魔法研究所 中編~ビーヴィン~
「ここが図書室です」
そう言って通された図書室は、まさに楽園のような場所だった。見渡す限り、本、本、本!
魔術書から難しそうな専門書、昔の文献などで溢れていて、身体がうずうずとしてしまう。早く読んでみたくて、手に取ってみたくて仕方がない。
「あの、ここには何冊ぐらいの本が置いてあるのでしょうか?」
少し前のめりになりながらヴォルフに聞くと、ヴォルフはそうですね、と少し考える仕草をしてから、
「百万冊はあったかと思います。閉架したものや個人的に寄贈した本などを含めればもっと多くなるでしょうが……」
と、なんとも心が躍る返事をしてくれた。私の顔は一気にパアッと明るくなる。
「そんなにあるのですか!?それは素晴らしいです!わたくし、ここにある全ての本を読んでみたいです!」
両手を握って神様にお祈りポーズをしながらそう言うと、義兄もヴォルフも苦笑した。
「ルナディール、少し落ち着け。ここは図書室だ。静かにしないと怒られてしまうぞ」
「ロディアーナさまは本当に本がお好きなのですね」
私はハッとして、コホンと一つ咳払いをして心を落ち着かせた。ここは家じゃないのだから、はしゃいではいけない。それに、図書室で騒ぐのはご法度だ。他の人の邪魔になる。
「わたくしとしたことが、少し取り乱してしまいました。すみません」
あははと笑って誤魔化しながら謝る。
「いえいえ。今は使用者も少ないみたいですし、大丈夫でしょう」
ヴォルフは笑って許してくれたので、ホッと息をつく。
それから少しの間だけ図書室を見学して、二階にあるビーヴィンの研究室へと向かった。
玄関ホールの近く、正面の長い廊下の両サイドにある階段を上って二階へ行く。
階段を上がって右の廊下の方がビーヴィンの、左の廊下の方がプラヴィンのエリアだそうだ。丁度左右で真っ二つに割れている。なんでも、四つの部はそれぞれ仲が悪いらしい。廊下の後ろ側に続く廊下を行けば、一応共同スペースがあるみたいだけれど、一切使われていないのだとか。もったいない。
「こちらがビーヴィンの研究室です」
そう言ってヴォルフが扉をトントントンと三回ノックした。
「はい」
しばらくしてスイッと扉が開き、メガネをかけた女性が現れた。女性は私たちを一瞥した後、ヴォルフに、もしかして?と尋ねた。ヴォルフがこくりと頷くと、女性は少々お待ちくださいと言ってバタンと扉を閉めた。
それから何やら大声や物音が聞こえたあと、一瞬の沈黙があり、再び扉が開いた。今度は白衣をきた優しい顔の男性が現れた。歳は三十歳前後ぐらいだろうか。
「やあやあ、お待たせして申し訳ありませんヴォルフさん。ええと、こちらが例の?」
「ええ。魔法研究所に勤務予定のロディアーナさまです」
「なるほど」
男性はほうほうと私を上から下までじっと眺め、にこりと微笑んだ。
「初めまして、ロディアーナさん。僕はヘルマン・オスカー、ビーヴィンのリーダーをやらせてもらっています。ランクはトリトン。これが僕の身分証ね」
首にかけていた身分証を手に取り、はいっと見せてくれた。そこには確かに、『ヘルマン・オスカー 生物学省所属 ランク:トリトン』と書かれていた。
「初めまして、オスカーさま。わたくしはルナディール・ロディアーナと申します。以後、お見知りおきを」
ぺこりと淑女の礼をすれば、ヘルマンは慌てたようにあわあわと手を振った。
「そんな、オスカーさまだなんて。僕のことは呼び捨てでいいよ。それに、堅苦しいかしこまった言葉遣いもいらないよ。というか、もしかして僕が丁寧に話さないといけないのかな?あ、さま付けした方が良かった?うわあ、僕そういうの苦手だから、もしかしたら失礼なことばっかり言っちゃうかも」
わたわたと急に慌てだしたヘルマンを見て、ついクスッと笑みがこぼれてしまう。心の声までだだ洩れで面白い。お母さんだったら絶対怒っていただろうな。
なんとなく親近感が湧いて、私はにこりと笑いながら、
「いいえ、気にしないでくださいませ。どうぞわたくしのことはルナディールとお呼びください。丁寧に話す必要もありませんわ。普段通りで大丈夫です」
と言うと、ヘルマンはあからさまに顔を輝かせて、
「本当かい?良かったあ。それじゃあルナディールさんて呼ばせてもらうね。ああ、ルナディールさんもヘルマンって名前で呼んでくれて良いからね」
と答えた。その様子に、またクスリと笑みがこぼれる。
「はい。それではオスカーさんのことは、これからヘルマンさんと呼ばせていただきますね。言葉遣いも少し崩すように心がけます」
「あはは、ありがとう。そうしてくれると助かるよ」
そこではっとヴォルフの方を見る。もしかしたら、今がヴォルフに名前呼びをお願いするチャンスかもしれない。なんとなくタイミングを逃して言えずじまいだったけれど、この流れだと自然にルナディール呼びに持っていくことができるかもしれない。
私は基本的に名字呼びが好きではないのだ。自分が呼ぶのも呼ばれるのも、名前が良い。フォスライナには名前呼びでと頼むタイミングを逃して、未だロディアーナ嬢呼びだけれど。いつかルナディールと名前で呼ばれたい。
「ヴォルフさまも、わたくしのことはルナディールとお呼びくださいませ。敬語も不要ですわ」
にこりと笑いながらそうヴォルフに頼むと、ヴォルフは驚いたように目を少し開いて、それからほっほっほと楽しそうに笑った。
「それはありがとうございます。それでは私もルナディールさんとお呼びしますね。敬語は癖のようなものですから、どうか気にしないでください。ああ、それとルナディールさんも私にさま付けは不要ですよ」
「そうですか。それではわたくしもヴォルフさんとお呼びしますね」
和やかなムードになったところで、突然部屋の中でパリーンと何かが割れる音がした。かすかに誰かが叫ぶ声が聞こえる。
「あ、あのー、大丈夫でしょうか?」
不安になってそう聞くと、ヘルマンは何事もないようにけろっとした顔で、
「ああ、うん、大丈夫だよ。きっと魔獣たちが何かの器具を割っちゃったんだろうね。でも、こんなの日常茶飯事だし気にすることはないよ。きっとすぐ落ち着くだろうし」
と言った。
「そ、そうなんですね……」
私はその答えに愛想笑いしかできなかった。
それにしても、何かが割れたりするのが日常茶飯事って。一体どんな魔獣を飼っているんだろう。手がつけられないほど恐ろしい凶暴なやつだったりするのかな。だとしたら私が食べられないか心配になる。
「ああ、そういえばルナディールさんは見学に来ているんだったね。せっかくだし中を見ていくかい?少し散らかっているけれど、危険なものはないから」
にっこりと優しく微笑みかけられて、私はこくりと頷いた。少し魔獣が怖いけれど、それよりファンタジー的なものが見られるかもという好奇心の方が勝った。それに、ヘルマンはビーヴィンのリーダーだ。そんな人が危険なものはないというのならきっとそうなんだろう。
「是非見学させてくださいませ」
勇んで部屋に入ろうとしたら、誰かに腕を掴まれてぐいっと後ろに引っ張られた。驚いて振り返ると、私の腕を掴んでいるのは義兄だと分かった。
心なしかいつもより険しい顔をして、私の耳元で囁いた。
「先に私が中に入る。ルナディールは俺の後だ。大丈夫だとは思うが、万が一魔獣が襲い掛かってきてもすぐに反応できるよう身構えておけ」
「は、はい」
私は半分うわの空になりながらこくこくと頷いて同意を示した。
うう~~、義兄の顔が近い!というか耳元でイケヴォで囁くとかもうキュン死しちゃうって!推しに囁かれるとかどんな嬉しいシチュエーション!?私これから天国にでも逝っちゃうの!?お迎えが来ちゃう!?もしかして本当に魔獣に食べられちゃうとか!途中から見学に夢中で義兄が一緒だったことを忘れていたから、今のは本当に心臓に悪いって!!
心の中で悶絶していると、義兄が、ルナディール、と手招きしているのが視界に移った。
私は思いっきり頭を振って雑念を追い払う。これから魔獣に会えるのだ。どんな見た目か全く分からないけれど、もしかしたらファンタジー的な生物かもしれない。うん、きっとそうだテンション上げてこう。
「失礼しま~す」
義兄に手を引かれながらおずおずと部屋に入ると、あまりの広さに一瞬呆気に取られた。研究室だから、前世でいう教室一個分の広さかな~と思っていたけれど違った。まさかの教室三個分ぐらいの広さがあった。しかも、奥の方にはまだ扉があり、まだ広そうな気配がある。
そして、もっと驚くべきものは、この研究室一帯をぐるっと囲むように配置された檻。その檻一つ一つに一匹ずつ魔獣が入れられている。
「すごぉい!」
気が付くと声が出てしまっていた。私はすぐさま気を引き締めて、心の声が漏れないようにお口にチャックをする。
「でしょ?ここにある魔獣たちはね、みんな僕が森で保護してきたものなんだよ。中には瀕死状態の子もいてね。治療するのが大変だったんだ」
「えっ、みんな森で保護してきたんですか!?」
「うん。たまに研究で森に行ったときに見つけたりしてね。傷付いている子とかは持ち帰って手当してあげているんだよ」
「へぇ~、それは素晴らしいですね!」
魔獣を持ち帰って治療をするなんて、なんて優しい人なのだろう、と感動していると、先程のメガネをかけた女性がうんざりした顔をして、わざとらしくはあと大きくため息をついた。
「そのせいで我々の研究費はいつもカツカツなんですよ。もういい加減、研究しに外へ出かければ必ず魔獣を連れ帰ってくるの止めてくれませんか?このままだとビーヴィンは破産してなくなりますよ」
私はその言葉を聞いて、少しメガネの女性に同情した。
おおう、ヘルマンさんはいつも研究の度に魔獣を連れ帰ってくるのか。それなら、きっとこの奥の部屋にはまだいっぱい魔獣がいるんだろうな。
それにしても、今この人破産って言ったよね。研究費は王様の負担だって聞いたけれど、もしかして上限とかあるのかな。
というか、もし本当にビーヴィン存続の危機なら笑っていられる状況じゃないんじゃない?
不安になってヘルマンを見上げると、ヘルマンは女性に睨まれているのも気にもせず、頭をかきながら、いやあ~と言うばかり。
「でもね~、傷付いている子をみたら放っておけないからさ。つい保護しちゃうんだよね~。まあでも、研究費は依頼とか達成すれば少しは稼げるし、それになんだかんだで今まで無事だったんだから何とかなるよ」
そう呑気に返すものだから感心してしまう。ヘルマンはどうやら楽観思考の持ち主らしい。ポジティブに生きられるのはとても良いことだと思う。でも、ちょっと気になる単語が出てきたな。
私は申し訳なく思いながらも、ヘルマンと女性の会話に割って入った。
「あの、お話中すみません。ヘルマンさんが先程言っていた『依頼』って何のことでしょうか。それをすればお金が稼げるのですか?」
首を傾げながら聞くと、ヘルマンは、そうだねと笑って依頼について教えてくれた。
「依頼っていうのは、国中から集められた相談事やお願いみたいなものだよ。魔法研究所はいろいろ研究する場所でしょ?ルナディールさんはここの研究費がどこから出されているか知ってる?」
急な質問だったけれど、私は先程ヴォルフに説明されたことを思い出しながらこくりと頷いた。
「はい。王様ですよね?」
「うん、そう。でも、その研究費って一年に一回しか支給されなくて、上限もあるんだよね。それに、成果を出さないと研究費はどんどん削られていっちゃうし。はっきり言って、このビーヴィンはいつもお金が足りないんだよ」
困ったように言ったヘルマンに、すぐさま女性が、
「それはほとんどリーダーのせいでしょう!」
とツッコんだ。
「あはは、そうかもしれないね。とにかく、そこで僕たちが常にお世話になっているのが依頼なんだ。依頼にはたくさんの種類があって、薬品の納品や魔獣の駆除、お店の掃除から建物建設のお手伝いまで、とにかくたくさんあるんだ。そして、それを無事達成すると報酬がもらえるんだよ。それはお金の時もあるし、物の時もある。もし依頼を受けるなら、報酬欄はちゃんと確認した方がいいよ。お金が欲しいのに、お金にならないような物を貰っても仕方がないからね」
「因みにリーダーはよくそれをやるんですよ」
またまたタイミング良く言葉を発す女性。この二人はとても息が合っていて良いコンビだなと思う。
「あはは、その話はまた今度ね。えーと、まあ依頼っていうのは簡単に言えばお小遣い稼ぎみたいなものかな。依頼は玄関ホールの受付で受けられるから、機会があればルナディールさんも受けてみたら良いんじゃないかな。面白い依頼もたまにあって、良い息抜きになると思うよ」
「なるほど……。ご説明ありがとうございます、ヘルマンさん」
「いえいえ」
でも、依頼制度か。なんか冒険者みたいな感じだな。雑用から討伐、調合まで何でもお任せあれ!みたいな。面白そうだし、帰りにちょっと依頼見てみようかな。どんなのがあるのかとても気になる。
「ところでリーダー、彼女にビーヴィンでの仕事内容はもう話したのですか?」
私が依頼について考えていると、女性がそんなことを言っているのが耳に入ってきた。その言葉にぴょこんと身体が跳ねる。
そうだ、まだ肝心の仕事内容を聞いていなかった!
「あ、そういえばまだだったかも。ルナディールさんは、ここビーヴィンが何をするか知っている?」
こてりと首を傾げて聞いてきたヘルマンに、私はふるふると首を振る。
「いえ。魔獣の育成と研究をするっていうことしか知りません」
「そっか。じゃあ軽く説明するね。えぇっと、ここビーヴィンでは主に魔獣の育成、治療、保護、観察なんかをやっているんだ。たまに森に行って、どんな魔獣がいるのか、どこに住んでいるのかとか調べて、お城に報告に行くんだよ。魔獣好きならきっと楽しいんじゃないかな。いろんな魔獣のことが分かるし、こうやってここで飼うこともできる。懐けば最強の護衛にもパートナーにもなるよ」
「最強の護衛、パートナー……!!」
素晴らしく心躍るワードについ反応してしまう。
もしビーヴィンで愛情いっぱいに育てて懐かれれば、最強のパートナーができる!そうなれば護衛の心配も要らないし、一人で外出することも許されるかもしれない。それになにより、魔獣と心を通わせてパートナーになるっていうのが感動的。現世でよくやったファンタジーゲームみたいだ。ちなみに私は良くドラゴンとかキュウビを仲間にしていた。それがこの世界で実現できたらどれほど素敵なことか。
「そうそう。だから、ルナディールさんさえよければいつでもビーヴィンにおいでよ。僕らはいつでも歓迎するからね」
「ありがとうございます!」
嬉しい言葉をもらい、私の中でのビーヴィンの地位は一気に向上した。ビーヴィンに所属するのも良いかもしれない。お世話とか大変かもしれないけれど、ヘルマンさんみたいな優しい人がリーダーならやっていけそう。
それから、角の生えたウサギや鋭い牙を持つ大きな犬、オオカミみたいな大きな獣など、たくさんのファンタジーっぽい魔獣を見て回った。そして温かく見送られながら、私たちはビーヴィンエリアからプラヴィンエリアへと移ったのだった。
ヘルマンさんとても良い人でしたね。ああゆうおっとり系の人は見ていて和みます。次回も引き続き魔法研究所の見学です。




