お説教
ガクッと頭が落ちて、ハッとして辺りを見回すと、そこはもう私の家のすぐ近くだった。随分うとうとしていたみたいだ。私が疲れながらも一生懸命歩いてきた道だから間違うはずもない。
私は一気に覚醒し、眠気はどこかに飛んでいった。
御者にここまでで良いと伝え、馬車を降りる。さすがに家の前まで乗ってはいけない。私が宰相の娘だとバレてしまう。
それに何より、もし門の近くで誰かが待ち構えていたら、御者の人もお説教の巻き添えをくらってしまうかもしれない。犠牲は私一人で十分だ。
御者にお礼を言い、私は重たい足をむりやり動かして家へと向かう。空はもう真っ暗で、怒られることは確実だった。
これから地獄の時間が始まる。今回巻き込んでしまった門番の人や御者、トールの家族が怒られないように上手くやらなければ。恩を仇で返すことはしたくない。下町観光はとても楽しかったのだから。
恐る恐る門番の人に話しかけると、私を外に出してくれた男の人がとてもホッとした顔をした。
「お帰りが遅かったので、何かあったのではと気が気ではありませんでした。ご無事で何よりです」
「心配かけてしまってごめんなさい。……それより、ここに家族は来ましたか?」
すると、門番の人は強張った顔をして、躊躇いがちにこくりと頷いた。
「……アリステラさまがいらっしゃいました。その、とてもルナディールさまのことを心配しておいでで、睨まれた時は怖くて動けませんでした」
おおう、お義兄さまに睨まれるとか怖すぎる。どうしよう家に入った途端義兄の怒声が響いたら。想像できないから怖すぎる。泣いちゃうかもしれない。
「……巻き込んでしまってごめんなさい。後で必ずお礼の品を持ってくるわ」
そう約束して家に入ろうとすると、待ってくださいと引き止められた。なんだろうと思って振り返ると、とても言いにくそうに男の人が口を開く。
「私よりも、ケルビンにお礼をしてはいただけませんか?彼、あれからすぐに見つかって、色々な方に問い詰められていましたから……」
ケルビン……ってもしかして、身代わりを頼んだ人か。色々なってことは、家族やラーニャとかに問い詰められたんだろうな。……それは悪いことをしてしまった。
「分かりました、ではケルビンに伝えておいてください。巻き込んでしまってごめんなさい、後日お礼の品を必ず持っていきます、と」
それから門番の人たちと別れ、家までの長い距離を歩く。敷地が広いから、門を過ぎても本館には程遠いのだ。
その間、私はどうやって謝ろうか考える。思ったよりバレるのが早かったみたいだ。つまり、その分怒りも増しているに違いない。
どうしよう、帰るのが怖くなってきた。
真っ暗で、シンと静まった道をのそりのそりとゆっくり歩く。手に持っている紙袋が擦れる音しか聞こえない。
しばらく歩いていると、我が家が見えてきた。地獄の時間が迫ってきている。家に近付けは近付くほど、自分の心臓はバクバクと鼓動が速くなっていく。
扉の前まで来ると、私はスウッと大きく息を吸った。気合いを入れないと、これから始まる戦闘に負けてしまう。
「よしっ」
私は一つ声を出して、扉をバーンと開けた。
「お嬢様!」
私が家の中に入ると、一番最初にラーニャが駆け寄ってきた。
「お嬢様、ご無事ですか?とても心配したのですよ?どうして家出なんてなさったのですか!」
私に怪我がないか確認しながら、ラーニャは私に怒った。その目には涙が浮かんでいる。
……どうやら思っていたよりものすごい心配をかけてしまっていたようだ。
「……ごめんなさい」
罪悪感でシュンとなっていると、ラーニャはふるふると首を振って、私が持っている紙袋を持つ。
「いいえ、お嬢様が無事なら良いのです。それより、この紙袋をお嬢様のお部屋に運んでおきますね。みなさま、応接室でお待ちですよ。どうぞ怒られてきてくださいませ」
にっこりと笑ってラーニャがそそくさと立ち去る。どうやら家族は応接室でお待ちのようだ。
それにしても、怒られてきてって笑いながら言うのはどうかと思うよ。せめて頑張ってくださいにして欲しい。
私は緊張しながら応接室に向かい、恐る恐る扉を開けた。するとそこには、ものすごい不穏な空気が満ちていた。ピリピリとしていて、今すぐにでも爆発しそうだ。
私と目が合うと、アリステラとお父さんはソファからバッと立ち上がり、
「ルナディール!心配したんだよ。どこか怪我してないかい?変な人に絡まれなかったかい?一体今までどこに行っていたんだい?」
「心配したんだぞ、ルナディール」
そう言って、二人とも私が怪我していないか確認する。その動作が全くラーニャと一緒で笑いそうになった。もちろん笑わないけど。笑ったら恐ろしいことになりそうだから。
「ご心配をおかけして、申し訳ありませんでした」
怪我の確認が終わって、ひとまずホッとしたらしいお父さんと義兄にペコリと頭を下げる。すると、お母さんがとても冷たい声で、
「ルナディール、謝るのは後でいいからまずはここに座りなさい」
とピシャリと言い放った。その言葉にビクッと身体が跳ねる。今まで聞いたことがないその声に、お母さんは本気で怒っているのだと青ざめる。これは処刑ものかもしれない。
私は顔を強張らせながらお母さんの前に座る。私の身体とは正反対に、ソファはふかふかだった。
そして、お父さんがお母さんの隣に、義兄が私の隣に座る。私は恐る恐るお母さんの顔を窺うと、お母さんは見事に作り笑いをしていた。ドス黒いオーラが目に見えるようで、すぐにここから逃げ出したい衝動に駆られる。
「……さて、ルナディール。一体今までどこに行っていたのか、そしてどうして家出をしようと思ったのかを話してください」
にっこりと笑っているけれど、全然目が笑っていない。目が怒っている。
お母さんから目を逸らさないように、自分に喝を入れながら口を開く。
「し、下町に行っていました」
私の言葉に、その場の空気が一瞬で凍る。
「ほう、それはあなたの家出を手伝った人がいる、ということね?門番の人だけではなく、御者にも協力者がいたなんて信じられませんわ」
お母さんの圧がすごい。私は冷や汗をかきながらもなんとか真実を伝える。
「い、いえ。御者の協力者はいません。徒歩で下町へ行こうと思っていましたから」
「徒歩だと……本気かルナディール。下町に徒歩で行けるわけがない」
義兄が横から口を挟む。
それはそうだ。徒歩では行けるわけがない。私の考えが甘かったと気付かされた良い思い出だ。
「はい、わたくしの考えが甘かったとすぐに気付きました。歩いても歩いても貴族街を抜けられず、どうしようかと途方に暮れましたもの」
私は義兄の方を見て答える。義兄の目には怒りがなく、ただ心配していることが伝わってきたので、スルッと答えられた。
「それじゃあルナディールは、今までずっと彷徨い歩いていたのかい?」
心配そうな顔をした父の問いに、今度は父の方を見て答える。
「いえ、途中馬車が通りかかりましたので、お願いして下町まで送って貰いました。急に乗り込んだにも関わらず、嫌な顔一つしないで真摯に対応してくださったので、その人にはとても感謝しています」
ちゃんとトールを褒めながら、下町へどうやって行ったのか説明する。
「その人は貴族なのでしょう?後でお礼をしなくてはなりません。もちろんお名前も聞いているのでしょうね?」
お母さんの眼差しに、うっと言葉が詰まる。
トールは平民だ。平民の馬車に乗り、送ってもらうだけじゃなく、お金を借りたり帰りの馬車の手配をしてもらったりと世話をかけまくった。トールに借りをいっぱい作ってしまったのだ。
私は恐る恐る答える。
「お城に商品を納品した帰りだという、ブライダン商店のトールという人に色々お世話になりました」
また空気がピシッと張り詰める。
「つまり、平民に借りを作ったということですか?」
お母さんの目が鋭く光る。
私がコクリと頷くと、しばらく沈黙が続いた。みんな、それぞれ何かを考えているようで、空気が重い。
しかし、トールの家族のためにも、ここはトールたちにお世話になったことや、恩返しをしなければならないことを伝えなければなるまい。もし私が外出禁止になっても、お礼はしに行かなければならないのだ、私が。
私はしっかりとお母さんの目を見て伝える。
「トールの家族には、とてもお世話になったのです。トールがいなければ下町には行けませんでしたし、無事に帰ってくることもできませんでした。彼は、帰りの馬車まで手配してくれたのです。それに、私が下町を見学したいと言えば、お金を持っていない私に服を提供してくれたりしました。また、トールたち家族との交流の中で、平民と貴族の違いや、簡単に超えることのできない高い壁があることに気付かされました。わたくしは今回、たくさんのことをトールたちのお陰で学べたのです」
そこで一つ大きく息を吸って、一番大事なことを言う。
「ですのでわたくしは、トールたちに借りを返さなければなりませんし、お礼をしなければならないのです。馬車代、食糧代、服代を返し、ブライダン商店でお買い物をしなければなりません」
全てを言い切った私は、ふうと小さくため息をつく。とりあえず、言いたいことは言った。あとはみんなの反応次第だ。
「平民にわざわざお礼をする必要がありますか?そのトールという家族からたくさんのことを学んだみたいですけれど、超えられない高い壁が存在するのだと気付いたのなら、もう関わらないのが一番でしょう?」
静かに私を見据えるお母さんの目は、私がこれにどう答えるのかを見極めているようにも感じた。ここで返答を間違ったら、取り返しのつかないことになりそうで、少し怖くなる。
でも、私の答えは一つだ。変わることなんてない。
「お世話になった人にお礼をすることは、人として当然です。相手が平民でも貴族でも、動物でも、それは変わらないと思います。それに、今回わたくしは思ったのです。平民と貴族の間にある、超えられない壁を壊したいと。同じ人間なのに、貴族と平民で扱いが違うなんておかしいとは思いませんか?……壁を完璧に壊すことなんてできないとは分かっています。それでも、少しでも貴族と平民が仲良くなれるようにしたいとわたくしは思いました」
これは夢物語かもしれない。この言葉を聞いたら、なんておめでたいやつなんだと笑われるかもしれない。それでもやっぱり、思うのだ。平民と貴族が手を取り合って生きていける時代が来て欲しいと。貴族の我儘で殺される人々を少なくしたいと。
「そんなことが叶うと思っているのですか?貴族と平民は違います。その壁を壊す算段をあなたは持っているのですか?」
キラリと鋭く目を光らせてお母さんは尋ねる。
壁を壊す算段。そんなの分からない。というか、平民と貴族が仲良くできる世界を作るなんて大層なこと、私にできるだなんて思っていない。私は神ではない。ただの人間なのだから、できるわけがない。
「そんな大層なこと、わたくしにできるとは思っていません。わたくしは何の力も持たない、ただの人間ですもの。……ですが、平民に寄り添うことはできます。理解することはできます。これから下町のことを知っていけば、平民の中での貴族のイメージや、貴族の中での平民のイメージを少し変えることはできると思います。そんな些細なことしかできませんが、わたくしは、その些細なことに全力を尽くしたいと思っています」
真っ直ぐお母さんの目を見て答えると、しばらく黙っていたお母さんが、ふっと柔らかく笑った。
「……分かりました。あなたなりにきちんと考えているのなら良いのです」
「それじゃあ……」
お咎めなし!?そう喜ぼうとした瞬間。
「しかし、家出をしたことは許しません。いくら舞踏会の準備が大変だからって逃げ出すようでは、魔法研究所へは行かせませんよ」
ピシャリとそう告げた。なんと!魔法研究所へ行けなくなる!?私は慌ててふるふると首を振る。
「お母さま違うのです、家出をしようなどとは思っていません!ただ花壇のお手入れが終わり、残りの自由時間をどう過ごそうかと思った時に、下町に行ったら面白そうだと思い付いただけなのです。決して計画して家出をしたわけではございません!そもそも計画をしていたら、馬車を用意したりお金を準備したりともっと上手くやれたはずですわ!ですのでお母さま、どうか魔法研究所へ行くのを禁止しないでくださいませ!」
そう勢い込んで言った私に、アリステラがボソッと呟く。
「そういえば、雑草が綺麗になくなっていたな……」
その言葉にバッと振り返り、私は笑顔で答える。
「そうでしょう、わたくしは頑張ったのです!いかにして効率良く雑草を抜くか、とても考えたのですよ」
すると今度はお父さんがにっこりと微笑んで言う。
「だったら、その効率の良い方法を教えてくれないかな。実は、短時間であんなにいっぱいあった雑草が無くなったものだから、庭師が驚いていたんだよ。是非やり方を教えて欲しいと言われてね」
その言葉にハッと固まる。
そういえば、あの後すぐに身代わりが捕まったのなら、私はあの短時間で広範囲に渡る雑草を抜いたことになるのだ。プロでもきっと再現できない速さだ。だってあれは、ダークンヴェルダーによる活躍なのだから。
でも、人前であの魔剣を使ったら大変なことになる。あれはあらゆるものを消滅させてしまうものなのだ。存在自体が危険すぎる。
それが広まれば、私は危険人物としてマークされ、殺されてしまうかもしれない。そんなオチは嫌だ。まだ最推しにも会っていないのに死ぬわけにはいかない。
私は精一杯の笑顔で、
「それは企業秘密ですわ、お父さま。編み出すのに苦労したのですもの。その庭師さんにも、どうぞご自分で考えてくださいと伝えてくださいな」
と伝える。
それから和やかな雰囲気になり、お母さんの、
「しばらくルナディールは外出禁止、舞踏会までみっちりと準備をして、完璧なご令嬢として振る舞ってくださいね」
という言葉でその場は解散となった。
それから私は自室に戻り、トール宛てに、諸事情によりブライダン商店へ行けるのは舞踏会後となりました、と手紙を書いた。
次の日、我が家の御者さんに頼んでブライダン商店に届けてもらうのだ。お金は万が一のことも考えて、私が直接渡すことに決めた。だから、返せるのはまだもうちょっとかかりそうだ。
舞踏会はまだまだ先だ。長いけれど、メルアの笑顔を思い浮かべて準備を乗り切ろうと意気込むのだった。
平民と貴族の間に立つ高い壁をぶち壊したいと言ったルナディール。本当にそんなことはできるのでしょうか?頑張れ、ルナディール!次はルナディールのお母さん目線です。




