下町観光
ブライダン商店を後にした私は、とりあえず適当にその辺を歩いてみることにする。
ガヤガヤと賑やかな通りが新鮮だ。前世、有名な観光地に遊びに行った時ぐらいの賑やかさだ。
私はあまり人混みが好きではなかったけれど、たまにはこういうのも良いかもしれない。昔に戻った気がして懐かしくなる。
通りを歩いていると、本屋さんが目に入った。前世では本屋さん巡りをよくしていたので、その時のくせでふらふらと中に入る。
中に入ると、そこには所狭しと本が並んでいた。部屋いっぱいに本棚が置いてあり、上から下まで本でびっちりだ。
私はわくわくしながら本を眺める。小説や図鑑、魔術書など色んな種類の本がある。
パラパラと小説をめくってみると、恋愛ものが多かった。学校やスポーツが存在しないので、青春ものやスポーツものは無い。どちらかというと、ミステリーやサスペンス、復讐ものなど怖い系の小説が多そうだ。……買うなら恋愛小説かな。
魔術書も試しにめくってみると、そこには家にあるような難しいものではなく、割と初歩的な簡単なものが多かった。たまに見たこともないような記述があったりして、つい欲しくなってしまう。今度来た時にあったら買おう。
ぐるっと店内を回っていると、隅の方にひっそりと収められているボロボロの本が目に止まった。
私は破らないよう、丁寧に取り出してパラパラと見てみると、それは魔術書だと気が付いた。ところどころ消えてる部分もあるけれど、魔法陣っぽいものが描かれている。
……これ、欲しい。長年放置されていたのだろうボロボロの魔術書。なんか唆られる。ファンタジーっぽい!
でも、私は今お金を持っていないから買えない。私は残念に思いながらも、取り置きしてもらえないか店員さんと交渉することにした。
カウンターに座っているおじいさんに、私は笑顔で話しかける。笑顔で印象アップだ。
「すみません、この本なんですけど、取り置きってできますか?」
私がボロボロの魔術書を見せると、おじいさんは顎に手を当ててゆっくりと答えた。
「ああ、そのボロボロの本か。内容もよく分からないし見えない部分もあるから、処分しようと思っていたんだよ」
「えっ、捨てちゃうんですか!?」
こんな面白そうなものを!?歴史ありそうなものを!?も、もったいない!
私が驚いて大きな声を出すと、おじいさんは少し考えた後、またゆっくりと答えた。
「……そんなに欲しいのならあげるよ。処分するよりその本を欲しいと言っているお嬢ちゃんが持っていた方が良いだろう」
「えっ、でも私今お金を持っていなくて……」
「お金は要らんよ。ボロボロの本なのにお金を取るわけにはいかないからな」
そんな風に言ってくれるおじいさんに感動する。なんて優しいおじいさんなんだろう……!!ここはラッキーと思ってありがたく貰っておこう。
私は満面の笑みを浮かべる。
「ありがとうございます!今度お店に来たら、いっぱい本を買いますね」
おじいさんも嬉しそうに笑って、
「楽しみに待ってるよ」
と言ってくれる。
私はボロボロの魔術書を大切に抱えて本屋さんを出ると、ふわふわと美味しい匂いが漂ってきた。その匂いに釣られるまま、私はお菓子屋さんに入る。
中に入ると、温かい匂いに包まれる。クッキー、パウンドケーキ、マフィン……ああ、お腹が空く。
私がじぃ〜っと食い入るように見つめていると、カウンターにいるおばさんが笑って話しかけてきた。
「お嬢ちゃん、お腹が空いているのかい?」
私は恥ずかしくて顔を赤くする。これじゃあ食いしん坊だと思われてしまう。
「いえ、その、美味しそうだなって思って……。でも今お金を持っていないので、また今度来た時に買いますね」
私がそう言うと、おばさんはあははと笑って、クッキーが入った籠をぐいっと差し出す。
「ちょっと味見していくかい?美味しかったら、お金を持っている時に大量に買っていっておくれ」
なんて優しいおばさんだろう!本屋さんのおじいさんといい、下町は優しい人がいっぱいだ。
私はにっこりとお礼を言いながら、クッキーを口に入れる。すると、サクッとしてフワッと温かく優しい味が口いっぱいに広がった。美味しくて顔がにやけてしまう。……ああ、幸せ〜〜。
手が止まらずホイホイと口に入れていると、おばさんが、
「気に入ってくれたようで嬉しいよ」
と優しく笑ってくれた。
私はハッとして、食べる手を止める。味見なのに籠の中身を空にしてしまうところだった。
私はあははと笑って誤魔化しながら、次来た時にたくさん買う約束をしてお店を出る。
それからパン屋さんや服屋さん、髪飾り屋さんや武器屋さんなど色々なところを回った。それらのどの店員さんも優しくて、温かくて、私は一気に下町が大好きになった。
色々回って疲れてきたので、私は近くの広場のベンチで休むことにした。しばらく賑やかな人通りを見ていると、空がオレンジ色に染まりかけているのに気が付いた。
もうそろそろブライダン商店に戻って馬車に乗らないと、帰りが遅くなってしまう。というか、帰ったらもう空が暗いかもしれない。そうなったら怒られるだろうな。
……どうしよう、家族みんなが仁王立ちして私の帰りを待っていたら。お説教だけじゃ済まない気がする。
本当だったら今頃もう帰っているつもりだったのだ。でも、あまりにも下町が楽しくて、そして一人で自由に動けるのが嬉しくて、つい回りすぎてしまった。
トールも心配しているかもしれないし、もうそろそろ戻るか。
私がゆっくりと立ち上がろうとしたら、どこからやって来たのか数人のガタイの良い男たちに囲まれていた。みんな凶悪そうな顔をしている。
「おいおい、お金持ちの嬢ちゃんがこんなところで一人何やってるんだ?もう暗くなるぜ?」
「へへっ、痛いことされたくなきゃ俺たちに持ってる金全部出すんだな!」
……ああ、下町ってやっぱりこういう人もいるんだね。優しい人ばっかりじゃなかった。
「……私、今お金を持っていないの」
そう正直に答えたのに、男たちには理解できなかったみたいだ。みんな揃って、
「そんなわけあるか!」「嘘をつくもんじゃないぜ」「大人しく金を出しな!」
と、やいのやいのと騒ぎ出した。
うるさいなぁ、もう少し静かにできないのかな。
そう思っていると、一人の男が私から魔法書を奪った。
「おいおい、お金持ちの嬢ちゃんがこんなボロボロの本持ってるぜ?」
「マジかよ!もしかしてお金がないのも本当なのか?まともな本を買う財力もありませんってな」
「なのに見た目だけ一流のお金持ちとか見栄張りすぎだろ」
ギャハハと笑う男たちにカチンとくる。私は勢いよく立ち上がって男たちを睨みつける。
「その本返してよ!大切なものなんだから」
すると男たちはニヤリと笑って、魔術書をぞんざいに扱い始めた。仲間同士で投げ合ったりしている。
本を雑に扱う人、大っ嫌い!私は完全に頭に来て、魔法で攻撃してやろうと構える。
すると、いきなり手を掴まれて羽交い締めにされた。いつの間にか後ろに人がいたようだ。ベンチがあるから背後には回り込めないと油断していた。
「まあ金がなくても可愛い顔してっからな。存分に可愛がってやるよ」
ニヤリと気持ちの悪い笑みを浮かべて近付いてくる男に、風魔法を放とうとした時。
「ぐはっ」「うぐっ」「ぶはぁっ」
急に男たちがバタバタと倒れ始めた。なんだなんだと思っていたら、目の前の男もドサっと地面に崩れ落ちる。その光景に呆然としていると、羽交い締めにされていた男もいつの間にか倒れていて、私は自由になっていた。
「大丈夫か?こんなとこに一人でいると、また絡まれるよ」
声のした方を振り向くと、そこにはショートカットの女の子が立っていた。年下だろうか。茶色の髪と瞳が印象的な、スラッとしていてスタイルが良いボーイッシュな女の子。
「はい。これ、あんたのだろ?」
そう言って、スッと奪われていた魔術書を渡してくれた。
「あ、ありがとう」
「気にするなって。で?あんた名前は?ボクはサリーっていうんだ。一人じゃ危ないから家まで送ってってやるよ」
そうにかっと笑った彼女は、いかにもスポーツ少女って感じの子だ。サッカーとかやってそう。
そして、まさかのボクっ娘!こっちの世界にもいたんだ。
私はサリーに本名を名乗るか迷った。この子の服装はボロボロで、きっと下町の中でも貧しい方のところに住んでいる。そういう人の命は軽んじられることが多いのだ。少し心苦しいけれど、本名は伝えないでおこう。
そうはいっても、名前なんて咄嗟に思い付くものではない。ここで名乗るのが遅くなれば怪しまれてしまうので、しょうがないからルナと名乗ることにした。
「私はルナ。サリーは強いのね、本当に助かったわ」
私だったら魔法使って周囲をもっと混乱させてしまったかもしれない。周りに一般人がいっぱいいるのをすっかり忘れていたのだ。
サリーは私の言葉に軽く笑う。
「まあ生きるのに強いことは必須だからな。それよりこんな時間に一人でいるなんて何考えてるんだ?ルナは可愛いんだから、変な奴らに狙われるぞ」
「あはは、そうね。気を付けるわ」
確かにルナディールは可愛い。前世でメロメロになったのだから可愛さは十分知っている。今の私は見かけ騙しの令嬢だけどね。行動も仕草も、あのルナディールみたいに可愛くはない。毎日ご令嬢するのが精一杯だ。
「それで、どこに行くんだ?送ってくよ」
「ブライダン商店へ行きたいの」
そう言うとサリーは、ああ、と納得してニイッと笑った。
「ブライダン商店な。あそこは成功してる店だもんなー、ルナはそこの子だったのか。いいよ、行こう」
そう言って、私が人にぶつからないようさりげなくエスコートしながら歩く。そのスマートさに感心してしまう。
それでも、間違いを正さなければならないので私は慌ててサリーの言葉を否定する。
「違うよ、娘じゃない。あそこにはメルアちゃんっていう可愛い女の子がいるから。私はちょっとお世話になってるだけよ」
「へぇ〜、そうなのか。ボク、あんまりそういうのに詳しくないから、メルアっていう女の子がいるのは知らなかったよ」
サリーがふんふんと感心しながらそう言った。
サリーはあまりここに来ないのだろうか。私が今日色々回っているだけでもブライダン商店の噂をしている人はたくさんいた。割と有名な話だと思ったのだけど、違うのかもしれない。
「サリーは今日、何しにここへ?何か予定があるんじゃない?もしそうなら無理して送ってくれなくても良いわよ」
私がそう言うと、サリーはふるふると首を振ってニィッと私に笑いかけた。
「そんなの気にしなくていいよ。てか、ここで別れてルナに何かあった方が後味悪いから。ボクは弟のためにご飯を買いに来ただけだよ」
「弟がいるの?」
「そう、コリーっていうんだ。ボクの一個下なんだけど強いんだ。貧民街じゃサリー&コリーは敵無しっていわれてるんだよ」
そう嬉しそうに話すサリーを見て、サリーはコリーのことが大切なんだな〜と思った。弟想いの優しいお姉さんだ。
「コリーは今どうしてるの?」
「ああ、今は留守を頼んでる。いつ盗人が入るか分からないからな、家を守ってもらってるんだ」
なんでもないことのようにサラッとそう言った彼女にドキッとした。
平穏に今まで生きてきた私の知らない世界を、サリーは生きている。そんな場所にいるのに、心が腐らずこうやって人助けをして、コリーのことを誇らしげに語れるサリーをすごいと思った。そして、サリーの心が曇らず、このままでいて欲しいとも。
「サリーもコリーも強いのね。逞しく生きるその姿に尊敬するわ」
私がそう言ってにっこりと微笑むと、サリーは驚いた顔をして、えへっと照れて笑う。
「ありがとうな。そう言われたのは初めてだよ。ボクが貧民街出身だって分かると、町の人たちはみんな嫌な顔をするからさ。そうやって優しく笑いかけられたのは久しぶりだよ」
それから私たちは他愛もない話をして、ブライダン商店まで歩く。
「よし、着いたな。それじゃあボクはもう帰るよ、元気でな」
そう言って帰ろうとしたサリーに、私は待ってと声をかける。くるっと振り返って不思議そうな顔をしたサリーに、
「お礼をしたいから、ほんの少しだけ待っていて」
そう言って私はブライダン商店の中に入った。
従業員専用の階段を上がって、四階に行き、私はコンコンコンと扉をノックしてトールを呼ぶ。
「お帰りなさいませ。遅かったので心配していたのですよ」
そう言って出迎えてくれたトールに、私が広場で男たちに絡まれたところをサリーが助けてくれた話をして、お礼をしたいから食べ物を分けてあげても良いかと尋ねる。
人様の家の食糧を勝手に他人にあげるなんてと思われるかもしれないけれど、今の私にはあげられるものがない。次お忍びで下町に来ても、サリーと会えるかは分からない。お礼もできずに別れるだなんて非常識なことはしたくないのだ。
お借りした分は必ず返しますと必死にお願いをすると、トールは慌てて「分かりました」と返事をして食糧を用意してくれる。
私はトールの優しさに感動しながら食糧を受け取り、サリーの元へ戻る。
お店の前にはちゃんとサリーが待っていた。
「サリー、今日はありがとう。これはほんの少しだけど、お礼よ。コリーと一緒に食べて」
そう言って食糧の入った籠を渡すと、サリーは目を見開いて私をまじまじと見つめた。
「こんなにたくさんいいのか?ボク、大したことはしてないけど……」
「何を言っているのよ。あの場で私を助けてくれたのはサリーだけだったでしょう?それに、忙しいのに私をここまで送ってくれた。お礼をするのは当たり前じゃない」
私がにっこりと微笑むと、サリーは嬉しそうに笑って、籠を大事そうに抱え込んだ。
「ありがとうな、ルナ!この恩は忘れないよ」
そして、またなと言って軽快に歩き出す。私はサリーの後ろ姿に、またねと声をかけてお店の中に入った。
またサリーと会えるかは分からない。けれど、私はまた会えると良いなと心の中で願った。
四階に上がってトールを訪ねると、トールは、もう馬車の準備はできていますと言った。本当に今日は何から何までトールにお世話になってしまった。
たまたま会っただけなのに、私はもうずっと前からトールのことを知っているように思う。
「今日は本当にお世話になりました。何から何まで、たまたま出会っただけの私の願いをこんなに聞き入れてくれて感謝します。後日、必ずお礼に伺いますので今日はこれで失礼いたしますね」
最後はきちんとお礼をしてブライダン商店を後にした。ここでタメ口で感謝を伝えても、軽く受け取られてしまうと思ったのだ。やはり感謝は誠意を尽くして伝えなければならない。
タメ口じゃない私に少し戸惑った様子だったけれど、トールの家族は笑顔で見送ってくれた。
行きはトールと、帰りは一人で。
辺りはもうすっかりオレンジ色に染まり、だんだん暗くなってきていた。
周りは静かで、ガタガタと馬車の進む音しか聞こえない。
帰ったらお説教かな。こんなに遅くなるとは思わなかったんだもん。
私は心の中で今日あったことを思い浮かべてみる。そして、隣に置いてある紙袋を見る。そこには今日私がお忍びのために買った(正確にはまだお金を支払っていないけれど)服と、タダで貰った魔術書が入っている。今日の大切な思い出だ。
私は馬車の規則的なリズムにうとうとしながら、自分の家に着くのを待った。
お店って回るだけでも良い気分転換になりますよね。ルナディールもリフレッシュできたはず。でも、下町にはずっといられません。次回はお家に帰ります。お説教、あるのでしょうか。




