無理して俺に付き合う必要はないぞ」
と言ったサタン。
「貴様には専用の部屋があるだろう」
その言葉に、私は困ったように笑う。
「そうだけど……ここに来ないとサタンと話せないでしょう?」
知り合いが少ない今、サタンは大切な情報網なのだ。それにもちろん、個人的に今後とも仲良くしていきたい。魔研生活ぼっちは避けたいし。
「話すぐらい別に外じゃなくても出来るだろう」
「でも、基本的にここにいるんでしょう?マジヴィンにいてくれないのなら、結局ここまで来ないと話せないよ」
「それは自由に行動できて静かな場所がここだけだからだ。もし魔法研究所内にあればそこを使っている。貴様に奪われたけどな」
少し尖った風に言い返したサタンに、やっぱり部屋のことを怒っているんだと思い、少し申し訳なく思った。そこで、謝罪の意も込めて、
「サタンも私の研究室自由に使って良いよ。サタンの場所を奪っちゃったのは本当だし」
と言うと、
「……良いのか?」
と、少し疑っているような目を向けられてしまった。私はこくりと頷く。
「良いよ。人の場所を奪ったのに悠々と部屋を一人占めすることは出来ないし。急に王子様が突撃してくることはあっても、基本人は寄りつかないだろうしね。私がいなくても好きに使って」
「いや王子様が来るのは一大事じゃないか?」
「大丈夫だよ、王子様もそんなに暇じゃないだろうから」
なんとも微妙な顔をしたサタンを引き連れ、私はさっさとその場を退散した。また虫の攻撃を食らうのは嫌だったのだ。それから黙りこくって一人何やら考え込んでいるサタンを引っ張りながら、私は専用の部屋へと戻るのだった。
扉を開けると、そこには一気に場違いな空間が広がる。私はサタンに、好きなところに座ってと言いながらふかふかのソファに腰掛ける。サタンは恐る恐るといった感じで、向かい側にゆっくりと座った。
「凄いな、信じられんくらいにふかふかだ」
「だよね。さすが王子様が用意してくれただけはあるよ」
どうせならクッキーとかお茶を出して一緒に食べたいな、と思ったけれど、私は自分で紅茶を淹れられないので諦めた。
……使用人がいないと飲み物も飲めないなんてさすがにやばいかな。いや、でも貴族ってそういうものなんじゃないの?少なくとも私の家では、私に紅茶を淹れさせてくれない。
「……サタンって紅茶を自分で淹れられる?」
気になったのでそう尋ねてみると、サタンは軽く首を傾げながら、
「ああ」
と短く返事をした。
「あっ……そうなんだ……」
なんと、貴族でも普通に紅茶は淹れられるらしい。もしかして私、ものすごく恥ずかしいご令嬢?一人じゃ何も出来ないダメ令嬢なのでは?
若干ショックを受けていると、サタンは何かを察したのか、
「別に貴様が紅茶を淹れられなくても問題はないだろう。使用人にでも任せれば良い」
とフォロー?してくれた。
「……でも、今みたいに使用人がいない状態では飲み物一つ飲めないだなんて……情けなさすぎるよ。サタンは自分で出来るんでしょう?」
「俺みたいな貴族と比べるな。貴様はこの国でも最高峰に位置するお金持ちの貴族だ。使用人じゃなくともそこら辺のやつにでも命令すればいくらでも淹れてくれる。ルークスにでも言ってみたらどうだ?ご飯にも同行したぐらいだ、それくらいしてくれるさ」
ふっ、と不適な笑みを浮かべながらそう言うサタンに、私は苦笑してふるふると首を振る。
「そんなことしないよ。っていうか言えない」
好感度が生死を左右する私にとって、他人に命令するとかは絶対にしてはいけないことだ。もし権力を振りかざして好き勝手に振る舞っているという噂でも立ってみろ、すぐさまバッドエンド行きだ。ただでさえ義兄に愛想を尽かされそうになっているというのに……。
私はソファの背によしかかりながら、ふぅと一つ息を吐く。あまりのソファの心地よさに、このまま寝ることだって出来そうだ。
そのまま天井を見上げると、塗装したのか、天井は綺麗な真っ白だった。ほんとうにここが研究室だとは思えないほどの綺麗さだ。
「……貴様はどうしてこんな場所に来たんだ?」
静かな空間に、ふとサタンの口から溢れだしたその一言は、妙に存在感を放ちながら消えていった。
ちらっとサタンの顔を見てみると、サタンは何とも言えない、寂しそうな顔で私の方を見ていた。
「俺は、ここ意外に居場所がなかったからここに来た。ここに来て成果の一つでもあげれば、家族に恩返しが出来ると思ったから。だが、貴様は宰相の娘だ。居場所だってたくさんあるだろう?わざわざ社交界で眉をひそめられているような場所に来なくても良かったのではないか?ここに勤めると知られたら、社交界で不利に働く。結婚相手だって見つからないだろう。それなのになぜ……」
それ以上、サタンの口から何も語られることはなかった。サタンは下を向き、なんとも居心地が悪そうにしている。
私はなんと言ったらいいか、少し考えながら言葉を発した。
「なんでって、それは私が魔法が大好きだから、だよ」
その言葉に反応して、サタンはゆっくりと顔を上げる。
「確かに、魔法研究所をよく思っていない人だっていると思う。でも、私は魔法が大好きだから。せっかく魔法が存在する世界にいるのだから。私は魔法についてもっと知りたいし、触れたい。だからここに来たんだよ。結婚相手だって別に要らないし。……というか、私に結婚とか無理だと思うし。私は、やりたいことがあるからここに来たんだよ。魔法の研究っていう心躍ることを、ね」
「……そうか」
それから沈黙が訪れ、私はどうすれば良いか分からなくなってしまったので、とりあえず立ち上がって魔法書が置かれている棚の前まで歩いて行った。
こういう時に、なんて言葉を発すれば良いのか分からない。だからいつも私は何かに逃げてしまう。例えば、適当に本とか出して、読んでいる振りをしてその場を乗り切る、みたいな。
何の本を読もうかな、と考えていると。
「貴様はまだ、どこに所属するか決めていないのだったな?」
ふとそんな声が聞こえ、私はサタンの方を見た。
「うん、まだ考え中」
するとサタンは、スッと立ち上がり、バサッとマントを翻して優雅にティーカップなどが置いてある棚まで歩いていった。
「それならマジヴィンをおすすめする。魔法の研究をするにはあそこが一番だ。リーダーは気に食わんが、資料だけは豊富だからな。それに、俺としても貴様が入ってくれればここでの生活が面白くなりそうで助かる」
そして、茶葉やティーカップ、ティーポットなどの道具を一式取り出すと、テーブルにコトリと置いた。
「今日はこの俺が直々に紅茶を淹れてやる。ありがたく思うがいい」
それから手際よく準備をしていくサタン。私はついつい近寄ってその工程を凝視してしまう。
丁寧に淹れられていく紅茶。サタンの目はどこか楽しそうで、見ているこっちまで笑みが溢れてしまうほどだ。
「ほら」
コト、と目の前に置かれたティーカップを、私はまじまじと見つめる。
「凄い、本当に紅茶が出てきた」
「当たり前だ」
二人分用意された紅茶に、私はちょっと待ってて、と小走りでクッキーを取りに棚へ向かう。
クッキーをお皿に盛り付け、コトリとテーブルの中央に置く。
「せっかくだしクッキーも食べよう」
「良いのか?これ、絶対高いやつだぞ」
「良いの良いの。一人より二人の方が美味しいってね」
いただきまーす、と手を合わせ、サタンの淹れてくれた紅茶を一口飲んだ。
「わっ、美味しい!」
ラーニャが淹れる温かい紅茶とはまた違った、優しい感じのする紅茶に、私の顔はほころぶ。
「当たり前だ、俺が淹れたのだからな」
サタンも満更でもなさそうに紅茶を飲み、クッキーを口にする。
美味しい以外の言葉が出てこない、食レポには一切向かない私だけれど、それでもサタンは喜んでくれたみたいだ。
サクサクの甘いクッキーを口にしながら、私はふと、疑問に思ったことを口にした。
「そういえば、なんでサタンはマジヴィンにいるの?」
「ん?」
不思議そうに聞き返すサタンに、私は言葉を返す。
「サタンって自由を好むって感じでしょ?でも、ルークスさんが率いるマジヴィンは真面目の塊っていうか……自由っぽいのはビーヴィンだよなって思って」
その言葉に、ああ、と軽く頷くサタン。
「適当だ適当。俺は成果を上げたかったからな。ビーヴィンでは成果の出し方がよく分からないしプラヴィンは俺に向かない。フォーヴィンは危なそうだから、残ったマジヴィンに入った。だが、それもすぐに後悔したな」
顔を顰めながらそう言うサタンに、私は苦笑する。
「そうだったんだ」
「ああ。もしルナディール研究所が新設されたら喜んで入るぞ」
「それはない」
そんな風に二人で楽しく会話をしていると、コンコンコン、と扉を叩く音が聞こえ、私たちは一瞬で静かになった。
「はい」
私が声をかけると、
「ルナディール、私だ。迎えに来た」
と見知った声が聞こえ、私は驚きのあまり立ち上がる。それから急いで扉まで走り、ぐいっと思いっきり開く。するとやはり思った通り、そこには義兄の姿があった。
「お、おおお、お義兄さまっ!?わざわざ迎えに来てくださったのですか!?」
「ああ」
そこで義兄は部屋をくるりと見回し、ソファに座るサタンを一瞥する。
「あなたは?」
どこか冷めた声で、相手を威圧するかのような声にびくりと身体が強ばる。
「こ、この人はサタン……」
そこまで言って、私はサッと青ざめる。
やばい、本名じゃないとダメだよね?あくまでこの人は先輩であって、もし私が先輩にあだ名をつけて呼んでいると知られたら……義兄からの好感度はまた下がってしまうのでは?
急に止まってしまった私を怪しむように見る義兄。私があわあわと慌てていると、
「俺はサタルンヘディック・トヴァレアンヌ。俺の名前が長くて呼びづらいということで、ルナディールにはサタンと呼んでもらっている」
そう颯爽と私と義兄の間に入り説明してくれた。そのことに少しほっとしながら、私もこくりと頷く。
「はい。お義兄さま、こちらはサタンです。わたくしの先輩で、これからもお世話になる方ですわ」
ややこしくなりそうだったので、相棒という言葉は省略した。
私の言葉を聞いた義兄は、じっとサタンを見つめた後、
「私はアリステラ・ロディアーナ。ルナディールの義兄だ」
と短く挨拶をした。それからもう一度部屋をぐるっと見渡し、いぶかしげに言葉を発す。
「ここは自室と研究室が混ざっているのか?ベッドやクローゼットまであるが、まさかここで暮らそうなんて思っていないだろうな」
なんだか義兄の纏う空気がピリついているように感じてしまい、私は少し恐ろしくなる。
「まさか!これはフォスライナさまがご用意してくださっただけで……。疲れた時に少し休むぐらいですから安心してくださいませ。きちんとお家には帰ります」
「……そうか。だが、ベッドで休むのならばもっと警備を万全にした方が良いのではないか?鍵がかかっていても扉なんて魔法ですぐに破壊出来る。寝ている間に襲われでもしたら大変だ」
「そんな、襲われるだなんて……確かにここの部屋の見た目は豪華そうですが、物を盗もうとするほど暇な人はきっといませんわ。ここで働く方たちは常に忙しいらしいので」
「いや、そういう意味では……」
コンコンコン。
義兄と話していると、また誰かが扉を叩いたみたいで、話は一旦中断する。
「はい」
「ルナディールさん、ヴォルフです。入ってもよろしいでしょうか?」
「あ、はい!」
慌ててそう返事をすると、ヴォルフがゆっくりと扉を開けて部屋の中に入ってきた。
「おや、トヴァレアンヌさんもご一緒でしたか」
「え、あ、はい。仲良くさせていただいていて……」
驚きながらもにこりと微笑みながら答えると、ヴォルフは楽しそうに笑った。
「そうですか、仲が良いのは良いことです。……おや、無事に身分証の発行も終わったみたいですね」
その言葉に、私は首から提げていた身分証を持ってにこりと頷く。
「はい、無事に終えました!」
「良かったです。身分証が出来たので、これでルナディールさんは自由に魔法研究所を出入りできます。まだどこに所属するかは決まっていないようなので、決まったらまた教えてください」
「分かりました」
「それと出勤日ですが、ルナディールさんのご都合が良い日だけで構いません。いろいろとお忙しいでしょうが、これからもよろしくお願いいたしますね」
「はい、こちらこそよろしくお願いいたします」
私の返事を聞いたヴォルフは、満足そうに頷いて部屋を出て行った。
ヴォルフは都合の良い日だけで良い、と言ってくれたけれど、もちろん私は毎日通う気でいる。ただでさえ魔研内で悪目立ちしてしまっているのだ、これでほぼ毎日休んでます、なんてことになったらもっと大変なことになる。
これから皆勤賞目指して頑張るぞー、おー!と私は一人、心の中で誓うのだった。
長い魔研での一日が終わりました!自分の目標達成に向けて、ルナディールもこれからいろいろと頑張っていきます。




