リュークとお菓子
次の日。私はラーニャに見送られながら馬車に乗り込んだ。今日は朝からみんな仕事でお城へと出かけていて、誰もいない。私は静かに外を眺めながら考え事にふけっていた。
これからリュークの家に行き、お詫びの品を渡す。お詫びの品も持ったし、服装もちゃんとしているから、後は私が変なことを言ったりしなければ相手に不快感を与えることはないはず。義兄とも約束したんだ、今日はやらかさないって。
……それにしても、昨日の義兄はなんだか変だった。あれから家に帰った後も、どことなく避けられている感じがした。食事の席でなんて、全然目が合わなかった。話しかけてもあまり取り合ってもらえなかったし。こんなことは久しぶりだ。まるで、昔の義兄に戻ってしまったよう。そう、私が前世の記憶を取り戻す前のルナディールとアリステラの関係に。
私、何か嫌われるようなことを知らない間にしてしまったのかな。魔研で興味も無いところを散々連れ回したから?それとも、私がお茶会を楽しんでいる間、義兄が苦手とするシューベルトと二人きりにしてしまったから?はたまた、そもそも私と一緒にいるのが嫌になったから?もうこんな奴のフォローなんて出来ない、みたいな。
そもそも義兄は、自分の評判を酷く気にする性格だった。自分が宰相にならなければいけないと、完璧に仕事をこなして認められないと、自分の居場所がなくなると恐れていた。だから、日頃から悪行を積んで見事悪役令嬢となったルナディールに嫌悪感を抱き、自分が宰相になるためには大きな障害になると思って、そして、何より日頃から溜まっていたプレッシャーや鬱憤が爆発して、義妹であるルナディールを殺したのだ。
最近の義兄は、時々笑顔を見せるようになってきたし、頼まれる仕事もどことなく楽しそうにやっていた気がするのに。もしかして、内心ではまだいろいろ思うところがあったのかな。それで、最近は貴族令嬢っぽくなってきたとはいえまだまだ未熟な私のお守りまでさせられて、耐えられなくなってきたとか。両親ともに、私が外出するときはなるべく義兄も一緒にと勧めてくるからな。私も頼れる義兄に頼りまくっているし……。
このままじゃいけないよね。私だってもう社会人なんだ。身の回りのことは自分で出来るようにならないといけない時期だし、何より推しである義兄の負担にはなりたくない。少しでも早く両親を安心させてあげるためにも、魔研で仲良しの一人や二人作らないと。そして、剣術ももっと上手くなろう。自衛の術を磨くのだ。もう義兄に必要以上に頼らない。
そこまで考えたところで、馬車がピタリと止まった。どうやら着いたようだ。まずは、今日を何事も無く無事に終わらせて、私もやれば出来る子だと証明しよう。
そう意気込んで馬車を降りると、なんともうリュークが出迎えに来ていたらしく、私の顔を見てぺこりと軽くお辞儀した。
「リュークさま、もしかして外で待っていらっしゃったのですか?そんなに気を遣わなくても良かったですのに」
驚いて駆け寄ると、リュークは少し微妙な顔をして、
「いや、身分的に出迎えるのは当たり前だろう。引き籠もりで世間に疎いといっても、さすがに常識は持ち合わせている」
そう言ってきた。
……身分的、か。まあ確かに、リュークは私より身分が低いかもしれないけど。
「確かに常識で言えばそうかもしれませんが、本当にお出迎えなんて要りませんから。それに、わたくしも王子さまが我が家へ来る際、特にお出迎えとかしていませんし。リュークさまも気にしないでくださいませ」
そう笑って言うと、リュークは目を見開いて固まってしまった。何か驚くようなことを言ってしまっただろうか。でも、私にとっては普通のことなので、どこが変なのかが分からない。
「ふっ、そうか。分かったよ。じゃあ俺も次からは家で待ってるとする」
正気に戻ったのか、そう言って微笑んだその姿に、つい見惚れてしまった。キラキラと太陽の光が反射し輝く亜麻色の髪。そよそよと流れる風。まるでこの世に降臨した神様のように美しく神々しい。ああ、なんて尊いのだろう。
しばらくボーッとしていると、リュークは、ああ、と言って付け足した。
「あと、俺に敬語とか堅苦しいのは要らないからな。さまとか付けなくて良い」
その言葉にはっとして、私はこくりと頷いた。
「わ、分かりました。それじゃリュークさんとお呼びしますね」
「呼び捨てて良いって。てか、敬語だし」
呆れたように笑うリュークに、私はうっと口ごもる。
だ、だって!年上の人に呼び捨て&ため口とか違和感あるし。それに相手は私の最推しだ。砕けた口調で話すなんてとてもできない。
「リュークさんは年上なんですから、最低限の敬語とさん付けは当たり前じゃないですか」
砕けた口調とかは無理です、ときっぱりと断ると、リュークも諦めたのか、
「そうかそうか、本当に変わった令嬢だなお前は」
そう言って踵を返し、家へと向かってしまった。私も慌ててその後を追う。
リュークに続いて家の中に入ってみれば、そこには質素だけれども心落ち着く空間が広がっていた。家は大きいが、キラキラしたシャンデリアとか見るからに高そうな壺やアクセサリーなんかは一切飾っておらず、なんだか懐かしい感じがした。
「お前からしたら殺風景な家だろうが、文句言うなよ」
私がきょろきょろと辺りを見回していたからだろうか。私に向かってそう告げたリュークに、私は笑って答える。
「文句なんて言いませんよ。落ち着いていて良い家じゃないですか。なんだか懐かしい感じがして寛げそうな空間で素敵です」
すると、リュークは少し意外そうな顔をして、へぇ~と一つこぼした。それが何を意味するのか分からなかったけれど、特に嫌な顔もしていない様子だったのでスルーした。
通されたリビングは、太陽の光が差し込みとても温かかった。奥にはテラスがあり、美しい花たちが咲き誇っているのが目に入った。どの植物も生き生きとして気持ちよさそうだ。近くのテーブルの上には花瓶があり、白い花が一輪挿してあった。花には詳しくないのでなんの種類かは分からないけれど、とても可愛らしい花だ。
視線を壁際に送ると、そこには天井まで届くほどの本棚が置いてあり、所狭しと本が置かれていた。私はその光景に心が弾み、つい本棚の前まで足が勝手に動いてしまう。
タイトルを見ると、心理から経済、お菓子、植物、魔法、医術、毒、機械など多岐に渡っていた。
「ものすごい数の本ですね!これ、全てリュークさんが?」
リュークの方を振り返りそう問えば、リュークはこてりと首を傾げ、
「ん?ああ。元々家にあったものから買い寄せたものまでいろいろあるぞ」
と答えてくれた。分厚い本の、威厳たっぷりと存在感ある景色に感嘆のため息を吐く。
「……あの、もしかして全部の内容頭に入ってたりします?」
「まぁ、何度も読んだからな。当たり前だ」
さらっと述べたリュークに、私は尊敬の眼差しを送った。これを全て、ということは三百冊くらいだろうか。その知識が全部頭に入っているだなんて、なんて博識なんだろう。私の最推しはやっぱりスペックが高い。
しばらく本棚に見惚れていると、ふと視界の隅に何やら黒い物体が目に入り、視線を部屋の隅へと移動させた。するとそこには、静かに佇むグランドピアノが置いてあった。どこか独特な雰囲気を醸し出すそれに引き寄せられる。触れるとヒヤリとした感触がして、思わず手を引っ込めた。
「あの、もしかしてこのピアノを弾いたりするんですか?」
振り返って尋ねると、リュークは当たり前だろ?というように頷いた。
「それは昔からあるやつでな。よくソルティアが弾いていたんだ。あいつのピアノは上手かった……」
昔を懐かしむように、幸せそうに目を細めるリュークに、私まで幸せになる。きっと、今リュークの心の中では、ソルティアが弾いていた曲というのが流れているのだろう。リュークが愛してやまないソルティアさん。彼女についてはあまり深く語られていないから知らないけれど、それでもとても素敵な可愛らしい人だったことは分かる。
私もリュークにならい、ピアノを見つめていると、不意に後ろで誰かの気配がして振り返った。すると、隠れるように陰からそっとこちらを見守っている女性二人と男性一人とバチッと目が合った。
「えーっと……どちら様ですか?」
私が首を傾げて聞くと、三人は、あっ!と驚いた顔をして急にあたふたし出した。すると、リュークも気が付いたのか、
「なんだ、盗み聞きか?」
と軽く三人を睨み付けた。
三人は、ひぃっ!と息を飲み、慌てて私たちの前までやってきて勢いよく頭を下げた。
「すみません、私たちはリュークさまに仕えている使用人なのですが……」
「今日は久しぶりに来客が来るとおっしゃられていたので、どのような方がいらっしゃるのだろうと気になってしまい……」
「ですが、まさかこのようにお美しく可愛らしいお嬢様だとは思いもせず……」
そうやって一人一人順番に状況を説明していく使用人たち。年齢はみな四十代後半といった感じで、おそらく長い間リュークに仕えているのだろう。三人の言葉に呆れたように笑うリュークを見て、なんとなくそう思った。
「そうだったんですね。挨拶が遅れてしまい申し訳ありません。わたくし、ルナディール・ロディアーナと申します。以後お見知りおきを」
貴族の礼をすると、三人はとても慌てたように、こちらこそです!と頭を下げた。
「にしても、あんま怪しい行動はしない方が良いぞ。下手したら首が吹っ飛ぶ、物理的に」
はぁとため息をついて、顎で私の方を示すリューク。その仕草で一気にその場が凍り、使用人三人は微動だにしなくなった。
「ちょっと、なんてこと言うんですか!私そんなに恐ろしいことしませんよ!ほら、リュークさんのせいで使用人さんたち固まっちゃったじゃないですか、どうするんですか?」
こんなとこから、ルナディールは恐ろしく非道な人間だ、なんて噂が出てしまったらそれこそ大変なことになる。好感度が重要なこの世界でそんなことはさせられまい。
さぁ、撤回して下さい!とじっと目を見つめ訴えていると。
「ああはいはい悪かったよ」
そう言って、パンッと自分の手を叩いて使用人たちの正気を戻し、
「さっきのは冗談だから気にすんな。コイツ、身分とか関係ないっていう変な令嬢だから、気軽につっかかって良いと思うぞ。な?」
これで良いんだろ?と目で伝えるリュークに、私はにっこりと微笑んで頷く。
「はい、もちろんです!何かあれば気軽に話しかけてくださいませ。わたくし、お話するのは好きですから」
すると、使用人たちは互いに目を合わせ、何やら目で会話した後、一斉に頭を下げた。
「ふつつか者ですが、どうぞこれからよろしくお願いいたします!」
使用人たちが退散し、私たちはようやく落ち着いてテーブルに座った。
「騒がしくして悪かったな」
「いえいえ。皆さん優しそうで素敵な方たちでした」
それから本来の目的を思い出し、私は手にしていたプレゼントをリュークに渡した。
「あの、これ、先日のお詫びの品です」
リュークは、ああと言ってプレゼントを受け取り、
「別に要らなかったんだけどな。なんとも思ってなかったし。俺なんかより王子さま方とかに渡した方が良かったんじゃないか?」
と、物珍しそうに眺めながら言った。
「いえ、そんな訳には。それに、それはリュークさん用に作りましたから、他の人にあげることはできないのですよ。お詫びの品が要らないと言うのなら、今日の招待のお礼とでも思って受け取ってください」
にこりと微笑んでそう言うと、リュークは驚いたような顔をし、
「作った……?ってことは、これ手作りか?器用なもんだな。ここで開けてみても?」
そう言った。私もこくりと頷く。
「もちろんです」
リュークが丁寧に包みを解くと、銀色の唐草模様で中央に金色の三日月の形があるバングルが出てきた。リュークはそれを手に取り、太陽の光に当てるようにして様々な角度から吟味し、ほぅと一つため息をついた。
「なかなか良い代物だな。大事に使わせて貰うよ」
「はい、そうしていただけると嬉しいです」
リュークに受け取って貰い安心した私は、にっこりと笑顔で返す。すると、リュークはいきなりスッと立ち上がり、
「じゃあ今度はこっちの番だな。ちょっと待ってろ」
そう言ってどこかへ行ってしまった。
……こっちの番って、何か余興みたいなのがあるのかな。なんだろう。
それからしばらく待っていると、リュークがカラコロと台を押しながら姿を現した。台の上には様々なお菓子があり、良い匂いが部屋一帯に広がる。
お菓子に釘付けになった私に苦笑しながら、リュークは目の前のテーブルに次々とお菓子を並べ始めた。マドレーヌにマフィン、クッキー、カステラ、ケーキ、マカロン……さまざまなお菓子が集い、もはや天国のようである。
「お前の口に合うかは分からないが……俺の菓子が食べてみたいと言っていたからな。一応作ってみた」
しかも、そんな言葉がリュークから飛び出し、私は勢いよくリュークの顔を見上げてしまう。
「えっ、もしかしてこれ全部、リュークさんの手作りですか!?」
「あ、ああ」
「うそっ!こんな、こんな贅沢があって良いのでしょうか!?リュークさんの手作りお菓子が食べられるなんて……」
あまりの感動に涙まで出てきそうで、視界がうるうると潤む。夢にまで見て、諦めていたリュークの手作りお菓子を食べるという夢。まさか今日叶うだなんて!!
一人感動に打ちひしがれていると、リュークは椅子に座って、
「ほら、良いから食べろよ。冷めちまう。作りたてが一番美味しいんだからな」
そう私にお菓子を食べるよう勧めると、私はゆっくりとマドレーヌを手に取り、口に運んだ。ふわっとしていて、口いっぱいに広がる甘さと香り。そんじょそこらの高級店より断然美味しかった。あまりの美味しさに、我を忘れてひたすら食べまくる。食べるもの全部が美味しくて、ほっぺたが落ちそうになる。こんなに美味しいお菓子を今までに食べたことがない。
心の中で最大限の感謝を神様に送りながら、私は幸せな時間を堪能した。
無我夢中で食べていると、気が付けば目の前にはお菓子一つ残っていなかった。そこでリュークの存在を思い出し、私ははっと顔を上げる。すると、頬杖をつき楽しそうに私の方を見るリュークがそこにいて、ついカァッと顔が赤くなった。
「え、その、あの……あまりの美味しさに我を忘れてしまって……」
しどろもどろに説明すると、リュークはふっと目を細め、
「美味しそうに食べて貰えて嬉しいよ。気が向いたらまた作ってやるから、また食べに来い」
そう言って素敵な笑顔を浮かべるのだから、私は全身から湯気が出そうな程一気に体温が上がった。リュークが異様にキラキラと輝いて見えて、直視することができない。私はリュークから目をそらし、下を向いて、
「ぜ、是非。リュークさんのお菓子は毎日でも食べたいぐらい美味しい……ですから」
そう呟いた。心臓がバクバクとうるさい。今、きっと私の顔は真っ赤だ。ああ、なんて恥ずかしい。これも全部、リュークがカッコよすぎるからいけないんだ!
それから何か軽く話したような気もするけれど、恥ずかしさと尊さと身体の暑さで正気を保っていられなかった私は、ちゃんとまともな会話が出来たのか覚えていない。気が付いたら私は馬車に乗っていて、いつの間にリュークの家を出たのだろうと考えると、最推しのキラースマイルを思い出してしまい、一人馬車の中で悶えるのだった。
リュークの手作りお菓子を食べるという夢が叶ったルナディール。推しの手作りお菓子だなんて羨ましい……贅沢です。お次は久しぶりのアリステラ目線のお話です。




