お城へ
「……って生真面目と言い合いしている暇はないんだった!」
突然大きな声を出したヴィントに、あからさまに顔を顰めるルークス。
「突っかかってきたのはそっちだろう」
「乗ってきたのは生真面目の方だよ。それより、僕はお城へ用があるんだ」
「お城ですか!?」
そのワードについ前のめりになって聞くと、ヴィントは綺麗にウィンクをして、
「そうだよ。騎士団の人とお話があるからね」
と言った。その言葉に私は、あっと小さく声を漏らす。
「騎士団……もしかして、この間私が見学をしていたときにカリフストラさまとお話していたのって……」
「ああ、僕だよ」
にっこりと笑って告げるヴィントに、なるほどと手を叩いた。遠くからで分からなかったけれど、あれがヴィントだったとは。
「本当は話しかけにいきたかったんだけど、何やら取り込み中だったみたいだからね。カリフストラも風のようにルナディールちゃんの元へ駆けて行って」
「まぁ、はい、そうですね。あれは少しヒヤッとしました……」
あの時の光景がフラッシュバックし、軽く身震いする。本当に死ななくてよかった。あそこで死んでいたら、魔研に来ることも叶わなかっただろうな。
「ということで、僕はお城へ向かうね。またね、ルナディールちゃん」
ひらひらと手を振って立ち去ろうとするヴィントの腕を、反射的に掴んでしまう私。
ん?と不思議そうに振り返ったヴィントに、私はにこりと笑って告げた。
「あの、私も同行してよろしいでしょうか?私も王子様に用がありまして……」
「僕は全然良いけど。むしろ、ルナディールちゃんみたいに可愛い子と一緒に馬車に乗れるなんてラッキーって感じだよ。話し相手も欲しかったしね」
笑顔で快諾してくれたヴィントに微笑み返すと、ルークスは顔を顰めてしまった。
「そんな軽薄な人と二人で行くなんて、貴女は何を考えている。ちっとも信用出来ない人だぞ。それに、アポは取っているのか?王子だって忙しいだろう」
その言葉にあははと笑いながら、
「確かに会えないかもしれませんが、言伝を頼むことは出来ますから。聞きたいこともたくさんありますし。それに、お城はここから近いでしょう?ささっと行って帰ってきますので、ご心配には及びませんわ」
と返す。それを聞き、ルークスははぁと盛大なため息をついてふるふると首を振った。
「私は研究に戻る。くれぐれも気を付けろよ」
最後にヴィントを睨み付け、颯爽と立ち去った。サタンは相変わらずルークスに引きずられながら、また後でと手を振った。私も笑顔で手を振り返す。
「それじゃあ行こっか」
そう言って差し出された手に首を傾げていると、
「女性はエスコートするものでしょ?」
と、ヴィントは私の手を取り歩き出した。
なるほど、これは女性の扱いに慣れているなぁと感心しながら、私はヴィントと共にお城へと向かうのだった。
「……」
ガラガラと馬車に揺られる中、私は絶えず話し続けるヴィントをまじまじと観察していた。
というのも、ルークスと別れてからこの馬車に向かうまで、ヴィントは口を閉じることなく延々と話し続けているのだ。ネタが尽きずにずっと話し続けられるのは凄いと尊敬した。
しかも、気遣いまでちゃんと出来る人だ。段差があれば気を付けてと声をかけてくれるし、歩くときも常に私のペースに合わせ、人とぶつからないようにさりげなくエスコートする。本当に出来た人だ。
見た目も良く、気遣い上手で話し上手。これは相手の懐に入り込むのが上手に違いない。きっとモテモテなのだろう。さすがチャラ男。ルークスからの信用はまるでなかったけれど、なんだかんだ良い人っぽいな。
私がずっとヴィントを見つめていたからだろう。ヴィントはにこっと笑って、
「なに、どうしたの?もしかして僕に惚れちゃった?」
なんて聞いてきた。
「いえ。絶えず話し続けられるヴィントさんが凄いなぁって思っただけです」
「え、何それもしかして皮肉?もしかしてうるさかったかな」
あははと少し困ったように笑うヴィントに、私はふるふると首を振ってにこりと笑った。
「違いますよ。ただ、私は話すことが苦手なので……そうやって話題を振れるヴィントさんを尊敬します。私の場合、どうしても沈黙が多くなってしまうので」
「あはは、そう?ありがと。でも、ルナディールちゃんも人を褒める才能があると思うよ?それに、なんだか独特の雰囲気があるし。一緒にいて楽しいよ」
何か含みのありそうな言い方に、こくりと首を傾げる。
「独特、ですか?」
「うん、そう。なんて言うんだろうね~……なんか、貴族っぽくないっていうか?」
「え、振る舞いがいけませんでした?」
ヴィントにそんなことを言われ、軽くショックを受ける私。
これでも貴族っぽく振る舞っているつもりなのに、まだダメダメなのだろうか。仕草?言葉遣い?
一体何をどうすれば、と考えていると、ヴィントは笑って、違う違う、と手を振って否定した。
「ルナディールちゃんは見るからに立派な貴族だよ?でもなんか、身分が高い割に話しやすいというか、親しみやすいというか……。ほら、身分が上になればなるほど、高慢になったり人を見下す人も出てくるでしょ?僕もあまり身分が良い方じゃないから、よく下に見られることもあって。だから、ルナディールちゃんは不思議な人だなって」
そう言うヴィントに、ああそういうことかと頷いた。
確かに、身分を盾に好き勝手やる貴族も多いし、身分関係無しに話しかける私は少し異質に見えるのかもしれない。
でも、フォスライナとかシューベルトとか義兄とかも別にそういうの気にしなさそうだけどな。私だけが特別ってわけでもないだろうに。
まぁ確かに、前世持ちでそういう貴族の常識?的なものに疎いのは否定しないけれど。
「別に私一人が不思議なわけではないですよ。私以外にも身分関係なく接する人だっているでしょうし」
「あはは、ルナディールちゃんはずば抜けてそうだけどね」
それから少しだけ会話をし、馬車はすぐにお城へ着いてしまった。
「僕は訓練場の方に用があるんだけど、ルナディールちゃんはどうする?」
「そうですね……とりあえず、近くの使用人に取り次ぎをお願いしてみようかと思います」
「りょーかい。それじゃあ使用人を捜そっか」
当たり前のように私の手を取り歩き出すヴィントに、
「え、でもヴィントさんは騎士団の人とお話があるんですよね?さすがにこれ以上迷惑をかけるわけには……」
と遠慮する。あくまでお城について行きたいと言ったのは私の方なので、着いたら後は迷惑にならないよう単独行動をするつもりだったのだ。それなのに、一緒についてきてもらうのは申し訳ない。
それでもヴィントは爽やかな笑みを浮かべて、
「何言ってるの。君みたいに可憐で美しい女性を一人にするわけないでしょ。お城だから大丈夫だとは思うけど、いつ何が起こるかは分からないからね。せめて使用人が見つかるまでは護衛させてよ」
と言われてしまったので、私は黙ってエスコートされることにした。
それから無事に使用人を見つけ、フォスライナとお話出来るかどうか聞いてきてもらい、無事オッケーを貰った私たちは一旦お別れをした。
フォスライナの部屋に通された私は、
「ロディアーナ嬢、来て下さって嬉しいです。今日はどうしてこちらに?」
とにこやかに歓迎された。
急な訪問にも関わらず、見事にお茶会の用意までされている。美味しそうなお菓子に紅茶。本当に出来た王子様である。
「ごきげんよう、フォスライナさま。本日は急にお訪ねしてしまい申し訳ありません。ですが、どうしてもフォスライナさまにお尋ねしたいことがありましたのでお伺いいたしました」
淑女の礼をし、勧められた席に座ると、私は早速本題に入ることにした。
「あの、わたくしが魔法研究所に勤め始めたことは知っていますよね?」
私の質問に、首を傾げながらこくりと頷くフォスライナ。
「はい。ロディアーナ嬢が自室が欲しいと言っていると聞き、私とシューベルトで部屋を準備したのですが……もしかして、気に入らなかったでしょうか?」
その言葉に、あれ?と首を傾げる私。
「シューベルトさまも準備してくださったのですか?わたくし、部屋はフォスライナさまがご用意してくださったと聞いたのですが……」
「ええ、私とシューベルトで用意しました。実際に魔法研究所へ顔を出したのは私ですので、そう思われたのかもしれませんね。扉のプレートなんかはシューベルトがデザインしたものですよ」
「えっ、あれを!?」
なんてセンスがあるんだシューベルト。まさかあんなデザインが描けただなんて……。
感動していると、いや話はそこじゃないと頭を振ってフォスライナに向き直る。
「その、部屋が思っていたよりも豪華で少し驚いたのですわ。なんていうか、あそこで生活出来そうなほどで……」
「ええ、いつでも休めるよう最高級の家具をご用意いたしましたから」
にこりと悪気がなさそうに微笑むフォスライナに、どうしたものかと口ごもる。
きっと、フォスライナは優しいからあんなに至れり尽くせりな部屋が出来てしまったのだ。私を思ってのことだと分かっているから、もちろん嬉しいのだけど……。
私は困ったように笑いながら、
「はい、とてもありがたく嬉しいのですが……その、わたくし、あまり魔法研究所内で目立ちたくないのです。ですから、フォスライナさまたちが動く時は、事前に教えて下さると大変助かるのですけれど……」
ダメでしょうか?と問えば、フォスライナは少し考え込みながら、にこりと素敵な笑みを見せた。
「分かりました。ロディアーナ嬢がそう言うのならば、今後何か魔法研究所内で行動するときは事前に伝えますね。その代わり、私が貴女の研究室に行くことを許可してはいただけないでしょうか?事前に伝えると行っても、わざわざロディアーナ家へ伺ったり手紙を書いたりしていては時間がかかってしまいますから。その点、魔法研究所はここから近いですし、気軽に通えますからね」
その言葉に若干違和感を覚えながらも、
「もちろんですわ。あの部屋はフォスライナさまたちがご用意して下さった部屋ですし、ご自由にお入りくださいませ」
と快諾した。もちろん王子様だから、忙しくてあまり来られないだろうけどね。
「それと、これはとても大切なことなのですが……」
そして、これから一番重要なことを話すべく、私は背筋を伸ばした。するとフォスライナも、その様子を感じたのか、真面目な顔で私を見つめる。
「もともとあそこに置いてあった本……魔術書や文献などを廃棄したと伺ったのですが、それは本当のことでしょうか?魔道具や魔術書は、わたくしにとって研究のための重要な物です。それはもちろん魔法研究所の方たちにとっても。……本当に、フォスライナさまはお捨てになってしまったのですか?」
どうか、そうではないと言って欲しい。
祈るような気持ちでフォスライナを見つめていると、フォスライナは深くため息をつきながら言葉を発した。
「誰がそのようなことを言ったのか知りませんが、私は捨ててはいませんよ」
その言葉に、本当ですかっ!?と前のめりになる。
「はい。確かにあの長らく使われていなかった物は移動させました。魔法研究所内にもう置ける場所はなさそうでしたからね。それに、今まで長い間使われていなかったのなら、今後もしばらくは使うときはこないだろうと思い、城の地下室にまとめて入れてあります。もちろん、文献などは痛まないようちゃんと管理していますよ。下手に扱うとロディアーナ嬢の機嫌を損ねるかもしれないとシューベルトが慎重に扱っていましたから。気になるのならば本人に尋ねてみるのが手っ取り早いでしょう」
その言葉にほっとし、全身から力が抜けた。
ああ、良かった~!!貴重な物がなくならずにすんだ。というか、やっぱりフォスライナがあんなに貴重な物を捨てるわけがないよね。うんうん、そうだそうだ。
それにシューベルト、素晴らしい!管理を徹底してくれるなんて、なんて良い人だろう。これはお礼を言いに行かなくては。
うんうんと一人頷きほっとする私に、シューベルトは苦笑する。
「それが心配でやってきたのですね」
「はい。本が捨てられたと聞いたときは本当に驚きましたわ。魔法研究所に眠っていたのなら、それは古い素敵な文献や魔術書に違いありません!それに、魔道具なんて心躍る物もあったと聞きます。それを拝めず廃棄になるだなんて耐えられませんもの」
ふんすっと憤慨しながらそう言えば、
「本当にロディアーナ嬢は本や魔法が好きなのですね」
と呟くフォスライナ。その言葉にこてりと首を傾げる。
「わたくし、フォスライナさまに本や魔法が好きだとお話したことありましたっけ?」
「いえ、シューベルトから聞きました。ロディアーナ嬢と随分仲良くなっているみたいで驚きましたよ」
その言葉に、そうですねと素直に頷く私。
「シューベルトさまはお話していて楽しいですからね。つい話しすぎてしまいますわ」
そして、目の前にあるクッキーを一口かじる。サクッとしていてとても美味しい。
「……それにしても、なぜ捨てただなんて噂が流れたのでしょう。フォスライナさまは、捨てたと言ったわけではないのですよね?」
不思議に思ってそう聞くと、フォスライナはこくりと頷いて一口紅茶を飲んだ。
「ええ。貴重な物だとも言われましたからね。長い間使っていなかったのでしょう?と確認して、箱に入れて全て持ち運びました。……城に移動させる旨を伝えるよう頼んだのですがね。どこかで手違いでも起こったのでしょうか」
「……それでしたら、戻ったら皆さんに伝えておきますわ」
「お願いします」
それから他愛ないことを話していると、ふと、今更ながら今が呼び名改善のチャンスでは?と思い立った。というのも、フォスライナはずっと私のことをロディアーナ嬢と呼んでいる。私は名字呼びより名前呼びの方が好きなので、是非ともフォスライナにもルナディールと呼んでもらいたいのだ。
だって、私の知り合いのほとんどはルナディール呼びなのだから。
「……ところでフォスライナさま。良ければわたくしのことはルナディールと呼んではいただけないでしょうか?」
唐突にそう切り出せば、フォスライナは不思議そうな顔でこてりと首を傾げた。
「その、フォスライナさまがロディアーナ嬢と呼びたいというのならば、無理に変えろとは言いませんが……個人的にルナディールと名前を呼ばれる方が好きなので、そうしていただければ嬉しいな、と……」
途中から、改まってこう言うのはなんだか恥ずかしいような気がして、声が小さくなってしまう。
やはり、知り合ったばかりならば気軽に言えたかもしれないが、ロディアーナ嬢呼びが定着してきた頃にルナディールと呼んで欲しいというのは気恥ずかしい。こんなことならもっと早くに言うべきだった。
ちら、と恐る恐るフォスライナの方を見れば、フォスライナはとても素敵な笑顔を浮かべて、
「それでは、私もルナディールと呼ぶことにしますね」
と言った。気分を害していないことに安堵しながら、私はにこりと微笑む。
「ありがとうございます」
無事ルナディール呼びになったところで、目の前にあるお菓子も全て食べきってしまったので、私はフォスライナの部屋を後にすることにした。
あまり長居して迷惑をかけるのも申し訳ないし、何よりヴィントとも待ち合わせをしているのでだらだらしていられない。向こうがどれぐらいの時間で終わるのかは分からないけれど、とりあえず一旦馬車に戻る必要がある。
フォスライナは、馬車のところまで送りますと言ってくれ、忙しいにも関わらず私をエスコートしてくれた。本当に優しい王子様だなと感心しながら、私は馬車まで送ってもらうのだった。
久しぶりのフォスライナ登場です。文献等はちゃんと確保されてました。良かったです。次は騎士団の人とお話です。




