チャラ男登場
微妙な空気のまま、ルークスはただ一言、
「それでは失礼する」
と言ってサタンを引きずりながらその場を後にしようとする。
「あっ……」
私は小さく言葉を漏らし、ちら、とクナイアの方を見る。
ここに残ってクナイアと依頼の話をするか、ルークスについて行きマジヴィンについて尋ねるか。
少し迷ったけれど、私はルークスについて行くことを決め、クナイアとノアナに軽くぺこりとお辞儀をして急いで二人を追いかけた。
「あ、あの、ルークスさんっ」
私が声をかけると、ルークスはちらりと一瞥しただけですぐに歩き出してしまう。
「なにか用か、ルナディール・ロディアーナ」
「はいっ!」
いきなりフルネームを呼ばれたので、つい大きな声で返事をしてしまう私。周りの人の視線が一気に集まってしまい、私は恥ずかしさで顔を赤くしながら質問に答える。
「あ、いえ……その、ルークスさんはマジヴィンでどのような研究をしているのかと思いまして」
その言葉に、ふん、と鼻で笑い歩きを速めたルークス。
「それを聞いてどうするつもりだ。まさか研究を横取りするつもりか?」
「えっ、横取り……?」
思ってもみなかった発言に、つい言葉が出なくなる。頭もはてなでいっぱいだ。
横取りって研究を?私が?いやいや、ないない!
慌てて否定しようと口を開ければ、サタンがふふふと愉快そうに笑い、
「それは面白そうだな。ルークスがしてやられた顔を見てみたいものだ」
なんて言うものだから、ルークスは思いっきりサタンを睨み付け、掴んでいる力を更に強めた。
「うるさいぞ、サタルンヘディック・トヴァレアンヌ」
それでもめげずに小言を言うサタンに若干尊敬しながら、改めて私はルークスに話しかける。
「あの、横取りだとかそのようなことは考えていません。ただ純粋に、ルークスさんがどのような研究を行っているのか興味がありまして……」
笑みを浮かべながらそう言っても、
「ふん、どうだかな。こいつとつるむ時点であまり信用できない」
と素っ気なく返され取り合ってもらえない。分かってはいたけれど、あまりの嫌われように若干傷付く。
「おい、それはどういうことだルークス。この俺が信用できないとでも言うのか?この俺には特別な力が……」
「静かにしろ」
「サタン、うるさい」
私とルークス、二人からの言葉に口を噤むサタン。静かになり、足音しか聞こえない中私は精一杯頭を働かせた。
こんなにもルークスに取り合ってもらえないだなんて思わなかった。信用度というのがまるっきりない。そりゃあ会ったばかりだから信用できないのも分かるけれど、研究を横取りするような人だと思われているなんて心外だ。
この魔研で過ごす以上、トリトンであるルークスからの信頼は勝ち取らねばなるまい。といっても、信頼なんてすぐに得られるようなものではない。とりあえず、私が悪いやつではないことを分かってもらわなければ。そのためには、どうすればいい?
考えても考えても分からず、私はもう思い切ってルークスに直接尋ねることにした。何が気に食わないのか。どうして信用できないのか。
無論、俺は誰も信用などしていないとか言われたらどうしようもなくなってしまうけれど。
「あの、ルークスさん。どうしてわたくしが信用ならないのか、よろしければ教えていただけませんか?態度がいけないのならば直しますし、先日わたくしが大声を出して研究の邪魔をしてしまったことが理由ならば以後気を付けます。ですので、どうか理由だけでも……」
お願いします!とルークスの前に行き頭を下げると、ルークスは面倒くさそうに立ち止まり、はぁと一つ大きくため息を溢した。その様子に、本当に私は嫌われているのだなと思い落ち込んだ。
「そんなの、貴重な魔術書を捨てたからに決まっているだろう」
そんな風に冷たく言われ、私は驚いてバッと顔を上げる。すると、ルークスの驚くほど冷たく、蔑むような瞳が私を捉え、背筋が凍った。
「貴女が自分の部屋にと言った場所は、たくさんの魔道具や魔術書が置かれていた物置だった。そこにあった大量の貴重な研究資料は、貴女の部屋に不要だからと全て捨てられた。研究で使うと言っても王子は聞く耳を持たず、長い間使っていなかったのでしょう?と言い全て廃棄したのだ。あそこにはまだ私が目を通していない文献もあったというのに。だからだ。貴重な物を廃棄し、あろうことかこの魔法研究所内に豪華な部屋を用意させるような人は信用できない。優秀だとは聞いていたが、どうせただの暇つぶしで来ているのだろう?私は研究に人生をかけている。お遊びで来ている人に話すことなどない」
そうぴしゃりと言い放たれ、あまりの出来事に手が震えてしまう。まさか、そんなことがあっただなんて。全く知らなかった。
「なんだ、怒っているのか?怒りたいのは私の方だ。大掃除だとか言って、研究時間までも失ったのだからな」
吐き捨てるようにそう言うルークスに、そりゃあ私を嫌うのもごもっともだと納得した。でも、それよりも。そんなことよりも。
私は確認しなければならない重要なことを聞くため、にっこりとルークスを見つめた。内心怒りでいっぱいだったけれど、感情は表に出さずとたくさんお母さんに言われたので、きちんと笑顔を浮かべた。
「……ルークスさん、それは本当ですの?王子が、貴重な文献を、処分した、というのは」
感情を押し殺していたからか、声に力が入ってしまう。ルークスは私の変化に少し引きながら、ああ、と一つ頷いた。それで私の怒りは爆発した。
「なんですって!?文献を処分した?魔術書も?しかも魔道具まで!信じられませんわ!!使っていないから捨てても良い?確かに普通の物なら良い。でも、まさか本を……。許せない。本を粗末に扱う人は大っ嫌い!」
本好きスイッチが入ってしまった私は、暴走してしまった。ルークスに詰め寄り、
「捨てられたのはいつのことですか?どのような本でしたか?ボロボロで見るに堪えないような本だったのですか?いえそうですよね?そうでなければ捨てるなんて発想でませんよね?もしまだ読めそうな本なのに捨てたということならば、私は今すぐ王子の元へ突撃し問い詰めて参りますわ」
早口でそう伝えた。あまりの迫力に気圧されたのか、ルークスは一言も発しない。ただ呆気にとられたように私をガン見し続けていた。
「お、おいルナディール、落ち着け!」
いつの間にかルークスから解放されていたサタンが無理矢理私をルークスから引き剥がし、ゆっくり深呼吸しろ!と言った。私はその言葉に頷き、すー、はー、すー、はー、とゆっくり深呼吸する。
しばらく深呼吸をしていると、頭に上った血も下がり、私は冷静さを取り戻した。そこで、やってしまったと息を呑む。
……ルークスに言われたことがショックすぎて、そして許せなくて、ついカッとなってしまった。あんなにお母さんに外では感情を露わにするなと言われていたのにこのざまだ。絶対ルークスにも引かれた。
私は頭を抱えたくなるのを必死に抑えながら、にこりと笑みを浮かべた。
「……先ほどは取り乱してしまい申し訳ございませんでした。わたくし、本が好きなものですから、つい頭に血が上ってしまったのですわ」
おほほほ、と誤魔化すもやはりものすごい衝撃だったらしく、ルークスは面食らっていた。
「本が好きってことは、物置にあった使えない物を処分したのはルナディールの指示ではなく、王子の独断ってことか?」
首を傾げながらそう言うサタンに、私は笑みを深めてこくりと頷く。
「ええ。わたくしが魔道具や魔術書を捨てろだなんて、天と地がひっくり返ろうとも言いませんわ。本当に許せないことですわね。これは直接、どういうことか聞きに行った方が良いかもしれません」
心の中で、必ずフォスライナの元に突撃しに行くと決めていると、ルークスは何とも言いにくそうに、
「……すまなかったな。貴女がそれほど取り乱すとは思わなかった。どうやら私が思っていたような人ではなかったらしい」
と謝罪してきた。その姿に慌て、ふるふると首を振る。
「そんな、良いのです!もしわたくしがルークスさんの立場でしたら、同じく憤慨していたに違いありませんもの。こちらこそすみませんでした。まさか、わたくしが溢してしまった一言でこんなにも大事になるとは思っていなくて……」
はぁ、と一つため息をつくと、ルークスは、一言?と私の言葉を繰り返した。なのでその言葉にこくりと頷きながら、私の部屋が出来るまでの経緯を話した。私もあんなに豪華な部屋が出来ていて、しかも多大な犠牲のために成り立っているものだとは知らなかったのだ、と言い訳めいたことを口にしながら。
私の話を聞き終わると、ルークスは微妙な顔をしながら、
「王族が関わるとこんなにも大事になるのだな。何というか……苦労しそうだな」
としみじみと言うものだから、私は苦笑する。
「いえ。元はと言えばわたくしがポロッと言葉を溢してしまったのがいけなかったのです。考えていることを口に出さないよう気を付けてはいるのですが……ふとした時に出てしまい」
「さっきの兄弟の話とかか?」
サタンが茶化すようにそう言うので、私は罰が悪くなり、小さく頷いた。
「……その節は大変失礼いたしました」
「いや、もう良い。正面切って言われたのは初めてだったからな、少し驚いただけだ」
言葉を交わしたことで少し距離が縮まったように思え、これならルークスに研究の内容を聞いても教えてくれるかもしれない、と口を開こうとしたら。
「あれれ~?もしかしてそこの美しいお嬢さんは、最近話題の宰相の娘さんかな?」
不意にそう後ろから声をかけられ、私はゆっくり振り返った。
するとそこには、緑色の長髪が美しい、そして顔も整っていて、どこぞの王子様のような身なりの良い服をした男性がにこやかに立っていた。エレガントとはまさにこのことを言うのではと思うほどだ。
男性は流れるように私に近づき、手を取りにこりと微笑んだ。
「初めまして、僕はヴィント・ライトリーベ。以後お見知りおきを、美しいお嬢さん」
そして私の手の甲に、ちゅっと口づけをした。
「!?」
驚きの出来事に戸惑っていると、ヴィントと名乗った男性はくすりと微笑み、
「ああ、その戸惑いの表情も可愛いね」
と甘く囁いた。
ひぇ~~、何、この人!?初対面なのになんか距離感近い!もしかして、これがチャラ男というやつ?この世界にいるだけあってイケメンだし……。
どう対処すれば良いのか分からず戸惑っていると、ルークスが私をぐいっと引き寄せ、ヴィントとの距離を離してくれた。
「おい、こいつが困っているだろう。いい加減、女を見ると誰彼構わず口説きにいくくせを直したらどうだ」
ちらりとルークスの顔を見ると、ルークスはとても冷めた目でヴィントを見つめていた。
「うっわ、生真面目もいたの?全然気が付かなかった。でもしょうがないでしょ?女性は口説きたくなるもの。それに」
そこで、ぐいっと私との距離を詰め、また目の前にやってくるヴィント。
「ルナディールちゃん、とっても可愛いんだもん。思わず触れたくなってしまう」
そう言って私に触れようと伸ばした手を、すかさずルークスが捕らえ睨み付ける。
「軽々しく触れようとするな、怖がっているだろう」
一触即発の雰囲気で、キリキリとにらみ合うルークスとヴィント。
しかし、私はそれどころではなかった。頭が軽くパニックを起こし、ショートしそうだったのだ。
うわ~、待って近い、近すぎるよ二人とも!
ルークスに引き寄せられたから、私の右腕はしっかりと掴まれている。後ろにはすぐ近くにルークスの身体があり、すぐ目の前にはヴィント。しかもルークスがヴィントの手を捕まえたまま睨み合っているから、私は半分ほど抱かれている状態になっている。思ったより密着しているせいで身体が熱くなってしまう。
目の前にはヴィント。後ろにはルークス。左はルークスの腕で道が塞がれていて、右側には一触即発の雰囲気を楽しんでいるサタンがいる。逃げ道なし。
イケメン三人に囲まれるような形になってしまった私は、恥ずかしさでどうにかなってしまいそうだった。そりゃあ推しに比べれば威力は弱い。推しのイケメン度合いに勝てる人なんてそうそういない。
でも、数が多い。もともとこういうシチュエーションに慣れていないのも相まって、どうすれば良いのか全く分からなかった。さすがに顔も赤くなる。
「あ、あの……」
一向に進展しなさそうな雰囲気を感じ声を上げると、三人の視線が一気に私に集まった。なんだか異様に恥ずかしくなり、もっと顔が赤くなる。
……ああ、この世界で生きていくには、こういうシチュエーションでも微動だにしないよう精神を鍛えなきゃいけないのか。
これはまた難題が出てきたな、と思いながら、私はなんとか言葉を発す。
「もう少し、離れてはいただけませんでしょうか……。その、皆さん近くて……」
それ以上は言わなくても分かったみたいだ。ルークスはバッと手を離し、私から即座に距離をとった。
「す、すまない。少々近すぎたようだ」
その反応に笑いながら、ヴィントも一歩だけ後ろに下がる。
「何その反応。ほんとに生真面目って女性慣れしてないよね~」
それから私の方を向き、素敵な笑顔を見せて、
「ごめんね、ルナディールちゃん。いきなりで怖がらせちゃったかな?悪気はなかったんだ。ただ、ルナディールちゃんが可愛くて、もっと仲良くなりたいなって思っただけだから」
と相変わらずなことを言った。
「い、いえ。その、距離感の近さに驚いたと言いますか……それより、どうして私の名前を?」
ヴィントはチャラ男なんだと心の中で何度も繰り返しながら、先ほどから疑問に思っていたことを聞く。するとヴィントは、なんてことないように、
「そりゃあ知ってるよ。宰相の娘が魔法研究所にやってくるって噂が凄かったからね。全属性で剣も扱える、怒らせたら即死レベルの令嬢、な~んていうからどんなに怖い子かと思ったのに。実際はこんなに可愛くて照れ屋さんだなんて。嬉しい誤算だよ」
と、美しい長い髪をすっと後ろに払いながら言った。私はその言葉に更に衝撃を受ける。
え、怒らせたら即死レベルの令嬢って何。むちゃくちゃ怖い。そりゃあ関わりたくないって思うよね。しかも私専用の研究室なんて作っちゃってるし。王子様も来るぐらいだし?
ここで何となく、今まですれ違った人が遠巻きに私を見ていた理由が分かった気がして、軽く落ち込んだ。
「あれ、なんか落ち込んじゃってる?僕、変なこと言っちゃったかな」
私の様子を見て少し心配そうに首を傾げるヴィントに、ルークスはまた冷たく、
「お前は常に変なことしか言っていない」
と言い放つ。サタンはそっと私の近くに寄り、小声で「大丈夫か?」と心配してくれ、私はにこりと笑って頷いた。
「いえ、魔法研究所内で流れている私の噂について面食らっていただけですから気にしないでくださいませ」
それからすっと息を吸い、改めて挨拶をするために背筋を伸ばした。
「改めましてライトリーベさま、わたくしはルナディール・ロディアーナと申します。同じ魔法研究所で働く者同士、仲良くしてくださると嬉しいですわ」
にこりと淑女の礼をすれば、ヴィントも恭しく頭を下げ、
「こちらこそ、貴女のような素敵な女性とお知り合いになれて嬉しいですよ」
と言った。それからまた素敵な笑みを浮かべ、
「僕のことはヴィントって呼んでくれて良いよ。敬語も要らないし。気軽に接してくれて大丈夫だから」
と言ってくれたので、私もこくりと頷いた。
「分かりました。それじゃあヴィントさんって呼びますね」
「うっわ~、敬語。なんか心の距離感じるんだけど?」
「それは……一応先輩ですし、年上でもあるので」
にこりと笑えば、ヴィントはあからさまにしょんぼりしてしまった。私はそれを見て、やっぱり年上の人にも敬語なしで話せるよう訓練しなければならないのかなと少し考えた。
「ヴィント・ライトリーベ、いい加減仕事に戻ったらどうだ?私たちはこれからやることがたくさんある。お前なんかに構っている時間はない」
その言葉にはっとし、その、『私たち』という言葉の中に自分も含まれているのかどうかが気になったけれど、聞く勇気も無いので、私はただルークスをじっと見つめた。
するとヴィントは、あれ?と首を傾げ、
「ルナディールちゃんも生真面目と一緒に行くの?もしかしてマジヴィン志望だったり?」
と聞いてきたので、私はふるふると首を振った。
「いえ、まだどこに所属するかは決めていません。これから色々体験していって決められれば良いなと……」
その言葉を聞いたヴィントは、あからさまに顔を輝かせ、ぐいっと距離をつめて私の両手を握った。
「それなら、僕と一緒にビーヴィンに入らない?生真面目と違ってリーダーはおっとりしてるから厳しくないし、割と自由行動出来るところなんだ。きっとルナディールちゃんも気に入ると思うんだけど、どうかな?」
「えっ、ヴィントさんってビーヴィンに所属しているんですか?」
驚いて聞くと、ヴィントはにっこりと笑って頷いた。
「そうだよ。意外かな?」
「意外と言えば意外ですけど……。でも、ビーヴィンかぁ。あそこも素敵な場所でした。魔獣とパートナーになれるかもしれないっていうのが良かったですし、それに何より、可愛い魔獣やカッコいい魔獣もいて楽しそうで……」
ビーヴィンの様子を思い出していると、ヴィントはとても嬉しそうに声を弾ませて、
「わっ、もしかして魔獣に興味ある感じ?だったら生真面目んとこのマジヴィンより断然ビーヴィンの方が楽しいって!ビーヴィンに来たら、僕も色々と教えてあげられるしさ」
と言って、更に近づいてきた。
もはやゼロ距離なのでは、と思っていたらルークスがすかさず間に割って入り、
「だからお前は距離が近い!それに、こいつは魔獣より本が好きらしい。だからビーヴィンなんかではなくマジヴィンに入るのが合っている」
と言葉を発した。それにまたヴィントが言い返し、二人はあーだこーだと言い合いを始めてしまった。
その場に取り残されてしまった私とサタンは互いに肩を竦め、二人の言い合いの最中、ずっとこそこそと小さな声で会話していたのだった。
ヴィント登場です。こういうキャラは書いていて楽しいですね。次は久しぶりにフォスライナが出てきます。




