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寿命が縮む思い

 俺はテトラド・アウシュテラ。四十三歳。

 このロディアーナ家の門番として働いて十八年。俺は最近、今まで生きてきた中で一番寿命が縮んだ思いをした。


 それは、とある日のこと。いつものように門番をしていたら、いつの間にかケルビンがいなくなっていた。

 ケルビンは最近入ってきた新人なんだが、サボリぐせが酷い。どうしてこんなやつが宰相家の門番として雇われたのか分からないくらいふざけているやつなのだ。

 またどこかでサボっているに違いない。全く、門番という仕事を舐めているのではないだろうか。帰って来たら説教だ。


 そう怒りを募らせながら門番の仕事をしていると、そこにケルビンがやってきた。俺はすぐに怒鳴りつけてやろうと口を開いたけれど、隣に立っている人を見て慌てて口を閉じる。

 何故かケルビンの隣にはロディアーナ家のお嬢さんがいたのだ。見間違えるはずもない。金髪のくせのある長い髪、水色の瞳。ルナディールさまだった。

 何故、ルナディールさまがここに?

 わけが分からなくてケルビンに鋭い視線を送ると、ケルビンは小さく首を横に振った。いつもの元気はどこへやら。どうやら緊張しているらしい。

 それもそうだ。なんせ相手はルナディールさま。粗相をすれば俺たちの首なんて物理的にすぐ吹っ飛ぶ。


 緊張しながらも、俺はルナディールさまに問いかけた。

「ルナディールさまが何故このような場所へ?もしや、ケルビンが何かやらかしたのでしょうか」

 俺がそう言うと、ケルビンは少し怒った顔をした。どうやら俺が、ケルビンが何かしでかしたのではと言ったのが気に食わなかったみたいだ。

 しかし、仕方がないだろう。そうでなければルナディールさまが歩いてこんな場所まで来るはずがない。

 しかし、ルナディールさまはふるふると首を振って驚くようなことを言った。

「いいえ。ただわたくしは少しお外へ行きたいだけなので、ここを通していただけないかしら?」

 俺はしばらく、ルナディールさまの言っていることが分からなくてフリーズしてしまった。


 ……ルナディールさまが外へ行く?まぁ、ルナディールさまだって外へ行くことがあるだろう。

 ……でも、馬車は?馬車もなしに外へ出てどうするつもりだ?しかも見たところ鞄も何も持っていない。ルナディールさまは何をしに外へ?

 ルナディールさまの目的が分からない。そもそもこれは家の人に許可を貰った外出なのだろうか。


 無言で考えている俺に、ルナディールさまはどんどんと言葉を投げかける。馬車に乗っていないのは外に待たせているからだとか、社会見学だとか、護衛は外にいるとかよく分からないことを言うルナディールさま。

 全く状況が掴めなくてケルビンの方を見ると、ケルビンは肩を竦めただけだった。


 俺はどうするのが最善なのかを考えていると、ルナディールさまは、

「例えわたくしの身に何かが起こったとしても、あなたたちの責任は問いません。そして、無事にわたくしが戻ってこられたら特別手当も出します。迷惑をかけるつもりは一切ありませんので、どうか外出を許可してくださいませ」

 と言った。


 その言葉を聞いたらルナディールさまを通すしかないだろう。

 俺たち門番はルナディールさまより身分が下だ。身分が下の者が上の者に逆らえるはずがない。許可してくださいと言われて無理ですなんて答えたら、ルナディールさまの不興を買ってしまうかもしれない。


 俺は仕方がなくルナディールさまを通すことにした。

「お気を付けて!」

 そう言って敬礼すると、ルナディールさまはにこりと笑って上機嫌で門を潜った。


 ……大丈夫だ、きっとルナディールさまは無事に帰ってくる。いや、帰ってこなければ俺たちの首が飛ぶ。

 ルナディールさまの外出を止めれば首が飛び、ルナディールさまが万が一怪我をして帰って来れば首が飛ぶ。

 俺たちが無事でいられるかどうかはルナディールさまにかかっている。

 俺は神様に心の底から願った。どうか、ルナディールさまが無事に帰ってきますようにと。


 それからしばらくして、アリステラさまがやってきた。用件はもちろんルナディールさまのこと。

 何か知っているなら話せと言われれば、正直に答えるしかない。俺は寿命が縮む思いをしながら、ルナディールさまが外出したことを告げた。

 するとアリステラさまは門の外に視線を向け、とても心配そうな顔をした。その姿が少し意外だった。

 アリステラさまは冷酷な方だとよく噂されているのだ。俺たちの間でもその話は有名だった。アリステラさまに逆らったら、その場で首が吹っ飛ぶと。

 しかし、心配そうな目をするアリステラさまからは冷酷さが感じられない。


 俺がそう思っていると、アリステラさまは俺を冷えた目で見つめ、

「今後ルナディールが一人で外出したいと言った時は絶対にここを通すな。必ず俺に連絡をしろ。もしルナディールに何かあったら、責任をとってもらう」

 冷たく言って立ち去っていった。


 アリステラさまの目が頭から離れない。身体も小刻みに震えている。

 なんだ、あの殺気は。本気で怒っていた。今ここで殺されるかと思った。

 アリステラさまへの恐怖でいっぱいになりながら、俺は心の底からまた神様に願った。どうかルナディールさまが無事でありますようにと。


 それからしばらく、ルナディールさまは帰って来なかった。辺りがすっかり暗くなっても帰って来ないルナディールさまが心配になる。

 ……どこかで死んでいたり怪我したりしてないよな?誘拐されてないよな?まさか、俺の人生ここで終了なのか?


 不安と恐怖に駆られながらルナディールさまの帰りを待っていると、ルナディールさまがとぼとぼと歩いて現れた。

 ルナディールさまの顔を見て、一気に安心する。どうやら無事だったみたいだ。俺はひとまず死なないらしい。


「お帰りが遅かったので、何かあったのではと気が気ではありませんでした。ご無事で何よりです」

 俺がそう声をかけると、ルナディールさまが萎縮しながら、

「心配かけてしまってごめんなさい。……それより、ここに家族は来ましたか?」

 と聞いてきた。その言葉に、さっきのアリステラさまの殺気を思い出して顔が強張る。

「……アリステラさまがいらっしゃいました。その、とてもルナディールさまのことを心配しておいでで、睨まれた時は怖くて動けませんでした」

 そう正直に言ってから、しまったと口を噤む。つい本音が口から溢れた。これが本人の耳に入ったら俺は殺されないだろうか。


 しかし、ルナディールさまは俺の発言を特に気にするようでもなく、

「……巻き込んでしまってごめんなさい。後で必ずお礼の品を持ってくるわ」

 そう言ってしょんぼりしながら帰ろうとした。そんなルナディールさまに、待ってくださいと俺は声をかける。

 ふとケルビンのことを思い出したのだ。色んな人に尋問されて、精神的に限界を迎えていたことを。

「私よりも、ケルビンにお礼をしてはいただけませんか?彼、あれからすぐに見つかって、色々な方に問い詰められていましたから……」

 こんなことを頼むのは気が引けたが、ケルビンも頑張ったのだということは一応伝えておこうと思った。入ってきて早々、自分より身分が高い人に問い詰められたのだ。辛くないわけがない。

 それに、同じ恐怖を体験したよしみだ。もし俺にお礼をするというのなら、ケルビンにもして欲しい。


 そんな俺の頼みにもルナディールさまはこくりと頷き、

「分かりました、ではケルビンに伝えておいてください。巻き込んでしまってごめんなさい、後日お礼の品を必ず持っていきます、と」

 そう言って帰宅していった。

 俺は心の中で、頑張ってくださいルナディールさまと応援した。ルナディールさまにはこれから、きっと説教が待っているに違いない。


 それからしばらく、ルナディールさまが俺たちの前に姿を見せることはなかった。きっと色々忙しいのだろう。

 それに、もしかしたら外出禁止令でも出たのかもしれない。俺たちが住む門番専用の家と、ルナディールさまが住む本館はとても離れている。徒歩で三十分くらいだ。

 本館で働く人たちとあまり接する機会もないので、ルナディールさまの様子が分からない。


 ルナディールさまがアリステラさまと一緒に馬車でどこかへ行っても、俺たちに声をかけることはなかった。素通りである。お辞儀もなかった。

 きっと、あのことはもう忘れてしまったのだろう。

 お礼をするという言葉も、咄嗟に出ただけの言葉で実際にお礼をする気はない。下の身分の者には関心がない。高位の貴族とはそういうものだ。


 いくら時間が経ってもお礼を待ち焦がれているケルビンに、もうそろそろそのことは忘れて仕事しろと声をかけ、俺は一階に下り門番を交代するため準備をする。

 すると、ふいにコンコンコン、と誰かが扉を叩いた。一体誰だろう。門番なら扉をわざわざ叩くことはない。ならば、本館で働いている人だろうか。


 不思議に思いながら、誰だ?と声をかけながら扉を開く。すると、そこにいたのはまさかのルナディールさまだった。しかも、その隣には怖いほど有能な執事と言われているロイゼンさんもいた。


 まさか、ロイゼンさんと一緒に来るなんて。

 驚いた俺は慌てて姿勢を正して敬礼した。

「これはルナディールさま、失礼いたしました!」

「いえ。この間のお礼をしに来たのだけれど、わたくしの身代わりになってくれた人はいるかしら?」

 その言葉にまた驚く。ルナディールさまは覚えていたのだ。ということは、ただ単に忙しくて顔を出す暇がなかっただけか。

 身分が下の門番にお礼をするため、わざわざここまで訪ねてくるとは思わなかった俺は、ただ今呼んで参りますとルナディールさまに言って急いで階段を上った。


「おい、ケルビン!ルナディールさまがいらっしゃった!早く支度しろ!」

 まだテーブルの上でぐだくだやっていたケルビンにそう声をかける。

 するとケルビンはバッと立ち上がり、

「お礼の品っすか!?」

 と嬉しそうに俺に問いかける。そんなケルビンに、

「そうだ!早く行くぞ」

 と言って急いで階段を下りる。


「お待たせいたしました!」

 俺たちが敬礼をしてそう言うと、ルナディールさまはにこりと笑いながら、ロイゼンさんから受け取ったお金とお菓子を渡してきた。

「これは先日わたくしが迷惑をかけたお詫びです。受け取ってくださいませ」

 俺はそれを受け取り中を確認すると、身体が固まった。思っていたより多かったのだ。

 下町で美味しいと有名なクッキーに、数枚の硬貨。これは貰いすぎではないのか?こんなに貰って大丈夫なのだろうか。


 心配になってロイゼンさんの方を見てみると、ロイゼンさんは鋭い目をこちらに向けていた。

 その目は俺たちを試している目か?まさか、対応を間違ったらクビになるんじゃ……。


 そう内心震えていると、ルナディールさまが首を傾げて不思議そうに、

「もしかして、足りませんでした?門番の方が何を欲しがるのか分からなくて、無難なお菓子と追加報酬にしたのだけれど……」

 と言った。

 その言葉に身体がヒヤッとした。

 そんなわけがない。これで足りないなんて言う人がいるのだろうか。いたらそれはただの馬鹿だ。


 俺は慌てて首を振る。

「そんな、足りないだなんて滅相もございません!むしろ、高価すぎて受け取れないといいますか……」

「これって下町で人気のクッキーですよね?高いし常に行列ができているから買えないって有名の。そんな物に加えてお金まで良いんですか?こんなにくれるのならば、俺、いつでも身代わりを引き受けます!」

 俺がお礼の品を返そうと思っていたら、ケルビンがとても嬉しそうにあり得ないことを言ったのだ。

 お礼を待ち侘びていた分嬉しいのは分かるが、そんな心を弾ませながら言うことではない。


 おいケルビン、なんてことを言うんだ!いつでも身代わりを引き受けるだなんて、そんなこと易々と言っていいものじゃない。

 それに、こんなに報酬があるだなんておかしいに決まっている。俺たちはただルナディールさまを外に出しただけだ。これは絶対に試されているだけだ。

 俺は心の中でケルビンを叱る。ロイゼンさんの目がさっきよりも鋭くなっている気がして、自然と身体が縮こまる。


 それからルナディールさまは、クッキーの箱をじっと見つめながら、

「そんなに有名なクッキーなら私も食べたかったな」

 と呟いた。

 これはもう、返せと言っているに違いない。きっとケルビンの言葉が駄目だったのだ。

 ロイゼンさんを窺い見ると、目の鋭さがどんどん増していっている気がした。


「おい、ケルビン!そのお菓子をルナディールさまに返すんだ!」

 なかなか渡そうとしないケルビンからクッキーを奪い、サッとルナディールさまの前に差し出す。

 するとケルビンは、あぁ、俺のクッキーが……と悲しそうに呟いた。

 俺はその言葉にまた寿命が縮む思いをする。


 何を言っているんだケルビン、お前は馬鹿なのか!?このクッキーを渡すだけで許されるなら、渡さないでどうする!?だいたいまだこれはケルビンのクッキーじゃない、ルナディールさまのクッキーだ!そんなことを言ったらクビにされるぞ!下手すれば不敬で殺される。あぁ、ロイゼンさんの目が怖い……。


 俺がロイゼンさんに震えていると、ルナディールさまはふるふると手を振って、

「さっきのは独り言ですから気にしないでくださいませ。そのクッキーはお二人に渡したものです。ですので、どうか美味しく食べてくださいな」

 と言った。その言葉に俺は困惑する。


 これは何を求めている言葉だ?俺は何をするのが正解だ?

 ロイゼンさんの目が怖くて頭がよく働かない。どんどん真っ白になっていく。


 そんな中、ルナディールさまが、

「それでは、わたくしはもうそろそろ行きますね。ええと……お二人のお名前をうかがっても?」

 と言葉を発した。

 ハッと我に返った俺は、ビシッと敬礼をしながら、

「私はテトラド・アウシュテラと申します」

 と名乗ると、ケルビンも俺に続いて敬礼をしながら名乗る。

「俺はケルビン・ライディンクと申します、ルナディールさま!これからも何かあれば、俺に頼んでください!身代わりでもなんでも引き受けますから!」

 その言葉に顔が引き攣る。


 おい、勘弁してくれケルビン、何故そんなことを言う?最後くらいちゃんとできないのか。ロイゼンさんの顔が怖い。ケルビンには見えていないのだろうか。


 ルナディールさまは苦笑しながら引き返していった。ガチャリと扉が閉められて、ふぅとため息をつく。

「いやぁ、テトラドさん、良かったですね!早速これ食べましょうよ!俺、すっごく食べたかったんですよね〜。ルナディールさまには感謝しかないっす!」

 疲れている俺の横で、呑気にそんなことを言うケルビンに軽く殺意が湧く。

 俺はケルビンを睨みながら、

「おい、ケルビンちょっと来い」

 そう言ってケルビンを連行する。


 ケルビンにはもっとキツく言わなければならない。あんな態度じゃ命がいくつあっても足りない。

 ルナディールさまだから良かったものの、もしこれがアリステラさまだったら?今頃この世にいないだろう。


「え?なんですかテトラドさん?あの、痛いですって」

 俺に引き摺られながらそう言うケルビンをガン無視する。

 あぁ、どうしよう。これで後日クビだとロイゼンさんに言われたら。俺はこの先どうやって生きていけばいい?


 それからケルビンをこってりと絞り、それでもなかなか態度を改めないケルビンにため息が出る。

 こいつはどうしてこうなんだろうか。どうしてそんなに元気でいられる?記憶力が悪いのだろうか。


 顰めっ面をしていたのだろう。俺の口にクッキーを突っ込みながら、

「テトラドさん、顔が怖いですよ〜。ほら、これ食べてみてください。めっちゃ美味しくないですか?ルナディールさまに感謝ですよ〜」

 眩しいほどの笑顔を浮かべてそう言った。

 俺が甘いクッキーを齧りながらギロッとケルビンを睨むと、ケルビンは肩を竦めて、何枚かクッキーを数枚掴んで自室へ戻った。

 俺はクッキーの箱を他の人に盗まれないよう、自分の部屋に持っていく。


 ……全く、もうクッキー開けてるし。もしこれでロイゼンさんが回収しにきたらどうするんだ?確実にクビだぞ。

 俺は深いため息をつきながらベッドに腰掛ける。ギシッとベッドが軋む。

 口の中が甘い。クッキーなんて久しぶりに食べた。

 俺はクッキーの箱を見ながら、ルナディールさまを思い浮かべる。


 今日の俺たちはルナディールさまにとって満足のいく反応ができたのだろうか。というか、そもそも何がしたかったのだろうか。

 本当に、ただお礼をしにきただけ?ただの門番に?

 ルナディールさまが何を考えているのか分からない。でも、なんとなくだけど、ルナディールさまは悪い人ではないと思った。

 あの場で俺たちがクビにならなかったのは、ルナディールさまがクビだと言わなかったからだ。いくらロイゼンさんでも、ルナディールさまがいる中で勝手にクビ通告はできない。

 俺たちが今無事でいるのも、クッキーを食べられたのも、ルナディールさまのお陰だ。


 それから俺は、ルナディールさまに感謝を心の中で告げながら眠りについた。

 そしてこの後、ルナディールさまがロイゼンさんにケルビンをクビにしないでと頼んだお陰で俺たちのクビが免れたことを知り、俺はまた深くルナディールさまに感謝をするのだった。

門番さんの目線でした。ルナディールに認識された二人はこれからも出番があるのでしょうか。相性は良さそうです笑。次はフォスライナにプレゼントを渡しに行きます。久しぶりのフォスライナ登場です。

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