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図書室と貴婦人

 使用人が図書室の扉をスッと開けてくれて、私はるんるん気分で中に入った。

 目に飛び込んできたのは、たくさんの本、本、本。

 ズラーッと棚が並んでいて、所狭しと本が収められている。

 図書室に入ってすぐ、右側にはカウンターがあり司書さんが静かに座っていた。左側には奥までずっと続く本棚。

 何十万冊ぐらいあるんだろう。百万は下らない気がする。


 私は軽く司書さんにペコリとお辞儀してから、図書室を探索することにした。とりあえず、左側から回っていくことにしよう。

 自分の身長の二倍はある本棚にぎっしり詰まった本たち。見ているだけで心が踊る。

 私は本のタイトルを一つ一つざっと見ながら回っていくことにした。さすがに上側にある本は、見上げただけではタイトルが見えなかったので踏み台を使った。

 司書さんに踏み台の場所を聞き、隅にちょこんと置かれていたものをよっこらせと持って設置し、その上に乗ってタイトルを確認する。

 上から下まで、見落としがないよう全ての本を見る。そして、どんなジャンルのものがどういう分類で置かれているのか覚えるのだ。


 踏み台に上って上側を確認し、踏み台から下りて下側を確認する。その繰り返し。

 せっせとひたすら静かに踏み台の上り下りをしながら大きい図書室を回っていく。

 壁際にある本棚を全て見終わった頃には、うっすらと汗をかいていた。良い運動になった気がする。

 壁際の本棚は、入り口から入って真っ直ぐ進んだところ、つまり正面にはなかった。窓があるだけである。右側はカウンター。

 まだ見ていない本棚はたくさん残っている。

 図書室は横長の長方形型だ。まだ左辺と下辺が終わっただけ。


 さぁ、まだまだ見るぞ!と意気込み、踏み台を持ち上げると、テーブルに座っている女性とばっちり目が合った。横に控えている大柄の男性も、じっと私を見ていた。

 窓から差し込む陽の光に女性の赤髪がキラキラと輝き、とても綺麗だった。編み込みのお団子ヘアーで、静かに佇むその姿はまるで絵に描いた聖女のよう。美しすぎてため息が出そうなほどである。

 こんな貴婦人画があってもおかしくない。ペルシャ猫を膝に乗せていたら完璧な絵になると思う。

 その隣に立つ男性も、銀色の甲冑を着てまるで騎士のよう。腰に刺した剣がカッコいい。大柄だからきっと力も強いに違いない。あんな人が剣を握ったら敵無しではないだろうか。まさに鬼に金棒。


 私は踏み台を持ち上げたまま、軽くペコリとお辞儀をした。

 お城の図書室にいるような人だ。きっとお偉いさんに違いない。なんのお仕事をしているんだろう。お母さんと同じ国王さまの補佐とかかな。

 そんなことを考えながら、テーブル脇にある本棚に踏み台を設置する。

 窓から差し込んでくる光を少し浴びているので、本が若干日焼けしていた。ここにあるものには価値がないのだろうか。そんな本は存在しないだろうに。

 もう少し窓から距離を取ればいいのにとも思ったけれど、きっとそうもいかないのだろう。

 テーブルとここの本棚のスペースは人とギリギリすれ違える程度しかない。これ以降奥……つまり、下辺に向かっては等間隔で本棚が並んでいるので動かしようがない。その間隔も、もちろん狭い。

 もう少し図書室を広くするべきだと思うな。もし王様と仲良くなれたらお願いしてみたいものだ。もちろん本当に仲良くなれるとは思っていないし、なりたくもないけれど。


 私がまた踏み台の上り下りを始めると、ふいに後ろから、ちょっと良いかしら?と声をかけられた。

 急な言葉に驚いて、私は踏み台から落っこちそうになる。

「わわっ」

 ぐらっと身体が揺れて、後ろに倒れるかと思ったその時、ガシッと誰かに背中を支えられた。そして、身体をひょいと持ち上げられて踏み台から下ろされる。

 軽々と持ち上げたことに驚いて振り返ると、あの騎士のような男性が私を助けてくれたのだと分かった。

「ありがとうございます。お陰でテーブルに頭をぶつけずに済みました」

 私がそうお礼を言うと、男性は一つこくりと頷いただけでまた女性の側へ戻ってしまった。

「ごめんなさいね、驚かせてしまったかしら」

 女性がこてりと首を傾げて困った顔をしたので、私はにこりと笑って大丈夫ですと返した。


 それにしても、いつの間にか女性が座っているテーブルのところまで来てしまったみたいだ。

 そっと左側を確認してみると、テーブルは三つあった。テーブル三つ分の本棚を見終わったことになる。


「あまりにも熱心に本を見ているものだから、つい気になってしまって。貴女は本が好きなのかしら?」

 そう尋ねられて、私は少し気まずくなった。

 きっと、踏み台の上り下りのことを言っているに違いない。もしかして目障りだったかもしれない。視界の隅で上下に動かれれば気になるのもしょうがない。

「はい。本が大好きで、一体どんなものが置いてあるのだろうと気になりまして……。お邪魔でしたらすみません、すぐに場所を移動します」

 そう言って移動しようとくるりと振り返れば、女性は慌てて、違うのよと否定した。

「邪魔なんかじゃないわ。むしろ見ていて面白かったもの」

 その言葉に驚いて、私は女性の方を見る。

 踏み台の上り下りが面白いだなんて不思議な人もいるものだ。私だったら見ていても楽しくない。


「面白いのですか?」

「ええ。まるでリズムを刻んでいるようにトントンと上り下りしたり、たまにぴょこんと小さく跳ねてみたり、頑張って背伸びをしてみたり。とても面白いわ」

 そうくすくすと笑いながら言った言葉に、私の顔は恥ずかしさで赤くなる。

 まさか全て見られていたなんて思わなかった。しかも、それを詳しく説明されるなんて。


 私が一人恥ずかしさに悶えていると、女性はまたくすりと笑って、

「恥ずかしがっている姿も可愛いわ。こんな子だったら、彼らが夢中になってしまうのも分かるかもしれないわね」

 なんて意味の分からないことを言った。そして、にこりと微笑んで、

「わたくしの名前はレイングリーナよ。どうぞよろしくね」

 と自己紹介をした。

 いきなり自己紹介をされて戸惑いながらも、私も、

「わたくしはルナディールと申します。こちらこそよろしくお願いいたします、レイングリーナさま」

 と返す。

 そして、忘れないように何度も心の中でレイングリーナと名前を繰り返した。


 自慢じゃないが、私は顔と名前を覚えるのが得意ではない。前世でも、クラスメイト全員の名前を覚えるのは苦手で半年以上かかっていた。

 まぁ、自分が関わらない人に興味が無かったといえばそうなるけれど。


「こちらはわたくしの護衛で騎士団長のカリフストラよ」

 レイングリーナが側に控えている男性を紹介する。カリフストラと呼ばれた男性は、ペコリと軽くお辞儀をしただけだった。私もペコリとお辞儀を返す。


 それにしても、騎士団長さんかぁ〜。カッコいい。騎士団長に護衛されるなんて羨ましいな。私も護衛されてみたい!

 危機に陥ったら颯爽と現れて助けてくれる騎士さま。そして、ご無事ですか、姫って颯爽と手を差し出し立たせてくれる。姫はその手を取り、にっこりと微笑むの。ああ、もちろん騎士はイケメンに限る!


 頭の中でイケメン騎士に助けられている場面を想像しながら幸せに顔を緩めていると、

「どうしたの?」

 と不思議そうにレイングリーナに尋ねられた。

 その言葉にハッと我に帰る。


 今、ものすごい気持ち悪い顔をしていたかもしれない。一人でにやにや笑って、こんなの不審者だ。通報されてもおかしくない。いや、ここはお城だから騎士団長に連行されて檻行きかな。ここで人生終わるなんて絶対に嫌だ。


 私は笑って誤魔化しながら、

「すみません。その、騎士団長さまに護衛されるのって素敵だなと思いまして。ですので、もしわたくしが護衛されるならどのような騎士が良いか考えていたのです。どうぞ気にしないでくださいませ」

 と言うと、レイングリーナは少し驚いたように口に手を当て、それからまたくすくすと笑い出した。

「あら、本当に面白いことを言うのね。それなら、騎士団の訓練を見学してみてはどうかしら?もしかしたら、気に入る騎士がいるかもしれないわよ」

 冗談かもしれないけれど、とても素晴らしい提案をしてくれたので、つい私は少し前のめりになりながら、声を弾ませてにこりと笑った。

「訓練の見学!それは素敵ですわ。わたくし、一度は実際に剣を交えているところが見てみたかったのです。きっと剣術のお稽古に役立ちますもの」

「剣術のお稽古に役立つ?」

 レイングリーナに、不思議そうにそう聞き返されたので、私はこくりと力強く頷いた。

「はい!わたくし、剣術のお稽古をつけてもらっているのです。ですので、きっと役に立つはずですわ」

「まあ、剣術のお稽古を?怪我をするのではなくて?自分の身体は大事にした方が良いわよ」

 心配そうな顔をしたレイングリーナに、私はにこっと笑って頷いた。

「もちろんです。わたくし、痛いのは嫌いですもの。万が一剣で攻撃されても防げるように、また、誰かに襲われても対抗できるように習っているだけです。そうすれば、自分が誰かに怪我を負わされる心配も少しは減りますから」

 あと、魔法研究所に行くのを許してもらうため。

 そう心の中でこっそり付け足しておく。


 剣を使うことに憧れはあったけれど、自分からやりたいとは多分思わなかった。剣を持つなんて怖いこと、できればしたくないと思っていた。

 痛いのも怖いのも嫌なのだ。でも、剣を交えることはその両方がついてくる。

 魔法研究所へ入るためとはいえ、剣術を習うことになったのなら、私はなるべく強くなることを目指す。弱ければ剣を握っても怪我をするだけ。

 それに、私には少し意地っ張りなところがある。そして、負けず嫌いなところも。

 だから、是非騎士団の訓練を見て、実際プロの人たちはどれぐらい強いのかを見てみたいのだ。

 私の剣術が全く通用しないようなら、まだまだ強くならなければならない。


「誰かに守られる前提ではなく、自分で敵に向かっていこうとする姿勢、とても素晴らしいわ。それなら、護衛探しよりも自分の技術上げで騎士団の見学をしそうね」

 くすくすと楽しそうに笑うレイングリーナがとても美しくて、私はつい見惚れてしまった。

 陽の光を浴びてキラキラ輝く赤い髪。少し空いた窓から入ってきたそよ風になびく赤髪は美しかった。

 そして、優しそうな黒い瞳。溢れんばかりの気品。きっと、こういう人を素敵な貴婦人というんだ。貴婦人の代表的な存在。


 私がぼーっとしていると、レイングリーナがカリフストラに、

「カリフストラ。ルナディールに騎士団の訓練を見せてあげてくれないかしら。見学者がいるのといないのとでは、きっと騎士団のやる気も違うでしょう?」

 と言っているのが聞こえた。驚いてカリフストラの方を見ると、彼は少し顔を顰めながら、

「確かにそうですが、レイングリーナさまはどうなさるのですか。私は貴女さまの護衛の任務を承っております。ですので、レイングリーナさまを置いてどこかへ行くことはできません」

 と返した。その言葉に私は、ん?と何か違和感を感じた。


 騎士団長はお偉いさんのはずだ。騎士団の中でも一番偉い人。それが騎士団長。

 そして、騎士団は国を守るためにいる。国を守る人たちの中でも一番のお偉いさんが、レイングリーナさまの護衛をしている。レイングリーナさまの護衛の任務を承った。……承った?一体誰に。

 騎士団長に命令できるのは、普通国王や王族ぐらいしかいないんじゃない?ということは、王族がレイングリーナさまを守るように言った?

 レイングリーナさまは、貴婦人の代表的な存在みたいに姿も所作も美しい。そして、赤髪に黒い瞳。シューベルトも赤髪で、フォスライナは黒い瞳。

 と、いうことは……?


 私は自分の考えに冷や汗が止まらなくなる。そうであって欲しくない、と思いながらも恐る恐る、

「あの、もしかしてレイングリーナさまは王族でいらっしゃいますか?」

 と聞いてみた。

 すると、少し驚いたような顔をして、それからくすりとおかしそうに笑ったレイングリーナさま。彼女は、私の一番言って欲しくない言葉を言った。

「よく分かったわね。そうよ。わたくしはレイングリーナ・エルプニッツ。フォスライナとシューベルトの母です」


 その言葉に、ガーンと頭を殴られたような衝撃が全身を駆け巡る。

 フォスライナとシューベルトのお母さま。それはつまり、国王さまの奥さま。

 ……ああ、なんて人と繋がりを持ってしまったのだろう。王族はあと、国王さまでコンプリートではないか。王族全員と関わりを持つなんて、そんなの平凡な人生から遠ざかるだけだ。


 一人遠い目をしていると、レイングリーナがスッと優雅に立ち上がって私に笑いかけた。

「それでは、わたくしはもう行きますね。わたくしが仕事場に戻れば、カリフストラも自由になれますから、騎士団の訓練を好きなだけ見ていってください。貴女のお父さんにはわたくしから伝えておきますね。カリフストラが来るまで、図書室で待っていてください」

 そして、優雅に歩いていくレイングリーナ。

 私はポツンとその場に取り残されて、しばらく何もできずにいた。


 最後の態度と今までの態度。なんか、全然違った。今までの仕草でも、これが貴族かぁなんて思っていたのに、最後のは比じゃなかった。

 もしかして、身分がバレないように態度を少し崩していた?バレたから、態度を改めたのだろうか。王族の威厳というか、オーラがすごかった。

 王族のオーラを消しても立派な貴婦人には違いないけれど、それでもあの変化は驚く。

 恐ろしい、レイングリーナさま。


 私はレイングリーナさまのことを考えて、もう関わってしまったものはしょうがないかと開き直った。

 今更会わなかったことにはできないし、記憶を消すこともできない。それならもう、諦めて上手く付き合っていくしかないだろう。

 それに、レイングリーナさまは優しそうな人だ。きっと無理難題は言ってこないだろうし、面倒ごとも持ち込まないに決まっている。

 いや、持ち込まないでくれるとありがたいです。


 それから本棚と向き合い、また本のタイトルを一つずつ確認し始めた。あの踏み台上り下りである。


 それに、騎士団の訓練が見られるなんて貴重な機会、逃すわけにもいかない。

 レイングリーナさまと関わったお陰で得られるものもきっとある。ありがたいことではないか。


 私はうんうんと一人頷きながら、本棚を上から下まで見て、騎士団長のカリフストラを待つのであった。

フォスライナとシューベルトのお母さんとも関係を持ってしまったルナディール。このまま王族コンプリートになるのでしょうか。次回は騎士団長カリフストラとのお話です。

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