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舞踏会 前半

「行ってらっしゃい、ルナディール、アリステラ」

 お父さんとお母さんに見送られながら、私は馬車に乗り込みお城へ向かう。これから舞踏会だ。今までの努力の成果が報われる日。


「緊張しているのか、ルナディール」

 正面に座る義兄が、心配そうに聞いてくる。

「ええ、まあ。ですがわたくし、今日のためにたくさんお稽古をしましたもの。完璧なご令嬢を演じてみせますので、楽しみにしていてくださいませ」

 内心では不安の方が大きかったけれど、優しい義兄には心配をかけたくない。私は拳をキュッと握って、義兄に微笑む。

 すると、何故か義兄は私の手をそっと握り、

「大丈夫だ。ルナディールが頑張ってきたことは俺も知っている。多少ミスしても俺がカバーするから、もっと気を楽に待て」

 と優しく笑いかける。

 その笑顔に、ドクンと心臓が跳ねる。握られた手が熱い。

「あ、ありがとうございます……」

 義兄から視線を逸らし、景色を見る。

 そよそよと入ってくる風で火照った身体を冷やしながら、私は心の中で悶えた。


 お義兄さま!さっきのは反則です!これから大切な舞踏会だと言うのに、頭の中が真っ白になりそうです!お義兄さまはもっと自覚してくださいませ!自分がとてもイケメンだということを!

 うう……まだ手が熱い。こういう不意打ちは本当に良くない。最近は義兄と一緒に行動することも多くなってきたから、不意打ちのキラースマイルには耐性がついてきたのに……。

 私は、舞踏会前から推しにやられそうになり、少し心配になった。舞踏会はもっとたくさんの貴族がいるし、推しキャラなんばーツーとなんばースリーがいる。つまり推しが三人だ。それに耐えなければならない。

 私はスウッと息を吸い込んで、気持ちを入れ直す。推しに負けないぞ!そう意気込んで、お城に着くのを待っていた。


 舞踏会。私は義兄のエスコートを受けながら、会場入りした。

 ぐるっと見回すと、会場いっぱいに人、人、人。あまりにも多すぎる人に、少し眩暈がした。お茶会の時よりも多いんですけど……。

 顔が引き攣りそうになるのを堪え、私は挨拶に来た貴族の対応を義兄と一緒にする。


 しばらく貴族たちを捌いていると、王子様二人が登場した。王族らしい煌びやかな衣装で、気後れしてしまいそうな雰囲気を出している。

 我が家でお茶会をしていた時よりも、とても王族って感じがする。多分、こっちが対社交界向けの正装なんだろうな。

「ロディアーナ嬢、アリステラ、今日は舞踏会に来てくれてありがとうございます」

 フォスライナが素敵な笑顔を浮かべながら、挨拶をしにくる。本当は身分が下である私たちが行かないといけないんだけどね。たくさんの貴族に囲まれて無理だったってことにしよう。


「ごきげんよう、フォスライナさま、シューベルトさま。今回は舞踏会にお招きいただきありがとうございます。思っていたよりもたくさんの方がいらっしゃるので、少々驚きましたわ」

 義兄が王子様二人に挨拶するのを待ってから、私もそう言葉を発す。

「そうですね、今回は少し張り切ってしまいましたから」

「?」

 フォスライナの言っていることがよく分からなかったので、曖昧に笑っておく。

 少し張り切ったとはどういうことだろうか。人をたくさん集めなければならないほど、何か重大発表でもあるのかな?


 私が一人首を傾げていると、フォスライナが流れるような仕草で私の前に箱を差し出す。

 それは小さな、でも綺麗に包装された、一目でプレゼントだと分かるようなものだった。

「ロディアーナ嬢、これは私からの贈り物です。どうか受け取ってくれませんか?」

 そう言って差し出されたプレゼントに、私は困惑する。こんな堂々とプレゼントを渡されて断れるわけがない。

 チラッと周りの様子を窺うと、たくさんの人が私たちに注目しているのが分かった。

 注目されるのは苦手なの〜!と、心の中で叫びながら、私はにっこりと笑顔を浮かべてそれを受け取る。

「ありがとうございます、フォスライナさま。開けてみてもよろしいでしょうか?」

「もちろんです。ロディアーナ嬢が気に入ってくれると嬉しいのですが……」


 私が丁寧にプレゼントを開けると、そこには水色の花の綺麗なブローチが入っていた。繊細なデザインで、ため息が漏れてしまいそうなほど美しかった。一目惚れだ。

 私がブローチを光に翳してみたりしていると、フォスライナは嬉しそうに笑って、

「喜んでもらえたみたいで嬉しいです。よければ、ドレスに着けてあげましょうか?」

 そう言ってくれた。

「良いんですか?」

 私が首を傾げて問うと、フォスライナはスッと私の手からブローチを取り、そっとドレスに着けてくれた。薄緑色のドレスによく合っている。

「こんなに素敵な贈り物をありがとうございます。わたくし、水色は好きな色ですのでとても嬉しいです」

 微笑みながらそう言うと、フォスライナの隣にいたシューベルトが慌てたように箱を取り出し、無造作に私の前に突き出した。さっきよりも細長い箱だ。

「ルナディール、これは俺からの贈り物だ。受け取れ」

 その言葉に驚きながらも、私はにっこりと笑って受け取る。

 まさかシューベルトからも贈り物をもらえるなんて思わなかった。一体何が入っているんだろう。

「ありがとうございます、シューベルトさま。開けてみてもよろしいでしょうか?」

「もちろんだ。喜んでくれると、その、嬉しい」


 私が丁寧に箱を開けると、そこには水色の万年筆が入っていた。ぽつぽつと桜が散りばめられていて、とても可愛らしいものだった。

 水色とピンクのコラボは最強だ。これを創った人はセンスがいい。桜が多すぎても少なすぎても、微妙な感じになっちゃいそうなのに、これは丁度良い塩梅で、一目で気に入った。

「素敵な贈り物をありがとうございます、シューベルトさま。これ、どこで買ったのですか?フォスライナさまのもそうですけれど、とてもセンスが良くて、わたくし一目惚れいたしました。是非お店を紹介してくださいませ」

 そう頼むと、フォスライナはにっこりと微笑みながら、驚くようなことを言った。

「そのブローチは、私がデザインしたものなんです。ですから、世界でたった一つしかありません」

「お、俺のも特注だぞ!せっかく俺がデザインを考えたんだ、大切に使えよ!」

 シューベルトも対抗するように言い張る。

「え、これ、お二人がそれぞれデザインされたのですか……?」


 驚きすぎて声が出ない。この王子様たちは芸術性もあったのか。こんな素敵な物をデザインできるだなんて尊敬する。私には絶対無理だ。

「ええ、デザインを考えて、ブライダン商店というところに依頼して造ってもらいました」

「ブライダン商店って、トールのところですか!」

 私はそこでトールの、お城に納品してきたという言葉を思い出した。もしかして、あの時納品した物ってこれだったのかな。

「ロディアーナ嬢はブライダン商店を知っているのですか?」

 驚いてに尋ねるフォスライナに、私はこくりと頷く。

「ええ。あそこのオーナーにはお世話になりましたの。とても優しい方ですわよね」

 そこで私は、ああ、と思い付く。

「三日後にまたブライダン商店へ行くから、ブローチと万年筆のお礼も言わないと……」

「ロディアーナ嬢はブライダン商店へ行くのですか?呼び寄せるのではなく?」

 また驚いて聞き返すフォスライナに、もしかして声に出てたかなと冷や汗をかく。

「え、ええ。あちらにも予定があるでしょうから、こちらから尋ねるのは当たり前です。それに、下町って結構面白い物もたくさんあるんですよ」

「……お前って変なやつだな」


 何故かシューベルトに変なやつ認定された。でも、やっぱり貴族は商人を呼び寄せるのが普通みたいだ。

 私も、またブライダン商店へ行くと言ったら、呼び寄せれば良いでしょうと一度却下されたことを思い出した。それでもなんとか食い下がって、アリステラと一緒なら良いと許可をもらったのだ。

 巻き込んでしまった義兄には申し訳ないけれど、私に対する親の信頼度は低いので仕方がない。

「それでしたら三日後、私も一緒に行っても良いでしょうか?」

「はい!?」


 思いがけない発言に素っ頓狂な声が出る。

 王子様が下町に?いやいやそれ、お忍びになんなくない?というか私がトールにお金を借りたことがバレる!

 お母さんの反応をみても、貴族が平民からお金を借りるなんてあり得ないことなんだろう。それが王族にバレるのはどうか。今度こそ絶対お母さんに下町禁止令を下される。

「ルナディール、俺も行くぞ!面白そうだからな」

「はい!?」

 いやいや意味が分からない!どうしてシューベルトも悪ノリしちゃうの?おかしい、そんなに嬉々として言うこと?下町に行くのはやっぱり普通のことなの?


 私が混乱していると、

「すみませんが、私たちはお忍びで下町へ行くのです。身分がバレるのは避けたいので、王族であるお二人は遠慮していただけませんか」

 と義兄が助っ人として入ってくれた。

 私は感謝の眼差しを義兄に送る。頑張れ、お義兄さま!

「でしたら、私たちもお忍びとして行きますよ。変装をすれば良いのでしょう?」

「変装か、面白そうだな」

 しかし、王子様二人は全然引かない。

 二人が変装しても、そのイケメンオーラは隠しきれないと思うんだけどな……。

 それからしばらく義兄と私VS王子様二人の攻防が繰り広げられたが、結局フォスライナに丸め込まれ、私たち四人で下町へ行くことになってしまった。

 王子様二人がいるのなら、メルアとお話することもできないかもしれない。というか、トールに借りをいっぱい作ったことをバレずに、借りを返すことができるだろうか。これは義兄と協力しなければ。


 私がうんうんと唸っていると、ふと視線の隅で何かが動いた。私はバッと顔を上げ、きょろきょろと辺りを見回す。

 急に忙しなくなった私に、義兄と王子様二人は怪訝な顔をする。

 でも、私の何かが訴えかけているのだ。ここにはいると、何かがいると。


 目を凝らして辺りをゆっくりと見回す。そして、見つけた。とある人物を。

 会場の端の方に、私の最推しがいた。壁にもたれかかって、ぼーっと会場内を見ている。私はその姿を見て、バクバクと心臓が鳴りだす。

 ……いた、最推しが。リューク・フォルテラーナが、今、同じ空間にいる。

「と、尊い……」

 私はボソリと呟きながら、よろよろとリュークの方に歩いていく。


 亜麻色の髪。真っ黒な瞳。無気力な表情。スラッとした高身長。たくさん人がいるのに、群れずに一人でいる孤高の一匹狼。

 私の最推し。リュークさま。少しでも良い。少しでも良いから、彼の視界に入りたい。叶うのならば、一言でも良いからお話がしたい。

 ふらふらと最推しに向かって歩いていると、バチッと彼と目が合った。じっと、お互いに見つめ合う。一瞬だったけれど、それが私には、永遠のようにとても長く感じた。

 とても嬉しくて、心の中がポカポカと温かくなっていく。自然と頬が緩む。リュークさま、と、声をかけようと手を伸ばす。


 しかし、私の声は届かなかった。横から急に現れたヴェールを被った人と思いっきりぶつかってしまい、私は尻餅をついてしまう。

「わっ」

「ルナディール!」

 後ろからトタトタと義兄たちが駆け寄ってくる。

「大丈夫か?」

 差し出された義兄の手を握り、ゆっくりと立ち上がる。

「はい、大丈夫です」

 私はパッパッとお尻を払い、ぶつかったヴェールの人にごめんなさいと謝る。

 すると、ヴェールの人は萎縮したのか、何も話さないままただじっと突っ立っている。


 ヴェールを被っているせいで、顔がよく見えない。男の人か女の人か分からないけれど、灰色の美しく長い髪が印象的だった。サラサラとしていて、まるで澄んだ川のようだ。

 私がヴェールの人を観察していると、周りにいる貴族たちがひそひそと何か話し出した。なんだろうと思って耳を傾けると、

「あれって、リヴィーラ・シルヴェストよね?」

「あれが……初めてみたわ」

「舞踏会でヴェールなんて非常識じゃない?」

「しょうがないわよ、人に見せられないほど醜い顔だってシルヴェスト婦人がおっしゃっていたもの」

「そういえば、婦人がどうしてあんな子を産んでしまったのかって嘆いていたわよ」

「魔法もろくに使えず、勉学もできず、社交術もままならないって言っていたわ。それなのに見た目も悪いなんて可哀想。生涯孤独なのではなくて?」

「それに、よく嘘もつくらしいわ。あまり関わらない方が身のためよ」


 そんな感じのことを、くすくすと笑いながら言っていた。なんて感じの悪い人たちなんだろう。

 あまりの言い草に少し顔を顰めていると、目の前に立っていたヴェールの人は、そそくさとその場から立ち去った。

 人を掻き分けるように退散する様子を、周りの貴族は静かに笑い合い、どんどんこの場から離れていく。


 周りに誰もいなくなり、取り残された私たちに、なんともいえない暗い空気が漂い始める。

「……それでルナディール、急にふらふらとどこへ行くつもりだったんだ?」

 その空気を断ち切るように話しだした義兄の言葉にハッとする。慌てて先程リュークがいた場所を見てみるが、もうそこには彼の姿はなかった。

 きっとさっきの騒ぎでどこかへ行ってしまったのだろう。私はガックリと項垂れる。せっかく会えたのにお話できなかった。

「……とても会いたかった人を見つけたのです。それで、叶うならばお話をと思ったのですが、先程の騒ぎで見失ってしまいました……」

「……そうか」

 義兄がポンポンと肩を叩いて励ましてくれる。

「まだまだ時間がありますから、きっとまた会えますよ」

「こんな大人数の中から探し出すのは大変だけどな」

 フォスライナとシューベルトの言葉に、そうだよねと頷く。


 舞踏会が終わるまでまだ時間はある。彼がここにいることだけは分かったのだ。会場は広くて人数も多いけれど、まだ見つけられる可能性はある。

 グッと顔を上げると、義兄とバッチリ目が合った。

「必要なら、私も人探しを手伝おう」

 そう優しく言ってくれた義兄ににこりと微笑む。

「ありがとうございます」

 義兄もふんわりと優しく笑い、しばらく見つめ合っていると、フォスライナがぐっと割って入る。

「ロディアーナ嬢、私も人探しを手伝いますよ。この場にいる人の大半は知っている人ですから」

「俺も手伝うぞ」

 王子様二人もそう言ってくれる。


 それにしても、大半が知り合いってやっぱり王族の顔は広いな。やっぱりお忍びとか無理なのではないだろうか。

「ありがとうございます」

 私は二人にもお礼を述べる。

 せっかく自ら手伝うと言ってくれたのだから、ここは大人しく頼んでみよう。使えるものはどんどん使うのだ。遠慮はしない。

「それでは、リューク・フォルテラーナさまをお見かけしたら教えてくださると嬉しいです。亜麻色の髪で、黒い瞳の高身長イケメンですわ」

 名前と特徴を教えて頼むと、三人揃って動きが止まった。目を見開き、固まってしまった三人に私は首を傾げる。

「どうかなさいました……?」

 私が尋ねると、三人はハッとしてぎこちない笑みを浮かべる。

「いや、ルナディールの探し人が男の人だとは思わなかったから驚いただけだ。リューク・フォルテラーナだな、見かけたら教えよう」

「リューク・フォルテラーナですね。私も見かけたら教えます」

「誰か知らんが、亜麻色の髪に黒い眼の高身長だな」

「はい、その通りです。みなさん、ありがとうございます」

 私がにっこり笑いながらお礼を言うと、フォスライナは微妙な顔をして、躊躇いがちに聞いてきた。

「……あの、どうしてルナディール嬢が彼を探しているのか、聞いてもいいでしょうか?」

 私はその言葉に少し困る。


 どうしてって言われても、それは彼が最推しで、ずっと会いたかった人だからだ。同じ空間に推しがいると分かっているのに、探さないファンがいるだろうか。

「ええと……言うのが難しいのですが、そうですね……。ずっと会いたかったから?一目でも良いから会いたくて、可能ならばお話したり触れたいと思ったから?」

 そして、推しであり私の大好きな存在だから。


 私がそう答えると、三人の顔は引き攣った。どうしたんだろう。何かいけないことを言っただろうか。

 少し不思議に思っていると、ハッと気がついた。三人は私が前世の記憶持ちだってしらないし、彼が私の最推しだってしらない。

 今の私と彼は、何も接点が無いのだ。それなのに、触れたいだとか変態チックなことを言ったから引かれたのかもしれない。こいつは危険人物だと認識されたかもしれない。

 うわあやってしまった!せっかく今まで好感度をなるべく下げないように、嫌われないように気を付けていたのに、全部台無しだ!一気に嫌われたかもしれない。

 好感度って上げるのは大変なのに、下がるのは一瞬なんだよね。これは殺されるかもしれない!


 微妙な空気になったのを振り払うべく、私はぶんぶんと手を振る。

「違うのです、勘違いしないでくださいませ!わたくしはただ彼とお話してみたいだけなのです!ええと、その……お、お友達。そう、お友達になりたいだけなのですよ!」

 私の必死さにどんどん三人の顔が固まっていく。

 あれれ、これはまた墓穴掘った感じ?さっきより空気悪くなった?何も言わない方が良かった?

 私があわあわと慌てていると、急に優雅な音楽が流れ始めた。

 驚いていると、ホールの中心の方で何人かの男女ペアが踊っている姿が目に入った。

 どうやら、ダンスの時間になったみたいだ。私はダンスが始まったのにホッと胸を撫で下ろし、悪い空気を払拭してくれた演奏家さんたちに拍手する。


 ありがとう演奏家さん!お陰で危機は乗り越えられた!

 私が視線を踊っている人たちから義兄たちに戻すと、三人の顔もいつも通りに戻っていた。

前半部分の終了です。ついに最推しが登場しましたね!なにか起こりそうな予感……?次は舞踏会後半部分です。

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