不思議なお貴族様
俺はトール・ブライダン、三十二歳。ブライダン商店のオーナーだ。
ブライダン商店は、雑貨から衣服、装飾品、武器、防具など幅広い商品を取り扱っている。お貴族様にもご依頼をいただけるほど儲かっている。
……まあ、他の商人がお貴族様と関わり合いになりたくないからっていう理由もあるんだけどな。
お貴族様の不興を買えば、人生なんて一瞬で終了してしまう。そんなリスクを負うより、平民に物を売ってそれなりに儲けられれば良いと考える人が多い。だから、最近はお貴族様と関わる店はブライダン商店ぐらいになってきている。
今日だって、王族に頼まれた商品の納品だった。なんでも、近々王子様が舞踏会を開くらしい。それに参加する一人の令嬢のために、第一王子がブローチをオーダーメイドされたのだ。
第一王子に納品中、第二王子がやってきて誰かにプレゼントをするのかと聞いて、ロディアーナ嬢ですと答える。それを聞いて第二王子はなぜか慌てだし、俺に向かって、俺もルナディールに贈り物をする!後で注文書を送るから舞踏会までに必ず作れ!と命令した。
……ああ、また城に来なきゃいけないのか。だいたい舞踏会とはいつなんだ?間近だったら徹夜コースになってしまう。……主にナターニャが。
服飾関係はナターニャ専門となっている。俺は雑貨や防具担当だ。
これからのことに思いを馳せながら馬車に揺られていると、急にガタンと馬車が止まった。「何事だ?」と御者に尋ねると、急に扉が開いた。バッとそちらに目を向けると、麦わら帽子を被った女性が立っていた。服装を見ても、貴族街に一人でいることを考えても、貴族のご令嬢であることは明白だった。
お互いに目を合わせ、しばらく黙っていると、ご令嬢がにっこりと微笑んで口を開く。
「初めまして。ご一緒しても良いかしら。わたくし、下町に行きたいのですが馬車が使えなくて困っていたのです」
急にそんなことを言われて頭がフリーズしてしまう。下町に行きたい?ご一緒ってことはこの馬車に乗るのか?
疑問はたくさんあったけれど、相手は貴族のご令嬢だ。平民である俺が意見できるはずもなく、俺は顔を引き攣らせながら了承する。
するとご令嬢はお礼を言いながら馬車に乗り込む。端っこに優雅に座ったことから、きっと平民とはなるべく距離を取りたいと思っているに違いないと思い、俺も端っこに身を寄せる。
それから御者に馬車を出すよう声をかけて、気の抜けない時間が始まった。
俺が気配を殺していると、ふとご令嬢が、
「ところであなたはどちら様?馬車の方向から考えると、お城からの帰りだと思われるのだけど?」
と遠回しに俺の身分を聞いてきた。
もしかして、俺を身分の低い貴族だとでも思っているのだろうか?多分そうだろう。そうでなければ、平民が乗る馬車にお貴族様が乗ろうだなんて考えない。
このご令嬢は、俺が平民だと分かったらどうするのだろうか。俺はご令嬢の顔色を窺いながら、正直に答える。
「私は下町の商人でございます。お城には、私の店の商品の納品を行って参りました」
この場で殺されるだろうか。ビクビクしながら待っていると、何故だかご令嬢はふんわりと笑った。
「ふふふ、運が良いわ。これだと予定通りに下町に行くことができる。乗せていってくれてありがとうございます、えーと……商人さん?」
最後に商人さん?と首を傾げて尋ねる仕草に、俺は名前を名乗れと言われている気がしてすかさず名乗る。
「トールと申します。ブライダン商店のトール・ブライダンです」
「トール・ブライダンね。今度お礼に、ブライダン商店で何か買わせてもらいますね」
そう言ったご令嬢に、にっこりと笑って名前を尋ねる。相手から注文を受けるのなら、相手の名前を知るのは大切なことである。
「ありがとうございます。失礼でなければ、あなたのお名前を伺ってもよろしいでしょうか」
しかし、ご令嬢は少し困った顔をして、質問に質問で返してきた。
「トールはわたくしのことを誰だと思って?下町のそこそこ裕福な平民かしら?」
もしかして、平民だと勘違いされて怒ったのだろうか。やはり平民がお貴族様に名前を尋ねるのは失礼なことだったのか。
俺は顔を強張らせながら即答する。
「いえ、身分の高いお貴族さまだと思っております。この辺りは国の最高峰の身分のお貴族さまが住んでいらっしゃる場所ですので。それに、仕草や言葉遣いから、とても平民などとは思えません」
すると、なぜかご令嬢はにこりと笑って、
「貴重な助言をありがとうございます。もっと平民らしくなるよう、言葉遣いに気を付けますわ」
とお礼を言った。それから一つ大きく息を吸って、俺に笑いかける。
「改めまして、私はルナディール。そこそこ良い身分の令嬢よ。これからお忍びで下町に行くのだけれど、それまでどうぞよろしくね」
……ルナディール?ルナディールとは、第二王子が贈り物を贈ると言っていたご令嬢の名前では?ということはつまり、このご令嬢は王族と関係のある、とても身分の高いお貴族様ではないだろうか。
これは、もし一つでも対応を間違えれば家族全員の首が飛ぶかもしれない。
そう思った俺は、「こちらこそよろしくお願いします」と恐縮しながら答えた。
すると、ルナディールさまがじっとこちらを見ていることに気が付き、もしかして知らないうちに何か怒らせてしまったのだろうか?と思い、顔を強張らせながら尋ねる。
「何かお気に触るようなことがございましたでしょうか?」
すると、驚いた顔をしたルナディールさまは慌てて否定する。
「えっ!?あ、いやそんなことないわ。ただ、こんなキッチリとした感じじゃなくて、もっとラフな格好をしたらもっとカッコよくなるんじゃないかなって思っただけよ」
その言葉に驚く。普通お貴族様はキッチリするのを好むものではないだろうか。このご令嬢は違うのだろうか?
「この格好はお貴族さまと会うためですよ。いつもはもっと動きやすい服装です」
「じゃあ、そのいつもの服装も見てみたいわ。平民がいったいどんな服を日常的に着るのか、まだ基準が分からないのよ。今私が着ている服装も、きっと豪華なのでしょう?」
優雅にワンピースを摘んで首を傾げる。
「そうですね、平民は基本動きやすさ重視の無地のワンピースなどが多いでしょうか。もちろんお金の有無によってはもう少し豪華な服を着る人もいますが、ルナディールさまが今来ていらっしゃるような服はとても目立つと思います。私が今着ている一張羅と同じ扱いになるでしょう」
俺が平民の服について説明すると、ルナディールさまはとんでもないことを言った。
「それじゃあ、これからも気兼ねなく下町にお忍びで行けるよう服を買いたいと思うのだけど、何かオススメの服屋さんはある?下町に溶け込めそうな無難なのが欲しいのだけど……」
本気だろうか。お貴族様が満足するような服が平民のお店にあるわけがない。平民とお貴族様の服はそもそも生地が違うのだ。お忍びのためだけに平民の服を着るお貴族様だなんて聞いたことがない。
「ルナディールさまが平民の服をお召しになるのですか……?その、お貴族さまにはあまり着心地が良いものはないと思うのですが……」
俺が恐る恐るそう言うと、ルナディールさまは何でもないことのようにサラッと答える。
「平民に化けるのなら平民の服を着るのが一番でしょう?それにほんの少しの間しか着ないのだから、多少着心地が悪くても問題ないわ」
そこで少し口を噤んで、申し訳なさそうに口を開く。
「あの、それで言いにくいんだけど……私、今お金を持っていないのよね。だから、貸してくれない?もちろん出せる範囲のものでいいし、贅沢は言わないわ。後でお金もちゃんと返す。……ダメ、かしら?」
お貴族様が平民にお金を借りる?本気で言っているのか?俺はわけが分からなくなりながらも、ルナディールさまのお願いを断ることはできないので、「分かりました」と返事をする。
それから下町に着くまでの間、ルナディールさまが俺に何か話しかけて、それに俺が答えるという流れで馬車の時間を過ごした。正直心臓が持たない。
相手は王族と関わりのあるご令嬢だ。そんな大層な身分の人と長時間一緒にいるのは疲れる。
相手の不興を買わないよう、気を遣いながらの会話は緊張する。お貴族様との交流が多いとはいえ、俺はお貴族様のちゃんとした礼儀を知らない。だから、知らないうちに失礼な言動や態度をしてしまっているのではないかと気が気ではない。
途中、もっと楽にしても良いのよとルナディールさまに言われたが、そんなことできるわけがない。こちとら家族の命がかかっているのだ。
けれど、俺を気遣ってくれる分、ルナディールさまは優しいお貴族様なのだろうと思った。
「もうすぐ貴族街を抜けますよ」
そう声をかけて、俺は先にブライダン商店へ向かっても良いか尋ねる。するとルナディールさまは快く承諾してくれた。
「ええ、もちろん」
それから興味津々に街の風景を見始めたので、俺はホッと息をつく。これでしばらくは声をかけられないだろう。
「ブライダン商店に着きました」
先に馬車を降りてルナディールさまに声をかけると、ルナディールさまは優雅に馬車から降りて店内に入る。物珍しそうにくるっと店内を見回したあと、商品を物色し始める。
「ここは雑貨屋さん?」
尋ねられるとは思っていなかったので、俺はルナディールさまの方を見てその質問に答える。
「いえ、一階は雑貨屋となっておりますが、二階では装飾品や衣服を、三階では武器や防具などを取り扱っています」
それから俺が、着替えるために四階に行きたいのですがと言うと、ルナディールさまはここで雑貨を見ていると返事をする。なので俺はルナディールさまを残して、従業員専用の階段を上がって四階に行った。
バタンと扉を閉めて部屋に帰ってくると、一気に脱力感に襲われる。俺は、お疲れ様と労ってくれるナターニャにルナディールさまのことを話しながら普段着に着替える。
ルナディールさまが王族と関わりのある、とても身分の高いお貴族様であることや、第二王子から注文を受けたこと、そしてルナディールさまにお金を貸すことになったことなどを伝える。
ナターニャは顔を青ざめながらも、こくこくと頷きながら聞いてくれる。
「メルア、お前は絶対にルナディールさまと関わるなよ。下手をしたら俺たち全員……って、メルア!?」
俺がメルアにも説明しようと振り返ると、さっきまで側にいたはずのメルアが忽然と姿を消していた。
俺とナターニャは顔を見合わせ、サッと青ざめる。急いで階段を下りていくと、二階でメルアがルナディールさまの手をぐいぐいと引っ張って店内を歩いている姿が目に入った。
「「メルア!!」」
俺たちは急いでメルアとルナディールさまを引き離す。そしてナターニャがメルアを叱る。
「メルア、ダメでしょう!この人は貴族様で、あなたが気軽に声をかけていい人じゃないのよ。不興を買ったらどうするの!」
怒られたメルアは、涙を浮かべてルナディールさまの方を見る。
「で、でも、ルナディールさまが案内してって……」
その言い分に血の気が引いていく。それじゃあまるでルナディールさまが悪いと言っているようではないか!
チラッとルナディールさまの顔を見ると、とても困った顔をしていたので俺はすぐさま謝る。
「私の娘が大変ご迷惑をおかけしました。申し訳ありません。以後気を付けますので、どうか娘を許してやってはいただけませんでしょうか」
「本当に申し訳ありませんでした。少し目を離した隙に娘が話しかけるだなんて……。よく言って聞かせますので、今回はどうぞお見逃しください」
俺とナターニャが頭を下げたのを見て、メルアもおずおずと頭を下げて謝った。
「……ごめんなさい」
しばらく顔を上げられずにいると、とても柔らかい口調でルナディールさまが言った。
「みなさん顔を上げてくださいませ。周りの人も驚いていますわ。お話なら人のいないところでいたしましょう」
馬車の中とは違う雰囲気に俺は圧倒されながらも、小声でナターニャに部屋を準備するよう言う。きっと内心とても怒っているに違いない。
しかし、ルナディールさまをおもてなしできる部屋なんてすぐには整えられない。お茶の準備とか色々ある。
俺は時間を稼ぐべく、恐る恐る話しかける。
「ただ今準備をいたしますので、それまでこちらでお待ちいただいてもよろしいでしょうか」
ルナディールさまは微笑んで頷き、後ろを向いて店内を物色し始めた。きっと、話しかけるなと言っているに違いない。
俺は生きた心地がしないまま、じっとナターニャが来るのを待っていた。
ナターニャが呼びにきて、俺たちはルナディールさまを応接室へと案内する。
ゆっくりと優雅に席に着いたルナディールさまの正面に、俺たち三人で座る。
さて、どんなお咎めがあるのだろうか。
この場に緊張した空気が張り詰める。ナターニャも青ざめて、今にも倒れそうだ。
何時間にも感じられる長い沈黙の後、ルナディールさまはゆっくりと口を開く。
「わたくし、別にメルアの行動を咎めるつもりはありませんわ。ただ、あの場にいた他の者たちに注目されるのを避けたかっただけですの。わたくし、今は家族にもお忍びで下町に来ているので、問題を起こすことはできませんから」
そう言って、目の前にある紅茶を口にする。
馬車の中でのルナディールさまとは違う雰囲気に気後れする。違う世界の人間という感じがして、何も言葉が出てこない。話しかけることすら許されない雰囲気にゾッと背筋が凍る。
「ですが、貴族の中にはわたくしと違って平民に話しかけられるのを厭う者もいます。権力をここぞとばかりに振るって平民を虐げる者もいるので、メルアにはよく言って聞かせてあげてくださいませ。メルアの首が飛ぶのはわたくしも嫌ですから」
メルアの首が飛ぶ。その言葉に青ざめながらも、俺はメルアのことを気にかけてくれているルナディールさまにお礼を言う。
「貴重なご助言、ありがとうございます。娘にはよく言って聞かせます」
すると、ルナディールさまはにっこりと微笑んで、今度はメルアに話しかける。
「メルアちゃん、怖がらせてごめんなさいね。でも、貴族は私みたいな人ばっかりじゃないから、自分から声をかけてはダメよ」
一気に雰囲気が変わったルナディールさまに、また驚く。今度は馬車の中で見た、話しかけやすい方のルナディールさまだ。
「分かった。貴族には話しかけない。……でも、ルナディールさまには話しかけても良い?メルア、ルナディールさまと仲良くなりたいの……」
そうタメ口で答えたメルアにサッと青ざめる。仲良くなりたいだなんて、不敬にもほどがある!ナターニャも青ざめてメルアを叱る。
「メルア、なんてことを言うの!ちゃんと敬語を使いなさい!ルナディールさま、申し訳ありません」
ナターニャの言葉に、ルナディールさまはふるふると首を振って、
「わたくしは構いませんから、頭を上げてくださいませ。……メルアちゃん、私が一人でいるなら話しかけてもいいよ。でも、私が誰かと一緒にいるときはダメ。それを守れるのなら、仲良くしましょう?」
と優しく笑ってそうメルアに提案する。メルアはパァッと顔を輝かせてこくこくと頷く。
「うんっ、そうする、守る!メルア、ルナディールさまが一人でいる時にしか話しかけない!」
そんな二人のやり取りを見て、ナターニャは緊張した声で告げる。
「ルナディールさま、よろしいのでしょうか?その、メルアが粗相をするのではないかと不安で……」
俺も心の中で強く同意する。メルアは敬語もろくに使えない子どもだ。絶対にルナディールさまの不興を買うに決まっている。
それなのにルナディールさまはにっこりと笑って、
「ええ、大丈夫ですよ。子どもは失敗をするものでしょう?それに、わたくしが一人で来るときはお忍びです。お忍び中はわたくし、平民となるので粗相も何もないのですわ」
と言った。それからまた雰囲気を変えて、俺に話しかける。
「ということで、私、お忍び用の服が欲しいのだけど……トール、ブライダン商店で取り扱っているものを売ってくれない?可愛いものが多かったから。それともあれは一張羅に入るの?」
コロコロとお貴族様モードとお忍びモードを変えるルナディールさまに困惑しながらも、俺はルナディールさまの質問に首を振って答える。
「一張羅は店内に置いていません。全てオーダーメイドで作ることになっているのです。なので、あそこに置いてある中で一番良いものは、富裕層が着るお出かけ用のものとなっております」
「じゃあそれを着るわ。お金は後日、お買い物をする時に一緒に払いたいのだけど、それでいいかしら?」
「ルナディールさまがお買い物に来られるのですか!?」
ナターニャが驚いて大きな声を出す。俺も薄々気付いてはいたけれど、やっぱりルナディールさまは直接ブライダン商店に足を運ぶつもりらしい。
普通の貴族なら、使用人に行かせるか店の者に来させるかするだろうに、本当に不思議なご令嬢だ。
「ええ、そのつもりだけど……ああ、それよりあなたのお名前はなんて言うのかしら?良ければ教えて欲しいのだけど……」
流れるように名乗っていないことをナターニャに知らせ、ナターニャは慌てて自己紹介をする。
「あっ、申し訳ありません!私はナターニャと申します」
「これからよろしくね、ナターニャさん」
ルナディールさまがそうにっこり言ったことで一瞬固まる。なぜナターニャだけさん付けなんだ?俺は呼び捨てなのに……。
もしかして、俺はさん付けをする価値もないと思われているのだろうか。俺は馬車の中で何かやらかしたのか!?
「ルナディールさま!どうして私のことはトールと呼び捨てにするのにナターニャはさんを付けるんです?それにメルアにもちゃん付けだし……私、嫌われているのですか?」
俺が心配になってそう聞くと、ナターニャも口を開く。
「あの、ルナディールさま。私もトールみたいに呼び捨てでお願いします。貴族様にさんを付けられるのは少し抵抗が……」
すると、少しむすっとした感じでルナディールさまが答える。
「……分かりました。それじゃあナターニャと呼びます」
その様子に、ここは黙っておくべきだったかと後悔した。よくよく考えてみると、さっきのはお貴族様に平民が抗議したということにならないだろうか。
俺が不安に思っていると、ルナディールさまは急にパンッと手を叩いた。
「それじゃあトール、三階に置いてあった服の中で一番良いものを持ってきてくれる?私が選びに行ったら、また注目を集めてしまうだろうから……」
またルナディールさまの気分を害すわけにはいかないので、俺はすぐさま返事をして服を取りに行く。
しかし、ルナディールさまが喜ぶような服がどれか分からない。服に関することはナターニャの方が適任だ。ナターニャも連れてくれば良かった。
でも、ここで何も服を持たずに帰るわけにもいかない。俺はとりあえず、店にある中で生地の良い高価なものを数着選んでルナディールさまに届ける。
「すみません、どれが良いのか分からなかったので、とりあえず何着か持ってきました。お好きなものをお選びください」
そう言って服をテーブルの上に広げる。
しばらく服をじっくりと見た後、なぜかルナディールさまはメルアに、どれが良いと思う?と聞いたのだ。なぜそこでメルアに聞く!?
指名されたメルアは一生懸命考え、「これ!」と指差した。それは薄い緑色の、ひらひらとした部分が多い厚手のワンピースだった。
ルナディールさまが試しに自分の身体に当ててみて、これにすると言った。どうやらお気に召したものがあったみたいだ。ホッと息をつく。
それからルナディールさまはそのワンピースに着替えるべく、ナターニャ以外を応接室から出す。
着替え終わると、メルアにお披露目して感想を聞いた。メルアは顔をキラキラさせて可愛いと褒めていた。
それからルナディールさまは上機嫌で、
「それじゃあ私、下町観光に行ってくるわね。トール、今日は色々ありがとう、助かったわ。お礼は後日必ず」
と言って立ち去ろうとした。
待て待て、ルナディールさまはお金を持っていないのではなかったか?それに、帰りの馬車はどうするつもりだ?家族にもお忍びだと言っていたのだから、迎えだって来ないだろう。
というか、今頃ルナディールさまの家族は慌てているのではないだろうか。行方不明になったと探し回っているのでは?
「でもルナディールさまはお金をお持ちではないのですよね?それで観光などできるのですか?それに、帰りはどうされるおつもりですか?馬車も無いのでしょう?」
俺がそう言うと、ルナディールさまは少し口を噤んだ後、今日一番の笑顔を俺に向けた。
「トール、申し訳ないのだけれど、帰りの馬車もお願いできるかしら?今回の観光は、次下町に来た時のための情報収集みたいなものだから、お金は必要ないけれど、馬車はどうにもならないもの。もちろんお礼はするわ。お願い、トール」
断れるわけのない俺の言葉は決まっている。
「準備をしておくので、帰る際は声をかけてください」
……俺は、とんでもないご令嬢と出会ってしまったのではないだろうか。
このご令嬢との出会いが、今後の人生どう左右するかは分からないが、何となく色々面倒なことになりそうだなと思った。
平民からすると、貴族ほど怖いものってないんでしょうね……。私だったらあまりお近づきになりたくありません(;・ω・)ルナディールみたいな人だったら大歓迎ですけどね笑 次は下町観光にルナディールがはしゃぎまくります。




