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お礼〜門番と義兄〜

 馬車に揺られながら、私はロイゼンにやんわりと注意を受けていた。


 なんでも、私に危機感がないらしいのだ。

 ロイゼンはベルリナのことをあまり信用していないみたいで、あの怪しいお店にはあまり近付かない方が良いでしょうと結論付けた。

 私はベルリナさん、良い人だと思うんだけどな。確かにちょっと怪しい雰囲気は出していたけど、でもベルリナさんのお陰で無事プレゼントが買えた。

 私はお母さんに怒られることを回避したのだ。それだけでもうベルリナさんに感謝である。

 それに、あそこに行けば錬金術みたいなのが使える。魔石で色々作れるならば、もっと色々試してみたい。あんなファンタジーさ満開の場所に行かないなんてもったいないではないか。


 口には出さず、心の中でそう不満を垂れていると、ロイゼンが一つため息をついた。

「お嬢様には何を言っても無駄な気がします」

 その言葉がグサリと私の心に刺さった。


 違うよロイゼン。いつもはちゃんと大人しく従順だもん。ファンタジー要素が絡むとちょっとおかしくなっちゃうだけ。

 心の中でそう反論しながら、私は視線をロイゼンから外へ移した。だんだんオレンジ色に染まってきた空は綺麗だった。

 前回よりも早い帰宅にホッとしていると、ふいに、あっと大変なことを思い出した。

 門番や身代わりのお礼、すっかり忘れてた。

 お礼の品なんて今持っていないし、買ってもいない。けれど、門を通るのに渡さないとなると、私が約束を破る嫌なやつだと思われてしまう。

 それは今後のことも考えると致命的である。またいつ何かを頼むか分からない。なるべく好感度は上げておいた方が良い。

 嫌われないことがこの世界で生きていくためには必要なのだ。なんせルナディールは悪役令嬢にもなってしまうのだから。

 嫌われる=悪役令嬢=バッドエンド(平穏に暮らせなくなる)。これは回避せねばならない。


 私は残り少ない家までの距離、ずっと頭をフル回転させて考え続けた。


 そして、その時がやってくる。

 私は門を潜るとすぐに馬車を停めてもらい、ロイゼンと一緒に馬車を降りた。もちろん今度は飛び降りたりはしない。貴族なのだから優雅に降りた。

 門の内側に立っている人は、前回お世話になった人ではなかった。今日は当番ではないのかもしれない。

 仕方がないので、私はロイゼンを連れて門番の人が暮らす家へと向かう。

 向かうといっても、本当にすぐ側だ。門番がいつでもすぐに交代できるよう、家は門の近くに建っている。


 コンコンコン、とノックをすると、誰だ?と声がして扉が開く。

 出てきたのは、この前お世話になった人だった。彼は私を見ると、慌てて姿勢を正して敬礼する。

「これはルナディールさま、失礼いたしました!」

 私はにこりと笑って、

「いえ。この間のお礼をしに来たのだけれど、わたくしの身代わりになってくれた人はいるかしら?」

 と聞くと、男の人は、ただ今呼んで参りますと急いで階段を上っていった。


 ドタバタと上で物音がして、ドタドタドタッと階段を下りてくる男が二人。さっきの人と身代わりの人だ。

「お待たせいたしました!」

 男二人が揃って敬礼をする。あまりにも動作がピッタリだったので、つい吹き出しそうになってしまった。


 でも、もちろん笑わない。というか、私は一度笑うとなかなか笑いが止まらないので困るのだ。ずっと頭の中でリピートされて、笑いが止まらなくなる。

 前世でも、授業中先生が面白いことを言ったりすると、みんながもう笑い止んでいるのに自分だけ肩を震わせて必死に笑いを堪えていることがよくあった。

 前列にいると、まだ私が笑っていることがバレてしまうのでとても恥ずかしかった。もう授業どころじゃない。

 私は一度ツボに入ると大変なことになるのだ。しかも、笑いのツボが周りの人とは違うようで苦労した。大勢の人がいる中、一人だけ笑うって恥ずかしくない?

 

 私はにこりと笑いながら、二人にロイゼンから受け取ったお金とお菓子を渡す。

「これは先日わたくしが迷惑をかけたお詫びです。受け取ってくださいませ」

 しかし、お詫びの品を見た二人は目を見開いて固まってしまった。どうしたのだろうか、お詫びが少なくてガッカリした?

 私は心配になって、

「もしかして、足りませんでした?門番の方が何を欲しがるのか分からなくて、無難なお菓子と追加報酬にしたのだけれど……」

 と聞く。


 門番へのお詫びの品を買い忘れたせいで、私は自分用の物から渡さなくてはいけなくなったのだ。

 でも、雑貨や本とか、門番が好みそうな物は少なかった。それに、男性の門番が喜びそうな物なんて私は思い浮かばない。

 仕方がないので、美味しそうな箱詰めクッキーを手放したのだ。ロイゼンに並んで買ってきてもらったやつだ。

 本当はそれだけでも良いかなと思ったのだけれど、ロイゼンが怪訝な顔をしたので一応お金も足しておいた。

 もしお菓子が嫌いだったらただの嫌がらせになっちゃうからね。そのことに、ロイゼンの表情だけで気付いた私はすごいと思う。

 言葉を交わさなくても表情だけで意思を汲み取れた。これはロイゼンと仲良くなった証かもしれない。


 しかし、私のその言葉に門番の二人はぶんぶんと慌てて首を振った。

「そんな、足りないだなんて滅相もございません!むしろ、高価すぎて受け取れないといいますか……」

「これって下町で人気のクッキーですよね?高いし常に行列ができているから買えないって有名の。そんな物に加えてお金まで良いんですか?こんなにくれるのならば、俺、いつでも身代わりを引き受けます!」

 お世話になった人は恐縮しながら、身代わりの人はお詫びに喜びながら私に言う。その対照的な態度に、ついくすっと笑みが溢れそうになる。


 この身代わりの人すごいな、ロイゼンが睨んでるのに喜びのあまり周りが見えていない。はしゃぎまくってる。

 でも、そうかこのお詫びは多かったのか。しかも、私が泣く泣く手放したクッキーは有名店のだった!

 確かに少し考えれば分かるよね。あんなに行列が並ぶんだもん。有名店じゃないわけがない。

 それじゃあもしかして、あの時ロイゼンが怪訝な顔をしたのは、こんな高価なものを門番に?って思ったからかもしれない。

 うぅ、ロイゼンとはまだ仲良くなれていないみたいだ。悔しい。


 私はクッキーの箱をじっと見つめながら、

「そんなに有名なクッキーなら私も食べたかったな」

 とついポロリと本音をこぼしてしまった。

 空気がピリリとしたのに気が付き、私はしまったと口を噤む。またやってしまった。本当に学習しない。

 ……でも、お菓子大好きな私にそんな情報をもたらす方も悪いと思う。


「おい、ケルビン!そのお菓子をルナディールさまに返すんだ!」

 慌ててお世話になった人が身代わりの人からクッキーを奪い、サッと私の前に差し出す。身代わりの人はとても悲しそうな顔で、あぁ、俺のクッキーが……と呟いた。

 その二人のやり取りを見て、私は本当に心の底から自分を責めた。一度相手にあげた物を返してもらうとか最低だ。そんなのあげるよ詐欺だ。好感度だだ下がりのやつ。


 私は慌てて両手をふるふると振り、

「さっきのは独り言ですから気にしないでくださいませ。そのクッキーはお二人に渡したものです。ですので、どうか美味しく食べてくださいな」

 と言った。するとお世話になった人は困った顔をし、身代わりの人は嬉しそうな顔をした。本当に二人は対照的である。


「それでは、わたくしはもうそろそろ行きますね。ええと……お二人のお名前をうかがっても?」

 微妙な雰囲気から撤退しようと挨拶をし、ついでに二人の名前も聞いておく。これからもお世話になるかもしれない人の名前は覚えておいた方が良い。

 名前を聞かれたお世話になった人は、ビシッと完璧な敬礼をして、少し声を強張らせながら、

「私はテトラド・アウシュテラと申します」

 と言い、身代わりの人もそれに倣って敬礼しながら声を弾ませて名乗る。

「俺はケルビン・ライディンクと申します、ルナディールさま!これからも何かあれば、俺に頼んでください!身代わりでもなんでも引き受けますから!」

 その言葉に苦笑しながら、その時はお願いしますと言ってその場を去った。


 再び馬車に乗ると、ロイゼンにまたやんわりと注意された。そして、ケルビンを甘やかさないように、とも言われた。

 私は別に甘やかしている気はしなかったけれど、どうやらケルビンの態度はロイゼンにとって不合格だったらしい。今すぐにでもクビにしても良いなんて言い出した。

 私は逆に気安く接することができそうで好感が持てたんだけどな。まぁ、あの最後の勢いにはちょっと驚いたけど……。

 とりあえず私は、ケルビンは私の身代わりなのでクビにはしませんと宣言しておいた。

 このまま放っておいたら、次の日にはケルビンがいなくなっていそうで少し怖かったのだ。


 それから私は、大量の荷物を持ったロイゼンと一緒に家へ帰り、義兄へのプレゼントを手に義兄の部屋へと向かった。残りの物は全て私の部屋行きだ。


 義兄の部屋の扉をコンコンコンと叩くと、しばらくしてからスッと扉が開いた。

「ルナディール?」

 少し驚いた顔をした義兄にぺこりと挨拶をする。

「お義兄さま、ただいま下町から戻って参りました。お義兄さまにお渡ししたいものがあるのですが、今お時間よろしいでしょうか?」

 私がそう言うと、義兄は、渡したいもの?と呟きながら私を部屋へ通してくれた。

 私は義兄の部屋に足を踏み入れ、ハッと気付く。


 もしかして、私今日初めて義兄の部屋に入るんじゃない?推しの部屋に入れるなんて、そんな夢みたいなことが起こるなんて……これはもう感激です!

 私がわなわなと一人感動に打ち震えていると、ふいに義兄が顔を覗き込んできて、大丈夫か?と声をかけてきた。

「ひゃいっ」

 驚きすぎてぴょこんと身体が跳ねる。急な至近距離は心臓にも身体にも悪い。


 私は慌てて、大丈夫ですわと返して勧めてくれたソファに座る。ソファはやはりふかふかだった。

 使用人が紅茶を用意するのを横目に見ながら、私はこっそりと義兄の部屋を見た。

 義兄の部屋はなんというか、優秀!って感じ。本棚にはたくさんの難しそうな本が綺麗に整頓されており、ちゃんと分類されていた。作者があいうえお順で並んでいるともっと見やすいと思う。

 因みに私の部屋の本棚はそうやって並べている。本の十進分類法をお手本にしているのだ。あれは分かりやすいから良いと思う。

 机の上も綺麗に片付いており、書類がビシィッと積み上がって置かれていた。

 統一された落ち着きのある雰囲気。義兄らしいなぁと思う。


「何か変なものでもあったか?」

 私が部屋を盗み見ていることに気付いたのだろう。義兄がそう尋ねてきた。

 私は義兄の顔を見ながら、すみませんと謝る。

「お義兄さまのお部屋を初めて見ましたので、つい気になってしまったのです」

「ああ、確かにルナディールが入るのは初めてかもしれないな」

 そう言って、いつの間にか用意されていた紅茶を一口飲む義兄。私もこくりと一口飲んだ。

「お義兄さまのお部屋、とても落ち着きますね。お義兄さまらしいです」

 私がそう言うと、義兄は少しはにかみながら、

「そうか。それならばいつでも訪ねてくれば良い」

 と言った。その言葉にとても驚く。

「でも、お義兄さまはお忙しいでしょう?ご迷惑をおかけするわけにはいきません」

 私がふるふると首を振ってそう言うと、義兄もまたふるふると軽く首を振って、

「いや、大丈夫だ。ルナディールを邪魔とは思わないし迷惑とも思わない。むしろ、側にいてくれた方が仕事が捗る気がする」

 なんて不思議なことを言った。

 私が側にいたら仕事が捗るって何故。

 私は側に推しがいれば癒されるから確かに仕事の効率は上がるかもしれないけれど……。もしかして義兄もそういう感じなのかな。私は義兄の推しになってしまったのですか。いつの間に……。


 私がまた自分の思考の海に浸かっていると、義兄が慌てた様子で、

「それで、渡したいものとは?」

 と用件を聞いてきた。

 その言葉にハッとして、私は持ってきた袋からプレゼントを出して義兄に渡した。

「これ、お義兄さまへのプレゼントです。剣術のお稽古や舞踏会でわたくしが迷惑をかけてしまったので、そのお詫びですわ。お義兄さま、いつもありがとうございます。気に入っていただけるか分かりませんが、受け取ってくださると嬉しいですわ」

 義兄は目を見開いてプレゼントを凝視し、恐る恐る手に取った。開けてみても良いか?と尋ねられたので、私はもちろんですと答える。

 義兄が包装を解くのをドキドキと見つめる。

 誰かにプレゼントを渡すのってこんなにドキドキするものなのか。全然知らなかった。


 箱を開けると、中から中央に緑色の石が嵌め込まれた丸いブローチが現れた。光に反射して、石の中央に月のような形があるように見えた。

 気のせいだろうか。私は完成品をじっくりと見ていないので分からない。

 でも、月は好きだからいっか。それに、ルナは月の女神の名前だからピッタリだ。私の名前はルナディール。名前の一部にルナが入っているのだ。

 偶然かは分からないけれど、月の模様が入っているなら私からのプレゼントだって分かりやすいだろう。

 こっちの世界の人が、ルナ=月の女神って知っていたらだけど。


 義兄はそれをそっと手に取り、じっと見つめる。

「それ、実はわたくしが作ったのです。……その、お気に召しませんでしたか?」

 あまりにも長い間何も言葉を発さないので、私は不安になってそう尋ねた。

 すると義兄はハッとして、私に優しく笑いかけた。

「いや、とても嬉しい。素敵なものをありがとう、ルナディール。大切に使うよ」

 今までに見たことがないくらい幸せそうに笑う義兄に、ついぼーっと見惚れてしまう。心なしか顔が熱くなってきた。

 私は、それは良かったですと答えながら紅茶をごくごくと飲む。


 さっきの幸せそうな笑みはなんですか!?ここしばらく一緒に過ごしているけれど、初めて見たよそんな顔!

 この反応はあれだよね?初めて義妹からプレゼントを貰って嬉しいって反応だよね?家族からプレゼントが貰えたって喜んでる反応だよね?

 間違っても、恋愛感情とかないよね?うん、きっと大丈夫なはず。これは家族への感情だ!


 そう何度も心の中で繰り返し、チラッと義兄の方を見る。すると、そこにはもうブローチが服に着いていて、それは嬉しそうに眺める義兄の姿があった。

 私の視線に気付き、表情を引き締めるけれど嬉しさが溢れ出している。

 私はその反応にヒヤリとしながら、神様に再びお願いした。


 どうか早く義兄にお友達ができますように!そして、素敵なご令嬢と結ばれて幸せな人生を義兄が過ごせますように!そしてそして、どうか私が平凡な人生を送れますように!

 パンパンと二回心の中で手を叩くと、義兄のブローチがキラリと一瞬光った気がした。

ようやく門番さんにお礼することができましたね。そして、ルナディールからの贈り物に感激するアリステラ。推しに喜んでもらえるなんて最高ですよ……。次は門番目線のお話です。

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