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憂鬱な義兄

「はぁ……」

 俺、アリステラ・ロディアーナは自室で盛大なため息をついた。ソファに深く腰掛け、紅茶を飲むも一向に気分は上がらない。本当に、俺はどうしてしまったのだろうか……。

 俺は天井を仰ぎながら、魔法研究所、そしてシューベルトに言われたことを思い返していた。


 一昨日、俺とルナディールは魔法研究所に見学に行ってきた。いつもよりどこかテンションが高かったルナディールは、それはそれは楽しそうに笑いながら話を聞いたりしていた。

 責任者だというヴォルフはとても良い人そうだったし、彼の元ならルナディールも安全に過ごせるのでは、と思った。しかし、魔法研究所では、ビーヴィン、プラヴィン、マジヴィン、フォーヴィンの四つのうちどこかには必ず所属しないといけないのだが、それがどうしても不安で、今の俺の悩みの種だ。


 ビーヴィンではよく分からない魔獣が所狭しと並んでおり、それがいつ脱走するかも分からない。しかもあそこのリーダーと呼ばれる人はマイペースで、とても頼れる人物とは思えない。あんなところにいたらルナディールが魔獣に襲われるのではないかと気が気ではない。魔獣に傷付けられて帰ってきた姿などを想像したら恐ろしい。俺は怒りで魔獣を殺してしまうかもしれない。


 プラヴィンなんてもってのほかだ。暑苦しくルナディールに迫るリーダーも気に食わないし、あそこの部屋はなんとも言えない臭いが充満しており耐えられない。あんなところにルナディールを行かせるわけにはいかない。それに、ルナディール自身あそこは何となく軽くあしらっていた気がするから却下。


 マジヴィンは一番まともそうなところだった。リーダーも責任感がありそうで、きっちりとした性格は好感が持てる。ただ、あそこはあまりにも空気がピリピリとしていてルナディールに合うとは思えなかった。実際、追い出されてしまい、ルナディールはとても落ち込んでいた。


 そして最後のフォーヴィン。あそこは一番ルナディールが乗り気に見えた場所だ。リーダーの顔はよく見えず、あまりしっかり者には見えなかったが、どのリーダーの時よりルナディールがぐいぐいと迫っていっていた。調合にあんなに興味があるとは思わなかったが、それが逆に心配だ。ルナディールはテンションが上がると、たまに周囲が見えなくなる。あんなにたくさん危ない物が転がっている場所で怪我はしないのだろうか。というかそもそも、あのジャミラドという男、なんか信用できない。初対面でルナディールにお守りなんてものを渡すなんて普通じゃない。しかも、ルナディールはあんなに目をキラキラさせて喜んでいた。最後は距離感が近かったし、なんだか胸がもやもやとして、半ば強引に二人を引き剥がしてしまった。


 ……とにかく、そんなところにルナディールを送るなんて、心配で頭がおかしくなりそうだった。


 そして、もう一つ。きっと俺をおかしくさせている最大の原因。それは、リュークだ。

 魔法研究所の見学を終え、俺の部屋を訪ねてきたルナディール。そこで俺は、衝撃の事実を知ることになった。それは、ルナディールがリュークに謝りたいと言っていたことだ。

 俺はてっきり、リュークがルナディールを泣かせたと思い、わざわざリュークの家まで行き釘を刺してきたというのに。それが違っていただなんて思いも寄らなかった。

 リュークについては、ルナディールが想いを寄せている相手だということで徹底的に調べた。するとどうだろう、リュークの噂のほとんどは良いものではなく、死んだ妻にずっと縋り付いている見苦しいやつだとか、ほとんどが悪いものだった。俺は本当にルナディールがリュークのことを好きなのか疑問に思った。だって、噂を聞く限り絶対に関わりたいと思うようなやつではないし、まして魅力的に思えるところもない。身分だってとても良いとは言えない。

 だから俺は、今まで家に引き籠もっていて世間に疎いルナディールが、リュークを素敵な男性だと勘違いし、舞踏会で話しかけたらいじめられて泣いて帰ってきたと思ったのだ。


 それなのに。ルナディールはリュークのことを本当に大切に想っているみたいだったし、わざわざ下町にお詫びの品を買いに行き、丁寧に手紙まで書いて謝罪に行こうとしていたのだ。俺はとても驚いた。相手は俺たちよりも身分が下なのだから、俺の時みたいに突撃すれば良いのにと不思議に思った。だから、それほどまでにリュークのことを想っていると知り、驚いた。そして、なぜか心が苦しくなった。


 だが、それだけでは終わらなかった。

 なんと、シューベルトが俺たちに内緒でルナディールとリュークのお茶会を設定してしまっていたのだ。何が何だか分からないまま俺とルナディールは引き剥がされ、気が付いたらシューベルトと一緒にお茶会をしていた。本当にわけが分からなかった。あのお茶会のことを考えると嫌でも気が落ち、もやもやとした気分になる。こんな憂鬱な気持ちになるほとんどの原因は、あのシューベルトの言葉のせいだ。

 シューベルトとのお茶会のことを思い出し、俺は顔を顰めた。


 気を取り戻した俺は、急いでルナディールの元に戻ろうとするも、シューベルトに、

「今戻ったら二人の時間の邪魔になるだろう。せっかく俺が一肌脱いでセッティングしたお茶会なんだ、台無しにするな」

 と止められてしまった。その身勝手な言動に、ついむかついてしまう。

「そんなことは頼んでおりません。ルナディールも困っている様でしたが」

 苛つきを顔に出さないよう、なるべく丁寧にそう言うと、シューベルトも負けじと、

「頼まれなくても颯爽とルナディールの願いを叶えるのがカッコいいのだろう。それに、もたもたしていたら一向に二人の仲は進展しない」

 と言い返してきた。棘のある言い方にさらに苛つく。

 そもそも、俺とシューベルトはあまり気が合うとは言えなかった。最近はルナディールのせいで新たな接点が出来てしまい、顔を合わせることも多々あったが、その度に、やっぱり仲良くなれるとはどうしても思えなかった。

「それとも、お前はルナディールの想いを無視し、自分の物にでもするつもりなのか?」

 なんとも傲慢なやつだな、と見下したように言うシューベルトに、俺は怒りを覚える。

「お言葉ですが、あなたの方こそルナディールの想いを無視しているのでは?実際、本来ならば順序立てて明日リュークと会うつもりでした。それに、ルナディールを自分の物にしようとしているのはそちらもでしょう。フォスライナさまだって狙っているようでしたし」

 感情に任せて、ついいつもより多く言葉を発してしまう。シューベルトも驚いたのか、こちらの方を見たまま固まってしまった。まぁ、我儘で自分勝手な王子のシューベルトのことだ、きっと、言い返されて怒ったのだろう。


 俺はそのままルナディールの元へ行こうと、紅茶を一気に飲み干し席を立った。

「失礼します」

 そう言い踵を返すと、シューベルトはハッとしてすぐさま俺の目の前に仁王立ちした。あまりのしつこさに嫌気がさす。無視して通ろうとするも、通せんぼうでことごとく邪魔され、部屋を出ることが出来ない。あまつさえ、

「もうそろそろ義妹離れしたらどうだ。そんなにしつこく纏わり付いていたら嫌われるぞ」

 なんて言ってきた。その言葉に、今まで堪えていた感情を抑えられなくなり、俺は冷たい目でシューベルトを睨み付けた。

「そっくりそのままお前に返す」

 王族相手に敬語を使わずお前と呼ぶのは不敬に当たる。そんなのは分かりきっていたが、そんなのどうでも良いと思ってしまうくらいに腹が立っていた。今まで感情を隠し取り繕うのは上手かった方だが、なぜか今日は上手く取り繕えなかった。

 この言葉に怒り、怒鳴りつけでもするんだろうな、と他人事に思っていたら、なんとシューベルトは面白そうに笑ったのだ。その思ってもいなかった反応に少し戸惑う。そして更に、シューベルトは信じられないことを言った。

「はは、お前呼ばわりとは随分と怒らせてしまったようだな。だが、勘違いするな。俺はルナディールの味方だ。あいつを俺の物にしようだなんて思っていない。俺は、友達のままでいると決めたからな。だから、今日だってわざわざフォスライナを城の外に行かせるよう手配したのだ。俺は、ルナディールが望むよう、リュークと結ばれることを支援するだけだ」

 そう爽やかに笑うシューベルトは、今まで俺が思っていた人物像とはかけ離れていて、これはシューベルト本人なのかと疑ってしまうほどだった。

「それより、お前はどっちなのだ?お前はルナディールと結婚しようと思っているのか?それとも、ルナディールとリュークの仲を応援しようと思っているのか?」

 そして、そう真っ直ぐと目を見つめられ、俺はつい黙ってしまう。


 ……俺がルナディールと結婚?そんなの、あり得ない。だってルナディールは義妹であり、もう家族だ。それに、俺はルナディールに恋愛感情など持ってはいないはずだ。

 だが、リュークとの仲を応援しろ、と言われて素直に頷くことが出来るかといえば、それも出来ない。確かにルナディールはリュークに惹かれていた。なんなら驚くほどにリュークを慕っている。だが、なぜかは分からないが、ルナディールがキラキラとした瞳でうっとりとリュークのことを話す姿を見ると、胸が締め付けられてしまう。

 ……俺は、どっちか?そんなの……。


 黙っている俺を見かねたのか、シューベルトはまたにっと笑みを浮かべた。

「ま、決まっていないのなら良いさ。とにかく、俺はルナディールの恋を応援する立場だから、もしお前もそうなら、一緒に兄上からルナディールを守るぞ。兄上は本気であいつを取りにいこうとしているからな。何をするか分からないのだ」

 そして、俺をぐいぐいと椅子まで押し、無理矢理席に座らせた。使用人を呼び、ティーカップに紅茶を継ぎ足させる。

「じゃ、仕切り直しといくか。お前はルナディールの義兄だからな。一回ちゃんと話しがしてみたかったんだ。それに、今後は俺と協力関係を結ぶことになるかもしれないからな」

 にかっと笑うシューベルトに愛想笑いをしながら、その言葉の真意を探る。しかし、シューベルトから逃げられる気もしなかったので、俺は仕方なくシューベルトとのお茶会を始めた。


 お茶会の最中、シューベルトは俺にルナディールのことをよく質問してきた。

 ルナディールのことはどう思っているのか、魔法研究所では上手くやっていけそうか、ルナディールは家でシューベルトの話をするのか、何が好きなのか。様々な質問をされ正直うんざりした。そして、なぜこれほどまでにルナディールがシューベルトを魅了してしまったのか疑問に思った。フォスライナも然り、好かれ方が尋常じゃない。

 俺が適当に相手をしていると、ふと、シューベルトが真面目な顔をして、

「それにしても、さっきはルナディールに恋愛感情を持っていないと言っていたが、それは嘘だろう?お前はルナディールに好意を寄せている」

 と、急にそんなことを言った。さっきまでとの温度差に驚いたが、俺はすぐさま否定する。

「そんなことはありません。確かに私はルナディールに好意を持っていますが、それはあくまで家族としてのものです」

「だが、それにしては過保護すぎるぞ。今日だって俺はお前を招待していないし、ついてくる義理はない。わざわざ時間を作り魔法研究所の見学にもついて行ったのだろう?それに、ルナディールと親しい者や関わりがある者を徹底的に調べているそうじゃないか」

 淡々と告げるシューベルトにやや気圧されながらも、俺は口を開く。

「それはルナディールを守るためで、家族としては当たり前……」

「しかし、少し前までお前はルナディールに無関心だっただろう。それに、本当の兄妹でもそんなにプライベートに関わることはない。お前の行動は、全てルナディールを愛しているところから来ているのではないか?ルナディールを誰にも渡したくない、笑顔は俺だけに向けて貰いたい、俺が守ってやりたい。そう思っているのではないか?」

 そう述べるシューベルトに、もう言葉すら出なくなった。


 ……俺が、ルナディールを愛している?家族として、ではなく、異性として?そんなのはあり得ない。あり得ない……が……確かに、シューベルトの言っていることも一理あった。ルナディールを誰にも渡したくないと思っている自分がいるし、笑顔を見たい、守ってやりたいとも思っている。だが、それは家族としては当然の気持ちではないのか?


 俺は自分の気持ちが分からなくなり、混乱する。きっと表情にも出ていたのだろう。今度は優しく笑いながら、シューベルトが、

「ならば、こう聞こう。お前はルナディールを見て、自然と笑顔が出てくるか?ルナディールと話したら心が温かくなるか?ルナディールの笑顔を見ると、幸せな気持ちになるか?心臓がうるさく鳴り、身体が熱くなるか?ルナディールが誰かお前以外の男性と話していたら、もやもやしたり胸が苦しくなったり、引き剥がしたくなったりするか?今どうしているのだろうとか、ふとした時にルナディールのことを考えたりするか?」

 そう問いた。俺は、全て当てはまっているのに気が付き、静かに頷く。すると、シューベルトも一つ頷き、

「それはもう恋だ。家族や義妹としての感情ではない。しっかり恋に落ちている」

 そうはっきりと言い切った。それは、雷が落ちるような衝撃だった。俺が、ルナディールに恋をしている。そんなこと、微塵も考えたことはなかった。ただ、家族としての気持ちだと思っていた。

 しかし、俺がルナディールを好きだと言われて、どこか腑に落ちた感じもした。それどころか、今までのもやもややどうしようもない気持ち、身体の異変の説明がつき、どこかほっとした気もする。これは恋の病だった。それで全て、説明がついてしまう。

 ……俺は、ルナディールが好きなんだ。

 シューベルトに指摘され、これが恋なんだと自覚するのはなんだか情けなかった。だが、恋愛にあまり興味がなかったため、気付かなかったのは仕方がないとなんとか自分に言い聞かせる。

「……なんだ、本当に気付いていなかったのか?」

 すると、不意に発せられた声に少し驚きながらも、シューベルトの顔を見る。シューベルトはとても複雑な顔をしていて、

「てっきり誤魔化しているだけかと思ったからあんな風に言ったのに、まさか俺が気付かせるなんて。これじゃ敵を増やすようなものじゃないか。あぁ、なんてことをしてしまったんだ。ルナディール、すまない……」

 と、何やらぶつぶつ呟いていたが、あまりよく聞き取れなかった。


 あのシューベルトの言葉以降、俺は変にルナディールを意識しすぎてしまい、日常生活に支障をきたすレベルになってしまっていた。ルナディールの顔を見ると顔が熱くなってしまうし、話しかけられると上手く口が動かず、しまいには逃げ出してしまうほどだ。こんなに自分が情けないやつだとは思わなかった。

 それに、あのお茶会でリュークとは仲直り出来たみたいで、とても幸せそうにリュークのことを話すのだ。それが耐えられず、ついルナディールから逃げてしまう。

 これではルナディールに嫌われてしまう。恋仲になることは叶わないにしろ、せめて義兄としての信頼は失いたくない。だから、避けてはいけない。だが、実際にルナディールの姿を見かけると、すっと身体が勝手に動き、逃げてしまう。

 近づいては逃げ、近づいては逃げ、の繰り返し。これでは頭のおかしなやつだ。使用人もきっと変に思っているに違いない。両親だって、食事中、俺とルナディールを怪訝そうな顔で見ていた。これではいけない。そう思っているのに……。

「はぁ」

 俺はまた一つ、ため息をついた。

 俺がルナディールを好きだなんて、気付かなければ良かった。シューベルトに言われなければ、今頃も普通にルナディールと会話出来ていたのに。こんな状態じゃ、明日ルナディールと一緒に魔法研究所に行くなんて無理だ。

 今日だって、仕事が終わって家に帰ってきたら、幸せオーラ全開のルナディールを見かけてすぐさま自室に引き籠もってしまったのだから。明日、馬車の中でリュークの家でのことを幸せそうに話されたら、俺はどうすれば良い?ちゃんと話が聞けるか?平常を装えるか?耐えられるか?

「……はぁ」

 今日何度目か分からないため息をつきながら、俺は暮れゆく太陽を眺めるのだった。

久しぶりのアリステラ目線です。それにしても、同じ家に好きな人がいるってどんな感じなんでしょうね……。私にはあまり想像が出来ません……お次はリューク目線です。

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