騎士団長カリフストラ
「待たせた」
「うわあっ」
急に話しかけられて、また踏み台から落っこちそうになる。
後ろに倒れそうになったところを支えてもらい、踏み台から下ろしてくれたカリフストラ。
「気をつけろ。頭をぶつけたら大変だ」
そう言われてしまい、私はあははと笑いながらお礼を言った。
でも、これはカリフストラが悪いのではないだろうか。集中している人にいきなり話しかけたら、誰でも驚くに決まっている。
それとも、貴族なら驚かないのだろうか。だったら私は一生貴族になれないに違いない。
「それで、本当に騎士団の訓練を見たいのか?令嬢が見てもあまり面白いと思えるようなものではないと思うのだが」
そう私を見下ろしながら尋ねるカリフストラの圧がすごくて、軽く一歩退きながらもこくりと頷いた。
さすが騎士団長。オーラがすごい。近付いたり怒らせたら問答無用で斬られそう。悪人も絶対に近付くまい。
「訓練の見学は、きっとわたくしにとって有意義な時間になりますわ。ですので、ご迷惑でなければ是非見学させていただきたいです」
おずおずとそう告げると、カリフストラはほぅと一つ頷いてにやっと唇の端を持ち上げた。
「面白いことを言う令嬢だな。クリストフの娘だったか?」
その言葉にこくっと頷き、
「ルナディール・ロディアーナと申します、カリフストラさま」
ともう一度自己紹介をした。するとカリフストラは、ああそうだルナディールだと呟いて、
「それじゃあ行くか。私からあまり離れるなよ。大丈夫だとは思うが、万が一でも怪我をされたら困るからな」
そう念押ししながら、私を訓練場まで案内するため先に歩き出した。
私も慌ててカリフストラの後をついていく。
「あの、騎士団には何人ぐらいいるのでしょうか?」
無言で歩くのも落ち着かないので、私はカリフストラにそう質問した。すると、カリフストラはちらっと私の方を見たあと、
「そうだな、新人合わせて千人くらいじゃないか?」
そう答えた。
千人。なるほど、それほどの人がこの国を守っているのか。それにしても……。
「千人で訓練できるだなんて、随分と大きな訓練場なのですね」
感心してそう言うと、カリフストラは、ん?と不思議そうな顔をしたあと、わははと笑い始めた。レイングリーナの側にいたときは無口でお堅い人だと思っていたけれど、どうやら違うみたいだ。仕事モードとプライベートモード、きちんと使い分ける人なのだろう。
しかし、笑われるようなことは言っていないはずだ。私が、何かおかしいことを言っただろうかと首を傾げていると、
「さすがにそんな広い場所はない。普段は二百人ずつのチームを組んで活動している」
と教えてくれた。
どうやらお城にも、千人全員で訓練できる場所はないみたいだ。どんな訓練をしているのかは知らないけれど、チーム分けというのは妥当だろう。
きっと護衛対象とかによってチームを変えたりするんだろうな。
二百人ずつってことは、五チーム存在するということか。それなら、強いチームと弱いチームで階級分けされているとか、そういう感じだろうか。
「そのチームはどうやって決めているのですか?」
不思議に思ってそう問うと、
「それはもちろん強さだな」
と簡潔に答えた。やっぱり強さだった。
「今練習しているのは六番目のチームのはずだ。どうだ、試しに誰かと試合してみるか?」
そして急にとんでもない提案をされたので、私は勢いよく頭を振って断った。
「そんな、試合だなんて滅相もございません!大切な訓練時間をわたくしのような者のために割く必要はありませんわ。わたくしはただ片隅で、騎士団のみなさまの様子を見ているだけで良いのです」
きっぱりとそう告げた私にカリフストラは、はははと笑いながら、
「そうか、それは残念だな。稽古をつけてもらっていると言っていたから、どれぐらい強いのか確かめたかったのだが」
とこれまたとんでもないことを言った。
確かにそう言ったけれども、強いまでとは言っていない。変な期待をしないで欲しいものだ。きっと私の実力を知れば、こんなものかと鼻で笑われるに違いない。
勝手に期待されて勝手に失望されるのが一番つらい。
「騎士団のみなさまに比べましたら、きっとわたくしなんて足元にも及びませんわ。カリフストラさまにお見せするようなものではございません」
にこりと笑ってそう言ったのに、何故かカリフストラはまた笑って、
「そうか。ならば是非見たいものだな。こういうものは強い人ほど謙遜するものだ。それに、エルフィナも魔法研究所の人たちに言っていたぞ。娘であるルナディールは剣術にも長けておりますので、あまり虐めないほうが身のためですよ、剣で斬りつけられてしまいますから、とな」
そんな信じられないことを言った。私は驚きすぎてカリフストラをガン見してしまう。
おおお、お母さま!?一体なぜそのようなことを魔法研究所の人たちに吹き込んでいるのですか!?そしてなぜそれを笑いながらわたくしに言うのですかカリフストラさま!?
気に障ったら斬るとかとんでもない極悪人みたいに聞こえるではないですか!そんなことわたくしは絶対にいたしません!逆にわたくしが殺されてしまいます!
心の中でたくさん抗議しながら私は顔を引き攣らせて、
「あら、お母さまはとんでもないことをおっしゃったのですね。わたくし、そんなことはいたしませんよ。抵抗することはあっても、自分から相手に剣を向けるだなんて命知らずなことはしません。絶対に」
ちゃんと事実を伝えておいた。ここで否定しなかったら、私はとんでもない極悪人になってしまう。
しかし、私の話をちゃんと聞いていたのかいないのか、カリフストラは相変わらずわははと笑いながら、
「そうか。まあ今度誰かと手合わせをしてみろ。対人戦はきっと良い経験になるぞ」
と言った。
「……お時間が合えば」
私はもう何を言っても無駄だと悟り、この話を早々に打ち切ることにした。
このまま話していても埒があかないし、なんだかどんどん状況が面倒な方向に行きそうな気がした。
「あの、騎士ですからカリフストラさまにもやはり愛馬がいらっしゃるのでしょうか?」
なんとなく気になっていたことを聞いて、話題をそっと変えてみる。
「愛馬?そりゃあ騎士だからな。それぞれ相棒がいるぞ」
ちゃんと答えてくれたので、私はすぐさま次の言葉を発す。ここで詰まったらまた話が戻りかねない。
「そうなのですね。因みに、カリフストラさまの愛馬はどのような馬なのですか?お名前とか色とか、是非教えてくださいませ」
勢い込んでそう尋ねると、カリフストラは苦笑して、そんなに馬が好きなのか?と私に聞いた。
別に馬の好きとか嫌いとかは無かったので、私は笑顔でやり過ごす。
「私の馬は黒い馬だ。名前はメタモルフォーゼ。足がとても速くて、名前を呼んだらすぐに駆けつけてくれる」
そうサラッと答えてくれた内容が衝撃的すぎて、一瞬私の思考が停止した。
今、馬の名前メタモルフォーゼって言わなかった?聞き間違いかな?メタモルフォーゼって確か、変身って意味じゃなかったっけ。
え、カリフストラさまは馬のことをメタモルフォーゼって言うの?もし大声で、「メタモルフォーゼ〜〜ッ」とか叫んだら、それって「へんし〜〜んっ」って言ってることにならない?
カリフストラさまが変身?そのがっちりした体格で一体何に変身しちゃうの?まさかピンクの全身タイツ……。
そこまで考えて、ハッとして頭をふるふると振って変な思考を一掃する。もし完璧に想像してしまったらおかしすぎてもうカリフストラの顔を見られないかもしれない。
急に頭を振り出した私に驚いて、どうかしたか?と心配そうに聞いてくるカリフストラ。
私はにこりと笑ってカリフストラの顔を見る。そして、大丈夫ですと答えようとすると、ふと頭の片隅にピンクの全身タイツを着たカリフストラが出てきた。思わず吹き出しそうになってしまい、私は慌ててカリフストラから目を逸らす。
「い、いえ。そ、それよりその、馬の名前って……」
やめておけば良いのに、つい聞いてしまった。聞き間違いの可能性が捨てられなかったのだ。
それなのに、至極真面目な声で、
「メタモルフォーゼだ」
と言うのでまた笑いが込み上げてきた。まだ頭の隅でピンクの全身タイツがちらついている。そのうち技名とか言い出しそうで怖い。
私は必死に笑いを堪えようとするが、肩がぶるぶると震えて止まらない。
「おい、大丈夫か?」
本当に心配そうに言うカリフストラに、震えながらも大丈夫ですと言う。
それにしても、カリフストラは自分の馬にどうしてそんな名前を付けたのだろうか。不思議でならない。
もしかしたらとても深い意味があるのではと思い、思い切って、
「あの、カリフストラさまはどうして馬に、その、メ、メ……くくっ……ごほん!メタモルフォーゼと名付けたのでしょうか?」
と後半はやや早口気味になりながらも尋ねてみた。途中、あまりにも笑いが堪えきれずに笑ってしまったけれど、きっと大丈夫だ。カリフストラなら許してくれるはず。
変な笑いのツボに入ってしまったこの状況を脱するためには、感動したり感心するような深い理由が必要だ。騎士団長だもの、きっとすごい理由があるに決まっている。
そう期待していたのに、カリフストラの口から発せられたのはまさかの事実。
「いや、別に特に意味はない。名前を考えていた時に、パッと思い付いたのがメタモルフォーゼだったのだ。なんか強くなれそうで良いだろう?」
少し自慢げに笑いながら言うその言葉に、また笑いが込み上げてくる。
ま、待って何その理由。そんな偶然ある?
パッと思い付いた言葉がメタモルフォーゼで、なんか強くなれそうって……。確かに変身って意味だから強くなれそうだけど!
でも、普段、メタモルフォーゼ!って思うことある?なんかもうそれって……。
そこで、メタモルフォーゼ!と言ってカリフストラと馬が変身してしまう想像をしっかりしてしまった。
ビシッと手を斜め上に突き上げて、変身のポーズをバッチリとって、背後にいる馬が嘶く。馬が鳴くと同時にドーンと爆発音がして、まるで戦隊者だ。
そしてビシバシ敵を薙ぎ倒していって、正義は勝つ!なんてガッツポーズをして……。
そこまで考えて、私はもう笑いから逃れることはできなくなった。
「ぷっ、あはははははっ」
身体を折って思いっきり笑いながら、通行人の邪魔にならないようよろよろと壁際まで避ける。そして、ひーひー言いながら壁に寄りかかった。あまりの面白さに腹筋崩壊しそう。涙まで出てきた。
だって、筋肉質でがっちりしたおじさんが変身するんだよ?面白くない?
もしかして私がおかしいのかな。笑いのツボが浅すぎる?でもそれは前世からだしね。
でも、考えて見てよ。カリフストラがメタモルフォーゼって……。
「あはははははっ、だ、ダメだ、一旦、おお、おち、落ち着かなきゃ……」
ぜーはーぜーはー言いながらみっともなく笑っていると、少し顔を硬らせたカリフストラに、
「急にどうしたんだ?大丈夫か?」
と言われた。雰囲気から若干引かれているのがよく分かった。
でも、そんなのしょうがないではないか。笑いのツボに入ってしまったのだから。私は一度笑うとなかなか元に戻れない。一度ついたイメージを取り去ることができるはずもなく、頭にちらつく、会ったことのないメタモルフォーゼと必死に戦っていた。
なに、メタモルフォーゼは悪くないのだ。愛馬にどんな名前を付けるのも自由。笑うのは失礼だ。そう思っても、笑いは一向に収まらない。
私の近くを通り過ぎる人たちは、みんな怪訝な目で私を見ている。
「す、すみませっ……だ、大丈夫、ですっ……そ、それより……その、カリフストラさまは、メ、メタモルフォーゼという意味を、ご、存じですかっ……くくっ」
笑いを必死に堪えながらも会話を続けようとする私に、明らかに変な目を向けながらも、
「いや、知らないが。何か面白い意味でもあるのか?」
と聞いてきた。
まさか知らなかったとは。こっちの世界では、メタモルフォーゼ=変身という意味なのだろうか。それともメタモルフォーゼはただの意味のない言葉?
私には分からなかったけれど、どっちにしろ面倒なことになりそうだったし、今のこの状況は失礼極まりないので、なんとか笑いを堪えて息を整える。
「ひー、ひー……。あ、いえ。その、メタモルフォーゼって、へ、変身って意味…………へ、変身って意味なのです。ですので、強くなれそうって言葉が、その、ピッタリすぎて……っ」
必死に声を上げて笑うことを抑える。お城の廊下で大声上げて笑うなんて、お母さんに知られたら大目玉だ。
……もう誤魔化せないかもしれないけれど。
私がふるふると震えていると、カリフストラはとても真面目な顔で何か考え込み、
「そうか。メタモルフォーゼとは変身という意味を持つのか。確かに偶然としては面白いな」
なんて呟くものだから、また笑いが込み上げてきてつい吹き出してしまった。
なんだろう、私カリフストラとは合わないかもしれない。この人と一緒にいたら笑いが止まらない。
また声を上げて笑い出した私を見て、カリフストラは顔を顰めながら、
「そんなに面白いのか?私にはよく分からないな」
なんてしみじみと言うものだから、また私の笑いのツボセンサーに引っかかった。
本当に勘弁して欲しい。このままじゃ騎士団の訓練を見る前に笑い死にしちゃう。
「か、勘弁してくださいませ、カリフストラさま。おお、面白すぎて死んでしまいそうですわ。い、息が…………ひー、ふー、ひー、ふー……」
貴族の令嬢らしからぬ姿を推しに見られていなくて本当に良かったと心の底から思う。
相手がカリフストラと少数の使用人ならまだ大丈夫……なはずだ。
私が壁に手をつきながらそうお願いすると、カリフストラはふるふると頭を左右に振って、
「何が面白いのか分からんが、もうそろそろ笑い止んだ方が良いぞ。このままじゃ、何事だと他の人が駆けつけてくるかもしれぬ」
そんな恐ろしいことを言って、スタスタと私に近付いてきて、ひょいと私を抱き上げた。お姫様抱っこだ。
「訓練をなるべく長く見たいのだろう?あまりゆっくりしていられないから運んでいくぞ」
そのままスタスタと足速に訓練場へ向かうカリフストラ。
あまり状況が理解できないけれど、早く笑い止んだ方が良いというのはごもっともなので、私はなんとか呼吸を整える。
ゆっくり深呼吸しながら数を数えていると、だんだんと笑いが止まってきた。
私はこくりと一つ頷いて、パッと顔を上に向ける。すると、思っていたよりも近くにカリフストラの顔があったので、一瞬うわっと叫びそうになった。
叫びを呑み込んで、
「もう落ち着きました。先程は取り乱してしまい申し訳ありませんでした」
と謝罪する。
するとカリフストラは私の方を見て、
「そのようだな。途中から震えがだんだん止まってきていた。正気に戻ったようで何よりだ」
そう言ってから私をそっと下ろした。スタッと足が地面について、私は少し安堵する。
よくよく考えてみると、私は騎士団長にお姫様抱っこされながらお城を歩いていたのだ。恥ずかしいにも程がある。
「あともう少しだからついてこい」
そしてまた前を歩き出すカリフストラ。私は慌てて後をついていく。
いつの間にかもう外へ出ていたみたいだ。全く気が付かなかった。
「ここはお庭ですか?」
「まあそうだな。騎士団の訓練場は庭園を抜けた先にある。城の裏門側が私たち騎士団に与えられたスペースだ」
私の質問にしっかり答えてくれたカリフストラ。頭のおかしな令嬢だと思われたに違いないのに親切だ。とても助かる。
周りに咲いているたくさんの花を見ながら、
「ここのお花はとても綺麗ですね」
なんて言っていると、すぐ横から蝶々が飛び出してきたので、うわぁお!と思いっきり大声を出してしまった。
そこで、他にもたくさん蝶々やら虫やらいることに気が付き、私は声にならない叫びをあげながら庭園を駆け抜けた。
うわあああ!なんて変な声をあげなかったのは褒めて欲しい。
私が急に走り出したことに驚きながらも、さすが騎士団長、すぐに追いついて並走してきた。
「どうしたんだ?」
そう尋ねてきたカリフストラに、一生懸命走りながら、
「ちょ、蝶々がいましたので!」
と簡潔に答える。
「蝶々?」
私の言葉に、意味が分からない、という顔をするカリフストラに、
「虫はこの世で一番嫌いなものですわ!」
と言って走るスピードを上げた。
そしていつの間にか、走っている目的が蝶々から逃げる、からカリフストラに勝つ、というものに変わっていて、私は全速力で庭園を駆け抜けていた。
ぜーはーぜーはーと言いながらも、走るのは辞めない。カリフストラは体力がまだまだ残っているようで、息の一つもあがっていない。
それが悔しくて、身体が悲鳴をあげているにも関わらずひたすら走り続けた。
負けず嫌いって本当に面倒な性格だと思う。
走って走って走りまくって、身体の感覚がなくなりつつある、若干ゾーンへ入りかけたところでカリフストラが、
「着いたぞ」
と一声発した。
「ふぇ……?」
私はゆっくり力を抜いていき、スピードをどんどん落としていった。
止まる頃には信じられないほど心臓がバクバクと鳴っていて、身体も悲鳴をあげていた。
今すぐ寝転がって休みたい気分である。
私はぜーはーぜーはーと息をしながらゆっくり視線を上げると、そこには、カリフストラと同じような銀の甲冑を着てお稽古をしている騎士団の人たちがいた。
カリフストラ、全然お堅くなかったですね笑 そして愛馬の名前にツボるルナディール。カリフストラが優しい騎士団長さんでよかったですね。次は騎士団のお稽古見学です。




