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無気力・二次元不足

 馬車が止まり、家に着いた。

 私はぼーっとして上手く動かない頭と身体でなんとか馬車から降り、家の中に入る。

「お帰りなさいませ、お嬢……さま!?」

 ラーニャがトタタッと急いで駆け寄ってくる。

「その顔、どうなされたのですか?何かあったのですか?」

 何か……?はは、最推しに嫌われました。


 口を開くのも億劫で、何も話せない。歩くのも疲れた。頭がぼーっとする。何も考えたくない……。

 そこでふと、思い出した。前世で痛いことがあった時、よく気絶していたことを。

 私は病院が嫌いで、注射を打ったらよく意識を手放していた。ぐわんぐわんと頭が痛くて、腕がよく動かなくて、気がゆっくり遠のいていく感じ。

 気絶したら、どこか知らない不思議な場所に行けた。ほわほわとするような、和やかになるような場所。解放感があって、ふわふわと飛んでいきそうなくらい身体が軽く感じるのだ。

 その後すぐに気を取り戻していたけれど、その頃にはもう頭がぐわんぐわんするような気持ち悪さは無くなっていたっけ。


 そう思った瞬間、ふっと身体が沈んでいく感覚に襲われた。自分じゃどうにもならなくて、抵抗せずにそのまま前のめりに倒れていく。

「ルナディール!」

 誰かが呼ぶ声が聞こえたけれど、よく分からなかった。私は、朦朧とする意識を手放した。


 ……あれ、ここ、どこだろう。……部屋?

 全身が重くて動かせない。頭も上手く働かない。

「ルナディールさま!?大変、みなさまにお知らせしなければ……!」

 ドタバタと周りが騒がしい。


 ……私ってルナディールだったっけ。ルナディールって、私の大好きな作品の主人公じゃなかった?

 ああ、なんかだるい。こんな日は、アニメを見てごろごろしたり、漫画読んだり、ゲームしたり、音楽聴いて過ごすに限る。

 誰か、音楽かけて。棚の一番上の左側にある、私のお気に入りのアニソン。リラックスするのに最適なの。歌ってる人がとってもイケヴォなんだから。


 上手く動かない手をよろよろと上げてみると、さらさらとした生地の服が肌に触れる。

 あれ、私ってこんな服持ってたっけ。こんなに高そうな服を買うくらいなら、もっといっぱい本や漫画を買おうよ。推しのグッズでも良いな。

 とめどなくそんなことを考えていると、バタンと大きな音がして、バタバタと誰かが歩く音がした。

 バタバタバタ……と音が近付いてきて、すぐ側で止む。

「ルナディール、大丈夫か!?」

 誰かの手が私のおでこに触れた。


 この声は……聞き間違えるはずがない。私の推しの、アリステラの声だ。

 でも、変なの。まるでアリステラが身近にいるみたい。こんな側で推しの声がするなんてありえない。もしかして、誰かが私のすぐ側にテレビでも設置したのかな。

「ルナディール……?」

 ふと、視界にアリステラが現れた。焦点を合わせてよく見てみると、アリステラはとても心配そうな顔をしていた。

 私の目、おかしくなったのかな。目の前に推しがいる。これは夢かな……。ああ、きっとそうに決まってる。じゃなきゃ目の前に推しがいるなんてあり得ないものね。

 私は、手よ動けと念じてみる。

 夢だと分かったら、だいたい強く頭の中で念じたことが夢の中でできるのだ。それで瞬間移動したことも、あり得ないほどのジャンプ力を手にしたこともある。

 ……ただ、飛びたいと思ってもそれだけはできなかったけれど。なんで落下していくんだろうね。


 私は重い手を気合いで動かして、目の前にいる推しの頬に触れる。推しの頬は、ひやりと冷たかった。

「……アリステラだぁ」

 私がそう呟くと、アリステラは目を少し見開いて驚く。

 わお、夢の中だから言葉が通じるんだ。

 私は手を離して、ボフッとベッドにダイブさせる。もう手が動かない。それに、なんだか眠くなってきた。夢なのに眠いってなんだろう。

 私は推しを見つめながら、意識がだんだんと遠のいていくのを感じた。


 ゆっくりと瞼を開けると、視界の端にラーニャが映った。

 ……ここは、私の部屋?私、どうなったんだっけ。

 重い身体を、よっこらせっと動かしてベッドの上に座る。まだ意識がほわほわとする。

「ルナディールさまっ!」

 いきなり身体に衝撃が走る。

「ぐへっ」

 どうやらラーニャが駆け寄ってきて、ギュッと抱きついてきたようだ。

「もうっ、ルナディールさま、と、とても心配したのですよ……っ!ほんと……お目覚めして良かった……」

 涙を流して、そう途切れ途切れに言葉を話すラーニャ。よく分からなかったけれど、私はとりあえず、動きの鈍い手を動かしてラーニャの背を摩る。


 しばらくして、ぐすんと鼻を啜ってラーニャが私から離れる。

「それでは、私はお嬢様のお目覚めをみなさまに知らせて参ります。今度こそ、また意識を失わないでくださいね」

 そう言って、バタンと部屋を出ていく。

 ……また?意識を?……なんのことだろう。

 私は身体を後ろに倒し、ボフンと寝転がる。

 なんか、頭がごちゃごちゃしてまとまらない。私、何がどうなってこうなったんだっけ。


 ぼーっと考えていると、バタンッと扉が勢いよく開き、

「ルナディール!」

 と声をかけてバタバタと誰かが近寄ってきた。

 ……あれ、なんだろう。この感じなんかデジャブ?


 視界に義兄が入ってくる。心配そうな目でじっと見てくる姿、やっぱりなんか知ってる気がする。

「ルナディール、起きたのかい?」

「ルナディール、大丈夫ですか?」

 それからお父さんとお母さんもすぐ視界に現れて、私は三人に囲まれる形になる。

「……あの、これはどういう状況でしょう?」

 何も分からなくて尋ねると、三人の表情が一気に曇った。

「ルナディール、覚えていないのか?その……ルナディールは、三日前の舞踏会から帰ってきた後すぐに倒れたんだ」

「そうだよ。それから丸一日眠り続け、ようやく起きたと聞いて部屋に駆けつけてみれば、また意識を失っている」

「本当に心配したのですよ。先程、王子様二人もお見舞いに来てくださったのです」

 その言葉が理解できなくて、しばらく呆然とする。頭がまだ回転していないから、整理もできない。


 舞踏会……舞踏会?舞踏会で、確かに何か悲しいことが……世界の終わりのようなことがあった気がする。

 うんうんと唸っていると、まだ体調が良くないと勘違いされて、お父さんがあわあわと慌てだした。

「ルナディール、大丈夫かい?もう一回お医者さまを呼ぼう。過度なストレスと疲労で倒れたらしいと言われたけれど、まだちゃんと調べられていないからね。だからお医者さまを……」

 その言葉にゾッとする。


 お医者さま!?お医者さまになんて会いたくない!世界で一番嫌いな響き!聞くだけで意識が遠くなる!

「お、お父さま……お医者さまなんて呼ばなくても大丈夫ですわ!その……異常があるのは身体ではなく精神ですもの」

 私が必死に恐ろしい提案を断ったら、何故か義兄の顔がさらに曇った。

「精神って、やはりあの舞踏会で誰かに何か良くないことを言われたのか?一体誰に?言ってくれれば、俺が排除するぞ」

 真剣に私のことを見つめながら言ったその言葉にもゾッとする。


 排除?え、いやいやそんな物騒なこと言わないで?まるでダークンヴェルダーみたいじゃない!

「おお、お義兄さま、そんな物騒なことは言わないでくださいまし。その人はわたくしの大切な推しで……」

 そこまで言って、ハッとした。

 推し……。ああ、そうだ、推しだ。私がこうなったのは、最推しに嫌われたからだ。私が変なことを口走って、自分で最推しとの関係を壊した。

 そして、それがあまりにもショックすぎて、耐えられなくて、こうなった。

 自分でしたことに後悔して、絶望して、三日も寝込んで、周りの人に心配をかける。ああ、なんて自分勝手で最低な人なんだ、私は。自分の不甲斐なさに絶望する。


「ルナディール……?」

 急に黙った私を心配して、義兄が私の顔を覗き込んでくる。私は心配させまいと、無理に笑ってふるふると首を振って言った。

「なんでもありませんわ。それより、フォスライナさまとシューベルトさまに謝らなければいけませんね。今日は四人で下町へ行くお約束をしていたでしょう?行けなくてすみませんと謝罪をしなければ」

 義兄は私の顔を見て、ギュッと拳を握った後、悲しそうな笑みを浮かべた。

「それなら心配要らない。二人とも特に気にしていなさそうだった。目覚めたら教えてくれと言って帰っていったからな。目覚めの連絡は私がしておこう」

 そう言って、義兄が私の頭にポンと手を乗せて撫でた。

「ルナディールは何も気にせず休んでいろ」

 そして、踵を返して部屋を出ていく。

 それを見送ったお父さんとお母さんも、それぞれ、

「じゃあ私も仕事に戻るね。ご飯は運ばせるから、ここで食べなさい。しばらくゆっくりして、心と身体を休めるんだよ」

「わたくしもそろそろ行きますね。魔法研究所の方に連絡をしなければなりません。ルナディール、あなたは何も考えず安静にしていなさい。魔法研究所へ行くのは、心身ともに回復してからです」

 と言って退室していった。


 ……心身ともに回復してから、か。それは、結構時間がかかりそうだ。私の心は鉛のように重い。

 ああ、アニメ見たい。漫画読みたい、本読みたい、ゲームしたい、音楽聴きたい。

 なんでこの世界には何もないのだろう。

 本は一応あるけれど、私の好きな本やジャンルはあまりない。私はファンタジーや転生ものが好きなのだ。あと、青春もの。部活ものとか最高だよね。

 部活……あー、久しぶりに身体も動かしたい。バドとか良いんじゃない?なんでこの世界にはスポーツもないんだろう。

 この世界、推しはいても心の糧となる娯楽物って全然ないよね。


 私が落ち込んだ時、辛い時、泣きたい時、何もしたくない時、私を救ってくれたのは全て二次元だった。

 アニメを見て、癒される。背景や人の動き、仕草、効果音。その一つ一つを食い入るように見て、アニメを制作してくれた人に感謝を心の中で述べる。

 こんな素晴らしいものを作ってくれてありがとう。私に生きる意味をくれてありがとう、と。

 アニメも漫画も小説もゲームも音楽も。全て、たくさんの人が関わって出来上がった作品だ。それは私に癒しを与え、生きる活力を与えてくれた。私が生きる上で、必須なもの。

 でも、この世界にはそれがない。

 ……なんて悲しいのだろう。転生できたことは嬉しいし、推しがいる世界に転生させてくれてありがとうと感謝はしている。

 だけど。私は今、二次元不足だよ。心がポッカリ空いている。これを埋められる日はくるのだろうか。

 なんかもう、何もしたくないな。


 私はバサッと布団を被る。

 ……誰か、アニメや漫画を私に恵んで。ゲームを恵んで。歌を歌って。私の心を癒す術を、誰か……。


 私はそれから、運ばれてきたご飯を無理矢理口に入れて飲み込んだ。美味しいはずなのに、全く味がしなかった。私の頭はもう、二次元に支配されている。


 一分でも良い。なんならオープニングだけでも良いからアニメを見させて。

 漫画も一ページだけで良い。人物と背景と、トーンと、台詞と。一ページに込められた、漫画家さんの魂を見たい。

 本も、ファンタジーや転生もの、青春ものを読ませて。起承転結の起の部分だけで良いから。

 音楽も、ほんの少しの、お試しのやつでも良い。歌い手さんやアイドルが歌っている曲が聴きたい。アニソンが聴きたい。

 ……夢の中だったら叶うかな。


 そして私は、何日もベッドで過ごした。

 下町へ行く気力も、部屋を出る気力も、勉強をする気力も、推しと話す気力もなかった。

 ただただ、この世にないものを求めて、夢に縋り付いていた。

 夢だけが私を救ってくれるのだと信じて、夢に依存していた。

 誰に何を言われても、どれだけ心配されても、私は二次元を捨てきれずに、ずっとベッドで夢を見続けるのだった。

無気力になることってありますよね。何もしたくないって時。もし二次元がない生活を強いられたら、私もおかしくなりそうです。次のお話も無気力モードなルナディール。いつ復活するのでしょうか。

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