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 カラカラカラ、と馬車に揺られ、あっという間に着いてしまった魔研。帰りの道中もヴィントの話は尽きることがなく、改めて私はヴィントを尊敬した。


「僕はビーヴィンに戻るけれど、ルナディールちゃんは生真面目のとこに行くんだよね?マジヴィンの前まで送っていくよ」

 先に馬車から降りたヴィントが、私に手を差し出しながらそう言った。私も差し出された手を握りながら、言葉を返す。

「ですが、マジヴィンは三階でビーヴィンは二階でしたよね?わざわざ三階まで送ってもらうなんて気が引けます。私一人でも大丈夫ですよ?」

「そんなこと気にしなくて良いよ。僕はただ、もっとルナディールちゃんとお話したいだけだから」

 にっこりと笑うヴィントに、本当にこの人は人と話すのが好きな人なんだな、と思いながら、

「それならよろしくお願いします」

 と素直に頭を下げた。私だって話し相手がいてくれた方が楽しいからね。

「うん、任されました」

 嬉しそうに笑って、当然のようにエスコートしてくれるヴィント。それからヴィントの話に耳を傾けているうちに、あっという間にマジヴィンの前まで来てしまい、なんだか少し名残惜しくなる。


「それではヴィントさん、今日は本当にありがとうございました。この借りはいつか返しますね」

「このくらいなんてことないよ。こちらこそ、楽しい時間をありがとね。また僕を見かけたら気軽に声かけてよ。ルナディールちゃんがビーヴィンに入ってくれたら、僕はもっと嬉しいよ」

 そう言って、またね~と手をひらひらさせて歩き去るヴィント。私はくすっと笑みを溢しながら、マジヴィンの扉を開いたのだった。


「失礼します。ルークスさんはいらっしゃいますか?」

 静かな部屋に、私の声だけが響き渡る。しかし集中しているのか、誰一人として顔を上げる者はなく、ただサラサラとペンの走る音や、ぺらぺらと紙を捲る音しか聞こえない。

 どうすれば良いか分からずおろおろとしていると、右奥の方から、

「何をしている、ルナディール・ロディアーナ。私に用があるなら早く来い」

 と声が聞こえ、はいっ!と反射的に返事をした。


 ものすごい早さでペンを走らせる人やページを捲る研究員の邪魔にならないよう細心の注意を払いながら、席と席の間、人一人分のスペースを通り抜ける。

 やっとのことで右奥にある少し広い空間、おそらくルークス専用スペースまでたどり着いた私は、ほっと息をつく。

「遅いぞルナディール・ロディアーナ。たかが扉からここまでにどれだけ時間がかかっているんだ」

 メガネをくいっと上げながらそう言うルークスに、私は素直に謝った。

「すみません。みなさんにぶつからないよう気を付けていたら遅くなってしまいました」

「まぁ良い。それで?何の用だ?」

 ペンを手から離し、私の顔を見上げるルークス。どうやら今ここで話を聞くみたいだ。


 そこで私は、ちら、と後ろで作業している人たちを見る。こんなに静かな場所で話したら内容が全部筒抜けに違いない。こんな状態で話させるなんてルークスは鬼だ。

 後ろの人たちと静寂が気になって声が出しづらい。私は静かな場所で一人だけ声を出すとかそんな大それたことが出来る人間ではないのだ。恥ずかしすぎるし緊張するし、何より目立ってしょうがない。もし変なことを口走ったり声が裏返ったりしたら、とんでもない恥さらしではないか。……こんなことを考えるのは私だけなのだろうか。


 いつまでも話し出さない私にしびれを切らしたのか、ルークスが少し顔を顰めて、

「早く言わんか。私とて暇じゃないのだぞ」

 と言った。私は少し葛藤した後、仕方がなくルークスの耳の近くに自分の顔を寄せ、

「すみません。ですが、この静寂の中声を出すのは少々憚られますので、せめてこうして小声で伝えることをお許しくださいませんか?」

 と囁いた。自分が出せ得る最大限の小声で話せば、きっと周囲の人には自分の声なんて聞こえないだろうと考えたのだ。私にはルークスみたいに普通の声で話す度胸がないので、せめてこれで許して欲しい。


 しかしルークスは、ばっと椅子から立ち上がり、後ろにある扉を思いっきり開いた。急な出来事に呆気にとられていると、

「ルナディール・ロディアーナ、ここはマジヴィンの資料室だ。少々ほこり臭いが、ここならお前でも普通に声を出せるだろう」

 そう言ってつかつかと中へ入り、

「ここで普通に話せ」

 と言われたので、私は嬉々として資料室に入り扉をしめた。

 資料室はルークスの言った通りほこりっぽかったけれど、古い紙の独特な匂いがしてなんだか心が弾んだ。

「わあっ、素敵ですね!紙や本、巻物で埋め尽くされた部屋!わくわくします」

 床に積み上げられた紙の束や本、壁一面びっしりと敷き詰められた本。部屋のほとんどが読み物で満たされている空間は、まさに宝庫だ。部屋に入れる人数はおそらく三人が限界ぐらいだけれど、そこまでびっしりと貴重な資料がたくさんあるこの部屋は圧巻だ。


 一人感動に震えていると、

「そうか。だがとりあえず先に用件を言ってくれ。その後ならば自由にここにある物を触って良い」

 と先を急かすかのように言葉を発したルークス。

「本当ですかっ!?」

 少し前のめりになりルークスを見上げれば、

「ああ、だから早く話せ」

 と言われたので、私は急いでフォスライナの言葉を伝えた。

 貴重な文献や資料は捨てられてなどおらず、ちゃんとお城に保管されているそうですと伝えると、ルークスはほっと安心したような表情を浮かべた。その気持ちはとても分かるので、私もつられて笑みが溢れる。


「やっぱりフォスライナさまは、貴重な物を捨てるような人ではありませんでしたよ。どこで伝達ミスがあったのかは分かりませんが、無事ルークスさんに伝えることが出来て良かったです」

「そうだな。私も貴重な資料が捨てられてはいないと分かり安心した。……しかし、アポ無しでも会えるとは、本当に王子様と仲が良いんだな」

 しみじみとそう呟くルークスに、私はそうですねと答える。

「仲が良いのかは分かりませんが、急に訪ねても嫌な顔せず、さらにお菓子まで用意してくださるフォスライナさまには、優しい以外の言葉が出てきませんね」

 前世では考えられなかった推しとの出会いに思いを馳せ、なんて自分は幸せなのだろうと一人余韻に浸っていると、

「幸せオーラ全開だな」

 とツッコまれてしまったので、私は恥ずかしくなり笑って誤魔化した。すると、

「話がそれで全部なら、私は研究に戻る。ここにある資料は読んで良いが、決して破ったりしないように」

 いいか、絶対に破るなよ?と何度も念押ししながらルークスは資料室から出て行った。

 私はその姿を見送った後、さて何から読もうかな?とわくわくしながら資料室を歩き回るのだった。


 しばらく本を読むのに没頭していると、

「おい、ルナディール・ロディアーナ。もうお昼をとっくに過ぎているが、昼ご飯は食べたのか?」

 とルークスが呼ぶ声が聞こえたので、私は顔を上げる。

「いえ、まだですが……」

「なら何か適当に食べてこい。空腹で倒れられたら私が何か言われるだろう」

「そう……ですね」

 私は名残惜しくなりながらも本を閉じ、そっと本棚にしまう。それからぐっと伸びをして、身体を解した。


「あの、わたくしはどれぐらい資料室にいました?」

 資料室から出てそうルークスに問えば、静かな空間に私の声だけが響き渡り、はっとして口を押さえた。ここは静寂が支配する空間だった。あまり大声を出してはいけない。

「さぁな。昼時にお前が来て、それから三時間ぐらい経ったんじゃないか?」

「お菓子の時間!」

 小声でそう反応すれば、ルークスは苦笑してそうだなといった。その姿が新鮮で、ついじっとルークスをガン見してしまう。

「なんだ?」

「あ、いえ」


 それにしても、お昼ご飯を忘れるほど没頭しちゃうなんてどうかしてるな。さっきフォスライナのところでお菓子をいっぱい食べたから然程空腹を感じなかったのだろうか。

 でも、これからがっつりしたご飯を食べたら夕食が入らなくなりそうだし……。軽くお菓子で済ませるか?お昼ご飯がお菓子ってどうなのとは思うけれども。


 どうしたものかな、と考えていると、

「何悩んでいるんだ?そんなに資料が見たいのならこれからも読みにくれば良いだろう」

 とルークスが言ったので、私はつい、え?と声を出してしまう。

「ご飯を忘れるほど読みふけっていたんだ。お前が研究熱心なのは分かった。そんなに研究したいことがあるのなら、資料室を出入りすることくらい許してやる」

「ですが、わたくしまだマジヴィンに入るとは決めていなくて……。ビーヴィンやフォーヴィンにも興味があるといいますか……」

 リーダーの前で言って良いことか分からないけれど、素直にそう言えば、

「別に良い。仮にお前が他のところに行ったとしても、資料室の閲覧許可は出してやる。他の者は信用出来ないが、お前なら少しは信用出来そうだからな」

 と返してくれたので、私は嬉しくなってつい笑顔になってしまう。

「ありがとうございます!!」

 ルークスに少しでも信用されたのが嬉しくて、そして私がマジヴィンに入らなくても資料室という夢のような場所に足を運ぶことが出来ることが嬉しくて、声が弾んでしまった。静かな空間に私の声が響き渡り、また私ははっとして口を押さえる。

 その様子がおかしかったのか、ルークスは、ふっと気の抜けたように笑った。

 その顔が意外と破壊力があって、一瞬思考停止しそうになったのはもちろん誰にも気付かれてはいないだろう。私はすぐさま立ち直り、ああやっぱりこの世界は怖いなぁとしみじみと思ったのだった。


「それより、お前、昼ご飯は持ってきているのか?」

 ルークスにそう尋ねられ、私ははっと現実に返る。そして、ふるふると首を振った。

「いえ。お昼ご飯は食堂で食べようと思っていたので持ってきてないです」

「そうか。ならば行ってくるが良い。場所は分かるな?あそこは普段空いているからな。金があるなら食堂で済ますのが効率的だ」

 金があるなら、という言葉に、私はつい苦笑してしまう。

 それから、またペンを取りなにやら書類に書き込み始めたルークス。私はどうしたものかと一瞬考えたが、勇気を出して、そっと近づき小さく囁いた。

「……ところで、ルークスさんはもうお昼ご飯をお食べになられたのですか?」

 急に話しかけられて驚いたのか、ルークスはビクッと身体を震わせ、手を止めた。

「軽くサンドイッチを食べただけだが。それがどうかしたか?」

 やはりご飯を食べてしまっていた。私は少し肩を落としながら、いいえと小さく発した。

「一人でご飯を食べるのは味気ないと思ったので、もしルークスさんが食べていないのならば一緒に、と思ったのですが……食べていたのならしょうがないですね」

 今日はボッチ飯か、とため息をつきながら、私はルークスからそっと離れた。


 部屋を見回してみても、サタンの姿はないので誘えない。いるのはただ無言でカリカリとペンを走らせているか、黙々とページを捲る研究員のみ。

 おやつの時間に、たった一人で食堂に行く女。なんて悲しいことだろうか。話し相手がいた方が絶対楽しかっただろうな。

 けれど、いないものは仕方がない。私は食堂のスイーツに思いを馳せ、悲しい気分をなんとか浮上させた。お城から派遣されるシェフが作るスイーツ、一体どれほど美味しいのだろうか。極上のスイーツが食べられるのならば、別に一人でも良いではないか。


 よしっと気合いを入れて、ルークスに、食堂に行ってきますと伝えようと振り返る。

「それではわたくしは……」

「少しだけだぞ」

 しかし、すくっと立ち上がったルークスに、見事に言葉を遮られてしまった。

「……え?」

 私は何が起こっているのか分からず、こてりと首を傾げる。

「あまり無駄遣いは出来ないが、軽食ぐらいなら付き合ってやる」

 そう言って、するすると器用に研究員の席の間をすり抜けて歩いて行くルークス。私は急なことに驚きながらも、急いでルークスの後を追った。といっても、ドレスの裾で床に積まれている書類を倒したり、誤って席にぶつかったりしないように細心の注意を払ったため、ルークスの三倍くらいの時間がかかってしまったけれど。

「もう少しスムーズに歩けるようになれ。時間がもったいないだろう」

「……善処します」


 スタスタと無言で歩くルークスの隣を、これまた無言で歩く私。周囲の人たちは、何事だろうかと目線を送ってくる。その視線と無言に耐えられず、私は何かに急かされるように声を発した。

「あ、あの!」

「なんだ?」

「いえ、その……なんで、付き合ってくださったのかな、と、思いまして……」

 特に話す内容も決めていなかったため、ごにょごにょと歯切れ悪く聞いてしまう私。その言葉にルークスは、ちら、とこちらを一瞬だけ見て、

「お前が悲しそうにするからだろう」

 とだけ短く答えた。その言葉が意外で、ついルークスを見上げてしまう。

「なんだ」

 少し顔を顰め、不服そうに尋ねるルークスに、私はふるふると首を振って笑顔で答える。

「いえ。ルークスさんはお優しいのですね」

 思ってもみなかった発見に、心が少し弾む。

 クールな風紀委員長は、どうやら意外と優しい心の持ち主だったらしい。資料室を好きに使って良いと言ってくれるし、こうやって食事にも付き合ってくれる。良い人だ。

 ルークスと仲良くなったと言えば、きっと家族の皆も安心するに違いない。なんせルークスはマジヴィンのリーダーなのだから。信頼度も高いに違いない。


 そんなことを考えながらるんるん気分で食堂に入ると、ルークスが言っていた通り、そこはがらっがらだった。広い食堂に誰一人として利用者はいず、貸し切り状態。

「誰もいない……」

「だいたいこんなものだけどな」

 それから二人でメニューを見ていると、奥の方から一人シェフが顔を覗かせた。私と目が合うと、不思議そうに首を傾げ、

「これからお食事ですか?」

 と声をかけてきた。

「はい。デザートを食べたいと思いまして。何かおすすめはありますか?お城から派遣されたシェフと伺っていましたので、とても楽しみにしていたのです」

 にこりとそう言えば、シェフは優しそうな瞳を細め、嬉しそうに微笑んだ。

「なるほど、それでは貴女がお噂になっていらっしゃるルナディール・ロディアーナさまですね。本日のおすすめは苺パフェとなっております」

「イチゴ!わたくしの大好きなものですわ。それにいたします!」

「お連れの方はどうなさいますか?」

「……珈琲を頼む」

「かしこまりました」

 厨房に戻っていくシェフを見送ると、私たちは近くにあった二人用のテーブルに向かい合って座ったのだった。

初めての食堂利用です。次回はパフェ食べてルークスとお話して、少しだけサタンが出てきます。

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