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夢のお告げ

 辺り一帯が真っ白で、どこを向いても誰もいない。

「お義兄さま~、お母さま~、お父さま~……」

 試しに声を上げてみても、ただ空しく私の声が響くだけ。この世界にたった一人という恐怖に苛まれて、私はその場にへにゃりと座り込んだ。


 しばらくすると、不意にどこからかコツコツと誰かが歩く音が聞こえて、私は勢いよく顔を上げた。目に映ったのは見知った人。

「お義兄さま!」

 一人じゃないことに安堵しながら笑顔で駆け寄ったけれど、振り向いたのは私の全く知らない人のようだった。姿は義兄にそっくりなのに、私を見る目はとても冷たく凍ってしまいそう。こんな義兄を私は知らない。

「私に近づくな」

 冷たくそう一言言い放った義兄。その底冷えするような声にビクリと身体が跳ねる。


 いつもの優しい雰囲気はどこへいってしまったのだろう。

「お、お義兄さま……?」

 あまりの態度の変わりように恐る恐るそう声をかけると、義兄は無表情のまま、

「私はお前の義兄になった覚えはない。馴れ馴れしく話しかけるな、殺されたいのか?」

 なんて恐ろしいことを言った。その姿に背筋が凍る。

「こ、殺すだなんて、お義兄さまは冗談がお上手ですわね。わたくし、本気で言われているようで少し身体が強張りましたわ」

 なんて、顔を引きつらせながらもぎこちなく笑いそう返してみるも、義兄の表情は変わらない。本当に殺気すら感じる。


「私はいたって本気だが。要らないものは切り捨てる主義だからな。例えば、私の評判を下げる者など」

 感情がこもっていない声でそう言われ、今度こそ私ははっきりと悟った。ああ、これは本気のやつだと。どうやら私は恐ろしい人を怒らせてしまい、このまま私は義兄に殺されるかもしれないと。


 命の危険を感じゆっくりと一歩下がると、今度は目の前にフォスライナが現れた。

 先程まで漂っていた殺気はすぐになくなり、代わりに笑みを浮かべたフォスライナがいた。危機から逃れられたことにホッと安堵し、私は自然と笑みがこぼれる。

「フォスライナさま!」

 しかし、その笑みもすぐに私から消え去った。

「ああ、貴女ですか。すみませんが目障りなので、私の前から消えていただけないでしょうか」

 表情一つ変えず、さもどうでもよさそうに言われて、私の身体がまたビクリと震える。今度もまた、フォスライナの偽物みたいだ。作り笑顔がとても怖くて、冷たい視線がビシビシと突き刺さってくる。

「め、目障りって、わたくし、何かお気に障るようなことをしてしまったでしょうか?」

 笑顔を絶やさないように心掛けるも、どうしても顔は引きつり声が震えてしまう。

「ええ、存在自体が気に食わないですね。私はこの国の王子ですから、評判を落とされるのは非常に困るのですよ。シューベルト側に就く人が増えるのは本当に面倒なのです、貴女には分からないかもしれませんが。ああ、どうしてもと言うのならば、こちらで貴女を排除することも可能ですからね」

 笑顔でそう告げるフォスライナが怖くて、本当に排除されそうで、私はまた一歩後退る。


 二人ともどうしちゃったの?いつも優しく笑いかけてくれた二人はどこへいっちゃったの?私は今、この人たちに殺されるの?


 目の前が真っ暗になりそうになった時、今度は視界の隅にシューベルトが移った。

「シューベルトさまっ!」

 私はすがるようにシューベルトに駆け寄った。しかし、振り向いたシューベルトの顔にも笑顔はなくて、駆け寄ろうとした足を止めた。

「シュー……ベルト、さま?」

 なんとかそう絞り出した声を、シューベルトは鼻で笑って私を見下す。

「ふん、誰だお前。言っとくが、俺はお前と関わりたくない。一緒にいて楽しくないやつはお断りだ」


 あからさまに軽蔑した目で見られて、私の心はパリンと割れた。

 義兄にも、フォスライナにも、シューベルトにも、向けられたことのないような目で、言われたことのないような言葉をかけられて、見事に私の心は折れた。


 へろへろとその場に崩れ落ちる。

 ああ、もう私は終わったのだ。短かったなぁ、異世界生活。推しと楽しく生きられたらそれでよかったのに、まさか推しに嫌われるなんて。

 目の前が暗くなり、身体の力が無くなりかけたその時、頭上で、おーっほっほっほ、と聞きなじみのある声が聞こえてきて、ビクリと私の身体が跳ねた。

 恐る恐る顔を上げると、そこにはなんと私、ルナディール・ロディアーナが仁王立ちで立っていた。

 私と目が合うと、彼女はにやりと不敵に笑い、ビシッと人差し指を突き刺し堂々と話し始めた。

「いい気味ね、ルナディール。殺されないようにいろいろと対策しているようですけれど、それは全て無駄ですわよ。だって、貴女はルナディールなんですもの。どうあがいても、平穏に生きるルートなんてものは存在しないわ。毎日毎日、いつ殺されるのかビクビクしながら生きていなさい!そして、最後は後悔しながら終われば良いのよ。おーっほっほ、なんて愉快なのかしら。会う人全員から恨まれて死ねばいいんだわ」


 ザ・悪役令嬢というようなルナディールからそう言われ、私はもうどうすればいいのか分からなくてただ呆然とする。


 それからお母さんやお父さん、ラーニャ、さらにはメルアちゃんなど、絶対に悪口を言わないような人たちからも様々な心無い言葉を言われ、心がだんだん重くなっていった。

 今まで会った人全員から冷たい視線を浴び、私はもう限界だった。何よりも、大好きな推しから自分を拒絶するような反応をされて、悲しくて悲しくて、気が付けば私は声を出さずに泣いていた。


 私はどうして生きているんだろう。この仕打ちはなんだろう。何か間違ったことをしてしまったのだろうか。嫌われることをしてしまったのだろうか。


 ぐるぐるとそんなことを考えていると、不意に身体が落っこちる感覚に襲われた。死ぬのかな、と思った時。


「いってててて……」

 のそりと起き上がってゆっくりと辺りを見回すと、そこはいつもの私の部屋だった。

 どうやら私はベッドで寝ていて、さっきまでの恐ろしい出来事は全て夢だったみたいだ。

 ベッドから落っこちたせいで身体は痛いけれども、あの地獄のような時間から解放されて私はホッと息をつく。そして、今までで初めてだろう、ベッドから落っこちたことに感謝を述べた。


 私はベッドの上にギシリと腰かけて、先程の怖い夢について考えることにした。

 みんなに言われた言葉や冷たい視線を思い出して、私は側にあったクッションをぎゅっと抱き締める。


 あの光景は恐らく、悪役令嬢ルートでみんなに嫌われて殺されるものだ。評判を落とす、という言葉からも、ルナディールが悪さばっかりしていたことが伺える。つまり、最悪のバットエンドだ。

 でも、今の私はあんなに冷たい目を向けられたことはない。ならば、今のところ人間関係は良好だと言っても良いだろう。

 それならば、私はこの良好な関係を壊さないように注意しなければならない。関係が壊れてしまうのなんて一瞬だ。もし現実で推したちにあんな態度を取られたら、私の心はズタズタに引き裂かれて下手したら自殺してしまうかもしれない。私の心はガラスなのだから。


 それにしても、夢に悪役令嬢ルートのルナディールが出てくるだなんて思わなかった。どうせなら主人公ルートのルナディールと楽しくお話したかった。悲しい。

 しかも、なんか悪役令嬢のルナディールにいろいろ言われた。平穏には生きられないだとか、後悔しながら死ぬだとか、全員から恨まれるとか。ほとんどが物騒な言葉だった。さすが悪役令嬢のルナディール。悪役感満載だった。


 ……でも、本当にそうなりそうで怖い。というか、夢で言われたっていうのが怖い。まるでお告げみたいだ。

 よく夢占いとか、夢でお告げを聞いたとかあるけれど、もし今回の夢が、私は殺されるという運命を伝えようとしたのならむちゃくちゃ怖い。しかもここは元二次元の世界だ。魔法が存在するファンタジーな世界なのだから、そんなことがあってもおかしくない。だってファンタジーの世界なのだから。


 私はボフンと勢いよく後ろに倒れ、ゴロゴロとベッドの上を転がった。

「……私、死ぬのかなあ」

 ぼそりと呟いた声が部屋に響く。シンと静まり返っていて、このままじゃ本当に死にそうに思えてきて、私はバッと起き上がってふるふると頭を振った。


「ネガティブ思考ダメ!ポジティブ思考でいこう!私は死なない!平穏に生きる!」

 そう声に出してグッと拳を握り、嫌な考えを頭から出そうと頑張る。


 このお告げは忠告だと考えよう。きっと、これから魔法研究所に行っていろんな人と出会うのに、のほほんとしていたらダメだよって神様が教えてくれたんだ。うん、そうに違いない。

 それにほら、魔法研究所で上手くやっていけるか不安だったから、こんな不穏な夢を見たのかもしれない。

 きっと大丈夫。今までもなんでか分からないけれど人間関係上手くいっているし。恨まれてたりもしていないはず。……多分。

 でも、社会に出るならいろいろ気を付けないとダメだよね。お母さんもなんか言ってたし。私の一挙手一投足が命取りになるとか、そんな感じのことを。

 特に私は、下手したら死ぬかもしれないから本気で令嬢の振る舞いを覚えなければ。目指すはフォスライナだね。明日から練習すればまだ間に合う、きっと!

 頑張れ私、えいえいおー!私が生きるためにも、完璧な令嬢を目指そう!


 一人で意気込んでいると、そこでリュークのことを思い出した。そう、私の最推しであり、今一番好感度が低いであろう人物だ。

 自分が傷付くのが嫌で、ずっと先延ばしにしていた謝罪。でも、こうやってグダグダしているうちにいつの間にかバッドエンドに向かっているかもしれない。気が付いたら殺されていたとか、本当に避けたい案件だ。最推しのリュークに殺されるとか、その未来だけは絶対に避けたい。私のせいで推しの手を汚させるなんてダメだ。そのためには、私が動かなくてはいけない。ちゃんと謝罪しなければならない。


 ……けれど。はっきり言って時間が無い。言い訳に聞こえるかもしれないけれど、本当にないのだ。今まで先延ばしにしていたからだろって言われればそうなのだけど。

 でも、もう魔法研究所へ行く日はずらせないし、謝罪に行くのなら相手との予定を組まなければならない。仲が良い相手なら突撃しても良いだろうけれど、舞踏会で一回しか会わなかった相手だ。

 しかも、最近は少し義兄の過保護がすごくて、よく一人で外出してはならないだとか、誰かと会うときは必ず俺に教えろだとか言ってくる。

 確かにいろいろ問題を起こしたりはしたけれど、それでも過保護がすぎると思うのだ。

 ……まあ、前世でもそれなりに過保護に育てられたから慣れているのだけど。


 ってああ、また話題が逸れてる。ええと、何の話だったっけ?確か最推しの……。


 そこまで考えたところで、コンコンコンと控えめにノックがしてラーニャが入ってきた。

 ラーニャはもう既に起きている私を見て、目を大きく見開き驚いた。

「もう起きていらっしゃったのですか、お嬢様」

 その言葉に、私は曖昧に笑ってこくりと頷く。

「ええ。少し怖い夢を見て起きちゃったのよ」

「それは大変でしたね」

 ラーニャは私を慰めながらも、テキパキと仕事をする。

「それでお嬢様はまたお休みになられますか?それとも少し早いですが、支度をなさいますか?」

「……せっかく早く起きたのだから、少し本でも読んでいるわ」

「かしこまりました」

 それからラーニャは手早く私を着替えさせ、ベッドメイキングに取り掛かった。

 それを横目に見つつ、私は本棚の前まで歩いていく。


 さあ、何の本を読もうかな。前に下町で買った本、まだ読んでいないのがあったんだよね。全部面白そうだけど、もうすぐ魔法研究所へ行くんだしそれに関連したやつの方が良いかな?


 私は、『この世界に生きる魔獣辞典』と『幻の生物辞典』の二冊を手に取ってソファに座った。

 確か魔法研究所には魔獣を研究するところがあったはずだ。その予習と思えば良い。それになにより、内容が面白そう。


 パラパラと一枚ずつ捲りながら読んでいくと、それは思った通りとても面白かった。中にはよく小説なんかで出てきたドラゴンやユニコーンとかの説明も書かれていて、実際に会ってみたいと心が躍った。

 でもやっぱり怖い生き物もいて、人間を一飲みしてしまう生物や猛毒を持った生物、見た目がとてもグロテスクな生物など、読んでいて具合の悪くなるようなものもたくさんあった。そういうものには絶対お目にかかりたくないなと心の底から思う。


 そんなこんなで面白おかしい時間を過ごしていると、ラーニャにトントンと肩を叩かれて、

「もうそろそろ朝食のお時間ですよ」

 と言われてしまった。

 どうして楽しい時間はあっという間に過ぎてしまうのだろう、と名残惜しく本をしまって、ラーニャにせかされながら朝食の席に向かった。


「おはようございます」

 そう挨拶をしながら席に向かうと、もう先に来ていたお母さんとお父さん、義兄がおはようと挨拶を返した。私は一瞬、今朝見た怖い夢のことを思い出して身体が強張った。けれども、義兄の優しい笑顔を見てホッと身体から力が抜けた。

 やはりあれは夢なのだ。現実ではまだ嫌われていないからセーフセーフ。


 私が席に着くと、義兄は不思議そうな顔をして尋ねてきた。

「何かあったのか?」

 まさかあの一瞬の緊張に気付いたのかと内心驚きながらも、私はさも驚いていないですよ風を装ってにこりと微笑んだ。もちろん完璧な令嬢を演じる練習だ。敵を欺くにはまず味方から、だ。


「いえ。今朝は少し怖い夢を見たのですが、お義兄さまの顔を見たら安心しただけですわ」

 ここで、私の予想では優しい義兄ならば、「そうだったのか」と慰めてくれるはずだった。しかしなぜか義兄は、目を見開いて固まってしまった。どうしたのだろうと首を傾げると、義兄ははっとして軽く頭を振り、「そうか」と短く答えただけでパッと私から目を逸らしてしまった。


 思っていた反応とは少し違って、素っ気ないその態度に戸惑ってしまう。もしかしたら義兄とは思っていたより良い関係を築けていないのではないかとか、今ので急激に好感度が下がってしまったのではないかとか、ファンタジー的な力が働いて夢が正夢になるのではないかとか、今朝の夢のせいでそんなことばかりが頭に浮かぶ。


「……お義兄さま、どうかわたくしを嫌いにならないでくださいませ!わたくしはずっとお義兄さまの味方ですわ!お義兄さまの幸せをどなたよりも案じておりますので、お義兄さまの足は決して引っ張らないので、どうか、どうか見捨てないでくださいませ!」

 気が付けば私は、義兄の手をしっかりと握ってそう懇願していた。


 私に手を握られてそうお願いされた義兄は、私の目をまじまじと見つめて、それからふっと顔が赤くなり、思いっきり私の手を振りほどいた。そして小さく、

「俺はルナディールを見捨てようだなんて思ったことはない」

 と言って、勢いよく立ち上がって朝食を食べずに部屋を出てしまった。


 私は何が何だか分からずボーっとしていると、お母さんのため息が聞こえてきた。

 ハッとしてお母さんの方を向くと、お母さんは、

「どうしてこの子はこうよく分からない行動をするのでしょう」

 と呟いていた。そしてその言葉を聞いたお父さんは、

「まあまあ、いいじゃないか見ていて楽しいのだし」

 と笑いながら答えた。

「ですが、これではアリステラの心が持ちませんわ」

「いいじゃないか、無自覚の行動に翻弄されるというのも案外悪くないことかもしれないよ」


 そんなやり取りを聞きながら、私はとりあえず目の前に出された食事を口に入れた。今日も変わらず美味しいご飯を食べながら、会話の内容を思い出してまずかったことを考えてみる。

 でも、冷静になって考えてみると、いきなり人の手を握るだとか、いきなり訳の分からないことを言うとか、本当に自分は何をやっているんだろうと反省する内容しかなかった。全然ご令嬢っぽくない。これは確かに、どうしてこんなによく分からない行動をするのかとため息をつきたくなる気持ちも分かるかもしれない。

 それに、そのよく分からない行動に付き合わされる義兄の心も確かに持たないかもしれない。魔法研究所では気を付けないと、変人レッテルを貼られて孤立してしまうかも。そうなったらお告げの状態になりそうで怖い。もっともっとフォスライナを見習わなくては。


 私は食事を全て食べ終わり、私のせいでご飯を食べ損なった義兄に朝食を届けてあげようとお皿を持ち上げると、お母さんが静かにピシャリと言い放った。

「ルナディール、何をやっているのですか。やめなさい」

「ですがお母さま。お義兄さまはわたくしのせいで朝食を食べ損なったのです。それならばわたくしが届けて謝らなければいけません」

 そして、下がった好感度を元に戻さなければいけないのです、殺されないために、と心の中で付け足す。しかしお母さんはゆっくりと首を振って、

「そんなことはしなくても良いのです。そっとしておきなさい。食事は新しく持って行かせますから」

 と言った。私は、好感度が~~!と心の中で叫んだけれど、そんなことは微塵も感じさせずに大人しくこくりと頷いた。親の命令には逆らえない。


 私は悲しくなりながらも、まだ食べられるご飯がゴミ箱行きになるのがもったいなくて、しばらく手にしたお皿を見つめていた。そして良いことを思いつき、

「それならば、わたくしがこのお食事を頂いてもよろしいでしょうか。捨てるのはもったいないですから」

 と尋ねたら、お母さんはとても遠い目をした。そして、何かを諦めたような声で、

「もう好きにしなさい」

 と言って部屋を出ていった。


 私が、やったあこれは貯蔵用に後でシャイニンフェルにしまってもらおうと考えていると、どこからかクスクスと笑う声が聞こえ、顔を上げると、お父さんがそれは楽しそうに笑っていた。そして、

「ルナディールは見ていて飽きないよ」

 とだけ言って立ち去っていった。

 ただ一人その場に残された私は、ただただ首を傾げるだけだった。

夢のお告げにより、周囲の好感度状況に敏感になってきたルナディール。さて、次回はついに念願の魔法研究所です。

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