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おかしな令嬢

 俺はリューク・フォルテラーナ、二十五歳。

 五年前、最愛の婚約者を亡くしてからずっと一人だ。親も、友人も、ペットもいない。

 ソルティアがいなくなってから、俺の人生は真っ暗だ。光がなくて、生きている意味を見出せない。

 ソルティアと一緒に住むはずだった大きな屋敷に、ただ一人、退屈な日々を過ごしている。


 家には必要最低限の使用人しかおらず、常に静か。俺は書斎に籠もったり、ソルティアが好きだった花の手入れをしたりして日々を過ごす。

 毎日同じことの繰り返し。

 お金は親とソルティアがたくさん残してくれていたので、俺は働かなくても生きていけた。

 だから毎日家に籠もって、ソルティアのいないつまらない日常を送る。

 ソルティアがいた頃は幸せだったと思いながら。


 たまに家に届く、社交界の招待状。俺は面倒で、全て断ってしまいたいと思っていたけれど、ソルティアはそれを許さなかった。彼女はとても真面目だった。

 俺はソルティアがいなくなっても、彼女との約束を守り続けていた。

 社交界には面倒でも出ること。話しかけられたら無視をしないこと。毎日三食しっかり食べること。規則正しく生活すること。

 それらを守ることが、今の俺がソルティアと繋がっていると感じられる唯一の方法だった。

 だから俺は、参加する度に婚約者を勧められたり、ソルティアに取り憑かれていると囁かれたり、あの人はおかしいと陰で笑われたりする社交界に招待される度、毎回出向いた。


 ソルティアは、素晴らしい女性だった。

 俺は、誰がなんと言おうとソルティア以外の女性と付き合う気もなければ結婚する気もない。

 何回そう言っても伝わらない相手とは、関わっても意味がない。無駄に体力を消耗するだけだ。

 社交界では無でいる。それが一番だ。


 今日は、王族主催の舞踏会に出席することになった。

 何故だか分からないが、俺宛てに招待状が届いたのだ。今まで王族主催のものにはあまり誘われなかったのに、一体どうしたというのだろう。


 俺は深くため息をついて、馬車に乗り込む。

 今日はたくさん人が来るのだろう。長い時間、あまり人目につかない場所で息を殺しているしかない。苦痛の時間だ。


 俺が会場入りすると、周りにいた人たちが眉を顰めて何かを囁き始める。

「あれってフォルテラーナ侯爵よね?」

「ああ、あれが噂の。亡くなった婚約者に心酔しているのですってね」

「どうしてそんな方が舞踏会に?まさか招待されたのかしら」

「もしかして、遂に新しい婚約者でも探し始めたのかしら?」

 くすくすと囁かれる言葉にうんざりする。

 俺はたくさんの視線を受けながら壁際へと寄り、いつものごとく気配を殺した。

 誰が新しい婚約者を探すか、と言い返しながら。


 どのくらいの時間が経ったのだろう。

 ふと辺りを見回してみると、先程より人の数が増えていた。あまりの人数に眩暈がする。

 こんなにたくさんの人を招いたのか。王子様らから何か重大な発表でもあるのだろうか。そうでなければ、俺が呼ばれる理由もない。


 周囲の人を静かに観察していると、前方からよろよろと歩いてくる令嬢が見えた。

 あまりにも足元がふらついていたので、お酒でも飲んで酔っ払っているのだろうかと思った。

 もし近くで転ばれたら、周囲の目が集まってきてしまう。注目されるのは面倒だから場所を変えるか。

 そう考えていると、そのふらふら令嬢と一瞬目が合った気がした。

 認識されたかもしれない。

 俺は絡まれたくなくて、その場を離れようと背中を壁から離す。

 その瞬間、令嬢はヴェールを被った人とぶつかって尻餅をついた。

 ……あ、転んだ。

 そう思った時には、彼女の婚約者か分からないが、一人の男が令嬢に手を差し出していた。

 彼女が手を握り返し立ち上がっていると、王子二人が現れて彼女の側に立つ。

 その様子を見て、あの令嬢は王族の知り合いなのだと知った。

 王族と仲の良い令嬢か。あまり関わり合いになりたくない相手だな。


 俺はすぐさまその場を離れ、食事スペースの壁際に移動した。

 この舞踏会でわざわざ食事を食べる人はいないだろう。みんな喋るのに夢中なんだから。

 そう思って、俺はまた気配を殺す。


 しばらく無になっていると、頭の隅の方で優雅な音楽が流れてきた。どうやらダンスの時間になったみたいだ。ということは、この舞踏会も中盤ぐらいだろうか。

 特に何も起きず、舞踏会の前半を終えたことにホッと息をつく。あともう半分だ。


 ダンスに誘われることもなく、ただひたすら壁に寄りかかって辺りを見ていると、食事スペースに一人の令嬢が現れた。

 ……あいつは王族と仲の良いさっきの令嬢か。

 こんなところまで来て一体何のようだと一瞬身構えたが、どうやら彼女はただ単純にお菓子を食べに来ただけのようだ。

 幸せそうにお菓子を頬張っている姿を見れば、令嬢が、お菓子が大好きだということがすぐに分かった。

 その幸せそうにお菓子を食べる姿が一瞬、ソルティアと重なって軽く頭を振った。


 ソルティアはもういない。心の底から会いたいと思っても、会うことができない。

 周りの人も、みんなソルティアを忘れていく。ソルティアは過去の人となり、俺たちの前から姿を消した。彼女のことを笑って話す人はいなくなった。

 もう、俺はソルティアの話を誰かとすることすら許されず、ただ一人、老いて死んでいくのを待つだけだ。

 ……いっそ死んでしまえば、ソルティアの元へ逝けるのだろうか。俺にはもう生きている意味なんてない。

 約束を守り続けても、嬉しそうに笑って褒めてくれるソルティアはもういない。それなのに、俺は何故生きているのだろう。

 ソルティアのいない生活を強いられる理由はなんだ?俺が死んでも悲しむ人はいるか?

 そんな人はもういない。俺を大切に想ってくれていた親もソルティアもいない。

 ……なら、このまま死んでしまってもいいのではないか。


 そうぼんやりといつもみたいに考えていると、お菓子を頬張る令嬢と目が合った。

 しばらく見つめ合っていると、急に令嬢は近くにあった皿を取って俺の元へ向かってきた。

 ぼんやりとした頭でそれを見ていると、令嬢は俺の前におずおずと皿を差し出した。

 わけが分からず、俺は令嬢とケーキを交互に見る。

 こいつは何をしているんだ?一体何を求めている?

「あの、こちらをどうぞ」

 令嬢は緊張した声で俺に話しかけた。

「……なんで?」

 意味不明すぎて、スッと言葉が口を出た。

 すると、令嬢は不思議そうな顔をして首を傾げ、

「ケーキが食べたいからこちらを見ていたのでは?」

 と的外れなことを言った。

 ケーキを食べたいのなら自分で取りに行くだろう。令嬢に取らせに行く人がどこにいる。

「……いや、別に」

 そう答えると、令嬢はあからさまに驚いた顔をして、

「え、そうなんですか!?」

 と声を少し上擦らせた。

 ……この令嬢の思考回路はどうなっているのだろう。全く理解ができない。


 変な令嬢を見つめていると、彼女は持ってきたケーキに視線を移し、フォークで一口パクっと食べた。

 信じられない。こいつ、さっきまでたくさん甘いものを食べていなかったか?

「……まだ食べるのかよ」

 俺が呟くと、令嬢は上目遣いで俺の方をじっと見ながらもぐもぐとケーキを食べ続ける。

 ……こいつには羞恥心とかないのだろうか。知らない男の前でもぐもぐとひたすらケーキを食べるとかどうかしてる。しかもなんか距離が近い。


 最後の一口を食べ終わると、令嬢は空になった皿をじっと無言で見つめた。

 もしかして、まだ食べ足りないのだろうか。だったら早く食事スペースに戻って続きを食べてくれば良い。

 この令嬢といるとなんだか周囲の視線を集めてしまいそうだ。せっかく俺が気配を殺していたのに、注目を浴びたら意味がない。


 それなのに令嬢はしばらく何かを考えた後、顔を上げてにっこりと笑いながら、

「申し遅れました、わたくし、ルナディール・ロディアーナと申します」

 と何故か自己紹介をした。

 皿片手に挨拶をする令嬢なんて初めて見た。やっぱりこいつの頭はおかしいのではないだろうか。

「リューク・フォルテラーナだ」

 驚きすぎて反応が遅れてしまったが、きちんと俺も名を名乗った。話しかけられたら無視するな。ソルティアとの約束だ。

 しかし、名乗ってから敬語にすべきだったかと一瞬悩んだ。この令嬢は頭がおかしそうでも、王族と知り合いだ。しかも割と仲が良さそうな。

 そんな相手にタメ口を使って、不敬だとかで殺されたりしないだろうか。そこそこお金は持ってて家は豪華でも、侯爵という身分だけはどうにもできない。

 身分社会とは面倒だ。

 しかし、まあ殺されても良いかと思って、俺はタメ口を貫き通すことにした。どうせ死んでも困ることはない。この世に未練など無いのだから。

 それに、どうもこのおかしな令嬢に敬語を使う気になれなかったのだ。


 挨拶が終わっても一向に食事スペースに戻らない令嬢に、

「お菓子、食べ足りないんだろう?食べに行ったらどうだ?」

 とさりげなくこの場から離れることを促した。しかし、令嬢はふるふると首を振って俺の促しを拒否した。さらに続けて信じられないことを言う。

「お菓子はいつでも食べられます。でも、リュークさまとお話するのは今しかありませんから」

 意味が分からない。

「……なぜ俺と話したいんだ?」

「好きですから」

 俺の質問にそう即答した令嬢。

 ……こいつ、本当に頭がおかしいのではないだろうか。俺のことが好きだとかふざけてる。からかっているのか?


 しばらくしてから、令嬢は慌てて、

「ち、違うのですリュークさま!ちょっと言葉を間違えましたわ」

 と言って目をきょろきょろと彷徨わせる。

 言葉を間違えたって、その顔は絶対今言い訳を考えているだろう。ばればれだ。

「わたくし、リュークさまがソルティアさまのことを今でもお慕いしていることを知っていますので、安心してくださいませ」

 答えを待ってみれば、そんなことを言った令嬢。

 まさかここでソルティアの名前が出てくるなんて思わなかった。

 この頭のおかしな令嬢はソルティアのことを知っているのだろうか。

 ……いや、そもそもソルティアのことを知っているから安心しろとはどういうことだ?

 これが好きだと即答したのと何の関係がある?全く分からない。こいつは何を思ってこんな発言をしたのだろう。これが理由や言い訳になると本当に思っているのだろうか。


 しばらく考えていると、王子の声が会場内に響き渡った。どうやら舞踏会が終了したみたいだ。

 舞踏会が終了したということは、この令嬢とも別れなければならない。

 そう思って令嬢の方を見ると、いつの間にか手には皿が無く、じっと俯いていた。

 もしかして、長い間放置していたからお腹が減って凹んでいるのだろうか。

 俺が何も言葉を話さないので別れるタイミングを逃し、お腹いっぱい食べられないうちに舞踏会が終わり悲しんでいる?

 ……いや、そんな令嬢がいるわけがない。だいたい舞踏会に食べ物目的で来る人がいるだろうか。いないだろう。

 だとしたら、長い間放置されて怒ったか?このまま王子に言いつけて俺は処刑だろうか。だとしたら、俺はようやくソルティアの元へ逝けることになる。


 そこでいやいやと首を振る。元はと言えばこいつが意味不明な発言をしたせいだ。好きだとかソルティアがどうのだとか、そんな話をされたら放置したくなるのもしょうがないだろう。

 そう俺が結論付けていると、令嬢が弱々しく、

「リュークさま……もうお時間のようです。……その、今日はすみませんでした」

 と深々と頭を下げて謝罪した。そして、くるりと背を向けて歩き出そうとし、立ち止まる。

 どうしたのだろうと怪訝に思っていると、令嬢はくるっと振り返り、にっこりと笑った。

 しかし、目にはうっすら涙が浮かんでいて、とても悲しそうだった。その姿にドクンと心臓が跳ねる。

 ……なぜ、そんなに悲しそうな顔をする?俺が何かしたか?俺が何か悪いことをしたのだろうか?


 驚く俺を無視して、令嬢は話し出した。

「リュークさま。わたくし、ソルティアさまが亡くなられても、ずっと一途に彼女のことを想っているリュークさまのことを素敵だと思います。誰に何を言われても、ずっと一途に彼女だけを想うその姿に、とても感動したのです。本当にソルティアさまのことが好きだったんだなって……。そんな素敵なリュークさまに愛されて、ソルティアさまは幸せだと思います。……どうか、これからもお幸せにお過ごしくださいませ。リュークさまが幸せでしたら、わたくしはそれだけで幸せですから……。後悔があるとしたら、リュークさまの手作りのお菓子が食べられないことでしょうか」

 そこで一旦言葉を区切り、すっと大きく息を吸う。

「……それでは、わたくしはこれで失礼いたしますね」

 令嬢はそう言うだけ言って、走り去っていった。


 その場にただ一人ポツンと残された俺は、あまりの衝撃にしばらく頭が追いつかなかった。

 ……俺がソルティアを想い続けることが素敵だと思う?幸せに過ごせ?俺が幸せならあの令嬢も幸せ?後悔は俺のお菓子が食べられないこと?

 全てが分からずに呆然とする。

 ……何を言っているんだ、あの令嬢は。だいたい俺がお菓子作りをするなんて誰から聞いた?ソルティアしか知らない話のはずだ。

 それに、今日初めて会った俺が幸せだと自分も幸せだとか、やっぱりあの令嬢は頭がおかしい。医者に診てもらった方が良いのではないか。

 俺がソルティアを未だに想い続けているのが感動する?素敵?何を言っているんだ。

 周りのやつらは取り憑かれているだの未練がましいだのさんざん悪口を言っているのに、なぜあの令嬢だけ違うことを言うんだ?

 ……ああ、頭がおかしいからか。そうだ、そうに決まっている。頭のおかしな令嬢だからそんな突拍子もないことが言えるんだ。ああなんだ、簡単なことではないか。


 そうやって理解できないことに無理矢理答えを出してみるが、何故かあの令嬢の悲しそうな笑顔が頭から離れなかった。

 ああ、面倒くさい。どうして俺の前でそんな顔をしたんだ。あれではまるで、俺が泣かせたみたいで後味が悪い、最悪だ。


 俺は深くため息をついて、重たい足をなんとか動かしながら馬車へ乗り込む。

 家へと走らせながら、俺はずっとあの頭のおかしな令嬢のことを考えていた。

 ……名前、なんて言ったか。しっかり聞いてなかったから思い出せない。ああ、本当に最悪だ。こんなに重い気分になった舞踏会は初めてだ。

 それも全て、あの頭のおかしな令嬢のせいだ。

 あの悲しそうな顔が離れない。どうしてくれよう。

 あの令嬢に対して、多少の怒りが込み上げてくる。

 誰かにこんなに心を掻き乱されたのは久しぶりだ。ソルティアが亡くなってから、初めてではないだろうか。落ち着かない。


 俺は帰ってから、久しぶりにお菓子を作って、この気持ちを落ち着けようと決めた。作るのは、ソルティアが大好きだったマドレーヌだ。

 ソルティアとの想い出に浸りながらマドレーヌを作ろう。そして、一人で食べ尽くそう。

 マドレーヌの材料、家にあっただろうか。


 俺は令嬢のことを一旦忘れ、久しぶりのお菓子作りに少し胸を躍らせるのだった。ソルティアが、美味しそうに俺のお菓子を食べてくれたことを思い出しながら。

リューク目線でした。ルナディールっておかしな令嬢と認識されること多いですよね……。次は舞踏会終わりのお話です。最推しとの出来事で弱りまくってしまったルナディール。元気になれるのでしょうか。

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