騎士団
「集合〜〜ッ!!」
カリフストラが響き渡るような大声を出すと、
「はっ!!」
と騎士団員が揃って声を出し、ザッと私の前に整列した。
私はというと、みっともなくまだぜーはーぜーはーと息をしていた。心臓もバクバクうるさいし暑い。汗が止まらない。
そんな私と対照的に、カリフストラは呼吸一つ乱さず汗もかいていない。バケモノだ。さすが騎士団長。
騎士団員の好奇心に駆られた視線を集めながら、私はなんとか呼吸を整えようと深呼吸を繰り返す。でも、足がガクガクと震えるし汗は止まらない。ドレスもところどころ汚れている。令嬢らしからぬ姿だ。
「今日は、ルナディール・ロディアーナ嬢が騎士団の訓練を見学する。恥をかかぬようしっかり励め!」
「はっ!!」
ちらちらと何度も騎士団員と目が合い、なんとなく居心地の悪さを感じる。こんな汗だくな令嬢、きっと今まで見たことがないだろう。とても恥ずかしい。穴があったら入りたいとはこのことか。
「ルナディール、何か言うことはあるか?」
早く練習に入ってくれないかなーなんて思っていると、いきなりカリフストラに話を振られたので、私は驚いてついカリフストラをガン見する。
こんなボロボロの状態で何か話せるとでも思っているのだろうか。まだ呼吸が乱れているのに。きっと途切れ途切れで覇気のない声が出てしまう。
「……いえ。騎士団のみなさまの訓練を、見学させていただけることに感謝して、わたくしもしっかりと学ぼうと思います。……今日はどうぞよろしくお願いいたします」
なんとか言葉を発し、にこりと笑いかけると、カリフストラもうむと一つ頷き、
「さすがだ。あれだけ走ったあとなのにもう回復しているとは。驚いたぞ」
と満足そうにそう言った。私の聞き間違いかと思うほどのびっくり発言である。
この人は何を言っているのだろうか。この姿を見て、もう体力が回復したと思うだなんてあり得ない。
それとも、カリフストラからすれば汗が止まらなくても足がガクガクと震えていても、呼吸が乱れていてもそれは普通のことなのだろうか。
そんなのバケモノだ。私は普通の人間である。変なことを言わないで欲しい。なんだか、カリフストラとは分かり合えないような気がしてきた。
「……ご冗談を。わたくしは見ての通り、もうヘロヘロですわ。一体どれほどの距離を走ったのかは存じませんが、途中で身体の感覚が麻痺してしまいましたもの。……呼吸一つ乱さないカリフストラさまはさすがですわ。張り合おうと思ったのが間違いでした」
私がそう言うと、カリフストラはなぜかわははと笑ってうんうんと何度も頷いた。
「素晴らしいぞ。身体の感覚が麻痺してまでも走り続ける根性、気に入った!自分の限界に挑戦し続ける姿に私は感動したぞ!ここまでアグレッシブな令嬢とは初めて会った。どうだ、騎士団に入らないか?きっと良い騎士になれるぞ」
カリフストラの爆弾発言に、騎士団のみんながハッと息を呑むのが分かった。信じられない、という目でこちらを見ている。その目が痛い。
ああ、もう本当に勘弁して欲しい。私が騎士団なんかに入ったら即死するよ。カリフストラの勘違いだよ、お願いだから目を覚まして。変なフィルターは取り去って。
「お誘いありがとうございます。ですが、わたくしは騎士団よりも魔法研究所へ行きたいのでお断りしますわ。それに、わたくしが騎士だなんて考えられませんもの。即死する未来が見えますので、カリフストラさまはどうぞ騎士団のみなさまを存分に鍛えてあげてくださいませ」
とびきりのスマイルでそう断ると、カリフストラは驚いたように目を見開き、それからまたわっはっはと盛大に笑い出した。
どこに笑う要素があったのか全く分からない。もしかしたら、私と同じでおかしなところで笑ってしまう人なのかもしれない。
「そうか!ならば期待に応えて、騎士団をより一層強くしなければならんな」
それからカリフストラは騎士団のみんなに向き直り、
「全員、訓練を始めよ!」
と大声で言った。隣にいた私には、その大声が直で右耳に入ってきたので、鼓膜が破れるかと思った。
それからしばらく、休憩も兼ねてゆっくりと騎士団の訓練を見ていた。
走り込み、腹筋、腕立て、ストレッチ、素振り……基礎練のオンパレードだ。私だったらすぐにリタイアしちゃいそう。もちろんこういう体づくりとかって大切なんだけどね。
前世、運動系の部活に入っていた頃の記憶が蘇ってきて、なんだか懐かしくなった。あの頃は、毎日やる面白味のない基礎練が嫌で嫌で仕方がなかったっけ。
入って間もない頃は体力も全然無いから、基礎練だけで限界で。その後の試合の頃にはもうヘロヘロであまり動けなかった。
だけど、それが何ヶ月も経つと普通に試合できるようになるんだよね〜。あの時は、体力ついたなぁって嬉しかったっけ。
前世の思い出に浸りながら訓練を見ていると、騎士団員のみんなが二人一組のペアになって向かい合い始めた。
どうやら基礎練は終わったらしい。
私は剣を使った戦い方を見るべく、少し彼らに近づいた。
「やぁーーっ!」
「はあっ!」
それぞれが声を上げながら剣を振る。剣が交わるたび、キンキンと金属が擦れ合う音が聞こえる。
私は普段、義兄との練習では木で作った剣を使っているから、ぶつかってもカンカンとしか音が鳴らない。だからか、この金属の擦れ合う音がとても新鮮で心地良い感じがする。そして、改めて自分がファンタジーの世界へ来たんだと教えてくれた。
一ペア一ペア、剣を振る癖などに注意しながら、じっくりと観察していく。重たそうな甲冑を着ているのに、重たい剣まで振り下ろせる腕力がすごい。私なら甲冑を着ただけで動けなくなりそう。
カキンと響く心地良い音を聞きながら、ほうほうと見学をしていると、そういえばカリフストラはどこへ行ったんだろうとふと疑問に思った。
最初は私の隣で基礎練を見ていたはずだけれど、気が付いたらもういなかった。
軽く辺りを見回してみると、カリフストラが少し離れたところで誰かと話している姿が目に入った。相手は誰だろうか。
目を凝らして見てみても、緑の長い髪の人だとしか分からなかった。女性か男性かは分からない。
でも、甲冑などではなくきっちりとしたスーツみたいなものを着ていたので、騎士団の人ではなさそうだ。
もっと近付いて確認しよう、と一歩前に出た瞬間。
「危ないっ!」
と誰かが叫んだ声が聞こえた。
その声に驚いて振り返ると、剣で弾かれたのだろうと思われる、甲冑を着た人が私の方に倒れてきているのが視界に飛び込んできた。しかも、剣先があろうことか私の方に向いている。
このままじゃ刺されて死ぬかもしれない……!
そんな恐ろしい光景が頭をよぎり、恐怖で身体が動かなくなってしまう。早く動かなければ……!そう思うのに、身体は言うことを聞かない。
まるでスローモーションのように、どんどんと剣が近付いてくる。
私、もう死ぬのかな……。でも、でも、私、まだリュークに謝ってない!フォスライナたちに目をつけられて、たくさん不愉快な思いをさせて。もしかしたら社交界での彼の評判に泥を塗ってしまったかもしれないのに。そんな状態でこの世界とおさらばしても良いの?
……いいや、ダメだよそんなの!せめて謝罪の気持ちを書き残してから死なせて!
私はぐっとお腹に力を込め、覚悟を決める。推しのためにも、私はここでくたばるわけにはいかないのだ!
そして、倒れてくる人の身体に向かって風の魔法を放った。ほんのわずかの時間だけれど、その風が騎士を受け止める。その間に私は騎士の背後から抜け出し、手首を思いっきりバシンと叩いて、騎士が握っていた剣を地面に落とした。
甲冑を思いっきりチョップしたので手がヒリヒリする。とても痛い。でも、無事に剣は騎士の手から離れた。
まだ人を吹き飛ばさないほどの風力がどれくらいか分からなかったけれど、どうやらなんとかなったようだ。私って意外と天才かもしれない。なんとか剣が突き刺さる未来は変えられた。
ほっと一息つくと同時に魔法も消え、甲冑を着た人はドシンと地面に倒れた。私はもちろん潰されていない。
足元で、仰向けに倒れている騎士を見下ろしながら、私はヒリヒリとする手をぷらぷらと振る。あまりの痛さに涙が出そうだ。ジンジンする。
「いってぇ〜……」
本当に痛そうに呟く騎士は、どうやら男性のようだ。私は彼を恨めしそうに見ながら、
「私の手の方が痛いんだけど」
と思わず呟くと、その場の空気が一気にピキーンと凍ってしまった。
ああ、やってしまった。つい心の中の不満が声に出てしまった。またお母さんに怒られてしまう。
そう少し反省したけれど、それでも痛いものは痛いのでしょうがない。私は特に弁解もせず、そのまま黙り込む。
「何があった!?」
騒ぎを聞きつけて来たのだろう、カリフストラが私と側に倒れている騎士を交互に見て尋ねた。
チラッと先程の場所を見てみると、もうそこには緑の髪をした人はいなくなっていた。どこに行ったのだろう。
私は肩を竦めながら、
「この騎士が剣を持って倒れて来たので、咄嗟に魔法を使ってしまいました。死ぬかと思いましたので、つい。相手に怪我はないと思いますけれど……」
と言うと、カリフストラは片眉を少し上げて、倒れている男に声をかけた。
「どうなんだ、ムルクリタ」
どうやらこの男はムルクリタというらしい。
なんだか覚えにくい名前だなーと思っていると、ムルクリタと呼ばれた男はのっそりと起き上がって、馬みたいにブルブルと軽く頭を振ってからカリフストラに向き直った。
「そうです。トヴェリアの剣を防ぎきれなくて吹き飛ばされてしまいました。何かに支えられたと思ったと同時に手に痛みが走り、気が付いたら支えも無くなり地面に落ちました」
そんなよく分からない説明をして、さらにカリフストラの表情は険しくなった。
そりゃあそうだろう。何かとはなんだとツッコみたいに違いない。
重苦しい雰囲気が漂い始めると、一人の男が前に出てきて話し始めた。
「カリフストラさま。私が力加減を間違えたばかりにムルクリタが体勢を崩し、このご令嬢が潰されそうになったのです。本当に申し訳ございませんでしたっ!」
ビシッと身体を九十度に折り曲げて謝罪した男性。その姿に少し違和感を覚えて首を傾げる。
この声は確か、危ないと注意をしてくれた声じゃないだろうか。あの声がなかったら、きっと今頃私はぺしゃんこになっていた。
言うなれば、私はこの謝っている人に助けられたと言えるのではないだろうか。でも、そもそもこの人が加減を間違えなければ私は危ない目に遭わなかった?
いや、でもそもそも訓練ってそんな手加減しながらやるものじゃないよね。常に全力で挑まないと限界値は上がっていかないし。
じゃあこの人は悪くないんじゃない?
ん〜?と考え込んでいると、カリフストラが低いドスの効いた声で、
「ムルクリタとトヴェリアは訓練後、片付けを二人でやるように。他の人は手伝うな。片付けが終わったら私の元へ来い。説教だ」
と淡々と告げた。その迫力がすごくて、私までビクッと震えてしまう。ムルクリタとトヴェリアは真っ青だ。
「ルナディール、怪我はないか?私が目を離している隙にこんなことになるとは……油断していた、申し訳ない。あとでクリストフにも謝罪を入れる」
カリフストラまで頭を下げて謝ってきたので、私は慌てて首を振った。
「いえ。わたくしももう少し周りを見るべきでしたわ。直前まで気が付きませんでしたもの。あの方が声をかけてくださらなかったら、今頃わたくしは潰されていましたわ」
そこでチラッとトヴェリアの方を見ると、カリフストラも片眉を上げてトヴェリアの方を見た。
「多少手が痛みますけれども、大した怪我もしていないので気にしないでくださいませ。訓練場で怪我をするのは当たり前のことでしょうし」
肩を竦めながらそう言うと、カリフストラも怒られた二人も驚いたような顔をしていた。
自慢ではないけれど、私は前世でも、体育館やグラウンドでは怪我三昧だった。
バスケをしたら顔面にボールが飛んでくるし、バドミントンでは捻挫、ソフトボールでは打ったボールがお腹に直撃。
それと比べたら、今のこの手の痛みなんて可愛いものだ。
……あ、一応言っておくけれど、別に私が鈍臭いわけではない。ただついていないだけなのだ。
それなりにスポーツはできる方だったし好きだった。評価も五で一番良かった。
ただ、一瞬気を抜いた時に限ってそういうデッドボールが飛んでくるから怪我をするだけ。
だったら気を抜くなって話なんだけどね。たまにぼーっとしちゃうじゃん、休憩中とか。
「しかし、怪我をさせないようにとレイングリーナさまにも仰せつかっているのだ。それを守れなかったのは騎士として恥ずべきことだ。ルナディールならば大丈夫だろうと気が緩んでしまったのは事実。本当に申し訳ない」
それでもまだ頭を下げるカリフストラに、私は困ってしまう。
確かに王族から怪我をさせるなと言われている人を危ない目に遭わせたのだ。やってしまったと思うのは誰でもそうだろう。
もし私が王族に、この置物を傷一つつけないようにと言われて、目を離した隙に傷がついていたら自分を責めまくる。というか、命令違反で殺されないか心配になる。
……まぁ、騎士団長は殺されないと思うけどね。私と違って存在価値があるから。だって国を守る立派な人だもの。
「カリフストラさま、顔を上げてくださいませ。わたくしは怪我をしていません。もうそれで良いではありませんか」
「いや、しかし……」
顔を上げても、まだ困った顔をしているカリフストラ。何を言っても同じようなやり取りの繰り返しになるので、だんだん面倒くさくなってきた。
そういえば、カリフストラには少し話が通じないところがあった気がする。なんか、合わないなぁとつくづく思う。
でも、こういう人が騎士団長に相応しいんだろうなとも思った。
私はパチンと手を叩いて、無理矢理この話を終わらせた。
「みなさん、お騒がせしました。わたくしは隅の方で見学していますから、存分に訓練してくださいませ」
そして歩き出そうとしたら、ムルクリタと目が合った。何か言いたそうにしていたけれど、私はそれを無視して横を通り過ぎる。
あまり長居しても騎士のみんなに悪い。訓練時間を奪ってしまうだけだ。
慌てて側にきたカリフストラと一緒に、それからずっと訓練風景を見て、いろんな型を頭に叩き込んだ。
五十人もいると、五十パターンもの癖や動きが見られる。
今まで義兄の動きしか見たことがなかったので、新鮮でとても面白かった。頭でイメージするだけでも少し強くなった気がする。
頭で何度もイメトレしながら見学していると、
「ルナディール」
と誰かに声をかけられた。ビクッとして振り返ると、そこにはお父さんが立っていた。
「お父さま、もうお仕事は終わったのですか?」
私がそう聞くと、お父さんはコクリと頷いて優しく笑った。
「ああ。ルナディールが騎士団の訓練を見学していると聞いてね。とても驚いたよ」
「あはは……。申し訳ありません」
私が謝ると、お父さんはふるふると首を振って、
「大丈夫だよ。良い時間は過ごせたのかい?」
と聞いてきたので、私は満面の笑みで頷き返した。
「はい!たくさんの方の動きを見るのはお勉強になりますわ。早く家に帰って練習したいくらいです」
「そうかい、それは良かった。それで、私はもう帰れるけれど、ルナディールはどうする?まだここにいたいかい?」
笑顔で問われて、私は少し考えた。
本音を言えばまだ見学していたかったけれど、お父さんはお仕事で疲れているに違いない。疲れている人を長い間待たせるわけにはいかない。
それに、いつまでも私がここにいるとカリフストラも自由に身動きが取れないだろう。彼は騎士団長さまなのだ。私が拘束していいような人じゃない。きっと仕事だっていっぱいあるはずだ。
そこまで考えて、私はふるふると首を振る。
「いえ、もう大丈夫ですわ。ずっとここにいてもお邪魔でしょうし、わたくしももう帰ります」
私がそう言うと、お父さんは、分かったと一つ頷いてカリフストラにお礼を述べた。
「カリフストラ、今日はルナディールを預かってくれてありがとう」
「いや、私の不注意でルナディールに怪我を……」
「カリフストラさまっ!!」
私は慌ててカリフストラの声を遮って、にこりと笑顔で声をかける。ここでさっきのごたごたを話されたらまた長くなってしまう。そんなの面倒だし時間の無駄だ。
「今日はありがとうございました。とても充実した一日になりましたわ。また見学に来てもよろしいでしょうか」
私の笑顔に少し顔を引き攣らせながらも、カリフストラはもちろんだと頷いてくれた。
それから強引にお父さんとカリフストラを引き離し、訓練場を後にした。
さっきの騒動の話は、私の口から話した方が穏便に済むはず。きっと。
不思議そうな顔をしたお父さんに、詳しいことは馬車の中で話しますと伝えて、お父さんと二人で馬車に乗り込んだ。
席に着いて一息つくと、一気に疲れが襲ってきた。
よく考えてみれば、今日一日で色々なことが起こった気がする。もう身体も頭も限界だ。
ハードな一日だったなぁと思いながら、私はそっとため息をつく。でも、楽しいことも勉強になったこともいっぱいあった。
割と異世界、堪能しているんじゃない?と思って、心の中でくすりと笑う。
前世では経験できなかった色んなこと、たくさんやってみたいな。魔法に剣に、推しとの生活。
「ルナディール」
私はお父さんに声をかけられて、ハッと我に返る。
「今日一日、何があったか教えてくれないかい?」
私はとびきりの笑顔を浮かべて、
「もちろんですっ」
と返事をしたのだった。
騎士団の練習見学のお話でした。甲冑を着た騎士たちが、本物の剣を持って訓練する。生で見たらきっと迫力満点ですよね。次は今回のお城で起こった出来事の報告と、いつものお説教です。ルナディール、いっぱい叱られますね。これはもう頑張れとしか言えません……。




