報告とお説教
「〜〜ということがありました」
私はにっこりと笑いながら、今日お城で起こったことを洗いざらい話した。
フォスライナとシューベルトにはちゃんと謝罪をしたこと。それから少しお話したこと。出されたお菓子がとても美味しかったこと。シューベルトにまた遊びに来ると約束をしたこと。
図書室でレイングリーナさまと会って少しお話したこと。途中でフォスライナたちのお母さんだと知って生きた心地がしなかったこと。
カリフストラと一緒に色々お話したこと。気が付いたら一緒に走っていて死ぬかと思ったこと。それなのにカリフストラは余裕の表情で、騎士団長のすごさを見せつけられたこと。
騎士団の訓練を見学している時に、少しだけ危ない目に遭ったけれど無事回避できたこと。もしかしたら自分は魔法の才能があるのではないかと思ったこと。
全て話すつもりはなかったのに、異世界で楽しく過ごせていることが嬉しくて、つい余計なことまで色々話してしまった。そして若干話を盛ってしまったかもしれない。
庭園を走り回ったとか絶対に要らなかった情報だ。もう自分から怒られにいっているようにしかみえない。
案の定、私の話を聞いていたお父さんの顔はとても困った顔をしていて、この子は何を言っているんだろうと、そんな顔をしていた。
私は話しすぎたことを今更ながら後悔する。もちろんもう遅いのだけど。
「……随分と色んなことがあったんだね。でも、あまりお城でははしゃがないようにしなさい。常に誰かに見られていると思って行動するんだよ。いつどこで足をすくわれるか分からないからね」
そう諭すように言われて、私は思いっきりしゅんとする。高かったテンションもだだ下がりだ。
「……はい」
「それと、今日の出来事はエルフィナやアリステラとも共有しなければならないね。それぞれから色んな意見を聞いて、これからの行動に役立てると良いよ」
「……はい」
それはつまり、みんなからも怒られなさいということだろうか。
うぅ、なんで私は全て話してしまったんだ。訓練を見てきた、王子さまたちにはちゃんと謝罪した、レイングリーナさまと少しだけお話した、それだけで十分だったのに。
あぁ、自分が馬鹿すぎて嫌になる。
私がガックリとうなだれていると、お父さんは苦笑しながらも優しく励ましてくれた。
「大丈夫だよ。誰でも羽目を外してしまうことくらいあるからね。エルフィナもそんなに怒らないさ。それに魔法研究所へ行くのなら、この機会に色々学ぶと良いんじゃないかな。ルナディールはあまり家を出たことがないからね。この機会に外ではどうやって振る舞うべきかエルフィナに教えてもらいなさい」
「……はい」
私はあまり嬉しくない励ましを受けながら、お父さんと一緒に帰宅した。
そして、帰ってくるなりお父さんは、お母さんと義兄に私の今日したことを何一つ漏らさず話してしまい、そのままお説教コースへと突入したのだった。本当に勘弁して欲しい。できることなら時間を戻したい……。
……お母さんの部屋へ来てからどれくらい経ったのだろうか。
私はあまりにも長すぎるお説教に耐えられず、何度か思考が飛んでいた。
ほわほわと宙を彷徨っていると、ひんやりとした声で、
「……ルナディール、聞いていますか?」
とお母さんの声が聞こえた。
「ひゃいっ」
底冷えのする声に私の思考は一気にクリアになり、視線はお母さんのもとへ行く。もちろん背筋もビシッと伸びた。
「……聞いていなかったのですね」
呆れたようなその声に、私は萎縮しながらもすみませんと謝る。
「……本当に大丈夫かしら。もう魔法研究所へ行く日は近いのですよ?こんな様子では、心配で送り出すことなんてできませんわ」
はぁとため息をつき、ふるふると左右にゆっくりと首を振るお母さん。
その姿にギクリと身体が強張る。
しかし、これでも私なりに一応頑張っているのだ。ちゃんと令嬢はやれている。
たまに気を抜いて……今日みたいに大笑いしたり?走り回ったり?するだけで、他ではちゃんと令嬢っぽかった。それこそ、レイングリーナさまとお話している時とか。
舞踏会でもそこそこ上手く踊れていたし、最初の方は他の貴族の人に挨拶とかちゃんとできていた。まぁ、後半は推しが絡んできてちょっとおかしくなっちゃったけれど……。
でも、本当に頑張って令嬢をやっているのだ。そこは信じて欲しい。
「お母さま、心配など要りませんわ!わたくし、きちんとお勉強していますもの。信じてくださいませ!ただ、少し気を抜いたり推しが……あ、いえ、少しテンションが上がると、タイミング悪く何か問題が起こるだけですもの」
私が拳を握りながらそう言うと、お母さんは、今度は少し遠い目をしながら、
「それがいけないと言っているのですよ」
と呟いた。
そして私の方を真っ直ぐに見つめて、真剣な声で話しだした。
「良いですか、ルナディール。貴女は宰相の娘であり、全属性という魔法の才能を持っているのです。中には貴女を陥れようと思う人も出てくるでしょう。貴女のことを快く思わない人だっているかもしれません。そんな中、魔法研究所という場所に身を置くのです。少し気を抜いただけで、貴女の立場が悪くなることもあります。ふとうっかり口に出してしまったことで、何かトラブルに巻き込まれる可能性も出てきます。外では、いつ誰がどこで貴女のことを狙っているのか分かりません。もっと自覚を持って、隙を見せないようにしなさい。そうでなければ、魔法研究所で生きてはいけませんよ」
言葉の一つ一つが身体にズンと重くのしかかってきた。いつになく真面目なお母さんの顔と声に圧倒される。
私は、そんなに危ない場所に身を投じるのだろうか。魔法研究所ってそんなに危ない場所なのだろうか。
自分が行くところなのに、魔法研究所のことはまだきちんと理解できていない。ぼんやりと知っているだけ。前世の記憶を思い返してみても、魔法研究所に関する知識は出てこない。そもそも作品にあまり登場しないのだから。
魔法研究所のことは、行ってから知ればいい。それではダメなのだろうか。下調べ、ちゃんとした方が良いのだろうか。
「……ルナディール、貴女は今まであまり外へ出たがりませんでした。お茶会などへ行っても、レティーナ以外の人とはあまり交流を持たなかったでしょう。きっと、そのせいもあって貴女には社交界の怖さが分からず、危機感もあまり感じたことが無いのかもしれません。ですがルナディール、貴女はもう大人なのです。魔法研究所へ行くと決めたのなら、覚悟と責任を持ちなさい。そこでは誰も守ってくれないのです。貴女の一挙手一投足で、自分の立場が簡単に変わると思いながら過ごしなさい」
「……はい」
私は返事をして、お母さんに部屋へ戻っても良いと言われたので自分の部屋に戻った。
ベッドにダイブしながら、先程お母さんに言われたことを頭の中で繰り返す。
社交界の怖さ。危機感。
確かに、私にはあまり危機感が無いのかもしれない。でも、私はこの世界の怖さ……いや、貴族の怖さを知っている。
だって、私の大好きな作品の世界なのだ。この世界では密かに人身売買が行われていることも知っているし、奴隷がいたりスラム街があることも知っている。
それに、ルナディールが主人公ルートだと、ルナディール自身が危ない目に遭うのだ。他人事ではない。
だけど、いまいち実感が湧かないのだ。実際に自分でその光景を見ていないからかもしれないけれど。
外では隙を見せないように振る舞い、貴族らしく振る舞う。心の内は悟られないように、互いの腹の中を探り合う。
つまりフォスライナみたいになれってことだよね。完璧王子さまのフォスライナは足をすくわれることなんてなさそうだもの。むしろ相手を追い込んでいく方だ。
でも、私がフォスライナみたいになれるのだろうか。無理な気がする。いろいろ失敗しそう。魔法研究所で失敗しても、フォローしてくれる優しい人はいるのだろうか。みんないい人だといいな。
……そういえば、魔法研究所にはどんな人がいるんだろう。変人がいっぱいいるとは聞くけれど、詳しくは知らない。それに普段は何をするところなんだろう。研究所っていうんだから魔法の研究とかかな。
でも研究ってお金かかりそう……。そのお金は誰負担?まさか自分とか!
そんな恐ろしい考えがよぎり、私はふるふると頭を振った。
魔法研究所は王族の庇護下にあるとかなんとかって前に聞いたことがある。だからきっと自腹じゃないはず。それに、万が一自腹だとしても、今の私は宰相の娘、貴族なのだ。きっとお金ならなんとかなる。
それよりも、今は情報収集が先だ。考えていたらいろいろ不安になってきた。魔法研究所について下調べしておかないと、なんかまたやらかす気がする。
でも、情報収集ってどうやってやればいいんだろう?
人に聞くっていっても、魔法研究所に知り合いなんていないし、関わりのある人とも交流がない。
どうしよう、と私がうんうん唸っていると、
「どうされたのですか?」
とタイミング良くラーニャが尋ねてきたので、私は魔法研究所について調べたいのだけどどうすれば良いのか分からなくてと相談してみた。
私の言葉にラーニャはこてりと首を傾げて、
「それならアリステラさまにお尋ねしてみてはいかがでしょう?確か、アリステラさまも魔法研究所のことを調べていた気がします」
と提案してくれたので、私はお礼を言って早速義兄へ突撃することにした。
「お義兄さま、今お時間よろしいでしょうか?」
コンコンコンときちんとノックしてからそう尋ねる。私もお嬢様らしくできるのだと義兄にアピールしておかなければと思ったのだ。
もし直前に、お母さんがやっぱり不安なので魔法研究所へは行かせません!と言った時に、一緒に説得してくれる仲間が必要だもの。念には念を、だ。この姿勢、すごくお貴族様っぽくない?
「どうした?」
数秒と経たずに扉が開き、目の前に義兄が現れる。整った顔をこてりと傾げ、私を見下ろす義兄。ああ、なんて美しいのだろう……。ってそうじゃなくて!
「実は、魔法研究所についてお話がありまして」
にこりと微笑みながらそう言えば、
「魔法研究所?……分かった。とりあえず中へ」
と扉を流れるような仕草で開けて私を中に入れてくれた。
勧められるままソファに座り、目の前にコトリと紅茶が置かれる。
私がルナディールになってから毎日のように紅茶を飲むけれど、未だに何の紅茶か分からない。
私は基本、紅茶とか飲み物はまずくなければそれでいいので、種類を聞いてもすぐに右から左に流れていってしまうのだ。まあ、興味がないからといえばそうなるけれど。
「それで、話とは?」
「ええと、わたくしが行く魔法研究所について、どのようなところなのかもっと詳しく知りたいと思いまして」
それにしても、推しと普通に会話できるようになったのはものすごい進歩だと思う。目の前にイケメンがいても、なんとか取り乱すことはなくなった。これは剣のお稽古のおかげかもしれない。毎日美しい顔を見ていたからきっと耐性がついたのだ。たまに見惚れてしまうのはしょうがない。そこは大目に見て欲しい。
「……それなら前に勤めていた義母に聞くのが一番ではないのか?」
その言葉に、私の身体にピキーンと衝撃が走った。
そうだ、お母さん魔法研究所にいたんだった!
すっかり忘れていた自分が嫌になる。本当に記憶力が悪い。この世界に来てから脳が退化したのかもしれない。前世ではこんなに忘れっぽくなかったはずだ。……多分。
でも、怒られたばかりのお母さんに、魔法研究所のことは聞きづらい。そんなことも知らずに……なんて言われたらどうするのか。今度こそ魔法研究所行きがなくなってしまうかもしれない。
それはいけないと思い、私はすぐさま言葉を発す。変な間ができたら不審がられるからね。
「お義兄さまはお母さまよりも話しやすいですし、頼りになりますから。ついでに魔法研究所について、お義兄さまの意見も聞かせていただければと思ったのですが……ダメでしょうか?」
こてりと軽く首を傾げ、義兄の顔を見つめた。
お母さんが魔法研究所にいたことを忘れていたことはもちろん言わないし悟らせない。
貴族たるもの、内心の動揺は表に出さない、だっけ。ほら、ちゃんと私にもできるんだよ。
「いや、大丈夫だ。俺を頼ってくれてありがとう」
私の言葉を聞いて嬉しくなったのか、義兄はふわんと優しく笑いながら色々話してくれた。基本クールな義兄の笑顔に思考が止まりそうになるけれど、そこはぐっと我慢。せっかく上機嫌で義兄がいろいろ教えてくれているのだ。美声とともに内容を一言一句聞き漏らすまい。
魔法研究所の仕事について。人数について。注意した方が良い人の名前から、仲良くした方が良い人の名前まで、義兄はそれはそれは丁寧に教えてくれた。
義兄の有能さにとても驚かされる。やっぱりイケメンお義兄さまはスペックがむちゃくちゃ高いのだ。
「……とまあ、俺が知っているのはこの程度だな。他に何か知りたいことはあるか?あれば調べておくが」
そう言う義兄にふるふると首を振る。
「いえ、もう十分ですわ。さすがですお義兄さま。まさかこんなに魔法研究所について知れるなんて思ってもいませんでした。やはり、持つべきものは頼れるお義兄さまですね!」
両手を胸の前で組み、神様に拝むかのようなポーズで感謝と尊敬の意を込めてそう言う。すると義兄はキラースマイルを放ちながら、うっとりするような美声で、
「そうか、ルナディールの役に立てて良かった」
とそれはそれは嬉しそうに言った。
「はうっ」
とろけるような笑顔とイケヴォにやられ、私はしばらく思考が停止する。
ああ、義兄の笑顔が尊い!この笑顔を見た人は絶対、漫画だったらズッキューンて効果音がつくよ!
なんかもう、この推しの笑顔が見られるだけで幸せだよ。ほんと贅沢すぎる。この世界最高か。
なんだろう、この笑顔で多少の不運や事件、騒動だったら乗り越えられる気がする。ああ神様、本当にこの世界に私を転生させてくれてありがとうございます!この世界に来て何度目になるか分からないけれど、いくらでも言います!神様、私を推しのもとに連れてきてくださりありがとうございます!
心の中でひたすら神様に感謝を述べていると、
「ルナディール、大丈夫か?」
と義兄の声が聞こえてきて一気に現実に戻された。
「ひゃわあっ」
そして変な声を上げてしまった。でも、仕方があるまい。だって、気が付くとものすごい近くに義兄の顔があり、あろうことか私は顔を覗き込まれていたのだ。その心配そうな目にまた私の心が騒ぎだす。
推しの顔のドアップは尊い!尊いけれど、でも私にはまだ刺激が強い……。その目は反則だよ、心臓がバクバクうるさいよぅ!!
「だ、だだだ、大丈夫ですわ。少しぼーっとしてしまっただけですから」
なんとか笑みを浮かべながら言葉を絞り出し、私はスススッと横にずれて義兄から距離を取る。
「……そうか」
義兄は一瞬何かを考えたように動きが止まったけれど、すぐに一歩退いてソファに座った。
「そ、それでは、わたくしはもうそろそろ自室に戻りますね。長居してしまってはお義兄さまにも悪いですから」
私はそれだけ言うと、バッと立ち上がってそそくさとその場から逃げるように義兄の部屋を出た。
何か義兄が言いかけたけれど、キラースマイルがまだ頭にしっかりと刻み込まれていたので、振り返らなかった。心臓もバクバクうるさいし、さすがにあのまま義兄と対面していたら頭がショートしてしまう。
私は自分の部屋に戻り、バタンと扉を閉めて、ふうと息をつく。
ああ、危なかった。推しが義兄なのは嬉しいけれど、心臓に悪い。心臓に負担をかけすぎて早死にしそう。やっぱりまだ推しの尊さには勝てないみたいだ。今度はキラースマイルをくらっても思考を飛ばさないようにしたいな。……自信はないけれど。
私はベッドにダイブし、クッションを抱きながらごろごろして魔法研究所について思いを馳せる。
義兄から聞いた話、忘れないうちに紙に書いておかないとな。えーっと、誰だったっけ。注意した方が良い人と、仲良くした方が良い人の名前。
うーんとしばらく考えて、私ははたと動きを止める。
……あれ、待ってほんとに忘れた?というか、義兄は何を話していたっけ。やばい、さっきのキラースマイルで全部吹っ飛んだかも。
私は青ざめながら飛び起きて、机に座る。万年筆を持って、先程聞いたことを書き出そうとしてみるも、全く手が動かない。
「……おーまいがー」
私の記憶どうなってるの。ついさっきの出来事じゃない。こんなんじゃこの世界で生きていけないよ?おーい、記憶よ、戻ってこーい!
何度呼びかけても出てくるのは義兄のキラースマイルで、私はガックリと肩を落とした。
そして、このどうしようもなく残念な私ははたして魔法研究所で生きていけるのだろうかと心配になるのだった。
義兄のキラースマイルで話した内容吹っ飛んじゃったルナディール。こんな調子で、推しがいっぱいいる世界で無事に生きられるのでしょうか…。次回は夢に悪役令嬢ルートのルナディールが出てきます。何を言われるのでしょう…。




