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お礼〜シューベルト〜

 コンコンコンと扉を叩き、使用人が言葉を発す。しばらくしてからスッと扉が開き、私は部屋に通された。

「失礼します」

 私が軽くお辞儀をして中に入ると、ドーンと仁王立ちしているシューベルトと目が合った。

「おう、来たか。遅いからもう来ないのかと思ったぞ」

 にぱっと笑ってそう言うシューベルトが尊い。まるで太陽みたいな笑顔に、自然と私の顔も笑顔になる。

「すみません、シューベルトさま。フォスライナさまがご用意してくださったお菓子に夢中になってしまいまして……」

「菓子か。本当にルナディールは菓子が好きなのだな」

「はい!この世にお菓子が存在して良かったと、心の底から思いますわ」


 前世での娯楽物が少ない分、本当にお菓子には救われているのだ。もちろん食べ物も前世とほぼ同じなのがまた素晴らしい。

 二次元パワーが蓄えられない分、私はお菓子パワーでなんとかやる気を引き出している。

 しかも、何が素晴らしいって私の家がお金持ちだから、たくさんお菓子が買えるのだ。しかも高くて美味しいやつが!

 お金持ち最高!やっぱり転生ものはこうでなくっちゃね。私ってやっぱり幸せなのかも。


「兄のところでたくさん菓子を食ったのならもう食えないか?俺も一応用意しておいたんだが……」

 そう言ってテーブルの方に視線を向けたシューベルト。そこにはなんと、私の大好きなカステラが置いてあった。

「あ、あれは……か、カステラではございませんか!わたくしの大好物です!もちろんいただきますわ!」

 私が勢いよくそう言うと、シューベルトは幸せそうににっと笑った。

「そうか、あれはルナディールの大好物なのか。見た目が地味だからどうかと思ったんだが、カステラを選んで良かった」

 そして私に席を勧め、私は椅子に座る。目の前にふわふわしたカステラが切り分けられて置いてある。ものすごく美味しそう。

「食べても良いぞ」

 そう言われて、私はすぐにパクッと一口食べた。ふわふわの食感が気持ち良い。ああ、これぞカステラ。なんて美味しいんだろう。幸せ……。


 パクパクと無心にカステラを食べていると、

「本当に美味そうに食べるな」

 とシューベルトに笑われた。そこでハッと我に返る。

 何カステラを食べているのルナディール!私は今日シューベルトにお詫びとお礼をしに来たのだ。それなのにお菓子食べてるだけってダメじゃない。


 私はコトリとフォークとナイフを置いてシューベルトに向き合う。

「あまりの美味しさに本来の目的を忘れていました、申し訳ありません」

 私がペコリと謝ると、シューベルトはこてりと首を傾げた。

「本来の目的?ただ遊びに来るだけじゃなかったのか?」

 その言葉に私はふるふると首を振る。

 まさか遊ぶためだけに私がお城まで来たと思っていたとは思わなかった。

 ちゃんと、お詫びをしたいので伺いたいですって書いた気がするんだけど、見落としたのかな?それとも私が書き忘れたか。


「いえ。わたくしは今回、シューベルトさまにお詫びとお礼を申し上げに来たのです。先日はお見舞いにいらっしゃっていただいたのに、顔もお見せできずに申し訳ございませんでした」

 深々と頭を下げると、シューベルトは慌てた様子で、

「おい、顔を上げろ!俺は別になんとも思ってないし謝るようなことじゃないだろう。人に会いたくない時も体調が悪い時もある。仕方のないことだ」

 そう言った。正直その言葉に驚いた。

 我儘王子さまのことだから、てっきり怒っていると思ったのだ。もしかしたら、シューベルトは思っていたよりも我儘王子さまではないのかもしれない。

 本当は優しい活発な王子さま?


 心の中で首を傾げながらも、私はにこりと微笑み返す。

「そうおっしゃっていただけて嬉しいです。それと、これはわたくしからのお詫びとお礼を込めたプレゼントです。舞踏会でいただいた万年筆、とても書きやすくて毎日使っていますの。素敵な物をありがとうございます。わたくしが作った物ですので、お気に召していただけるかどうか分かりませんが、受け取ってくださると嬉しいです」

 そう言ってプレゼントをシューベルトに渡す。シューベルトはとても驚いた様子で受け取り、しげしげと眺めている。

「これ、開けてみても良いか?」

「もちろんですわ」

 私がにこりと返すと、シューベルトは丁寧にプレゼントを開けた。

 そして、銀色のチェーンブレスレットが現れた。金色の月が一つだけ着いていて、それが妙に存在感を発揮していた。割とシンプルなデザインだ。

 それにしてもまた月か。私が作ったもの全てに月があった。これはただの偶然?


「これすごいな、気に入ったぞ!ありがとうな、ルナディール!」

 ブレスレットを着けて嬉しそうに笑うシューベルトを見て、私も嬉しくなった。シューベルトの笑顔は誰かを幸せにする力があると思う。

「良かったです。わたくしも嬉しそうに笑うシューベルトさまを見ていると、嬉しくなりますわ」

 そして、先程フォスライナと話したリュークの話が頭をよぎった。

 そうだ、こっちのお礼も言わなければならない。


 私は背筋を伸ばしてシューベルトに向き合った。

 雰囲気が変わったのを察知したのだろうか。シューベルトも背筋を伸ばして不思議そうな顔でこちらを見た。

「シューベルトさま。先程フォスライナさまからリュークさまのことをお伺いしました。シューベルトさまがフォスライナさまを止めてくださったのですよね?」

 私がそう聞くと、シューベルトは少し顔を強張らせながらもこくりと頷いた。

「ああ。その、ルナディールがリュークという人に泣かされたらしいとは聞いていたが、それが本当のことか俺は知らないし、分からなかった。だから、直接ルナディールの口から聞くまで俺たちはそっとしておくべきだと兄上に言ったのだ。とても睨まれたが、確認をしないで動いてあとでルナディールを悲しませたくなかったからな」

 それから少し躊躇いがちに、

「迷惑……だったか?」

 と聞いてきた。その様子が、ビクビクしている子犬のようでなんかとても可愛かった。


 私はふるふると首を振って、私にできる最高の笑顔でシューベルトに笑いかけた。

「いいえ、とても助かりました。フォスライナさまを止めてくださって本当にありがとうございます。これ以上リュークさまに嫌われることを避けられたのは、シューベルトさまのお陰ですわ」

 すると、シューベルトの顔が何故か少し赤くなって固まってしまった。

 その顔が、まるで私に見惚れているように感じてヒヤリと汗が流れる。


 あれれ、もしかしてやっぱりシューベルトも私に好意を抱いているとか……?私の最悪の予想が当たっちゃった……?

 どうしよう、フォスライナとシューベルトの二人が揃えば、確実に私の平穏は脅かされる。早くシューベルトに運命の相手が現れて欲しい。私はシューベルトとは仲の良いお友達でいたいのだ。


 しばらくぼーっとしていたシューベルトは、ハッと我に返って、

「そうか、ルナディールの役に立てていたのなら良かった。……その、ルナディールとリュークが仲良くなれるよう、俺にできるサポートならいくらでもしてやる。だから、何か困ったら俺を頼れ」

 そう弱々しく微笑んでそう言った。

「サポート……ですか?」

 私はわけが分からなくて首を傾げる。するとシューベルトは、私の目を真っ直ぐに見つめて、

「俺はルナディールには幸せになって欲しいと思っている。だから、もし兄上がしつこくて困っていたり、なかなかリュークと進展しなかったら俺に相談して欲しい。必ずルナディールの役に立つ」

 そう言った。その顔がどこか切なげで、ズキンと胸が痛んだ。


 私とリュークの仲が進展……フォスライナがしつこくて困っていたら……。もしかして、シューベルトはフォスライナの気持ちに気付いている?そして、私とリュークの間にとんでもないくらいのヒビが入っていることにも?

 そして、もしそれに関して困っているなら手を貸すと?……なにそれ。ものすごく優しい人だ。

 分かってはいたけど、シューベルト優しすぎない?そういえば、前世で大好きだったシューベルトにもこんなところがあったよね。

 フォスライナと同じ人を好きになってしまったシューベルト。シューベルトは自分の気持ちに気付き、どうすれば良いのかとても悩むのだ。

 でも、好きな人が幸せなら俺も幸せだと、自分の気持ちは隠し続けてひたすら好きな人の幸せを願う。その姿がとても切なくて、泣きそうになったのだ。

 もしかして、それを今私は目の前で見ているの?現在進行形で。しかも、シューベルトにそんな顔をさせているのが私?

 私、推しには幸せになって欲しいんだよ。そんな顔をさせたくない。

 でも、私はシューベルトとくっつくわけにはいかない。私は推しとは絶対にくっつかない。

 だけど、そのせいで相手を悲しませてしまったら?


 私はとてつもなく後悔した。どうすれば良いのか分からない。推しが幸せに生きられるにはどうしたら良いのか分からない。

 推しにこんな顔をさせているのは私だ。そして、もしフォスライナが私のことを好きだったら、彼にも同じ顔をさせてしまうかもしれない。

 ……それって最低じゃない?私、どうすれば良いの?


 私はなんて言えばいいのか分からなくて、でも何も言わないわけにはいかなくて。無理矢理笑って、

「ありがとうございます、シューベルトさま。シューベルトさまが味方ですと、心強いですわ」

 そう言うことしかできなかった。

 シューベルトも弱々しく微笑み返す。

 重苦しい沈黙が漂う中、私は目の前にあるカステラをまた食べ始めた。


 私はこの先、どうすれば良いのだろう。これから魔法研究所に行って、私は好きなだけ魔法の研究をすると決めている。

 だとしたら、そのことを伝えた方が良いのだろうか。私には誰とも結婚をする気はありませんと言った方が良いのだろうか。

 私は、推したちには素敵なご令嬢と結ばれて幸せに過ごして欲しいと思っている。

 もちろん、相手が私だったら良いのになって何回も前世で妄想したりしたけれど。

 でも、実際にこの世界に来てみると、思うのだ。この世界には私よりも素晴らしいご令嬢がたくさんいて、推したちはみんなスペックが高いから素敵なご令嬢と結ばれることは可能だと。

 それに、私は魔法にとても興味がある。ファンタジーの世界でやりたいことがたくさんあるのだ。

 この世界に存在するという魔獣を従わせるテイマーにだってなってみたいし、大魔導士になって色んな魔法を使ってみたい。

 色んな人ともお話してみたい。作品に登場してきた人物をコンプリートしたい。全員とお話してみたい。

 私は……これから推したちとどう接していけば良いのだろうか。


 ぐるぐると深い思考に浸かっていると、ふいにシューベルトが、

「ルナディールはこれからどうするんだ?帰るのか?」

 と聞いてきた。

 私は深い思考から脱してシューベルトを見る。

「これから図書室で本を読もうと思っています。お城の図書室ですもの。きっとたくさんの本があるに違いありませんわ」

 私がにこりとそう言うと、シューベルトは不思議そうな顔で、

「本を読むのってそんなに楽しいか?」

 と聞いてきた。その言葉に私の本好きスイッチがカチッと入る。


 私は少し前のめりになりながら力説した。

「当たり前ですわ!本とはとても素晴らしいものです!ページを捲るたびに現れる世界!頭に浮かぶ情景!別の世界に来たかのようなわくわく感!それの虜にならない人がどこにいらっしゃるのでしょうか。それに、本は知識の宝庫です。一冊読むだけで手に入る知識の量は膨大。魔術書でも図鑑でも小説でも、学ぶことはたくさんあります!字だけで相手に何かを伝える。とても素晴らしい技術ではございませんか!わたくしは本を作った方をとても尊敬いたします!」

 私が声を少し大きくして興奮しながら言うと、シューベルトは苦笑しながら、

「ルナディールの本好きさはよく分かった」

 と言った。その声に我に返り、私は途端に恥ずかしくなる。


 ああ、やってしまった。私は一度スイッチが入ると止まらなくなってしまうのだ。しかも、スイッチを入れられたのは久しぶりすぎて熱くなりすぎた。

 前世でも推しスイッチを入れた人は、私の好きさ具合についてこられなくて苦笑していたっけ。

 因みに私のスイッチは、本、推し、ゲーム、漫画、アニメ、音楽と割とある。

 前世で娯楽物の話をすればだいたい私のスイッチに引っかかるので、制御するのにとても苦労したのだ。

 友達が少ない私には、話を聞いてくれる人は貴重でよく自制していた。

 百パーセントで話すとだいたい引かれるから、私はいつも五十パーセントぐらいで話していたのだ。たまに八十パーセントくらいまで上がっちゃって、こいつ何言ってんのって目で見られたことがある。

 あの目は少しショックだったな……。


「取り乱してしまい申し訳ありませんでした。わたくし、好きなことについて話を振られるとついこうなってしまうのです。気を付けてはいるのですが……」

「なるほどな。因みにそうなるスイッチは他にもあるのか?」

 シューベルトが聞いてきたので、私はこっちの世界で押されそうなスイッチについて考えてみる。

「そうですね……。本とお菓子、それと魔法でしょうか?」

「ふーん、魔法も好きなのか」

 その言葉ににこりと笑う。

「ええ。わたくし、今度魔法研究所へ行くのですよ。それが今からとても楽しみなのです」

 声を弾ませてそう言うと、シューベルトが固まってしまった。どうしたのだろう。

 私が不思議に思っていると、シューベルトは顔を引き攣らせながら、

「お前、魔法研究所なんかに行くのか?あそこは変人の集まりだと有名だぞ。それに、無茶振りも多いと聞く。……考え直した方が良いんじゃないか?」

 と信じられないようなことを言った。


 そんな、考え直した方が良いだなんて!確かに最初は家族に反対されたけれど。やっぱり魔法研究所って自分から行きたいと思うようなところじゃないのだろうか。

 少しショックだけれど、でも私は止まる気はない。もう魔法研究所ライフが頭の中で描かれているのだ。


 私はにこりと笑って首を振った。

「いいえ、シューベルトさま。わたくしは心の底から魔法研究所へ行きたいのです。家族も応援してくださっていますわ。わたくしは魔法研究所へ行って、好きなだけ魔法の研究をするのです」

 理解不能と顔に書いてあったが、シューベルトは一つ頷いて、

「そ、そうか。それなら頑張れよ。好きなだけ魔法の研究をすると良い」

 そう言った。


 それから私たちは、魔法や本、お菓子など私の好きな物中心に話が進んでいき、夢のような楽しい時間を過ごした。

 途中どれだけ私が熱の込もった説明をしても、シューベルトは最後まで聞いてくれた。そしてなんと、ルナディールの話は面白いなと笑ってくれたのだ。

 前世ではなかったその展開に、私は一気にテンションが上がった。

 そして気が付いたら、好きな物への愛を百パーセントでシューベルトに伝えていた。たまにタメ口が入ったりして、無礼極まりなかったと思う。

 でも、そんなことにも嫌な顔をせず、楽しそうにしてくれるので、敬語を使わずに話してしまうことがどんどん多くなっていった。もう不敬極まりない。

 それに気付いて真っ青になり謝ると、なんとシューベルトは、別に構わないと言ってくれたのだ。

 なんて心が広いのだろう。今日一日でシューベルトの好感度が私の中で一気に上がった。

 私はシューベルトに、言葉を崩して話しても良いと許可を貰ったのだ。はっきり言って、敬語を交えながら語るのは難しかったのでとても嬉しい。

 壁に控えていた使用人は、とても微妙な顔をしていたけれど。


「いや〜、シューベルトさま。今日は本当にありがとうございました。とても楽しかったです!まさかこんなに私の話を聞いてくれるなんて……。楽しそうに聞いてくれたのはシューベルトさまが初めてです!」

 私が笑顔でそう言うと、シューベルトも弾けるような笑顔で、

「ああ、俺も楽しかったぞ。ルナディールの話ならいくらでも聞くから、また遊びに来い」

 そう言ってくれた。もう感謝しかない。

「はい!また絶対に会いに来ます!好きなことについて気兼ねなく話せる友達ができて嬉しいですから」

 私のその言葉に固まるシューベルト。そして、友達……と呟いた後、それはそれは素晴らしい笑顔で私に笑いかけた。

「そうか、俺は気兼ねなく話せる友達なのか。それは良かった。これからもよろしくな、ルナディール!」

「こちらこそよろしくお願いします、シューベルトさま」


 そして別れの挨拶をして、私はるんるん気分で使用人に図書室へ案内してもらう。

 いや〜、最高最高。あんなに趣味トークができたのは初めてだ。シューベルト神すぎ。また話に行くのが楽しみだな〜。


 そこではたと思った。

 ……あれ?私、いつの間にかシューベルトとめちゃくちゃ仲良くなってない?あまり仲良くならないために、お友達ができるブレスレットをあげたのでは?

 なのに、シューベルトが神対応すぎてまた遊びにくるって嬉々として約束しちゃった。シューベルトなら大丈夫って油断した自分がまずかった……。

 というか、大好きな話ができるシューベルトの方が脅威だ。フォスライナはまだ若干壁があるけれど、シューベルトとの壁は今日で完全になくなった気がする。

 もう私にとっては親友レベルの位置だ。


 そこで私はむむむ……とこれからのことを考えた。

 しかし、もうしょうがないかと逆に開き直ることにした。だって、貴重な趣味トークができるお友達なのだ。

 シューベルトを逃したら、今後こんなに百パーセントの力で好きなことについて話せる人が現れるとは限らない。だったらもう、仲良くするのは仕方がないことだよね。


 そうさっさと結論づけた私は、またるんるん気分で図書室へ向かうのだった。

お礼シューベルト編でした。意外とシューベルトの方がルナディールにとっては危険かもしれないですね……。お次はお城の図書室です!なんと、そこでルナディールが出会ったのは……?

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