初めての厨二病キャラ
私は魔剣とお別れしてから、どうしようかと一人ソファに腰掛けていた。だいたい部屋は見終わったけれど、迎えの馬車が来るまでまだたくさん時間がある。かといって、他の部に見学に行くのも気が引ける。なんてったってこの好待遇なのだ。私のことをよく思っていない人が多いに決まっている。でも、ずっとここに引き籠もっているのもダメだ。それこそ他の人と交流が持てず孤立してしまう。せめて、両親を安心させられるように仲良くなれる人を探さなければ。
そこで、先ほどヴォルフに受付に行ってくるようにと言われていたことを思い出した。確か、そこで身分証が貰えるのだ。この魔研に入るためにはそれが必須らしいから、それがないと門前払いされてしまう。前回と今回は見学という目的だったから多分通されたんだ。でも、もう魔研の一員だと言われてしまったので身分証がないとダメなのかもしれない。
私はぴょんっとソファから立ち上がり、自分の部屋から出た。一応きょろきょろと左右を見渡してみるも、やはり誰一人としていなかった。若干期待していた、「あれ、新人ちゃん?わ~、よろしくぅ♪」みたいなシチュエーションは訪れなかった。残念。
四階から一階まで一気に階段を下りると、すぐに受付が見えてくる。魔研内全てが同じ構造のこの設計には本当に助かる。階段を基準にすれば、きっと部屋の場所もすぐに覚えられるはずだ。
「すみません、身分証が欲しいのですけれど……」
二つある窓口の中、一番右側の、玄関側に近い方に立っていた女の人にそう声をかけた。左側は少し生真面目そうな男の人だったので、反射的に優しそうな女の人の方へ身体が吸い寄せられてしまったのだ。男の人は、ちらっと私を一瞥しただけで、スルーしたことに対して特に文句は言ってこなかった。
「身分証ですね?それでは、こちらの紙にご記入をお願いいたします」
女の人は朗らかに笑って、すっと一枚の紙とペンを差し出す。私はペンを持って、紙に視線を落とす。するとそこには、氏名や年齢、所属する場所、ランクを書くところがあった。私はとりあえず名前と年齢だけを記入し、女の人を見上げる。
「すみません、まだ入ったばかりで所属やランクは決まっていないのですけれど……」
女の人は私の書いた紙を見て、ああ、と笑って首を振った。
「いえ、書かなくても大丈夫ですよ。なんなら、ルナディール専用研究室所属、ランクはトリトンと書いても……」
「それは止めてください!」
ぴしゃりと言い放った言葉にくすくすと笑いながら、
「では、少々お待ちください」
といって奥に消えてしまった。
若干の不安を抱きながら待っていると、少しして女の人が現れ、シルバー色の名刺のような紙と、それを入れるホルダーを手にしているのが目に映った。
「こちらが身分証となります。所属の変更やランクの変更など、何か更新したいことがあればまたここへ来て下さいね」
にこりと笑って手渡された身分証を受け取り確認してみると、私の所属とランクはちゃんと空欄のままだった。ということは、またここにお世話になるのかもしれない。
「ありがとうございます」
「いえ。身分証の再発行にはお金がかかってしまうので、そちらは無くさないよう大切に管理して下さい。また、魔法研究所内では必ず携帯するようにお願いします」
「分かりました」
名刺をホルダーに入れて首から提げると、自分もようやく魔研の一員となったのだと胸を張って言えるような気がして、少し背筋が伸びた。
「ふふ、お似合いです」
そんな姿を微笑ましい感じで見られ、私は少し顔が赤くなる。子供みたいだとか思われていたら恥ずかしいな。
「あ、あの。ところで、依頼ってどういう感じのものがあるんですか?」
恥ずかしさ紛れにそう女の人に問うと、女の人はこてりと首を傾げた後、隣にいる生真面目そうな男の人に視線を動かした。
「クナイアさん、ロディアーナ様が依頼の確認をしたいようですよ」
話しかけられたクナイアという人は、面倒そうに私を一瞥した後、奥の方に消えてしまった。
「え、っと……?」
私が困惑していると、女の人はにこりと笑って、
「今、クナイアさんが依頼書を持ってきますのでもう少しお待ちくださいね」
と優しく告げた。その言葉に私はこくりと頷く。
……それにしても。依頼書って奥にしまわれているんだ。掲示板とかに貼ってあるのかと思っていたからなんか変な感じ。これじゃ気軽に、依頼見たいんですけどー!とは言えないかな。
黙って待っているのもなんだか気まずいので、私は女の人に話しかけることにした。
「あの、あなたのお名前を伺ってもよろしいでしょうか?」
「あ、そういえば名乗っていませんでしたね。私はノアナ・ミッドランチェと申します。ノアナとお呼びください」
にこりと気品のある笑みを浮かべ名乗るノアナに、私も慌てて自己紹介をする。
「ノアナさん、ですね。わたくしはルナディール・ロディアーナと申します。わたくしのことも是非ルナディールとお呼びくださいませ。敬語も不要ですわ」
ノアナは驚いたように私を見た後、くすくすと上品に笑い、
「それでは、私もルナディールさんとお呼びいたしますね。職業柄敬語は癖みたいなものなので、どうぞ気にしないでください。ルナディールさんの方こそ、私に敬語は不要ですよ」
と言った。
ヴォルフといいノアナといい、敬語が癖だなんて、いかにも出来る大人って感じ。なんか、私が勝てる気がしないな。笑顔と敬語、年上の三つが揃っている人にはどうやっても言いくるめられそうだと思ってしまうのは私だけだろうか。
「これが依頼書だ」
奥から戻ってきたクナイアが、分厚いファイルをカウンターの上に置いた。私は左側のカウンターに移動し、分厚いファイルをまじまじと見つめる。
「これ、全部依頼ですか?」
「そうだ」
「……こんなに困っている人がいるんですね」
こんなのどれだけ人がいても終わらないよ、と思いながらパラパラと捲ってみると、時折黄色く変色したいかにも古そうな紙があり、私は、ん?と手を止めた。
「依頼日……あれ、これって十年ぐらい前?」
「ああ。依頼を出しても必ず誰かが受けてくれるというものでもないしな。遙か昔に依頼が出され、忘れ去られている物もいくつかある。最悪依頼者が死んでいるというケースもあるかもな」
私の呟きに、そう淡々と説明するクナイア。私は衝撃を隠せずついクナイアの顔をガン見してしまう。
「死んでいるって……。確認とかしないんですか?緊急案件とかだったりするかもしれませんし」
「受理する時にどの手の依頼か確認しているから問題ない。長い間放置されているのはあまり重要な物ではないはずだ」
そう言われて確認すると、確かに、雑草抜きの手伝いとかお使いの依頼とか、こんなのわざわざ魔研に出す必要があるのかと思ってしまうような内容が多かった。しかも報酬もあまり良いとはいえない。長年誰にも受けてもらえず放置されているのは仕方がないことと言えばその通りだった。
「……なんか、便利屋って感じですね」
「……否定はしない」
辺りにどうしようもない微妙な空気が流れ始めた時、ノアナがパンッと一つ手を叩いて、
「それで、ルナディールさん。何か気になった依頼でもありました?」
と明るく言った。そのおかげで一気に微妙な空気が吹き飛んだ気がする。
「そうですね……」
改めてパラパラとページをめくっていると、ふと気になる文字が見えて手が止まってしまった。その依頼をじっくり読んでみると、更に興味がそそり、目が離せなくなってしまった。
私の手が止まったのを見て、クナイアも一緒にそのページを見る。すると、クナイアは顔を顰めて大きくため息をついた。
「もしかして、それを受けたいのか?」
その言葉に頷くと、ノアナもひょこっと顔をのぞかせ、依頼内容を見てにこりと笑う。
「ああ、それですか。面白いものに目を付けましたね、ルナディールさん。他の人はみんな呆れて見向きもしなかったんですよ」
「当たり前だろう。だいたいこいつは普段の言動からしておかしなやつだ。お前も、こんな依頼を受けたら絶対面倒なことになるぞ」
二人のその反応に苦笑しながら、まぁ無理もないよなーと頷く。
「でも面白いじゃないですか、依頼人の名前も、依頼の内容も。この依頼、受理日が一ヶ月前になっていますけど、まだこの集合場所にいると思いますか?」
「……まぁ、いるだろうな。そこはこいつの縄張りらしいし」
「なら、この依頼を受けます」
私がにっこりとクナイアに宣言すると、クナイアはやれやれといった感じでため息をつき、本当に良いんだな?と何回も確認しながら、受付をしてくれた。
「よし、受付完了だ。依頼内容は世界に眠る秘宝の探索で、依頼者は暗黒の覇者。報酬は暗黒の覇者の仲間になれる権利。依頼者とともに探索の報告をしにきたら依頼達成となる」
「はい」
真面目な顔で返事をすれば、クナイアはまた一つため息をついて、
「また変人が魔法研究所の一員となったのか」
と呟いた。
依頼の集合場所とかかれている場所に行ってみると、やはり誰一人としてそこにはいなかった。魔研の玄関を出て、建物沿いに右へ直進すると現れる開けた場所。そこが集合場所であり、この暗黒の覇者という人の縄張りらしい。
それにしても、この暗黒の覇者という人は一体どんな姿をしているんだろう。やっぱり厨二病感満載なのかな。まさかこの世界にも厨二病がいるとは思わなかったので、つい興味本位で依頼を受けてしまった。
誰もいないみたいだし、今日は出直すか。そう思って踵を返したとき、ふいに後ろの方で、
「おい貴様、ここは俺の縄張りだ。のこのこと足を踏み入れるだなんて命知らずも良いところだな」
そう聞こえ、私はバッと振り返った。しかし、後ろには誰もいない。首を傾げていると、シュバッと木の上から誰かが颯爽と降りてきて、手を地に着きそれはカッコいい姿勢で現れた。それからゆっくりと立ち上がり、左手でマントをバサリと翻して右手で額を押さえた。
ダークブルーの髪に、青色の瞳。全身真っ黒で、腰に剣を差していて右目に黒色の眼帯までしている。ジャラジャラと鎖のようなものを腰に身につけ、黒いマントを身に纏うその姿は、本当に暗黒の覇者というにふさわしい見た目だった。
「ふっ、よく見れば貴様、最近話題の宰相の娘ではないか。我が秘密の部屋をあんな豪華な部屋に変えた挙げ句、場所すら奪い取るだなんてなんて強欲なやつだ。おかげで俺の安寧の場所が無くなった。調子に乗っているようだが、度が過ぎると俺が裁きを下してやる。なんせ俺は闇魔法の使い手で暗黒の覇者、サタルンヘディック・トヴァレアンヌ様だからな!」
とても長い名前を名乗った暗黒の覇者は、ビシッと私に指を指して、そのままじっと私の方を見続けていた。
……なんというか、私はこの人にとても敵視されているみたいだ。
それにしても、あの研究室は元は物置だったはずだ。普段から使っている人はいないという話だったけれど、この人は使っていたのか。我が秘密の部屋、と呼んでいる辺りお気に入りの場所だったんだろうな。でも、私が強欲なやつだと勘違いされるのは嫌だな。あれはあくまでフォスライナがああ改造しただけで、私の考えは全く入っていない。なんとかして弁解したいけれど、どうしたものか。
「お、おい貴様、何か話せ!……もしかして、今の言葉で気分を害したのか?こ、この話し方は何というか、俺の趣味というか個性というか、だからその……」
私が黙りこくっていたからか、暗黒の覇者は急に態度を変えておろおろとしだした。狼狽えている姿は、さっきまでとは打って変わりまるで子犬のようだ。もしかしたら本当は気の弱い人なのかもしれない。
「わたくしはルナディール・ロディアーナと申します、暗黒の覇者さま。先ほどまでとは随分印象が変わりましたけれど、こちらが普段の方ですの?」
にこりと微笑んでそう聞けば、暗黒の覇者はびくりと身体を震わせ、こくりと小さく頷いた。
その反応に少しがっかりしながら、私は小さくため息をついた。
……それにしても、暗黒の覇者なんて言うからちょっとは期待したのにな。右手が疼くぜ、とか、我が左目に宿りし真の力を解放する時が来た!とか言わないのか。クナイアさんの反応からして絶対に厨二病だと思ったんだけどなぁ。
しばらく暗黒の覇者を観察し、それでももしかしたらこっちから話題を振れば応えてくれるかも、と僅かの期待を抱きつつ、
「その右目の眼帯を外せば、封印されし力を解き放つことができるのでしょう?」
と問えば、暗黒の覇者はしばらく呆然として、それから水を得た魚のごとく話し出した。
「ふっ、貴様にも分かるかこの眼帯の意味が!そうだ、これは我が身に秘められた力を封印するための魔道具!まさかこれを見破るとはもしや貴様も俺と同じく特別な存在なのか?何か貴様にも秘められた力でもあるのか?」
期待に満ちた目でそう言われ、私もどんどん楽しくなって、ついそのノリに乗ってしまう。だいたい私は厨二病というものにとても興味があったのだ。前世では残念ながらそういう人とは出会えなかった。だから、厨二病トークをする機会などなかったというのに、まさかここでその機会に恵まれるだなんて。ここはもうはっちゃけるしかないよね。
「ふっ、バレてしまったのならしょうがないわ。実は私にも、まだ誰にも言っていない特別な力があるのよ」
にやりとそう不適に笑えば、暗黒の覇者はより目を輝かせて、
「やはりか!それはなんだ?暗黒竜の支配者?天からご加護を与えられた聖なる力?全ての光を打ち破る闇の王?」
とぐいぐいと迫ってきた。私はどうしようかと一瞬考えたが、自分の魔力が可視化出来るぐらい強力な力を持っている令嬢で良いかと考え、少し暗黒の覇者から距離を取って闇魔法を発動させた。闇魔法を靄のように自分に纏わり付かせるイメージだ。
「ふふ、これが見えるかしら?いつもは制御しているのだけど、あなたには特別に私の力の一部を見せてあげるわ」
これが暗黒の覇者の思っている特別な力と合致するかは分からなかったけれど、もうこれは勢いで乗り切るしかない。それから少し魔法の出力を大きくして、小さなドラゴンを形作ってみた。本当に小さな、膝ぐらいまでしかないドラゴン。こういうイメージは小さい頃からよくしていて、妄想が趣味だった私には苦でもない。素敵な闇竜が出来た。
試しにトテトテと私の周囲をうろつかせてみると、そのあどけない歩き方があまりにも可愛くて顔がにやけてしまう。ただの靄の塊で作ったイメージだから、触ることが出来ないのは残念だ。これが実体化して触れられるようになればもっと魔法で出来ることが増えそうなのに。
カポ、と小さく口から靄を吹くようイメージしたら、ドラゴンはその可愛い小さな口を開けて、カポ、と靄を吹く。ああ、本当に可愛い。もうペットにしたい。魔力消費えぐいけどそんなの気にならないくらいに可愛い。癒やされる。
しばらく暗黒の覇者のことを忘れて、自分で作ったドラゴンと戯れていると、急に、ふはははは、と笑う声が聞こえ視線を上げる。すると、暗黒の覇者が額に手を当て、私の方を見つめながら、
「貴様はその身にとんでもない力を宿しているようだな。俺の力にも匹敵するのではないか?いいぞいいぞ、貴様の力を見込んで、我が相棒となることを許そうではないか!」
と、思ってもいなかったことを口にした。私は急いで魔法を消し、暗黒の覇者を見つめる。
「え、っと……相棒、とは?それに、私はただの一般人……」
これはもしかして、また面倒なことになるのでは、という嫌な予感を抱きつつ引きつった笑みを浮かべれば、暗黒の覇者は不適に笑い、
「ふはは、貴様も面白いことを言うではないか。分かるぞ。自身に秘められた力が巨大であれば巨大であるほど、他人には理解されず怖がられ、忌避されるものだからな。俺も他人からの理解を得られたことはない。だが、こんな日を俺は待っていたのだ!俺以外にも同じ悩みを持つ者が現れる日を!まさか、宰相の娘がそうだっただなんてな。おい貴様、もう安心するが良い。今日からは何も気にせず、俺の隣で存分に力を振るうが良い。他人が何と言おうと、貴様は俺が守ってやる。もう、一人ではないのだ」
そう言った。目をランランと輝かせて言う言葉を、私は否定することが出来なかった。本当に嬉しい、運命だ、もう一人ではない、と言っているその目の輝きを奪うようなことは言えないと思ってしまった。
思いつきとノリと、ちょっとした好奇心、そしていつもみたいに調子に乗って話していたら、まさかこんなことになるだなんて。私はもしかしたら、大変な誤解を生んでしまったのかもしれない。私の心が、ズキリと痛んだ気がした。
ルナディールとサタルンヘディックの出会い。これが今後のルナディールの生活にどう影響を与えるのでしょうか。……それにしても、眼帯イケメンって最高ですよね。




