初めての相棒
俺の名前はサタルンヘディック・トヴァレアンヌ。トヴァレアンヌ家の長男で、俺には五つ年の離れた弟がいる。弟は俺を尊敬してくれていて、好いてくれている。父さんと母さんも、いつも俺を心配してくれる。俺は、家族に恵まれていた。だってこんな俺を、大事にしてくれるのだから……。
俺は、他の人と少しだけ見た目が違った。俺は左右の目の色が違うのだ。右目が赤色で、左目が青色。家族はみんな両目とも同じ色で、俺だけが左右違う。社交界に行っても、俺のように左右で色の違う瞳を持つ者に会えたことはない。俺だけが違う、異質な存在。だから、他の人はみんな口々に俺のことを罵った。
「あれは悪魔だ。左右で違う色の瞳だなんて恐ろしい」「目を合わせたらきっと呪われてしまうわ」「見てみろよ、あの血のように赤い瞳を。なんて不気味で恐ろしいんだ」「呪われた子ね」そんな言葉が常に囁かれる。だから、俺は自分のこの瞳が、この赤い瞳が、大嫌いになった。
どうして、俺は両目とも青色じゃないのだろう。俺が何か悪いことをしたか?どうしてこんな目に遭わなければならない?社交界に行けば悪口を言われ、誰にも相手にされない。話しかけようと近づいてもすぐに逃げられる。みんなが、俺の目を見てひそひそと話をし、遠ざかっていく。
こんな状態が続き、対人関係に疲れ、家に引き籠もるようになっても、俺が心まで失わずにすんだのは家族のお陰だった。こんな呪われている俺にも優しく接し、突き放そうとしない。家族も俺のせいで色々言われているだろうに、嫌な顔はしない。ただ優しく笑って、大丈夫だよと言ってくれる。それが俺にはとても嬉しかった。そんな家族の姿が、俺に力を与えてくれた。そしていつしか、俺も引き籠もっているだけではなく、家族に恩返しがしたいと……家族の役に立ちたいと、そう思うようになった。
それからの俺は、自分が悪口を言われないよう、自分を強く見せるようにした。眼帯をして赤い目を隠し、服も黒色中心に替えた。少しでも見た目が強く見えるよう、剣を身につけ鎖もジャラジャラとつけた。最後にマントを羽織れば、まるで自分が別人になったかのように思え、不思議と心が躍った。片方の目で生活をするのには苦労したが、これも自分を守るため。俺は徹底的に自分を変えた。
服装を変え、話し方を変え、仕草も変えた。勉強だってしたし、剣術も習った。自分を強く見せるために努力した。弱気な自分が出てこないよう、自分は強いんだと思い込んだ。悪口を言われても、俺は強いから気にしない。本気を出せば、悪口を言ってくる人を一掃するくらい簡単だ。俺は強い。そうやって自己暗示をかけた。
そんな急激な変化を周囲の人は不気味がり、ついに心までおかしくなったかと囁かれることもあったが、別に気にならなくなった。なぜなら、眼帯をしたことで赤い瞳のことを囁かれることは少なくなったから。初対面の人には話しかける前に逃げられることもなくなったし、悪魔だとも言われなくなった。眼帯をしていれば俺が左右で目の色が違うことなど分からないし、バレることもない。
しかし、やはり華やかな社交界では俺は浮いていた。全身真っ黒で眼帯をつけ、剣まで身につけている俺は、完全に場違いだった。
だから俺は、社交界で居場所を得ることは諦め、前々から興味があった魔法研究所へ行くことを決めた。あそこは変人が多いと聞くし、俺でも馴染めるかもしれないと思ったのだ。それに、そこで成果を上げれば王族に報告が行くし、もしかしたら家族にも恩返しが出来るかもしれない。
俺が魔法研究所に行きたいと言えば、家族は快く許してくれた。俺がどこかに行きたいと言ったのは初めてのことだったから嬉しかったのだろう。
俺の急激な変化にも悪い顔一つせず見守ってくれた父さんと母さん。こんな俺をカッコいいと言ってくれる弟。本当に俺は、良い家族に恵まれた。だから、俺は魔法研究所に行って成果を上げ、家族に恩返しする。そう強く心に決めた。
それから二年。
俺は特にたいした成果も上げられず、親しい者も作れず、一人でただ魔法研究所内をさまよう生活をしていた。一応マジヴィンに入ったけれど、すぐさま後悔した。なぜならリーダーが生真面目で、俺に敵対心しかない人なのだ。会えば身だしなみや仕草、言葉遣いを注意され、更には仕事をしろと面倒な雑用を押しつけてくる。
これは、ビーヴィンにでも入った方が良かったのではないだろうか。そう思いながらも、俺はのらりくらりとルークスから逃げ、四階の物置と化している部屋に入り浸り、古い文献などを読み漁っていた。
しかし、そんな生活も急に終わってしまう事件が起きた。
それは、ルナディール・ロディアーナとかいう宰相の娘が魔法研究所に来ることが決まり、個室が欲しいと言ったことから始まる。そのせいで魔法研究所にいる者のほとんどが四階の物置、もとい俺の秘密の部屋にかり出され、大掃除をする羽目になったのだ。
四階を拠点にするらしく、階段も廊下も全て掃除。個室になるという部屋から出された古い文献や魔道具は、もう要らないのでは?と第一王子に言われ廃棄。しまいには魔法研究所にそぐわない豪華な個室が出来上がり、そこだけお城かっていうぐらいの部屋になった。
ふかふかの絨毯に数えられないほどの魔道書。更にはお菓子やベッドまで。至れり尽くせりだ。新しく来るというやつは一体何しにここに来るのか。これではただ休みに来るだけにしか見えない。ちょっとした家出でも考えているのか?
俺専用の秘密の部屋を取られ、改造され、更には魔道具や文献を捨てられた怒りでどうにかなりそうだったけれど、相手は宰相の娘。しかも、第一王子が率先して部屋を用意する程の人。そんな人にケンカを売れば、下手したら一家ごと殺されてしまうに違いない。本当に権力とは腹立たしい。どうせ新しく来るというやつも、権力を振りかざす横暴で嫌なやつに違いない。絶対に関わってやるものか。
そう強く思っていたのに、俺は不運にも出会ってしまったのだ。宰相の娘に。
秘密の部屋を奪われた俺は、絶好の隠れ場所を失い、仕方なくほとんどを外で過ごしていた。
魔法研究所から少し離れたところにある、開けた空間。原っぱの上で寝転がり昼寝をするも良し、木の上で風に揺られながらうたた寝をするも良しの絶好の場所。地上にいるとだいたいルークスに見つかり連行されてしまうので、俺はよく木の上に座ったり寝転がったりして時間を潰していた。
その日はなんだか風が気持ちよくて、俺は木の上で寝そべりぼーっとしていた。すると、どこからともなく足音が聞こえ、俺はゆっくりと身体を起こして様子を窺う。
ルークスでも来たかと身構えていたら、みたことのない女が俺の縄張りに入ってきていた。誰だか知らないが、俺は自分の場所に知らない人が来ているのが嫌でつい声をかけてしまった。
「おい貴様、ここは俺の縄張りだ。のこのこと足を踏み入れるだなんて命知らずも良いところだな」
俺の声に反応した女はバッと振り返るも、もちろん俺は木の上なので視界には入らない。首を傾げる女に、俺はシュバッと木から華麗に飛び降りた。何事も最初が肝心。見くびられないように振る舞わなければ。
そこで女を見ると、そいつは金色の髪に青色の瞳をした、宰相の娘とぴったり一致する人物だった。俺は内心酷く驚き、まさかこいつが宰相の娘だなんてと思ったが、時すでに遅し。出てしまったものはしょうがない。俺はマントをバサリと翻して右手で額を押さえ、なんとか平常心を保つ。
「ふっ、よく見れば貴様、最近話題の宰相の娘ではないか。我が秘密の部屋をあんな豪華な部屋に変えた挙げ句、場所すら奪い取るだなんてなんて強欲なやつだ。おかげで俺の安寧の場所が無くなった。調子に乗っているようだが、度が過ぎると俺が裁きを下してやる。なんせ俺は闇魔法の使い手で暗黒の覇者、サタルンヘディック・トヴァレアンヌ様だからな!」
ビシッと指を指し、そのままじっと見つめるも、相手は無反応。あまりにも長い間沈黙が続くので、俺はやはりやばかったかと青ざめる。
魔法研究所内では一応、身分の差は関係なく、実力が全てだと言われている。しかしだからといって、こいつも同じだとは限らない。入ったばかりでたいした成果も上げていないくせにもう好待遇だ。
第一王子に好かれているというだけで、もうトップの座に君臨しているようなものなのかもしれない。ここは王族からの援助で成り立っているような場所だからな。もしこいつの不興を買い追い出されたら……?最悪家族にまで被害が及んだら……?そう考えると恐ろしくてしょうがなくなった。
しかし、だからといってここで手のひら返しで敬語を使いへりくだっても意味がない。少しでも自分を強く見せなければ、権力に潰されてしまう。
「お、おい貴様、何か話せ!……もしかして、今の言葉で気分を害したのか?こ、この話し方は何というか、俺の趣味というか個性というか、だからその……」
なんとか勇気を振り絞り、乗り切ろうとするも言葉が上手く出てこない。何を考えているか分からない目でじっと見つめられ、頭がどんどん真っ白になっていった。
俺があたふたとしていると、何を思ったのか宰相の娘はにこりと笑って、
「わたくしはルナディール・ロディアーナと申します、暗黒の覇者さま。先ほどまでとは随分印象が変わりましたけれど、こちらが普段の方ですの?」
と聞いてきた。その姿が恐ろしくて、つい反射的にこくりと頷いてしまう。すると宰相の娘は、はぁと小さくため息をついて何やら考え出した。
もしかして、この後俺をどうするかを考えているのだろうか?不敬罪で処刑?俺は死ぬのか?じっと見つめるも相手の考えていることが分からない。俺が半分放心状態になっていると、
「その右目の眼帯を外せば、封印されし力を解き放つことができるのでしょう?」
と急に聞いてきた。俺は全く意味が分からなくてフリーズする。
俺は眼帯をつけて以降、自分を守るために、これは真の力を封印する魔道具なのだと言っていた。そんなことを言う俺にみんなは変な顔をし、まともに取り合ってはくれなかったが、まさか宰相の娘がその話を振るなんて。もしかして、俺の真の力を信じているのだろうか?それとも、こいつにも俺と同じような『何か』があるのか?
そう思うと、自然と口から言葉が飛び出した。
「ふっ、貴様にも分かるかこの眼帯の意味が!そうだ、これは我が身に秘められた力を封印するための魔道具!まさかこれを見破るとはもしや貴様も俺と同じく特別な存在なのか?何か貴様にも秘められた力でもあるのか?」
そう尋ねると、宰相の娘は、
「ふっ、バレてしまったのならしょうがないわ。実は私にも、まだ誰にも言っていない特別な力があるのよ」
そう言って不適に笑った。その言葉に自然とテンションが上がる。
特別な力がある。つまり、こいつも何か悩みを抱えているということだ。もしかしたら俺と同じような存在なのかもしれない。
「やはりか!それはなんだ?暗黒竜の支配者?天からご加護を与えられた聖なる力?全ての光を打ち破る闇の王?」
ぐいぐいと迫っていけば、宰相の娘は俺から少し距離を取り、何やら魔法を発動させた。
「ふふ、これが見えるかしら?いつもは制御しているのだけど、あなたには特別に私の力の一部を見せてあげるわ」
そう言って不適に笑う宰相の娘の周りには、可視化できるほどのどす黒い靄……魔力が漂っていた。
俺は信じられなかった。俺より華奢な身体に詰め込まれた膨大な量の魔力。こんなにもたくさんの魔力を持っている人は初めて見た。一体どうやってその身体に魔力を押し留めているのか。しかも、制御をしていると言っていた。つまり、四六時中この膨大な魔力と戦っているということだ。それはどれほど辛く苦しいものなのだろう?
しかし、それだけではなかった。なんと、宰相の娘は更に小さなドラゴンまで召喚した。真っ黒なドラゴン。暗黒竜だ。実在するとは思っていなかった、空想の中だけだと思っていたドラゴン。それをまさかこの目で見ることが出来る日が来るなんて。
ドラゴンは主である宰相の娘の周りを歩き回り、時折口からどす黒い何かを吐き出す。それを優しい顔で見つめる宰相の娘。全てが異次元すぎて頭がフリーズするかのようだった。
こんなに凄い力を持っているのに、今まで宰相の娘がそのような力を持っているなんて話は聞いたことがなかった。いや、確かに魔法研究所内では凄いやつらしいという噂もちょくちょく出ていたが、こんなに魔力を持っているだとかドラゴンを使役しているだとかの話は出ていなかった。
それに、先ほども言っていた。『今まで隠していた』と。つまり、彼女はこれらの力と一人で戦っていたのだ。宰相の娘は、とても凄いやつだった。
俺はどう反応すべきが迷ったが、それでも、宰相の娘が俺の真の力というものを信じて、自分の力を見せてくれたことが嬉しかった。俺はこんなに凄くないし、真の力とかいうのもはったりだ。全部自分を強く見せるための嘘。でも、こいつは本物の強者だ。そんな凄い人と出会えた興奮に、自然と笑いがこみ上げてくる。
「貴様はその身にとんでもない力を宿しているようだな。俺の力にも匹敵するのではないか?いいぞいいぞ、貴様の力を見込んで、我が相棒となることを許そうではないか!」
俺は宰相の娘の中でのイメージを壊さないよう、あたかも自分も凄い力を持っているかのように振る舞った。もちろんそんなものはないし、バレたらよくも騙したわねと殺される危険もあった。それでも、俺を信じてくれて力を見せてくれたことが嬉しく、そうありたいと思ってしまったのだ。家族以外で俺を信じてくれたのは、彼女が初めてだったから……。
「え、っと……相棒、とは?それに、私はただの一般人……」
分からない、といった不思議な顔をする宰相の娘に、笑みが溢れる。わざととぼけて、俺を試しているのだろうか。さすが宰相の娘だ、抜かりがない。
「ふはは、貴様も面白いことを言うではないか。分かるぞ。自身に秘められた力が巨大であれば巨大であるほど、他人には理解されず怖がられ、忌避されるものだからな。俺も他人からの理解を得られたことはない。だが、こんな日を俺は待っていたのだ!俺以外にも同じ悩みを持つ者が現れる日を!まさか、宰相の娘がそうだっただなんてな。おい貴様、もう安心するが良い。今日からは何も気にせず、俺の隣で存分に力を振るうが良い。他人が何と言おうと、貴様は俺が守ってやる。もう、一人ではないのだ」
俺はそう自分に言い聞かせるように……そして、俺が宰相の娘と同じであるかのように、そう告げた。
それから俺は夢中になって宰相の娘の力について聞いたりした。詳しく聞こうとするも上手くはぐらかされてしまったが、それも仕方がないかとすぐに思った。俺ももし赤い瞳のことについてあれこれ聞かれても、答える気は全くしない。力については追々もっと互いに知ってからでも良い。
それよりも驚いたのは、こいつが思ったより悪いやつではなかったということだ。個室なんて要求するからてっきり嫌なやつかと思っていたがそうでもない。むしろ親しみがあり、俺をサタンだなんて呼んだりと少し変なやつだった。
普通の令嬢ならば、男の名前をそんな気軽に呼んだりしない。するのは恋仲ぐらいだ。もしかしたら力の制御に必死で、そういう常識的なことは知らないのかもしれない。……俺もかなりの常識外れでおかしなやつだと言われてはいるが。
だが、話せば話すほど面白いやつだと分かり、俺は久しぶりに楽しさを覚えた。思えば、俺が家族以外の人と話して、楽しいだなんて思うのは初めてかもしれない。
俺はルナディール・ロディアーナという、宰相の娘であり巨大な力を持つにも関わらず、そんなことを一切感じさせない、面白い不思議な令嬢と出会い、俺の魔法研究所での生活は、ここから大きく変わっていくような予感を感じた。
サタン目線でした。次はまたくせのあるキャラが登場です。魔法研究所には個性的な人が多いですからね。ルナディールが翻弄されまくります。




