魔法研究所 中編~プラヴィン、マジヴィン~
「次はプラヴィンですね」
そう言いながら、ヴォルフはコンコンコンと扉を三回ノックして中に呼びかける。
「すみません、ヴォルフです。見学者をお連れしたので、中に入ってもよろしいでしょうか」
すると、ドタバタドタとなにやら騒がしい音が近づいてきて、バーンと勢いよく扉が開かれた。
「おう、ヴォルフさん!ようやく例の見学者が来たんですね?俺はもう待ちくたびれましたよ!」
大きな声が響き渡り、私は少し身体をすくめる。
がっしりとして鍛えられた身体。着ているタンクトップは汗でびしょびしょに濡れていて、いかにもスポーツマンって感じの人だ。おまけに声も大きい。そんなに声を出さなくてもちゃんと聞こえるのに。この人といたら耳が悪くなってしまいそう。
「よう、お前が例のルナディールだな!思いもよらないような魔法を使ったり、剣術の腕前が良かったりと、ものすごく優秀でパワフルな娘なのだろう?会えるのをとても楽しみにしていたんだ!良ければ今から外に行って魔法の見せあいをしないか?それとも戦ってみるか?どうする?何がしたい?」
そうぐいぐいと前のめりになりながら勢いよく聞かれて、つい顔が引きつってしまう。
うわあ、私、この人苦手かもしれない……。
そんな風に思っていると、義兄がスッと私と男の人の間に入って私を背に庇ってくれた。
「人に何かものを尋ねる時は、まず自分から名乗るのが礼儀ではないでしょうか。そのような礼儀も知らないような人に、ルナディールの相手をさせる気はありません」
そんな風にバシッとカッコよく言ってくれ、その優しさにジーンと胸が熱くなる。
しかし、それでも義兄は少し言い過ぎたのではないだろうかと少し心配になった。礼儀も知らない人だなんて言われて、この人は怒らないだろうか。
私がそう心配したけれど、どうやら杞憂だったみたいだ。男の人は頭をかきながら素直に謝った。
「いやあ、すまなかったな青年!つい興奮してしまってな。許してくれ」
それからコホンと一つ咳払いをして、短パンのポケットから身分証を取り出して私たちに見せてくれた。
「俺はこのプラヴィンのリーダーをやっている、ダハム・バンチェラだ。よろしくな!」
身分証を見てみると、ランクはトリトンと書いてあった。ヘルマンもリーダーでランクはトリトンだったから、もしかするとトリトンはリーダーという意味なのかもしれない。
「初めまして、バンチェラさま。わたくしはルナディール・ロディアーナと申します」
私が淑女の礼をすると、義兄も素っ気なく挨拶をした。
「私はルナディールの義兄のアリステラ・ロディアーナです」
「おう、よろしくな二人とも!俺のことはダハムと呼んでくれ」
にかっと太陽のように笑うダハムに、私はこくりと頷いた。
「分かりました。それではダハムさまとお呼びしますね」
「いや、さまは要らないぞ!そういうキャラじゃないからな。呼び捨てで結構!ところで、お前はどんな魔法が得意なんだ?どれぐらいの体力があるんだ?もちろんプラヴィンに入るよな?なんならもう早速一緒に研究していくか?」
軽くお互いに自己紹介を終えた後、またマシンガンのようにダハムが言葉を発し、私はまたもたじろいでしまう。この人は戦場でも真っ先に突っ込んでいくタイプなんだろうなと思い、きっと私とはあまり性格が合わないのではないだろうかと思ってしまう。
「こらこら、ダハム。ルナディールさんが困っているでしょう。今回、ルナディールさんは見学に来たのですよ。入るかはまだ決まっていません。入ってほしいと思うのならば、まずはプラヴィンが何をする場所でどういうところなのかを説明しなければなりませんよ」
今度はヴォルフがダハムをなだめ、抑えてくれた。
「ああ、そうですね!確かに何をするのか説明しないと入っても困りますからね!」
ダハムはなるほどと納得したように頷き、今度は一歩後ろに退いて部屋の中へ手招きし、
「よしっ、これからプラヴィンの部屋を案内するから俺について来い!」
そう元気よく言い放った。
私は少し躊躇ったけれど、勇気を出して部屋の中に入った。もちろん最初に部屋に入ったのは義兄だ。
中に入ると、むわっとした空気が身体に纏わりついてきた。窓を開けていないのか、汗臭い臭いが部屋に充満している。まるでどこかの運動部の部室みたいだ。暑いのだから窓くらい開けて風通しを良くすればいいのに。
ちらっと義兄の顔を盗み見ると、思った通り義兄はとても顔を顰めていた。
「俺たちは普段、部屋の中で筋トレしたり外で走ったり魔法をぶっ放したりしている。体力の無いやつには少しキツいだろうが、そんなのすぐに慣れるし体力だってすぐにつくから問題ないぞ!だからお前も心配するな!」
にかっと素晴らしい笑顔でダハムがそう言うので、私は曖昧に笑う。
いったい何が心配するな、なんだろう。絶対私だったらすぐに倒れちゃうよね。というか、内容がもう強豪校のチームみたいなハード練習なんですけど。
「……ということは、ここでは体力を重視しているということでしょうか」
私が一応確認のためにそう聞くと、またもダハムはにかっと太陽のような笑顔で元気に頷いた。
「ああそうだ!さすが優秀と言われるだけはあるな!魔法において重要なのは体力だ!体力があればどんなに難しい魔法だって使えるようになる!」
「……そうかもしれませんけれど。あの、魔法陣を書いたり、魔法についてお勉強したりは?」
何となく答えが予想できたけれど、念のために聞いてみた。しかし、答えは思っていた通りで。
「そんなのして何になる?魔法は感覚で使うものだ!あんな訳の分からない眠たくなるような文章を読みふけっているより、断然実際に身体を使っていろいろ試してみる方が上達するに決まっているだろう!」
完全なる体育会系の人だった。
「……そうですか」
それからしばらく、一日のスケジュールを聞いていたけれど、どれも信じられないようなハードスケジュールだった。私だったら一日で死んでしまうレベル。しかも、ここの人たちは、身体の限界が来たら回復薬で体力や魔力を回復しているのだそうだ。そして、そのまま無理して魔法を放ち続けるという、『命大事に』な私とは正反対の行動ばかりで気が遠くなった。
この人たち、きっといつか死ぬと思う。こんな生活続けるのは身体に良くない。というか、そもそもの回復薬の使い方が間違っている。ここは私には向かない場所だな。
早々にそう結論づけて、私はにこりと笑って、いろいろ説明し終えたダハムに言葉を発す。
「ダハムさん、丁寧なご説明ありがとうございました。ここの方たちは、とても熱心に研究をなされているのですね。わたくし感動いたしました。ですが、そんな生活を続けていると、大切なお身体を壊しかねません。回復薬の多用も良くありません。いろいろお考え直した方がよろしいのではないでしょうか」
しかし、ダハムはよく理解できなかったのか、それともただ単に内容を変えるのが嫌だったのか。
「いや、大丈夫だ、心配するな!俺たちの身体は鍛えられているからな。ちょっとやそっとのことでは倒れないぞ!」
元気にそう言い張った。ドンと胸に拳を当て意気込む様子に、きっとこの人に何を言っても無駄な気がした。
私は肩をすくめて、
「そうですか。余計な心配だったようで申し訳ございませんでした。ですが、どうぞお身体は大切になさってくださいませ」
そう言ってこの場を後にした。まだ何か言い足りないみたいだったけれど、こういうタイプの人は実体験をしないと考えを変えなさそうだし、逃げるタイミングを逃すと一向に帰してもらえなさそうだったので逃げた。
「ダハムはあんな人ですが、根はいい人なのですよ。どうか嫌いにならないでくださいね」
優しくダハムを庇うヴォルフににこりと頷きながら、私たちは三階へ行ったのだった。
「次はマジヴィンに行きましょうか」
そう言って、階段を背に右側へ進んでいく。どうやら三階も二階と同じ構造のようだ。右にマジヴィン、左にフォーヴィン。後ろには共同スペース。そして、やっぱりこの二つも仲が悪いらしく共同スペースは使われていない。本当にもったいないと思う。
「ルナディール、大丈夫か。もし疲れているのなら遠慮なく言ってくれ。その時はすぐに家に帰ろう」
ふいに義兄がそう言ったので、私は驚いて義兄の顔を見た。見ると、そこまで表情には出していないものの、義兄が少し疲れた顔をしていることに気が付いた。
もしかしたら、先程のプラヴィンの部屋が堪えたのかもしれない。義兄は綺麗好きだからな。精神的にきつかったのかも。
「わたくしは大丈夫ですが……。お義兄さまこそ大丈夫ですか?どうやらお疲れのようですし、少し休んでいてはどうでしょう。わたくしにはヴォルフもいますし、見学なら一人でも大丈夫ですよ」
私みたいに好き好んで見学に来てるわけじゃあるまいし、義兄に嫌な思いをさせるのは嫌でそう言ったのだけれど、義兄は私の言葉を聞くと少し間を開けてから、
「……いや、俺は大丈夫だ。それに、ルナディールを一人にさせるわけにはいかないしな」
そう言った。
「それは嬉しいのですが……」
なんとなく義兄に無理をさせているみたいで、なんだか納得がいかない。でも、こういう時なんて言えば良いのかもわからないので言葉に詰まっていると、
「マジヴィンに着きましたよ」
そうヴォルフが言ったので、私はモヤモヤを頭から振り払った。
コンコンコン、と三回ノックしてヴォルフが声をかけると、静かに扉が開いて一人の男性が出てきた。身長が高くスラッとした見た目でメガネをかけ、髪は綺麗に整えられていた。服も皺ひとつなくビシッとちゃんと着こなすその見た目とあいまり、鋭い目でこちらをじっと見つめるその姿はまさに風紀委員のようだ。
「ヴォルフさん、こちらは例の?」
「ええ、そうです。見学者のルナディール・ロディアーナさんと、その付き添いの義兄であるアリステラ・ロディアーナさんです」
紹介されたので私は慌てて自己紹介をする。
「初めまして、ルナディール・ロディアーナと申します」
その見た目に少し緊張しながらそう言うと、すぐさま義兄も名を名乗る。
「ルナディールの義兄の、アリステラ・ロディアーナです」
しかし、男性は真顔のままそっけなく、
「ルークス・ゾルデリア、マジヴィンのリーダーだ」
と発しただけだった。これを見れば分かるだろ的な感じでスッと目の前に身分証を差し出す様子は、いかにもクールな真面目風紀委員って感じ。
「それで、中を見学していくのか?」
「は、はいっ!」
鋭い瞳で見つめられ、つい反射的にピシッと背筋が伸びてしまう。うぅ、この人絶対怖い人だ。そうに違いない。
ルークスは、絶対に邪魔はするなよと言っているかのように私の方を睨みながら、中へ入れてくれた。
「ここでは主に魔法の歴史や古い文献なんかを調べている。魔法に興味があり文献と向き合うのが苦じゃないなら楽しいとは思うが、集中を欠くような騒がしい奴は歓迎されないので気を付けるように」
そう淡々と説明され、私はうぐっと言葉に詰まる。
魔法に興味はあるし文献と向き合うのも苦じゃない。喜んで研究する。ただ、静かに出来るかが問題だ。私はふとした時に思っていることが口に出てしまう。ここでも確実に声を出す自信がある。ふとした時に何かを発見したりして、あっ!って言っちゃう未来が見える。
それに、見学してみてもここはなんだか空気が違う。きっとリーダーであるルークスがそうさせているのだろう。どこかピリピリとしていて、ただペンが走る音しか聞こえない。こんなとこで、しまったー!とか、うわー!なんて声に出したらどうなることか……。
「ここはビーヴィンやプラヴィンと全然雰囲気が違う……」
シンと静まり返った部屋に響いた私の独り言。私はハッとして口を塞ぐ。恐る恐るルークスの方を見ると、彼はとても不機嫌そうな雰囲気を醸し出していた。
「当たり前だ。あんなふざけたところと同じにされては困る。もし楽しくおしゃべりがしたいのなら、ここではなく他のところをおすすめする」
冷たく放たれた言葉に、私は血の気が引いた。
なんてことを言ってしまったのだろう!絶対ここでは独り言厳禁だと思っていたのに!分かっていたのに!なんで独り言言っちゃったの私は〜〜!!
絶対今のは不興を買った。嫌われたよね!?ただでさえお前静かにしろよって目で言ってたのに!うわ〜どうしよう。雰囲気はともかくとして、ここには私の分身を読み解くために必要となる鍵が眠っている可能性が高い。だったら、ここのリーダーであり豊満な知識を持っていそうなルークスを頼るのは、読解を進める一番の近道に違いない。それに、マジヴィンはとても面白そうなところだ。だからリーダーであるルークスに嫌われるのはまずい。もし私が入りたいって言った時に、お前はうるさいからダメだなんて門前払いされたら嫌だ。
「い、いえ。わたくしは良い意味で言ったのですよ?こんなに静かであれば、わたくしのしたい研究も捗るというものですわ。特に、わたくしは解き明かしたい古い魔法書がありまして、それを研究するのにもってこいの場所だと感動してつい漏らしてしまった言葉なのです。それに、おしゃべりをするにしてもこのような場所でするほどわたくしも愚かではございません。ちゃんと休憩時間に他の場所でおしゃべりいたしますわ!」
誤解を解こうと必死に弁解したが、意外と私の声は大きくなってしまい、研究に没頭していた人たちが手を止め一斉にこちらをみた。その様子に、さらに私の血の気が引いた。
やばい、これは逆効果だったかもしれない。逆にうるさい奴って認識されたよね。これはもう早々に立ち去るのがベスト?後で出直す?でも、後でルークスが時間を取ってくれるとは思えないし。あれ、もしかして詰んじゃった……?
一人脳内であわあわと焦っていると、ルークスがはぁとため息をついて私の方を見た。目が合い私は背筋が凍る。
「調べたい研究や解き明かしたい魔法書があるなら結構。静かに出来るのならば貴女を歓迎しましょう。とにかく、今日のところはもうお引き取りください。他に説明することはありません」
そう静かに言われ、私はすごすごとマジヴィンを去った。最後、ルークスは敬語だった。つまり、とても怒ったということで間違いないだろう。私も怒ったりこれ以上誰かと話したくない時は自然と敬語になってしまうのだから。
ああ、終わった。歓迎するとか言ってたけど、あれは絶対に嘘だ。私を早く去らせるための嘘。うわぁ~、確実に嫌われちゃったよね……。
私はとても落ち込みながら、次のフォーヴィン見学へ行くのだった。
魔法研究所の見学、もう少しで終わりです。次回が最後のフォーヴィン見学!ルナディールはどこに所属するのでしょうか。私だったら決められませんね……。いろんな研究をしてみたいです。




