ルナディールという令嬢
俺はリューク・フォルテラーナ。最近、おかしな知り合いが一人増えた。それは、ルナディール・ロディアーナという令嬢だ。宰相の娘で王族とも仲が良い、普通なら滅多に交流を持てない相手。それなのに、なぜか俺は彼女に好かれ、交流を持つこととなってしまった。
俺はある日、シューベルトという王子に招待状ならぬ呼び出し状を貰った。内容は、いついつにお城へ来い、とのこと。俺はすぐさま先日の舞踏会のことが頭をよぎった。
俺は王族主催の舞踏会で、とある令嬢を泣かせてしまった。どうして泣かせてしまったのかは分からないが、あいつはボロボロと涙をこぼし、俺の前から逃げ去った。なんとも面倒なことになったと思った。運悪くその場面を他の貴族に見られていたらしく、その噂はすぐに広まった。
しかも、薄々気付いてはいたが、あいつは宰相の娘で、王子たちが婚約者にしようと争っている令嬢だった。身分は高く、俺は処刑にでもされるんじゃないかと思った。王族にかかれば、俺を殺すことなど容易だろう。
その噂はどんどん広まり、俺は完全に社交界での居場所がなくなった。きっと、俺に関わって王族の怒りを買うことを恐れたのだろう。そのおかげでお茶会などの招待状は届かなくなり、外出する必要もなくなった。
しかし、それは俺にとって別に苦ではなかった。むしろ、あの居心地の悪い社交界に行かなくて良くなり清々していた。そして、いつか来るのだろう処刑の日を、俺は家でのんびりしながら待っていた。ようやくソルティアに会えると思いながら。
舞踏会を終え、何日か経った頃、急に一人の青年が家に押しかけてきた。スラッとした長身でさらさらとした黒髪に、綺麗な青色の瞳。いかにもモテそうな男だった。彼は俺を見ると、俺を鋭く冷たい目で睨み付けた。そのあまりの迫力と彼から溢れ出す殺気に、とうとう来たかと思った。
「俺はアリステラ・ロディアーナ。お前はリューク・フォルテラーナで、俺の義妹のルナディールを泣かせた。合っているな?」
有無を言わせぬ迫力。そうか、こいつが宰相の跡継ぎで、優秀だと噂されているアリステラか。わざわざここまで出向くだなんて、相当怒っているな。今斬り殺されてもおかしくない状況だ。
俺が静かに頷くと彼の目は一層鋭くなり、
「そうか。お前のせいでルナディールは寝込み、部屋に引き籠もってしまった。今後一切ルナディールと関わるな。次またルナディールを泣かせたら、その時は容赦しない」
そう冷たく言い放ち、くるりと背を向け颯爽と帰ってしまった。
俺は今ここで殺されなかったことに拍子抜けしながら、それにしても凄い迫力のある青年だったな、としみじみと思った。
それからの今回の呼び出し状である。ついに処刑の日が来てしまったみたいだ。これでようやく、ソルティアの元へ逝ける。俺は静かに微笑んだ。
しかし、いざお城へ出向いてみると、王子の姿はなく、高そうな菓子やティーカップが並べられた二人用のテーブルがある部屋に通された。使用人に、ここで少々お待ちください、と言われ、一人部屋に残される。俺は状況が分からず、とりあえず突っ立って、誰かを待っていた。
少し待っていると、部屋の外が少しだけ騒がしくなった。ようやく俺を殺す人がやってきたのだろうか?と思っていると、ドアが開き、見たことのある令嬢が姿を現す。令嬢は俺を見た後、
「りゅ、りゅりゅりゅ、リュークさまあっ!?」
と素っ頓狂な声をあげ、呆然と立ちつくした。俺も状況が分からず、立ちつくす。
これは、どういうことだろうか。俺は殺されるためにやってきたのだろう。それなのに、なぜここにあいつがいる。もしかして、殺すならこの手でやりたいと志願したのだろうか?だが、それだとあんなにあいつが驚いている説明がつかない。
一人混乱していると、同じく混乱している様子の令嬢を置いて、王子と義兄は退室してしまった。取り残された俺たちはどうすれば良いのか分からず、互いに黙り合う。
「すうっ……はあっ……よしっ!」
すると、いきなり令嬢が何か決意をしたらしく、俺の方を見据えて淑女の礼をした。
「お久しぶりでございます、リュークさま。あまりの出来事に理解が追い付かず、呆然としてしまい申し訳ございませんでした」
そして間髪を入れず俺の目の前まで歩いてきて、今度は勢いよく頭を下げた。
「リュークさま、舞踏会では大変ご迷惑をおかけしてしまい申し訳ございませんでした!変なことを口走った挙句、わたくしがリュークさまに泣かされたという誤った噂まで広まってしまい、そのせいで義兄が脅しに行ったこと、そしてリュークさまご自身の評判を下げてしまったこと、心の底からお詫び申し上げます!わたくしがリュークさまに嫌われ、これ以上自分が傷付くのが怖くて謝罪するのを先延ばしにしてしまいました。長い間謝罪もせず、その間にリュークさまが大変傷付いてしまったことにも気付かず、本当に申し訳ございませんでしたっ!!」
そう発言する令嬢。俺は何が起こっているのか全く分からず、頭が追いつかない。
俺が傷付いた?泣かされたという誤った噂?申し訳ございません?
……意味が分からない。俺は傷付いてなどいないし、泣かせたというのは嘘じゃない。あの義兄も言っていた通り、俺がこいつを傷付けて泣かせたのではないのか?それなのに、なぜこいつが謝る?
「……何言ってるか、分かんないんだけど」
本当に理解できずに、思わずそう呟いてしまった。
するとその声が聞こえたのか、令嬢は俺を見上げ、なぜかまた涙を流し始めた。
「す、すみま、せ……ゆる、許して、もらえるとは、思って、いなかった、んです。ただ、謝罪だけは、したく、て……み、見苦しくて、す、すみま、せん……」
ボロボロと涙を溢しながらそう言う令嬢。どうしてここで泣くのかまた意味が分からなくて、思考を放棄したくなりながらも、俺は、なんとなくこいつが勘違いしているような気がして、とりあえず話を進めるためにも口を開いた。
「あー……いや、そうじゃなくて。まず俺、傷付いてないから」
「……ふぇ?」
俺の言葉が理解出来なかったのか、変な声を上げる令嬢。俺はどう言えば良いのか考えるも、途中でめんどくさくなり、そのまま思ったことを伝えた。
「いや、だから俺、傷付いてないから。確かに俺が泣かせたとかそんな噂広まってたけど、評判とか元々地に落ちてたから然程影響なかったし。むしろ周囲の誘いが減って清々してた。それに、あれって事実だろ?なんで泣かれたかさっぱり分かんなくて、頭のおかしな変な奴だとは思ったけど……。というか、俺、今日死ぬんだと思ってたし」
そんな俺の言葉に、
「……はい?」
と、更に困惑した表情を浮かべる令嬢。その姿を見て、俺は、自分が殺されるというのはただの考えすぎだったのか?と思ってしまう。
「お前、宰相の娘なんだってな。しかも王子お気に入りの。だから不敬罪で処刑かと思ったんだよ」
思ったままを言えば、完全にフリーズしてしまった令嬢。
しばらくして、恐る恐るといった感じで、
「そ、それじゃあ……私は、リュークに嫌われて、ない?殺したいほど憎んでたり、怒ってたり、しない……?」
と確認するように呟いた。その言葉に、俺はゆっくりと頷く。すると、令嬢は一気に安心したのか、
「良かったぁ~~~!」
と言ってその場にへたり込んだ。そして、笑いながら、
「リュークさまっ、ありがとうございますっ!」
となぜかお礼を言った。俺は何に対してのお礼か分からず混乱したが、とりあえず、
「お、おう?」
と返事をする。その返事を聞いた令嬢は、更に笑顔になった。
そして、キュルルル~とお腹の鳴る音が聞こえ、ハッとしたようにお腹を押さえた令嬢。俺はそのなんとも言えない間抜けな絵面を見て、呆れて、やっぱり食いしん坊なんだな、と呟いてしまう。思えば、こいつは初めて会った時もたくさんのスイーツを食べていた気がする。
俺の呟きが聞こえていたのか、令嬢はカァッと顔が赤くなりながら、
「違います!これはたくさん頭を使ったからです!それに、近くに美味しそうなお菓子があって、美味しい匂いもしているからです!」
と、どこかずれた言い訳をして、ゆっくりと立ち上がってテーブルの席に着いた。たくさんのスイーツを前に頬を緩め、
「リュークさま、せっかくですしお菓子をいただきましょう」
そう笑顔で言う令嬢。先ほどまで涙を流していたとは思えないその切り替えの早さに呆れてしまう。
まさか、こいつと今日お茶会をすることになるだなんて思ってもいなくて、そして本当に嬉しそうに笑うその姿に、つい肩の力が抜けてしまった。俺は、今日殺されに来たはずなんだけどな。
俺も仕方なく席に着き、それから一緒に菓子を食べた。令嬢はそれはそれは美味しそうに目の前にあるたくさんのスイーツを口に運び、感想を言っていた。これはふわふわだとか、ほどよい甘さだとか、このサクサク加減が良いだとか。その言葉に、今は亡きソルティアを思い出し、気付けば俺も菓子を食べ、感想を溢していた。
ソルティアを彷彿とさせる言動に懐かしさを覚えながら菓子を食べていると、いつの間にか目の前にあった大量の菓子は無くなっていた。
満足した様子の令嬢は、ふと何かを思い出したような顔をし、
「そういえばわたくし、リュークさまにお詫びの品を用意していたのです。実は、今朝謝罪の手紙を届けるようお願いしたので、きっともうすぐリュークさまのお家に届く頃かと思いますわ」
そう言った。なんと、この令嬢はわざわざ謝罪の手紙なんてものも寄越していたらしい。
「そんなに気を遣う必要があるか?今一緒に菓子を食べている時だって、俺が失礼な態度をとっても怒る気配はなかったし」
お前、本当に良いとこのお嬢様か?と令嬢を見つめると、令嬢はこてりと首を傾げ、
「失礼な態度とは何のことでしょう?」
と、本当に分からなさそうな顔をした。その言動に、まじかこいつと思いながらも、
「普通、俺より身分が高いお前には敬語とか敬称とか使わなきゃいけないだろ。それなのに一向に気にしないから俺も無視して喋っていたが、こんなところをあの王子やお前の義兄に見られたら、ズバッと剣で切られそうだ」
そう素直に口にすると、令嬢は一瞬固まり、なぜかあわあわと慌て出した。
「そ、それは……確かに、全然気付かなかった。でも、リュークに今更改まって話されるのは……」
そう何やらぶつぶつ言ったあと、ある程度考えがまとまったのか、俺ににこりと微笑んだ。
「わたくしは別にそういうのは気にしませんので、お好きなようにお呼びくださって構いませんし、敬語も別に要りませんわ。ただ、リュークさまがそのせいで罰せられるのは嫌ですので、二人だけの時のみでお願いいたします」
その寛容な態度にやや怯み、何を考えているんだと不安に思いながらも、ここで変に断ることもできないので了承した。それから流れるように明日俺の家に来ることになり、気が付けば帰路についていた。
そして翌日。俺は、一応外であいつが来るのを待っていた。二人の時は気にしないでと言っていたが、さすがに出迎えにもいかないのはいかがなものかと思ったからだ。それに、あの義兄がくっ付いて来ていたら不敬で殺される気がした。別に殺されることに未練などはないが、そんなことになればあの令嬢は悲しむだろうから、一応だ。それに、ソルティアと過ごした思い出のあるこの家を血なんかで汚したくない。
馬車が現れ、その中から令嬢が優雅に降りてきた。目が合った俺は、一応ぺこりとお辞儀する。すると、驚いたように駆け寄ってきて、
「リュークさま、もしかして外で待っていらっしゃったのですか?そんなに気を遣わなくても良かったですのに」
と思った通りの反応をした。そのブレない態度に感心する。
「いや、身分的に出迎えるのは当たり前だろう。引き籠もりで世間に疎いといっても、さすがに常識は持ち合わせている」
義兄がいないことを確認し、俺はラフに接する。すると令嬢も、それを特に気にした様子もなく、
「確かに常識で言えばそうかもしれませんが、本当にお出迎えなんて要りませんから。それに、わたくしも王子さまが我が家へ来る際、特にお出迎えとかしていませんし。リュークさまも気にしないでくださいませ」
と、笑ってより常識を越えた回答をした。
こいつは王族に対してもこうなのか。よくそんなんで殺されなかったな。それほど気に入られているということだろうか。
俺は目の前にいる令嬢を見つめ、こいつは大物だな、と一人感心した。身分が高いくせして気取らないその態度と、こんな俺にこうも好意的に接してくれる姿がまたソルティアと重なり、俺は自然と笑みが溢れる。
「ふっ、そうか。分かったよ。じゃあ俺も次からは家で待ってるとする」
だが、俺に敬語を使われるのは少々居心地が悪いので、
「あと、俺に敬語とか堅苦しいのは要らないからな。さまとか付けなくて良い」
と言った。しかし、
「わ、分かりました。それじゃリュークさんとお呼びしますね」
癖なのか、まだ丁寧さが残っている姿が面白く、吹き出しそうになってしまう。
「呼び捨てて良いって。てか、敬語だし」
「リュークさんは年上なんですから、最低限の敬語とさん付けは当たり前じゃないですか」
ツッコまれてもそうきっぱりと無理です、と断言する令嬢に苦笑いしながら、
「そうかそうか、本当に変わった令嬢だなお前は」
そう言って踵を返し、家へ入ることにした。
「お前からしたら殺風景な家だろうが、文句言うなよ」
煌びやかな生活になれているだろう令嬢にそう声をかけながら家へ招く。
俺の家は特に豪華なものなどなく、こいつからしたら殺風景で面白味のない家だろう。俺は変に高い装飾品や家具を買って見栄を張るより、本や菓子作りの材料を買う方が断然有意義だと思っている。そのせいで変人だとかいろいろ言われたりしたが、俺はソルティアという一番の理解者がいたので別に構わなかった。
しかし令嬢は、
「文句なんて言いませんよ。落ち着いていて良い家じゃないですか。なんだか懐かしい感じがして寛げそうな空間で素敵です」
なんて言って笑ったので、すこし驚いた。ソルティア以外にもこの家を良いと言ってくれる人がいるんだな。俺は懐かしい言葉を思い出し、一人少し嬉しくなった。
リビングへと入った令嬢は、辺りをくるっと見回した後、本棚の方へ足を向けた。興味深そうに眺めた後、
「ものすごい数の本ですね!これ、全てリュークさんが?」
若干声を高くした令嬢に、こいつも本に興味があるのかと不思議に思いながらも、
「ん?ああ。元々家にあったものから買い寄せたものまでいろいろあるぞ」
と答えると、令嬢は一つため息をこぼし、うっとりと本を見つめ、やや遠慮がちに、
「……あの、もしかして全部の内容頭に入ってたりします?」
と尋ねたので、俺は即答した。
「まぁ、何度も読んだからな。当たり前だ」
ここの本は俺が幼い頃から読んできた本でもあるので、その内容はよく頭に入っていた。死んだ父親が本好きで、俺が本を読んでいると嬉しそうに笑うので、俺はよく本を読んでいた。分からないところを聞けば、笑顔で答えてくれる父。俺が興味のある分野の本を誕生日に買ってきてくれたりなど、ここにある本のほとんどは、俺と父親の大切な思い出がたくさん詰まっている。
しばらく一人昔を懐かしんでいると、ふと、
「あの、もしかしてこのピアノを弾いたりするんですか?」
と声が聞こえ、俺は現実に返る。
「それは昔からあるやつでな。よくソルティアが弾いていたんだ。あいつのピアノは上手かった……」
そうしてまた昔を思い出し、懐かしむ。
……本当に、昔は幸せで、楽しかったんだけどな。今の俺に楽しいことはもう、訪れないだろう。
「えーっと……どちら様ですか?」
また発せられた声で現実に返り、俺は覗き見をしていたらしい使用人三人を見つけた。
「なんだ、盗み聞きか?」
いつの間にいたのか、全く気が付かなかった。俺が尋ねると、三人は、ひぃっ!と息を飲み、慌てて俺たちの前までやってきて勢いよく頭を下げる。
「すみません、私たちはリュークさまに仕えている使用人なのですが……」
「今日は久しぶりに来客が来るとおっしゃられていたので、どのような方がいらっしゃるのだろうと気になってしまい……」
「ですが、まさかこのようにお美しく可愛らしいお嬢様だとは思いもせず……」
そう一人一人説明していく三人。どうやら久しぶりに訪問者が来たことを嬉しく思っていたみたいだった。確かに、前来た訪問者はものすごい殺気立っていて、三人をびびらせてしまったからな。喜ぶのも無理はないか。
「そうだったんですね。挨拶が遅れてしまい申し訳ありません。わたくし、ルナディール・ロディアーナと申します。以後お見知りおきを」
使用人相手にも貴族の礼をする、相変わらずな令嬢。その様子に三人はとても慌て、こちらこそです!と頭を下げた。
俺はその様子に、なんだか無性にからかいたくなってしまい、
「にしても、あんま怪しい行動はしない方が良いぞ。下手したら首が吹っ飛ぶ、物理的に」
はぁとため息をついて、わざと大袈裟にそう言えば、一気にその場が凍り、三人は微動だにしなくなってしまった。そのあまりの怖がりように笑えてくる。
「ちょっと、なんてこと言うんですか!私そんなに恐ろしいことしませんよ!ほら、リュークさんのせいで使用人さんたち固まっちゃったじゃないですか、どうするんですか?」
悪者にされた令嬢は怒り、さぁ、撤回して下さい!と迫力のある目で訴える。俺はまだこの光景を楽しんでいたかったが、楽しみすぎてこいつを怒らせて冗談にならなくなるのは面倒だったので、
「ああはいはい悪かったよ」
と言い、パンッと自分の手を叩いて使用人たちの正気を戻した。
「さっきのは冗談だから気にすんな。コイツ、身分とか関係ないっていう変な令嬢だから、気軽につっかかって良いと思うぞ。な?」
俺の説明に、満足したようににっこりと微笑んで頷く令嬢。
「はい、もちろんです!何かあれば気軽に話しかけてくださいませ。わたくし、お話するのは好きですから」
そして、やはりそんなぶっ飛んだことを言う。使用人も困惑し、互いに目を合わせ、何やら目で会話した後、一斉に頭を下げた。
「ふつつか者ですが、どうぞこれからよろしくお願いいたします!」
「騒がしくして悪かったな」
使用人が退室し、席に座ってから一応俺はそう謝った。すると、やはり令嬢は特に気にした様子もなく、
「いえいえ。皆さん優しそうで素敵な方たちでした」
そうにこりと笑った。それから流れるように、
「あの、これ、先日のお詫びの品です」
と渡してきたので、俺も、ああ、と言って受け取った。
「別に要らなかったんだけどな。なんとも思ってなかったし。俺なんかより王子さま方とかに渡した方が良かったんじゃないか?」
「いえ、そんな訳には。それに、それはリュークさん用に作りましたから、他の人にあげることはできないのですよ。お詫びの品が要らないと言うのなら、今日の招待のお礼とでも思って受け取ってください」
何気なく返した言葉にそう返され、俺は、まじか、と手に持っている箱を凝視してしまう。
「作った……?ってことは、これ手作りか?器用なもんだな。ここで開けてみても?」
「もちろんです」
了承を得て箱を開けると、銀色の唐草模様で中央に金色の三日月の形があるバングルが出てきた。太陽にかざせばキラキラと反射し、とても美しい物だった。少なくとも、俺が持っている中で一番の高級品となるだろう。
「なかなか良い代物だな。大事に使わせて貰うよ」
こんなに良い物を貰っておいて、何も返さないのはさすがに気が引ける。だから、俺は密かに用意しておいたものを振る舞うべく立ち上がった。
「じゃあ今度はこっちの番だな。ちょっと待ってろ」
それからキッチンへ行き、あらかじめ用意しておいた菓子や焼いている途中のクッキーの様子を確認しながら、最後の仕上げを手早く仕上げた。そして、台に並べ、あいつの元へ押していく。
俺が持ってきた菓子を見ると、くぎ付けになりそこから一向に目を逸らさなかった。そのあまりの姿に苦笑いする。本当にこいつは菓子が好きらしい。
「お前の口に合うかは分からないが……俺の菓子が食べてみたいと言っていたからな。一応作ってみた」
「えっ、もしかしてこれ全部、リュークさんの手作りですか!?」
「あ、ああ」
「うそっ!こんな、こんな贅沢があって良いのでしょうか!?リュークさんの手作りお菓子が食べられるなんて……」
俺が作った菓子、というだけでこの喜びよう。本当に不思議だった。
普通、そんな仲良くもない、しかも知り合ってばかりの人が作った手作りの菓子だなんて、恐ろしくて食べられないものではないのだろうか。特に身分が上になればなるほど、毒が入っているかもしれない、なんて言って、毒味を通さないと絶対に食べない。それどころか、一般人が作ったお菓子なんて食べられませんわ、と門前払いするのが普通だろう。
俺はそのこともあり、自分が菓子を作るだなんて言ったことは、ソルティア以外になかったのに。本当に不思議なやつだ。一体どこからこの情報を仕入れてきたのか。それに、どうしてソルティアのことを知っているのかも気になる。親しかったのだろうか。そんな人がいるなんて話、聞いたことがなかったけどな。
「ほら、良いから食べろよ。冷めちまう。作りたてが一番美味しいんだからな」
なかなか食べ始めない令嬢にそう言えば、令嬢はそれはそれは美味しそうに俺が作った菓子を食べた。幸せそうに食べるその姿に、またソルティアが重なる。
ああ、どうしてだろう。ソルティアがいなくなってからは、毎日がつまらなくて、いつも死にたいと思っていたのに。なぜかこいつを見ているとソルティアを思い出し、あの幸せだった頃を思い出す。そして、忘れていたはずの、ソルティアとの愛おしい日々を思い出す。ソルティアのことを思い出し、こんなに幸せになったのはいつぶりだろうか。最近は、ソルティアのことを思い出すと気が滅入ることが多かったからな。
令嬢が菓子を幸せそうに食べている間、俺はソルティアとの幸せだった日々を思い返していた。そして、令嬢が全て菓子を平らげた頃、令嬢は恥ずかしそうに、
「え、その、あの……あまりの美味しさに我を忘れてしまって……」
と弁解し始めた。きっと、全て食べてしまうだなんて、とでも思っているに違いない。俺は幸せの余韻に浸りながら、
「美味しそうに食べて貰えて嬉しいよ。気が向いたらまた作ってやるから、また食べに来い」
と言えば、なぜかぱっと俺から目を逸らし、
「ぜ、是非。リュークさんのお菓子は毎日でも食べたいぐらい美味しい……ですから」
消え入りそうな声でそう言った。
食いしん坊なことが、今更恥ずかしくなったのだろうか。そんなこと、舞踏会で印象に残っているから別に驚きもしないのに。変なところで恥ずかしがるんだな。
それから雑談をしてその場はお開きとなり、俺は静かになった部屋で一人、昔を懐かしみながらソルティアに語りかけた。
ソルティア、ルナディール・ロディアーナという面白い令嬢と知り合いになったぞ。お前はこいつを知っているのか?なんだか、こいつを見ているとお前との幸せな日々を思い出すんだ。俺は久しぶりに、いや、ソルティアを失ってから初めて、幸せを感じたよ。
リューク目線のお話でした。ちょっといつもより長くなっちゃいましたね……。次回は魔研二日目、ルナディール目線に戻ります。




