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魔法研究所 後編〜フォーヴィン〜

「ルナディールさん、大丈夫ですか?」

 マジヴィンを追い出されてしょんぼりしていると、優しくヴォルフがそう声をかけてくれた。顔を上げると義兄も心配そうな顔でこちらを見つめていた。

 私は二人に心配をかけてはいけないと思い、なんとか笑顔を作り出して、

「ええ、大丈夫です。ご心配ありがとうございます」

 と返した。

 私もなんだかんだ取り繕うのが上手くなってきた気がする。これも日々の努力の成果ではないだろうか。後は、勝手に思ったことが口に出てしまう癖を直せば完璧な貴族令嬢になれると思う。


「そうですか。では、早速フォーヴィンのところへ参りましょう」

 そう言って導かれるまま進み、私たちは一つのドアの前で立ち止まった。ここでもヴォルフがコンコンコンと三回ノックして中へ呼びかける。

 するとスッとドアが開き、中からボサボサ髪でぶかぶかの白衣を着ている男性が出てきた。顔は前髪で隠されていて良く見えない。


「ジャミラドさん、こちらは見学者のルナディール・ロディアーナさんと、その義兄のアリステラ・ロディアーナさんです」

「ルナディール・ロディアーナと申します」

「アリステラ・ロディアーナです」

 挨拶をすると、男性はこてりと軽く首を傾げた後、私とヴォルフ、それから義兄の方を順々に見て、軽くペコリと頭を下げた。

「ジャミラド・クルトリアです」

 ジャミラドは小さな声で名乗った後は何も話さず、沈黙が流れた。


「ジャミラドさんはフォーヴィンのリーダーなんですよ。彼はあまり言葉を発しませんが、調合の腕はこの魔研内で一番。とても優秀な方なのです」

「……どうぞ」

 ヴォルフがジャミラドのことを褒めると、照れたのかジャミラドは一歩後ずさって私たちを中へ招き入れる仕草をした。ぶかぶかの白衣とボサボサ髪が相まってまるで幽霊みたいに見えたけれど、それは口に出さず軽くお辞儀をして中へ入った。


 それにしても、見た目で人は判断できないものだ。一番優秀な調合師……しかも無口で白衣で見た目に気を配らないミステリアスな雰囲気を醸し出す男……これはもうこの人は隠れイケメンなのではないだろうかと、そのお顔を拝見したくてたまらなくなる。この世界は顔面偏差値がとても高い。スペックが高いのならきっと髪を切って服装を変えたらものすごいイケメンに変わるに違いない。もしこの人と仲良くなれたらイメチェン大作戦を決行してみたいものだ。


 そんなことを考えながらジャミラドの方をじっと見つめていると、ジャミラドは私の方を見てこてりと首を傾げた。前髪が長くて目が合っているか分からないけれど、私は慌てて目を逸らす。

 初っ端から人の顔をジロジロ見つめるなんて失礼だ。さっきもやらかしてしまったのだからもっと気をつけないと。ジャミラドにも変なやつ認定されたら魔研での居場所が無くなってしまう。


「あ、あの、クルトリアさま。ここでは何を行う場所なのでしょうか」

 私がおずおずと尋ねると、ジャミラドは顎に手(手は袖から出ていないから見えないけれど、おそらく手と思われる)を添えて少し沈黙した後、ゆっくりと、

「ジャミラド、でいい」

 と一言短く告げた。

「……あ、ああ。それでは、これからはジャミラドさんと呼ばせていただきますね。ええと、ジャミラドさんもわたくしのことはルナディールとお呼びください」

 理解するのに時間がかかってしまったけれど、そう笑顔で答えると、ジャミラドもこくりと小さく頷いてくれた。

 そしてまたジャミラドが何か考え込んだ後、

「ルナディール、こっち」

 と言ってスタスタと奥の方へ歩いて行ってしまった。

 一瞬何のことか分からずその場に立ち止まっていたけれど、奥の扉を開けてこちらを振り返るジャミラドを見て、私は慌ててジャミラドの後を追っかけた。あれはついてこいって意味だったらしい。


 フォーヴィンの部屋の中はごちゃごちゃとしていて、色んな薬品やビン、素材が床に転がっていたり棚に乱雑に置かれたりしていた。なにか調合中の人たちは私たちに全く気づいていないみたいで、ぶつかったり転んでタックルすることがないよう気をつけながら進んでいった。もし爆発なんかしたら死んでしまうからね。こんなとこで死にたくはない。

 それがまるで冒険みたいで、少しだけわくわくしたのは私だけの秘密だ。


 私たちがジャミラドの元に辿り着いたのを見て、ジャミラドは、

「ここは僕の研究室」

 と言って中に入っていった。

「お邪魔します」

 私も続いて中に入ると、そこには何やら壺のようなものや杖、様々な素材や調合のレシピみたいなものが床や机に散らばっているのが目に飛び込んできた。もしかしたらこの人は、研究に没頭すると何も見えなくなるタイプなのかもしれない。前世での私の家のようだ。私も片付けはつい後回しにしてしまい、とても人を呼べるような部屋には住んでいなかったからな。


 私は床に落ちているものを踏まないように気をつけながら、部屋の中央に陣取る大きな壺の前に立った。義兄は私の横に立ち、ヴォルフは扉の外で私たちを見守っている。流石にこの部屋は三人が限度らしい。もう他に落ち着ける場所はない。

「見てて」

 そう言ってジャミラドは、目の前の大きな壺に植物やら液体やらを入れて、何か小さく呟きながらぐるぐると杖でかき混ぜ始めた。

 すると、数分と経たずにピカッと眩い光が現れ、私は思わず目を瞑る。そして光が収まり恐る恐る目を開けると、ジャミラドが桃色の何かをルーペで注意深く観察しているのが見えた。

 私は何が起こったのか分からずきょとんとしていると、ジャミラドは私に向かって、

「お守り。出来たからあげる」

 と言って私の手を取り、手のひらに桃色の石を置いた。

 私はそのお守りと言われたものを摘んで、注意深く隅々まで見てみた。その石はとても綺麗で、桃色に輝きまるで宝石のようだった。楕円形の中央に、なにか金色でマークが彫られており、それは魔法陣のようにも見えた。


「ありがとうございます、ジャミラドさん。とても綺麗で美しいです。これはなんのお守りなのでしょうか?」

「……健康祈願」

 まさかの健康祈願だった。ヴォルフも認める凄腕調合師のお守りなんて効き目すごいに決まっている。これはもう毎日持ち歩くしかないよね。特にこの世界では何が起こるか分からないから、体調なんて崩していられないし。

「健康祈願!それはとても嬉しいですわ。人間健康が一番ですもの。わたくし、肌身離さずこれを持ち歩きますね」

 何とも嬉しいプレゼントを貰って自然と笑顔が溢れてしまう。

 それにしても、私が前にベルリナのお店で作った時と全然方法が違うな。こっちの方が断然錬金術師っぽい。これが普通の調合の仕方なのかな。どうなんだろう。


「あの、ジャミラドさん。調合って今みたいに壺に材料とか入れてぐるぐるかき混ぜて作るのですか?」

 気になって聞いてみると、ジャミラドはこくりと小さく頷いて、ゆっくり、そして短く説明してくれた。

「レシピに書かれているのは、基本その方法。ただ、魔法陣だけで作る方法もある。でも、経験積まないと無理」

「なるほど……。因みに、壺も魔法陣も使わないで何か物を作ることはできるんですか?例えば、魔石とか使って」

 さらっとベルリナのところで経験したことについて尋ねてみると、

「……選ばれしものなら」

「選ばれしものなら?」

 とんでもない言葉がジャミラドから飛び出してきたのでついおうむ返ししてしまった。


 選ばれしものって不穏な感じビンビン感じるんですけど。もしかしてあれか、私はいつの間にかとんでもない道に進んでいたのか。薄々気づいていたけど本当にそうなのか。


「あ、あの、その選ばれしものってどういうものなんですか?英雄とか悪魔とか化け物とかこの世ならざるものとかそんな感じですか?」

 私がずいっと一歩ジャミラドに近づいてそう尋ねると、義兄にぐいっと腕を引っ張られて引き寄せられた。

「ルナディール、あまり興奮するな」

 そう耳元で囁かれて、しまったと思った。

 いきなりそんなこと聞かれて詰め寄られたなら変人だと思うに決まってる。それになんだ、英雄とか悪魔とか化け物とかこの世ならざるものとかって。頭がおかしくなった人みたいじゃないか。


 私が一人頭の中であわあわとしていると、

「まだ研究中」

 とジャミラドが小さく呟いたのが聞こえた。


 研究中?研究中ということは、ジャミラドはそれを研究しているということだろうか。つまり、私とジャミラドが組めばその研究が捗るのでは?いやでも、魔剣のこともあるしなんか嫌な予感もするし、それは危険?


 私が一人ぐるぐると考えていると、無言を落胆とでも受け取ったのか、ジャミラドは背中を丸めていかにも申し訳なさそうな雰囲気を醸し出しながら、

「ごめん」

 と謝ってきた。

 最初は誰に何のための謝罪なのか分からなかったけれど、ジャミラドの目の前にいるのは私なので、もしかして私に向けられた謝罪かと少し遅れて理解した。そしてすぐさまその言葉に私は全力で手を振っていえいえと否定した。

「そんな、謝らないでください。違うのです。私はただ、ジャミラドさんとその疑問について一緒に研究できたらどうなるだろうかと考えていただけなのです。誤解しないでくださいませ」

 私がぐいと前に出てそう力説すると、また義兄にぐいと腕を引っ張られてしまった。

「だからあまり興奮するな。一旦落ち着け」

 そこでまたハッとして、やってしまったと血の気が引く。


 私は本当に学習しない。またこんなにすごい剣幕で一方的に話しかけたら引かれてしまうではないか。今ので絶対に引かれてしまった。この人はなんて頭のおかしな人なんだろうとか思われたらもう終わりだ。なんかもう、本当に自分は馬鹿だなってつくづく思う。


 恐る恐るジャミラドの様子を伺うも、表情が前髪で隠れて見えないため全く分からない。どうやって挽回しようかと考えていると、義兄が、

「もうそろそろ良いでしょうか。ここの説明は終わったのですよね?」

 とジャミラドに問うて、ジャミラドもこくりと頷いてしまったのでフォーヴィンの見学はなんとも微妙な空気で終わってしまった。これはまたやらかしてしまったのかもしれない。

 そんな自己嫌悪に苛まれながら、私ははぁと一つため息を吐くのだった。


「さて、ルナディールさん。これで当初予定していた見学は全て終えたことになりますが、他に何か質問や見学したいところはありますか?ないならばこれで解散という形になりますが……」

 ヴォルフがそう尋ねてくれて、私はうーんと考える。

 見学したいところはいっぱいある。特に四階の使われていない研究室とか。

 今までの見学から思うに、絶対四階の研究室もそこそこ大きい部屋だと思うのだ。埃まみれで使えたものではないとヴォルフは言っていたけれど、そんなの掃除すれば良いだけだ。それに、埃ぐらいなら風魔法でちょちょいと綺麗に出来そうだし、ダークンヴェルダーを使ってゴミやら埃やらを一掃するのも良い。本人、いや、本剣?に使い方が違うと怒られそうだけど。

 そこまで考えて、チラッと横にいた義兄を見てみる。しかし義兄は顔にこそ出していないが、きっととても疲れているはず。そんな義兄をこれ以上連れ回したくはない。今は帰るのが得策だろうか。


 そんな風に考えていると、長い間見つめていたからか義兄が私の視線に気がつき、

「どこか行きたいところがあるなら付き合うぞ。不安要素は早く減らしておくに限るからな」

 と言った。

「でも、お疲れではございませんか?私、実は四階にあるという使われていない研究室を覗いてみたいと思っているのですが……」

 そうおずおずと切り出すと、ヴォルフと義兄は驚いたのか少し目を見開いて、

「研究室ですか?ですがそこは埃まみれで、とてもルナディールさんが入れるような場所ではないのですが……」

「そこは掃除が行き届いてないのだろう?見学する必要はない気がするが……」

 とそれぞれ口に出して意見を言った。

「そ、それはそうかもしれませんが……。でも、使われていない研究室なんて気になるじゃないですか。それに、長い間使われずに放置されているのなら、そこを私専用の研究室にしたいなーとか思ったり……」

「自分の研究室ですか?なるほど、つまり誰からも干渉されず思う存分研究ができる自室が欲しいと」

「ふむ、確かに不特定多数の人と長い間同じ空間にいるのはルナディールにとっては苦痛かもしれないな……だが、それならば家で研究をすれば良いのではないか?わざわざこのようなところで自室を用意するよりはるかに簡単だ」

 なんて、後半の独り言に対して真面目な顔でそう二人に答えられて、私はまた一人あわあわと焦る。


 やばい、またやってしまった!研究室にしたいなー、なんて呟いたらそれはもはや研究室をくれと言っているようなものではないか。

 どうしよう、ヴォルフにこいつは魔研に自分の研究室を作ろうとしている我儘なやつだとか思われたら。それこそもう一貫の終わりではないか。相手はこの魔研の責任者、一番偉い人だ。そんな人に悪い印象を与えるのは困る。


「え、えーと、その、家ではなかなか出来ない研究といいますか……そ、それに、この魔研内には四つの省におけるエキスパートがいらっしゃいます。そんなそれぞれの分野に秀でた方たちと共同して研究する方が、より新たな発見が出来ると思うのです」

 身振り手振りを交え、思いつくままそれっぽい理由を並べていると、ヴォルフがほぅと一つ溢して、

「つまり、ルナディールさんは分断された四つの省の協力を図り、素晴らしい功績を残したいと、そういうことですか?」

 と、面白そうに笑った。

「え、あ、まぁはい、そういうことになりますね。素晴らしい功績かは保証できませんが……」

 私もここで引き下がる訳にもいかず、にこりととりあえず笑っておいた。ここで、いえ違いますと言って微妙な空気になるのは避けたいからね。


「ほっほっほ、ルナディールさんは本当に面白いことをおっしゃいますね。良いでしょう、それなら使っていない研究室をルナディールさん専用の部屋に出来ないかかけあってみます。私も、昔のように四つの省が協力し合って何かを成し遂げるところが見たいですから」

 と顎をさすりながら、目を細めて優しく笑った。

「本当ですか!?ありがとうございます!」

 何だかものすごい大きなことになった気もするけれど、とにかく自分の研究室が貰えるならばそれほど嬉しいことはない。魔剣と一回落ち着いて話してみたかったし。丁度いい場所が手に入るかもしれない。


 私が心の中でガッツポーズをしていると、義兄が何やら考え込んでいるのが目に入り、それがどことなく疲れているように見えたので、私は早めに帰って義兄を休ませてあげた方が良いかもしれないと思った。義兄は疲れても決して自分から言わない性格だ。ここは私が義兄のために一肌脱がなければ。


 そんな風に思っていると、

「四階以外で他に見学したい場所などはありますか?」

 とヴォルフが尋ねてきたので、私はふるふると首を振った。

「いえ、今のところは大丈夫です。あと、申し訳ないのですが四階の見学は次回でもよろしいでしょうか。その、なんだか疲れてしまって」

「はい、もちろんです。流石に埃まみれの場所を案内するわけにはいきませんし、次回までに掃除も終わらせておきます」

 なんだか余計な仕事を増やしてしまって申し訳なく思ったけれど、これからここで働くのだしその分役に立てば良いかと思い直し、私は笑顔でお礼を言った。


「ところでルナディールさん、次はいつ来られますか?所属するところが決まるまでは少々暇かもしれませんが……」

 ヴォルフが何やら手帳のようなものを取り出し聞いてきたので、私はうーんと考え込んで、

「私はいつでも大丈夫です。明日でも明後日でも、だいたい暇なので来られると思います。落ち着ける場所が見つかるまでは、あまり邪魔にならないようにしたいとは考えていますが……」

 と答えると、ヴォルフはふむふむと頷いて何やら手帳に書き込んだあと、

「それならば三日後にまた来ていただけないでしょうか。それまでにはルナディールさんの研究室の件が片付くと思いますので」

 と言ったので、私は了承した。

 三日後ならば少し時間に余裕ができる。その間に私の中の最大の問題である、リュークとの件が少しは解決することを願おう。


 それから私たちはヴォルフに見送られて魔研を後にし、帰路に着いたのだった。帰る道中、義兄は何やら手帳に色々記していたので私は邪魔しないよう外を見ていた。

 それにしても、外出先で手帳に何かを書き留めるのは当たり前のことなのだろうか。私もこれから持ち歩こうかな。鞄から取り出されないで忘れ去られる未来しか見えないけれど……。

魔研の見学がようやく終わりました。さて、ルナディールはどこに所属するのでしょうか。これから待ち受ける出来事が楽しみです。

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