トールの家族
「ルナディールさま、このままブライダン商店へ向かってもよろしいでしょうか?納品が終わったことを妻に報告しなければならないので……」
「ええ、もちろん」
私は軽く承諾して風景を見る。前回はどんよりしていたからちゃんと見られなかったのだ。
カラカラと軽快な音を立てて馬車は走る。たくさんの家が所狭しと並んでいて迫力がある。お店もいっぱいあって圧巻だ。
うう、お金持ってきていればいっぱいお買い物できたのに……。
しょんぼりとしていると、馬車がガタンと止まった。着いたのかな?と思っていると、トールが先に降りて私を振り返る。
「ブライダン商店に着きました」
その言葉を聞いて、私は馬車を降りる。目の前には縦長の建物が立っていて、看板にはブライダン商店と書かれていた。五階建てぐらいだろうか。これが全てお店だったらデパートって言っても良いんじゃないかな。
わくわくしながら中に入ると、そこにはたくさんの商品が置いてあった。可愛らしいものからシンプルなもの、カッコいいもの、豪華なものと色々な雑貨が置いてある。
「ここは雑貨屋さん?」
私が尋ねると、トールはくるっと振り返って説明してくれる。
「いえ、一階は雑貨屋となっておりますが、二階では装飾品や衣服を、三階では武器や防具などを取り扱っています」
ほうほう、つまりここはデパートか。それにしても、お城にお呼ばれするようなお店で取り扱う品物も多い。これは結構儲かっているのではないだろうか。他のお店の不興を買ってはいないのかな?
気になったけれど、他にもお客さんがいたのでここは黙っておくことにした。
トールが着替えるために四階に行くと言ったので、私はここで雑貨を見ていると答える。もともと観光で下町にきたのだ。どんなものが売っているのか実際に見てみたい。
私が他のお客さんから注目を浴びながら店内を眺めていると、急にくいっと手が引かれて、
「お姉さんがルナディールさま?」
と可愛らしい声が聞こえてきた。
驚いて振り返ると、そこには茶色の髪をツインテールにした女の子が立っていた。黒いくりくりとした目が可愛らしい。五歳くらいだろうか?
「ええ、そうよ。あなたはトールの娘さん?」
「うん、メルアっていうの。お父さんとお母さんが上で話してたから、お話したくなって……。お店、メルアが案内したいの、ダメ?」
上目遣いでそうお願いされたら断れるわけがない。何この子むちゃくちゃ可愛い。こんなに可愛い娘がいるとかトール幸せ者すぎない?
「じゃあ、メルアちゃんにお願いしようかな」
そうにっこりと笑いかけると、メルアはにぱーっとそれは愛らしい笑顔を見せてくれる。
うわあメルアちゃん天使なの!?びっくりするぐらい可愛いよ、お持ち帰りしたいくらい可愛い!こんな子が一人で店内うろうろしてたら誘拐されちゃうんじゃない?これはトールに注意する必要がある。
それから、メルアと手を繋いで店内を歩き回る。メルアが一生懸命説明してくれるのが可愛い。自然と顔が緩んでしまう。
「ルナディールさま、次は二階に行こう?二階はね、キラキラな可愛いものがいっぱいあるんだよ」
「そっかぁ〜、それじゃあ二階にも連れて行ってくれるかな?」
「うんっ!」
ぐいぐいと手を引っ張られながら二階へ行くと、そこには女性の服から男性の服、ネックレスなどの装飾品など様々なキラキラしたものがいっぱいあった。
高価そうなものもいくつかあるから、貴族用にも何個か売り出しているのかな?
メルアの説明を聞きながら簪やネックレスを見ていると、
「「メルア!!」」
そう言ってトールと女性が急いでやってきた。トールの隣にいるのは奥さんだろうか。上品で優しそうな人だなぁ。トール、やっぱり幸せ者だ!
私が呑気にそんなことを考えていると、二人が青ざめながらメルアを私から引き離す。
「メルア、ダメでしょう!この人は貴族様で、あなたが気軽に声をかけていい人じゃないのよ。不興を買ったらどうするの!」
そうお母さんがメルアに怒り、メルアは涙を浮かべて私の方を見た。
「で、でも、ルナディールさまが案内してって……」
ぐすんと泣いているメルアを見て、私の心がきゅうっと締め付けられる。
ああ、ごめんねメルアちゃん。泣かないで。私、怖い貴族じゃないからね。怒ってメルアちゃんを傷付けるとかそんなことしないから。
そう心の中で説明するも、声には出さない。
確かに、貴族は気軽に話しかけられる存在だと思われたら大変なのだ。もし声をかけた人が悪い貴族だったら、問答無用で首が吹っ飛ぶ可能性もある。私のせいでそんなことになったら嫌だ。もっと対応を選ぶべきだった。
私が困った顔をしてメルアを見ていると、トールが慌てて謝ってきた。
「私の娘が大変ご迷惑をおかけしました。申し訳ありません。以後気を付けますので、どうか娘を許してやってはいただけませんでしょうか」
それに続いて、女性も口を開く。
「本当に申し訳ありませんでした。少し目を離した隙に娘が話しかけるだなんて……。よく言って聞かせますので、今回はどうぞお見逃しください」
両親が頭を下げる様子を見て、メルアもおずおずと私に頭を下げる。
「……ごめんなさい」
そのメルアの言葉に私の心がポキンと折れた。
うわあ違うのメルアちゃん!私そんなに怖くないよ?優しい貴族だからね、私はもっとメルアちゃんとお話したいんだよ?
そう言いたくても言えない。ここで変に誤解されたら後々困るのはメルアだ。メルアを危険に晒すわけにはいかない。
「みなさん顔を上げてくださいませ。周りの人も驚いていますわ。お話なら人のいないところでいたしましょう」
メルアのためにも、ここは一度貴族として振る舞っておこう。そして、メルアに貴族についてちゃんと教えてあげるのだ。その上で多少仲良くするのなら許してくれるはずだ。
私がそう言うと、女性とメルアは急いで奥に消え、トールは私にぎこちなく笑いかける。
「ただ今準備をいたしますので、それまでこちらでお待ちいただいてもよろしいでしょうか」
どうやら、さっきの発言は話し合いをしたいから場を設けろと受け取られてしまったみたいだ。これじゃあ自分勝手な貴族だと勘違いされてしまうではないか。私はただ、周りの人の目もあるからあまり事を荒立てたくなかっただけなのに……。
貴族と平民って面倒くさい。
それに、さっきから遠巻きに見ている従業員やお客さんの視線が痛い。絶対に貴族だとバレた。これじゃお忍びでもなんでもないよ〜。
心の中でわんわん泣きながら、私はにっこりとトールに微笑んで頷く。もうこのフロアでは貴族でいるしかない。ここで変に貴族らしくない振る舞いをしたら後々もっと面倒なことになりそうだ。
わあ、この服可愛い。このブローチ綺麗〜、ドレスに付けたら良いかも。このワンピースは普段着ようかな?それともお出かけ用?こっちは一張羅?
そんな感じで楽しみながら、そして推理しながら店内を物色していると、おずおずと声がかけられた。どうやら準備が整ったみたいだ。
にっこりと微笑んでトールたちに案内されるがまま歩いていると、お店の裏側みたいなところに通されて、隠し階段みたいな場所に出た。きっと従業員が使う階段とかなのだろう。
四階の応接室に通された私は、ゆっくりと椅子に座る。私の正面に左からトールの奥さん、トール、メルアの順で座る。
緊迫した空気が流れる中、私はどう話を切り出そうかと考える。私は別にメルアの行動を咎めたいわけでも三人に文句を言うつもりもない。ただ注目されるあの状況をどうにかしたかっただけなのだ。
でも、貴族と平民の間にある高い壁を知らないうちに飛び越えてしまったのも事実だ。ああ、貴族って面倒だな。貴族と平民の間にある高い壁を綺麗さっぱり取り去りたい。
「わたくし、別にメルアの行動を咎めるつもりはありませんわ。ただ、あの場にいた他の者たちに注目されるのを避けたかっただけですの。わたくし、今は家族にもお忍びで下町に来ているので、問題を起こすことはできませんから」
そう言って、目の前にある紅茶を飲む。控えている従業員が淹れたのだろうが美味しい。ラーニャには劣るけれど。
「ですが、貴族の中にはわたくしと違って平民に話しかけられるのを厭う者もいます。権力をここぞとばかりに振るって平民を虐げる者もいるので、メルアにはよく言って聞かせてあげてくださいませ。メルアの首が飛ぶのはわたくしも嫌ですから」
メルアの前でこんなことを言いたくはないけれど、貴族に危機感を持ってもらうためなら仕方がない。
私の言葉にトールは青くなる。
「貴重なご助言、ありがとうございます。娘にはよく言って聞かせます」
その言葉に私はにっこりと微笑み、縮こまっているメルアに話しかける。
「メルアちゃん、怖がらせてごめんなさいね。でも、貴族は私みたいな人ばっかりじゃないから、自分から声をかけてはダメよ」
メルアは私の目をじっと見つめて、こくりと頷く。
「分かった。貴族には話しかけない。……でも、ルナディールさまには話しかけても良い?メルア、ルナディールさまと仲良くなりたいの……」
そう躊躇いがちに聞いてくるメルアが可愛すぎる。もちろん!と答えようと思ったら、トールの奥さんが青ざめてメルアを叱る。
「メルア、なんてことを言うの!ちゃんと敬語を使いなさい!ルナディールさま、申し訳ありません」
私は苦笑してふるふると首を振る。
「わたくしは構いませんから、頭を上げてくださいませ。……メルアちゃん、私が一人でいるなら話しかけてもいいよ。でも、私が誰かと一緒にいるときはダメ。それを守れるのなら、仲良くしましょう?」
私がにっこりとそう提案すると、メルアはパァッと顔を輝かせてこくこくと頷く。
「うんっ、そうする、守る!メルア、ルナディールさまが一人でいる時にしか話しかけない!」
はしゃぐメルアがとっても可愛い。やっぱり天使だ。癒される。
「ルナディールさま、よろしいのでしょうか?その、メルアが粗相をするのではないかと不安で……」
和んでいると、緊張した声が聞こえてきた。トールの奥さんだ。トールの奥さんはかなり貴族に怯えているらしい。前に何かされたのだろうか。
「ええ、大丈夫ですよ。子どもは失敗をするものでしょう?それに、わたくしが一人で来るときはお忍びです。お忍び中はわたくし、平民となるので粗相も何もないのですわ」
そうにっこりと笑って、私は貴族モードから平民モードに切り替える。
「ということで、私、お忍び用の服が欲しいのだけど……トール、ブライダン商店で取り扱っているものを売ってくれない?可愛いものが多かったから。それともあれは一張羅に入るの?」
首を傾げて尋ねると、ハッとしたトールはふるふると首を振る。
「一張羅は店内に置いていません。全てオーダーメイドで作ることになっているのです。なので、あそこに置いてある中で一番良いものは、富裕層が着るお出かけ用のものとなっております」
なるほど、あれが富裕層のお出かけスタイルか。触ってみた感じ厚手で動きにくそうだったな。でもまあ関係ないか。
「じゃあそれを着るわ。お金は後日、お買い物をする時に一緒に払いたいのだけど、それでいいかしら?」
「ルナディールさまがお買い物に来られるのですか!?」
トールの奥さんが驚いて私を見る。そりゃあ欲しいものがあったら買いにくるよね?自分の目で見た方が確実だし楽しいもの。
「ええ、そのつもりだけど……ああ、それよりあなたのお名前はなんて言うのかしら?良ければ教えて欲しいのだけど……」
「あっ、申し訳ありません!私はナターニャと申します」
ナターニャさんか。よし、覚えた。
「これからよろしくね、ナターニャさん」
私がにっこりと笑うと、トールとナターニャが一瞬固まる。そしてトールが慌てて抗議する。
「ルナディールさま!どうして私のことはトールと呼び捨てにするのにナターニャはさんを付けるんです?それにメルアにもちゃん付けだし……私、嫌われているのですか?」
突拍子もない発言にとても驚く。
え、なにそれその発想どこからくるの?私がトールの発言に呆気に取られていると、ナターニャもおずおずと口を開く。
「あの、ルナディールさま。私もトールみたいに呼び捨てでお願いします。貴族様にさんを付けられるのは少し抵抗が……」
そう言われて今度は軽くショックを受ける。
え、そうなの?そういうものなの?でも、私がトールを呼び捨てにするのはお友達だと設定しているからだ。ナターニャはお友達とは思いにくいし、なんとなくさん付けが合っている気がする。
気が進まなかったが、ナターニャのお願いなら仕方がない。そうしたいと言われたのなら素直に従うべきである。
「……分かりました。それじゃあナターニャと呼びます」
むすぅっとちょっと不機嫌オーラが一瞬出てしまったのに気が付いて、急いで笑顔を浮かべる。ここでまた、貴族の不興を買ってしまったとか思われたら困る。
私は空気を変えるべく、パンッと手を叩いて言う。
「それじゃあトール、三階に置いてあった服の中で一番良いものを持ってきてくれる?私が選びに行ったら、また注目を集めてしまうだろうから……」
私がそう言うと、トールは返事をして急いで服を取りに行く。そんなに急がなくてもいいのに。階段踏み外すよ。
しばらくして、トールが何着か服を持ってきた。シンプルな柄から少し派手なものまで様々だ。
「すみません、どれが良いのか分からなかったので、とりあえず何着か持ってきました。お好きなものをお選びください」
そう言って服をテーブルの上に広げる。
うぐぅ、どうしようどれが良いかなんて全く分からない。今の私は前世と違って、どんな服も似合うのだ。顔が良いから選べる服のレパートリーも増えたのである。
どの服も素敵だったので、私はメルアに決めてもらうことにした。私がメルアに意見を尋ねると、メルアは一生懸命に悩んでくれ、「これ!」と一着決めた。
メルアが選んでくれたのは、薄い緑色のワンピースだ。合わせてみると、丈は膝下十センチくらいのところだった。丁度いい。うん、これにしよう。
私は応接室で着替えるために、ナターニャ以外を一旦部屋の外に出す。それからナターニャに服を着せてもらい、メルアにお披露目する。
メルアは顔をキラキラさせて可愛いと褒めてくれた。私は心の中で、メルアの方が何千倍も可愛いよと言いながら、お礼を言う。
服も着たし、これでお忍び観光ができる!
私は上機嫌でトールに、
「それじゃあ私、下町観光に行ってくるわね。トール、今日は色々ありがとう、助かったわ。お礼は後日必ず」
そう言って部屋を出ようとすると、トールは不思議そうな顔をして、
「でもルナディールさまはお金をお持ちではないのですよね?それで観光などできるのですか?それに、帰りはどうされるおつもりですか?馬車も無いのでしょう?」
と衝撃の事実を言った。
おおう、そうだった帰りのことをすっかり忘れていた。私はしばらく考えて、とびきりの笑顔をトールに向ける。
「トール、申し訳ないのだけれど、帰りの馬車もお願いできるかしら?今回の観光は、次下町に来た時のための情報収集みたいなものだから、お金は必要ないけれど、馬車はどうにもならないもの。もちろんお礼はするわ。お願い、トール」
両手を組み合わせて、可愛い子しか使えない、必殺『お願いポーズ』を繰り出す。すると、トールは軽くため息を吐いて、
「準備をしておくので、帰る際は声をかけてください」
と言ってくれた。
やった、『お願いポーズ』が効いた!さすが見た目の可愛いルナディールだ、前世の私とは全然違う。
トールの優しさに上機嫌になりながら、私はトールにお礼を言って、ブライダン商店の裏口から街へ出る。
さあ、ようやく下町観光だ!
メルアちゃんが可愛すぎます……。小さな天使さまに私も癒されたいです(。uωu)♪次はトール目線のお話です。




