お昼(?)ご飯
「ルークスさんはコーヒーだけで良いのですか?ほかにも美味しそうなスイーツはたくさんありますよ」
メニュー表から目を離さずそう問えば、
「ああ。お前こそパフェだけで良いのか?昼ご飯というよりおやつだろう」
と質問で返されてしまった。
「はい。今がっつり食べてしまうと夕ご飯が食べられなくなってしまいますので」
それからメニュー表を一通り見て、ふぅと息をつく。
「それにしても、イチゴパフェはおすすめというだけあって、スイーツの中で一番高いですね。銀貨八枚ですって」
「コーヒーだって馬鹿にならんぞ。銀貨一枚だ。本一冊は買えるぞ」
「それぐらい美味しいってことじゃないですか?」
「だが、ステーキなどに金貨を出せるか?ここの食堂は高すぎる。研究者にとっては痛い出費だ。だからここもいつもすかすかなのだろう」
遠慮せずにズバッとそう言うルークスに、私はあははと笑って返す。
「そういえば、研究費は王様から支給されるのでしたよね?ビーヴィンは常に研究費が足りず、依頼を達成しながらやりくりしているとおっしゃっていましたが、研究費以外にお金は頂けないのですか?賃金とか……」
「貰えんな。何か功績を残せばその分報酬は貰えるが、皆が大儲けするほどの功績なんてそうそうない。元々裕福な家の者なら苦労はしないだろうが、そうでない者にとっては日々生き抜くのに必死なぐらいだろう。実質タダ働きのようなものだ。赤字のビーヴィンに所属しているような輩は寝る暇もないのではないか?生活費を依頼や副業でまかなったりしているやつもいるくらいだからな」
何気なく聞いたことに、そんな言葉がツラッと返ってきて、私は言葉を失ってしまう。
実質タダ働き。寝る暇もない。生き抜くのに必死……これ、ブラック企業じゃん!完全アウトなやつ!
王様から支給される額は研究費のみに使われるから、個人に渡ることはない。追加報酬は成果を残したら貰えるけれど、そうそうない。研究費が足りなくなれば、その分は自分たちでまかなわなければならない。お金を貰っていないのに。
……あれ、これ減っていくばっかりでは?依頼の報酬だって高が知れているだろうし、副業っていったって、ほとんどの時間を魔研で研究に費やすのなら、あまり稼げないのでは?
「……ルークスさんは大丈夫なのですか?」
心配になってそう聞けば、
「常に金欠だ。研究費にほとんど持っていかれるからな。まぁ、衣食住は最低限確保されているから問題はない」
と答えたので、私はあんぐりと口を開けて呆然とする。
風紀委員長っぽいルークスが金欠ならば、他の人はもうほとんど一文無しに等しいのでは?こんな状況を放っておいてるの、王族は?なんで?
ここにきて、魔研がいかに恐ろしい場所かを知った私は、家族があんなにピリついてしまった理由をようやく理解した気がした。確かに、家族の誰かが、急にこんなブラック企業に勤めたいと言ったら反対するに決まってる。だって、働いても働いてもお金貰えないんだもん。そりゃあ魔研で働くより他のところで働いてと思うよね。
私も、もし義兄が宰相を継ぐのを辞めて、魔研で働きたい!って言ったら反対しちゃうもん。……よく許してくれたな、私の家族。これも私がお金持ちのお家に生まれることが出来たからだ。神様に感謝しかない。
「お待たせいたしました、苺パフェとコーヒーです」
呆然としている中、目の前に恭しく差し出されたイチゴパフェに、私は現実に返った。
「ごゆっくりどうぞ」
そう言って下がったシェフを見送りながら、私は改めて、銀貨八枚の価値があるイチゴパフェと向き合った。
さっきのルークスの言葉のせいだろうか。なんだかイチゴパフェが異様に神々しいものに見えてきて、私は一瞬、食べるのをためらってしまう。
生クリームとコーンフレーク、イチゴソースの美しい層の上にバニラアイスが鎮座しており、それを称え取り囲むかのように、これでもかというくらいにふんだんに盛り付けられたイチゴ。ハート型のクッキーやチョコなんかも乗っていて、まさに高級パフェといった感じだ。こんなに豪華で可愛くて美味しそうなスイーツ、見たことがない。
手始めに、アイスに刺さっているハート型のクッキーを手に取り、ちょっとアイスにつけて一口食べてみる。サクサクのクッキーに、甘いバニラアイス。二つのコンビネーションは最高で、顔がにやけるのが抑えられない。
「何これ、美味しい~~!!」
パクパクと無心で食べていると、不意に目の前で、ふっと笑う声が聞こえ、私はスプーンを手にしたまま顔を上げる。すると、コーヒーを片手に、面白そうに口の端を上げて笑うルークスと目が合った。
「本当に上手そうに食べるな。その勢いじゃ銀貨八枚が一瞬でなくなりそうだ」
その言葉に、私は、うっと食べる手を止める。
確かに、もう半分ぐらいしかパフェは残っていない。つまり、私はもう銀貨四枚分を消費してしまったことになる。ああ、なんて恐ろしい……これで本が何冊買えたのやら。
それから、なるべくゆっくり味を堪能しながらパフェを食べる。しかし、やはりあっという間に無くなってしまい、銀貨八枚も消え失せた。こっちに来てから、現世では当たり前に感じていたお金が無くなる寂しさを久しぶりに感じ、私は今まで躊躇わずに色々物を買っていたんだなと少し後悔した。
下町に行った時など、結構散財してしまっていた。あの時は親がお金をくれたこともあるけれど、金貨何枚分も消費して……爆買いにもほどがある。今度はちゃんと買う物をよく吟味しよう。
「ごちそうさまでした」
両手を合わせそう言い、ルークスの方を見れば、当然というべきか、もうすでにコーヒーは空になっていた。
「お待たせしてしまい申し訳ございません。その、味わって食べることに必死で会話も何も出来ず……お暇でしたよね、すみません」
会話相手が欲しいとか言いつつ、食事中は一言も発さなかったことに申し訳なさを感じ謝ると、ルークスはさもどうでも良さそうに立ち上がり、
「別に良い。お前の人となりがなんとなく分かったからな」
とだけ言って、レジの方へ歩いて行ってしまう。私は慌ててその後を追っかけながら、もしかして私が食いしん坊だとか思われたかな、と少し不安に思った。
それからシェフにお金を渡し、食堂を出た。良い感じにお腹がいっぱいになった私は、ご機嫌でルークスの隣を歩く。
「それにしても、あのパフェは最高でした!今までに食べたことがないくらい美味しくて……高いけれど、また食べたくなってしまいます」
うっとりとパフェの美味しさを思い出していると、
「そんなのいつでも食べれば良いだろう。お前は私と違ってお金に困ることはないのだから」
とルークスに言われ、私はつい顔を顰めてしまう。
「それはお家が、でしょう。わたくし自身はお金など全然持っていませんよ。だいたい、魔法研究所に来て食堂に通うためにお金をくださいなんて言ったら絶対に叱られてしまいます。わたくしも皆さんと同じように依頼でお金を稼ぐつもりです」
すると、ルークスは少し驚いたような顔をし、
「人間分からないものだな」
と小さく呟いた。
それから無言で歩き続け、階段前に辿り着いたところで、
「お前はこれからどうするんだ?」
と聞かれたので、私は満面の笑みで答えた。
「もちろん、先ほどの続きですわ。世界の起源についての文献を読んでいた途中ですから」
「世界の起源……六人の神と六種のエレメント、そして精霊についての話か」
「はい、そうです」
「どんな研究をするのかと思えば、また特殊な物を選んだな。そんな大昔の出来事の解明なんてそうそう出来る物じゃないぞ。残っている資料も、おとぎ話のようで確実性も薄い。今まで多くの研究者が挑戦し、挫折し、放り投げた案件だ」
研究するだけ無駄だろう、もっと確実な、魔法の効率化などにしたらどうだ、とルークスに言われ、私も苦笑する。
「確かに、例えこれだと思う答えに辿り着いても、タイムスリップが出来ないので確認は出来ませんし、そんなの空想だ、絵空事だと言われればそれでおしまいですよね」
「そうだ。そんなものに時間を費やすより、新しい魔法の開発やすでにある魔法の効果上昇、複合魔法の研究などしていた方が良い。結果も目に見え、成功すれば評価されるだろうしな」
淡々とそう告げるルークスに、私もこくりと頷く。
「そうですね。結果主義の魔法研究所では、それが一番合理的でしょう」
私の声がむなしく響き、辺りがシンと静まり返る。その後の返答はなく、ただ、私とルークスが階段を上る音しか聞こえず、ルークスは今、何を考えているのだろうかと横顔を盗み見た。
しかし、無表情のその顔からは、何も読み取ることができなかった。
そもそも、私が魔研にきた理由の一つには、私の分身の読解がある。しかし、その本を読解し内容を完璧に復元出来たとしても、それが王様の中でいう功績に入るかは分からない。
それに、なんとなくだけれど、あの本についての研究はあまり公にはしない方が良いと感じている。だとしたら、表だった研究は他のことにしないといけないわけで。とりあえず面白そうな世界の起源についての文献を読んでみたけれど、確かにルークスの言うとおり、それをメインにしてもあまり結果は期待出来ない。もっと、誰が見ても、聞いても、納得するような成果を上げなければいけないのだろう。それこそ、新しい魔法の研究とか。
……そういえば、魔研にいる人はどんな研究をしているのだろう。四つに部が分かれているということは、部によって大まかな目標があるってことだろう。それは、皆で一つの目標を目指しているのか、それとも大まかな目標は一緒だけれど、研究内容は個々で違うのか。
マジヴィンの雰囲気からすると、後者に当たりそうだけれど……実際はどうなんだろう。まだ、魔研についてあんまり分からないな。
今後私がどこに所属し、どう動いていくか決めるためにも、もっと情報網を増やさないと。
密かにそう決意していると、いつの間にかマジヴィンについていたみたいだ。ルークスが静かに扉を開け、中に入る。私もなるべく静かに入り、席と席の間をどうにかすり抜けて資料室前まで辿り着いた。その時、
「ルナディール!今までどこに行っていたんだ?」
不意に後ろからそう声をかけられ振り向くと、そこには不服そうな顔をしたサタンが腕を組んで立っていた。
「サタン!ちょっとルークスさんと一緒に食堂に行ってきただけだよ。サタンこそどこに行っていたの?一緒に行こうって誘おうとしたのにいなかったから……」
「昼ご飯の調達に行ってただけだ。食堂でご飯なんて食べられないだろう、高すぎる」
「……それは確かに」
でも、それなら声をかけてくれればついて行ったのにな、と思っていると、サタンがずいっと私の目の前に何やら袋を突き出してきた。
「これは……?」
「ルナディールの分だ。相棒の分も持ってくるのは当たり前だろう?」
その言葉に驚きながら受け取ると、中にはお弁当箱が入っていた。取り出して中を開けると、そこには三角形のサンドイッチが二個入っている。
「これ、どこから……?」
「家。ま、貴様の口に合うかは分からないけどな」
そっぽを向いてぶっきらぼうにそう言うサタン。それでも、ちらちらとこちらの様子を窺う辺り、きっと照れているだけなのだろう。思いがけないサタンの優しさに、自然と笑みが溢れる。
「ありがとう、サタン」
「……!お、おう」
和やかな雰囲気が漂い始めた頃、それを壊すかのようにルークスがぴしゃりと言葉を発した。
「お前、昼前に急に消えたと思ったらわざわざ家まで帰っていたのか。こいつの分なんて用意しなくても食堂で済ますぐらい考えたら分かることだろう。非効率的だな」
ケンカを売るようなその言葉に、サタンもフッと不適な笑みを浮かべながら、
「そういうことを言っているからルークスはいつも一人なのだろう?お前が誰かとご飯を食べるなんて想像出来ない。どうせ今回ルナディールに付き合ってやったのも、恩を売っとけば自分の利益になるかもしれないと思ってのことに違いない」
と返した。
「だとしたらなんだ。これ以上の言い合いは時間の無駄だ。仕事をしないのなら早く出て行け」
「ああ、そうするさ。俺には俺にふさわしい居場所があるからな」
そして颯爽と部屋を出て行くサタン。出ることに慣れているのか、ルークスよりも素早く席と席の間をすり抜けていった。
そんな光景も見慣れているのか、それとも聞こえていないのか。研究員たちは一度も顔を上げること無く、黙々と自分の作業に没頭しているだけだった。
私はどうすれば良いのか分からず立ち尽くしていたが、手に持っているサンドイッチを見て、サタンを追いかけるかと決心した。
さっきルークスが、サタンの家は遠いと言っていたので、わざわざ馬車に乗って私の分を持ってきてくれたのだろう。きっと、自分の分のご飯は持っていただろうに。
私はルークスにぺこりと一礼し、お邪魔しましたと言って急いでサタンを追いかけた。どこにいるかは分からなかったけれど、恐らくサタンのテリトリーにいるだろうと考え、私は外へ向かった。
「サタン、いる?」
開けた場所でそう声を発すと、上の方からガサガサと木の葉がこすれる音が聞こえ、少ししてシュタッとサタンが現れた。どうやら、また木の上にいたらしい。
「なんだ、わざわざここまで追いかけてきたのか?」
不思議そうな顔をするサタンに、私はこくりと頷く。
「うん。せっかくサタンが持ってきてくれたサンドイッチ、一緒に食べたかったから。サタンはもうご飯食べた?」
「いや、まだだが……貴様はもうルークスと食べてきたのだろう?サンドイッチなんて入らないだろう」
「そんなことないよ。パフェしか食べてないから」
そう言って、私は軽く辺りを見回した。しかし、二人で座れるような場所なんてなく、愕然とする。
……いや、正確に言えば、地面の上なら座る場所はたくさんあった。ただベンチがないだけなのだ。しかし、ここは木で囲まれているからか、それとも近くに森があるからか、家の庭より虫が多くて、とてもご飯を食べる気にはなれなかった。お弁当のふたを開けた瞬間、小さな虫たちが飛びついてきそうに思えて身体が震える。
「何きょろきょろしているんだ?」
「ん、どこで食べようかと思って……」
どこか良い場所はないだろうかと考えていたら、サタンは不思議そうに、
「ここで食べれば良いだろう。人も寄ってこないし最高の場所だ」
そう言って、いつの間にか手にしていた自分の分のお弁当を開けた。私はその光景に曖昧に笑いながら、
「そうだけど……代わりに虫が寄ってくるんじゃない?」
と言葉にしたが、
「そんなの気にしなければ問題ない」
パクッと手づかみでサンドイッチを食べ始めてしまった。その姿に、どうしようかと貰ったお弁当を見つめる。
腹をくくってここで一緒に食べる?いや、もうサタンが食べ始めちゃってるからここで食べるしかないのか。というか、ここがサタンの秘密基地ならこれからもここに来る可能性はいっぱいあるよね?虫が多いこの場所に……。
ちら、とサタンを見ると、もぐもぐと美味しそうにサンドイッチを頬張っていた。私と目が合うと、食べないのか?と尋ねてくる。
私は曖昧に笑って、ええい!と思い切ってふたを開けた。そして、食べようと手を伸ばしかけて……気付いてしまった。自分が手を洗っていないことに。
食堂を出てから私は手を洗っていない。あまり時間は経っていないけれど、なんとなくこの手が汚れているような気がしてならなかった。現に、私はマジヴィンのドアノブを触っている。
というか、サタンはさっき木の上にいたのに、普通に素手で食べている。木登りをしたその手で食べちゃうの?衛生上大丈夫?それとも私が考えすぎなだけ?
サンドイッチを見つめ、ぐるぐると考えていると、一つ目のサンドイッチを食べ終わったらしいサタンが、
「おい、どうした?やはり俺の家のサンドイッチじゃ貴様のご飯に合わないか?」
と尋ねてきたので、私ははっとしてパタンとお弁当のふたを閉じた。
「そうじゃないの。ただ、手を洗っていないことに気が付いて……。手づかみで食べるのなら、手を洗わなきゃなって考えていたのよ」
「……そういうものか?」
「そういうものだよ」
どうしたものかなー、と考えていると、急に、ズゴーーン!と大きい音がして大地が揺れた。
「え、何、地震!?」
驚いて音がした方を向くと、もくもくと大きな煙が上っていた。
「いや、どうせダハムだろう。大きい魔法でもぶっ放したのではないか?」
「魔法……」
下手したら魔研ごと吹っ飛びそうだな、と思ったところで、私は、あっと小さく声を漏らす。そうだ、私は魔法が使えるんだ!それなら水を出して手を洗えば良い。簡単なことじゃない。
そう考えて、私はサタンにお弁当を持たせすぐさま水魔法を使った。単発の魔法ならもうお手の物だ。しかも水魔法は水やりで鍛えているから水力の調整も上手く出来る。こんなところで役に立つなんてね。
手の上空から雲を発生させ、雨が降るようイメージして魔法を発動する。すると、ちゃんと小さな雲から水が出てきたので、私は素早く手を洗った。
石けんは無いけれど、水洗いだけでも多少はばい菌が落ちるに違いない。こういうのは、手を洗ったっていう事実が大切なのだ。私は手を洗ったので、素手でサンドイッチを食べても問題ない。これで万事解決。
はぁ~、すっきりすっきり、とハンカチで手を拭いていると、サタンが口をぽかんと開けてこちらを見ていることに気が付いた。私は何に驚いているかわからなくて、こてりと首を傾げる。
「どうかした?」
そう尋ねると、はっとしたサタンは、いやいやいやと首を振って、それからなんとも微妙な顔で、
「さすがだな……俺の相棒なだけはある」
と小さく溢したのだった。
少しだけ魔研の事情を知り、お金持ちの令嬢に生まれたことを感謝するルナディール。次回もルナディールは魔研についての情報収集を頑張ります。




