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下町でお買い物 前半

「行ってらっしゃい、ルナディール」

 家族みんなに見送られながら、ロイゼンと一緒に下町へと向かう。

 久しぶりにメルアちゃんと会える、と思ったらにこにこが止まらなかった。

 メルアに決めてもらったワンピースを着て、髪はハーフアップのお団子。白色の麦わら帽子を被って、完璧なお出かけモード。


「お嬢様は楽しそうでございますね」

 ロイゼンもにこにこと私の方を見ている。その言葉に肩を竦めながら、

「今回はお買い物ができるので楽しみなのです。前回はお金を持っていませんでしたから」

「そうでしたね。お嬢様が無断で外出した時は、私もとても心配しましたよ。心臓に悪いので、そのような真似はもう辞めてくださいね」

 そんなやり取りをする。

 私はロイゼンにやんわりと注意をされたので、真面目な顔でこくんと頷いた。


 まさかロイゼンにも心配をかけていたなんて。知らなかった。

 ……というか、私あまり話したことがないからロイゼンのこと全然知らない。

 ロイゼンって何者なんだろう。貴族ってことは知ってるけれど、いつから仕えているのかも、どうして仕えているのかも知らない。昨日までは名前すら知らなかった。

 せっかく下町まで行くのに時間があるのだから、この機会に色々質問してみよう。


 そう思った私は、背筋をピンと伸ばしてロイゼンに質問した。なんとなく、ザ・執事って感じがするロイゼンとお話する時は気を張ってしまうのだ。

「あの、ロイゼンさん。ロイゼンさんはいつからロディアーナ家に仕えているのですか?差し支えなければ教えていただきたいのですが……」

 私の言葉に少し驚いて、それからくすくすと優しく笑った。

「お嬢様、私に敬語は不要です。さんも付けなくてよろしいですよ」

 笑う姿もどこか優雅で、素敵紳士を思わせる。執事としても貴族としても完璧な態度。

 そんなロイゼンに言われた言葉に、うーんと私は心の中で唸った。


 敬語は不要、呼び捨てでって言われても難しい。ロイゼンは完璧なお仕事をする執事であり、私よりも人生経験が豊富だ。歳もかなり上で、多分五十歳ぐらいだと思う。

 そんな人にタメ口呼び捨てとか気が引ける。ナターニャの時もそうだったけれど、歳上の人にタメ口は違和感がある。これは前世で生きていたからだろうか。


 仕方がないので、私は少し緊張しながら、

「それじゃあ、ロイゼンってこれから言い……言うわね」

 とタメ口呼び捨てで言う。つい、言いますねと敬語を使いそうになってしまった。危ない危ない。

「はい、お嬢様。それで、私がロディアーナ家にいつから仕えているのか、でしたね?」

 ロイゼンの言葉にこくりと頷く。ロイゼンは、懐かしそうにどこか遠くを見つめながら、しみじみと語り出した。


「私がロディアーナ家に仕え始めたのは、十二歳の頃でした。もう、三十八年も前のことになります」

「さ、三十八年……!!」

「はい。あの頃は右も左も分からなくて、失敗ばかりしていました。上司にもよく怒られたものです」

 その言葉にとても驚いた。

 ロイゼンが誰かに怒られている姿なんて想像できない。どちらかといえば、小さい頃からなんでもできて非の打ち所がない人間のようにみえる。

 それなのに、上司によく怒られていたのか。その上司はとてつもなく怖い人なのかもしれない。私だったらダメ出しばっかり言われそう。


「あの、どうしてロディアーナ家に仕えることになったのか聞いても?」

 私がおずおずと尋ねると、ロイゼンはこくりと頷いて、ゆっくりと話だした。

「聞いてもあまり愉快な話ではないのですが……。私はメルッシア家の次男として生を受けました。それなりに良いところの娘のところへ婿に行けるようにと、熱心な教育を両親から受けました。ですが、ある日家に賊が入ってしまい、私は兄を守るために大怪我を負ってしまいまして。両親は、大怪我を負った息子が婿に取られるはずがないと思い、私を家から追い出したのです。そして、色々なところを転々として彷徨っているうちに、当時のロディアーナ家の旦那様……ルナディールさまの祖父にあたる人に出会い、使用人として雇ってもらったのです」

 そこでふうと一つ息をつき、視線を私に向けた。

「これが私がロディアーナ家へ仕えることになった経緯です。あまり愉快な話ではなくて申し訳ありません」

 その言葉にふるふると首を振る。

「いえ、話してくれてありがとうございました。その……ロイゼンもたくさん苦労したのね」

 かける言葉が思い浮かばずに、そんなことしか言えなかった。思っていたよりも重い話で驚いた。


 貴族にはよくある話なのだろうか。私にはよく分からない。前世や今世でのほほんと生きている私には、信じられないような話だった。

 ロイゼンは今、幸せなのだろうか。ロディアーナ家に仕えられて良かったと思っているのだろうか。

 そう思っているのならいいな。今が楽しいと、やり甲斐があると思ってくれているといいな。


 私の心の声が聞こえたのだろうか。ロイゼンは私に優しく笑いながら、

「ですが、私はロディアーナ家に仕えられて幸せです。私を拾ってくださった旦那様には感謝しております」

 と言った。

 その言葉に、私もにこりと微笑んで返す。

「それなら良かった」

 それから他愛もない世間話をして、下町までの時間を過ごした。


 ガタンと馬車が止まり、ブライダン商店に着いた。私はぴょこんと馬車を降り、ん〜っと大きく伸びをする。

 今は平民としてここにいるのだから、優雅さは微塵も要らないのだ。

 ロイゼンが扉をスッと開けてくれる。私は笑顔でお礼を言って、久しぶりにブライダン商店の中に入る。

 キラキラとした雑貨がいっぱいだ。今日はたくさんお買い物をするって決めている。今の私はお金持ちのお嬢様なので、前世ではできなかった大人買いというものがたくさんできる。


「失礼します。トールはいらっしゃいますか?」

 お会計席に座っている男の人にそう尋ねると、少々お待ちくださいと言って、流れるような動作でトールを呼びにいった。

 さすが貴族もお買い物をするお店。働く人の所作も品がある。私よりも品がありそう。


 しばらく待っていると、トールが奥から現れた。私と目が合うと、彼はにっこりと微笑んで、

「このような場所までご足労いただき誠にありがとうございます、ルナディールさま」

 と丁寧にお辞儀した。その様子に慌てて、

「トール、今の私はルナよ!そんなかしこまった態度はやめて!」

 とお願いした。

 せっかくお忍びで来ているのに、これではすぐにバレてしまう。周りのお客さんも怪訝そうにこちらを見ている。

 私のお願いに少し強張った顔をするトール。視線は私の後ろに控えているロイゼンに向いているので、きっと怒られないか心配なのだろう。

「ロイゼンは怒らないから大丈夫よ。それより、服代と食事代、馬車代を持ってきたわ。遅くなってごめんなさいね」

 そう言って、お金の入った袋をトールに渡す。チャリンと中に入っている硬貨が擦れた。


 トールは慌てて中身を確認し、こんなにたくさんいただけません!と何枚か硬貨を私に突き返した。

 でも私は断固としてそれを受け取らず、にっこりと笑顔で圧をかけながらふるふると首を横に振った。

「いいえ、それは全てトールのお金よ。急なことにも嫌な顔をせず、最初から最後まで面倒を見てくれたでしょう?それがとても嬉しかったし、感謝しているのよ。だから受け取ってちょうだい」

 するとトールはしぶしぶといった感じで全て受け取ってくれた。

 その様子を満足気に見つめながら、ああ、と思い出して付け加える。

「あと、ブローチと万年筆をありがとうね。ここで造ってもらったと聞いたわ。あのデザインを再現するのは難しかったでしょう?」

 私の言葉に、少し遠い目をしたトール。

「ああ、あの二つは両方貴女の元へ届いたのですね。依頼主からも、贈り主にとても感謝されたと手紙が届きました。これからもよろしく頼む、と」

「……頑張ってくださいませ」


 それから私は雑貨コーナーをぐるりと一周して、フォスライナ、シューベルト、義兄へのプレゼントを選ぶことにした。

 私のセンスはあまり当てにならないけれど、デザインが素晴らしいこのブライダン商店なら安心だ。あとは、それぞれが欲しいと思うような物を選べるかどうかだ。


 自慢ではないが、私は前世で誰かにプレゼントをしたことはあまりない。今世では初だ。なので、どうやって選べば良いのかが分からない。

 親しい同性ならまだしも、相手は仲良くなったばかりの異性である。好みなんて分かるはずがない。

 しかも推しだ。推しへのプレゼントだなんて緊張しすぎて選べない気がする。夢にまでみた推しへプレゼントを贈るというイベント。失敗したくない。


 私は商品を一つ一つゆっくり見て決めることにした。店内をうろちょろしていると、ふいにすごい視線を感じた。

 なんだと思って振り返ってみると、そこには可愛らしい目でじっと私の方を見ているメルアがいた。

 会えたことが嬉しくて、私はおいでおいで、と手でメルアを呼ぶ。するとメルアはパァッと顔を輝かせて、とてとてと駆け寄ってきた。ものすごく可愛い。


「ルナディールさまっ、また遊びに来てくれたの?」

 ギュッと抱きつかれて、私はにへらと顔が緩む。

「うん、遅くなってごめんねー、メルアちゃん。あと、私のことはルナって呼んでくれるかな?今はお忍び中だから」

 私がそうお願いすると、メルアは上目遣いでこくりと首を傾げ、

「ルナおねーちゃん?」

 と聞いてきた。それがあまりにも可愛すぎて、私はもうメルアにメロメロだ。

「うん、ルナおねーちゃんだよー」

 ギューッとすると、メルアはきゃっきゃと嬉しそうに笑う。その姿に和んでいると、トールとロイゼンの目が笑っていないことに気が付いた。

 トールは少し青ざめていて、ロイゼンは何かはらはらとした目で私を見ている。

 どうしてかは分からないけれど、何となく止めろと言われている気がして、メルアを解放した。

「ルナおねーちゃん、お買い物?メルアも一緒にいても良い?」

 そう上目遣いで聞かれて、ダメだよと言える人がいるだろうか。こんなに可愛いメルアの頼みごとを却下する人がいたら、私は許さない。

「もちろん良いよ」


 それから二人で楽しく一階から三階まで歩き回り、たくさんお話をした。あまりにも楽しすぎて、プレゼントを選ぶこともすっかり頭から抜けてしまった。

 お会計のところに私の欲しいものがドサリと置かれると、ロイゼンが側までやってきて小声で聞いてきた。

「お嬢様、フォスライナさまとシューベルトさま、アリステラさまへの贈り物は買わなくてよろしいのですか?」

 その言葉にハッと思いだす。何自分の欲しいものばかり買っているんだ。目的が完全に変わってしまっている。本命のプレゼントを買わないでどうする。

 私はロイゼンにお会計を任せ、再び贈り物を考えることにした。


 三人は何が喜ぶんだろう。貴族と王子様の欲しがるものってなんだろう。

 お金で買えるようなものなら、わざわざ私がプレゼントしなくても手に入る。でも、二人のように自分がデザインして渡すなんて高度なことはできない。私にはセンスがないのだ。

 それに、途中からはすっかり楽しんでいたけれど、商品を見てもパッとくるものがなかった。これが一番似合う!とか全く出てこなかったのだ。

 これは私が三人の好みが分からないからだろうか。それとも、推しにプレゼントなんて恐れ多いとか心のどこかで思っているからだろうか。

 ……どっちもありそう。

 考えれば考えるほど分からなくなって、気付けばお会計は終わってしまっていた。ロイゼンが片手に大きな袋を持っている。

 全く、衝動買いというのは恐ろしいものだ。絶対あの中に入っている半数は使わないよね。


 私はふるふると首を振って、ロイゼンに、

「他のところへ行きましょう」

 と声をかけた。ロイゼンは、かしこまりましたと言って扉を開けるために歩いていく。

 私はトールとメルアにバイバイしてブライダン商店を後にした。


 それから、私の分身をくれたおじいさんの本屋さんに行き、読んだことのない魔術書五冊と小説三冊、図鑑二冊を買った。

 因みに図鑑は、『この世界に生きる魔獣辞典』と『幻の生物辞典』だ。なんかタイトルに惹かれて買った。小説は純愛ものである。不倫などのドロドロ系じゃない。

 計十冊、試しに持ってみたら結構重かった。それをロイゼンが顔色一つ変えずに持つ。なんて力持ちなんだろう。


 それからこの前寄ったお店に行き、何かしら物を買って出る。気が付くと、ロイゼンは袋を持ちすぎて大変なことになっていた。

「……ロイゼン、色々買ってごめんなさい。私も何か持つわ」

 そう言って、軽そうなものを持とうとしたらロイゼンに優しく却下された。お嬢様には持たせられないのだそうだ。

 でも、あの袋の中には食べ物も入っている。出来立てのパンとかも買ったので、可能なら無限収納に入れてふかふか状態を維持したい。

 しかしロイゼンは袋を持たせてくれないし、ロイゼンの目を盗んで収納するのも困難だ。


 そこで私は一つ良いことを思い付いた。ロイゼンを買い出しに行かせて私は馬車の中で待つ。それなら荷物も置いておけるし、収納できる。私、天才!

 思い付いたら即行動するべし。


 私はロイゼンに、人が並んでいる店を指差してお願いする。

「ロイゼン。申し訳ないのだけれど、あそこの列に並んで限定品の箱詰めクッキーを買ってきてくれる?美味しいって評判だから、ちょっと食べてみたいの」

 私の言葉に、困った顔をするロイゼン。

「お嬢様はどうなさるのですか?」

「私は馬車でお留守番しているわ。少し歩き疲れてしまって。それなら荷物を置いてロイゼンも列に並べるでしょう?そんな大荷物で並んだら迷惑になってしまうもの」

 私がそう答えても、ロイゼンの顔は晴れない。きっと、私を一人馬車に置いていっても良いものか考えているのだろう。


「大丈夫よ。ただ待っているだけだし、それに万が一の時は魔法でも放てば良いんだもの。ね?お願い!」

 ここで必殺、『お願いポーズ』!

 しばらく見つめ合い、無言のやり取りをする私たち。いつまで経っても『お願いポーズ』を辞めないので、ロイゼンは諦めてこくりと頷いた。

 それから馬車に私と荷物を残し、何かあったら大声で叫んでくださいね、絶対に馬車から降りてはいけませんよ、と念を押しながら離れていった。


 しばらくにこにこと見送っていた私は、ロイゼンが列に並ぶのを確認してからパッとシャイニンフェルを召喚する。

 そして、足元の空間を四角形にサッと切り、買った食べ物をどんどん収納していく。

 大きな袋に細々とした袋がたくさん入っていたので、きっと誤魔化せるはずだ。焼きたてパンの袋が無くなっていたって気付くまい。

 なるべく品質を保ちたい物を収納し終わり、私は残った荷物を改めて見る。なんとなくコンパクトになった感じはするけれど、多分大丈夫だよね、うん。

 雑貨や装飾品、本、文房具などは収納しなかった。食べ物も、いきなり全部無くなったら怪しまれると思ったので、半分は収納しなかった。日持ちするものは品質もあまり変わらないから良いかなと思ったのだ。


 それから無限収納を閉じ、私はシャイニンフェルの召喚を解除する。

 するとすぐに、扉がガラッと開いてロイゼンが入ってきた。あまりの速さにヒヤリする。あと少し召喚を解除するのが遅れていたら、絶対に見られてた。

「遅くなってしまい申し訳ありません。ご注文のクッキーでございます。これで間違いはありませんか?」

 全然遅くないですと心の中で言いながら、私はにこりと笑って確かめる。


 ロイゼンと荷物を離すために咄嗟にお願いしたものだけれど、実際に箱を見てみるととても美味しそうだった。

 くるっとひっくり返してみると、内容量は三十枚と書いている。三十枚なら一日一枚で約一ヶ月も持つ!

 我ながら良いものをゲットできたなと自画自賛しつつ、ロイゼンにありがとうとお礼を言う。


「それでは、お次はどこへ向かいましょうか?」

 正面に座ってそう尋ねてきたロイゼンに、うーんと考え込む。

 私はまだプレゼントを買えていない。家族に買ってくると言った手前、何も買えませんでしたとは言えない。

 さらに自分の物だけでこんなにお金を使ったと知られたら、お母さんに怒られるに決まっている。今回大金を持たせてくれたのは、王子様方に少しでも良い物をあげるためにだ。

 それなのに、まだ全然決まらない。私がただ下町をエンジョイしているだけである。


 うんうんと考えていたら、ぐぅ〜っと私のお腹が鳴った。ロイゼンは懐中時計を見て、

「もうお食事の時間が過ぎていますね」

 と呟いた。

 なんと、もうお昼をすでに回っていたみたいだ。下町にいると時間を忘れてしまう。

「それじゃあ、どこか適当にご飯を食べられる場所を探しましょうか」

 そう言うと、ロイゼンもそうですねと同意した。

 そして馬車を適当に走らせ、私たちはそれぞれレストランを探すことにしたのだった。

下町前半編です。久しぶりの下町はやっぱり楽しいですね。メルアちゃんも出てきてルナディールは気分るんるんです。次回は下町後半編です。

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