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増える一方の問題点

「……もう逃げたい」

 ボソリと呟いた言葉に、ラーニャは困った顔をして首を振る。

「それはいけません、お嬢様。毎日お辛いとは思いますが、我慢してくださいませ。お嬢様が舞踏会で恥をかかないためには必要なことなのですよ」

 その言葉に打ちのめされる。


 それは分かっている。舞踏会に向けての準備は必要だ。王族主催なのだから、またたくさんの貴族が参加するのは明白だ。

 だけど、ずっと貴族の令嬢でいることを強いられるのは窮屈で仕方がないのだ。私は元平民なのだ!やれダンスの練習だのマナーのおさらいだのやることが多すぎる。少しは休ませて!


 正式に王子たちから舞踏会の招待状が届いてから、毎日毎日それはそれは辛い日々を送っている。舞踏会が近いのなら、私だって我慢できた。でも、そうじゃない。

 なんと、舞踏会は一ヶ月後に開催されるのだ!一ヶ月って遠すぎない!?もちろん主催者側は色んな準備が必要なのも理解しているつもりだし、王族は忙しいから開催日が遅くなるのはしょうがない。

 でも、一ヶ月!一ヶ月この生活を強いられるのか?私はもう一週間で限界だ。何もかも投げ出して逃げ出したい。

 それに、舞踏会のために魔法研究所へ行くのも延期となってしまった。準備期間が増えるのは別に嘆くことではありませんよとお母さんは言っていたけど、私のわくわくライフが遠のいたのである。魔法研究所へ行くために、必死に魔剣を造る練習をしていたのに……。


 私は今、魔剣を三本持っている。火剣、水剣、風剣だ。この三本は割とイメージしやすかったのですぐにできた。しかし、残る土剣、光剣、闇剣が手強いのだ。

 火剣は炎を飛ばすことのできる赤い魔剣。水剣は水をも切ることができる水色の魔剣。風剣は風を巻き起こす緑色の魔剣。では、土剣と光剣と闇剣はなんだ?

 色や形はイメージができるけれど、その魔剣が何をできるのか、全く思い付かないのだ。

 土だから土を切る?それとも一振りすると土が飛び出す?光って何?暗いとこでも光り輝く剣?闇は?色を吸い取るとかそんな感じ?

 こんな風に上手く考えがまとまらず、まだ創れていない。魔法研究所へ行く前までには完成させたいのだけれど、この状態じゃ無理そう。時間もイメージもない。


 それに、花壇の問題だってあるのだ。水やりができるようになったのは良いものの、今度は雑草問題が出てきた。雑草が伸びてきて、せっかくの花壇が台無しだとお母さんからクレームがきたのだ。

 雑草を抜くってことは、しゃがむってことだ。そして、花壇の中に入るってこと。それはつまり、虫との接触は避けられないわけで……。

 そんな地獄やだ!そう思って、今までのらりくらりと舞踏会の準備を理由に回避してきたのに、今日の朝食の席で言われたのだ。午後は花壇のお手入れに行きなさい、自由時間にしてあげるから、と。

 いや、自由時間なら魔剣創らせて!気分転換させて!虫との触れ合いとか求めてないから!

 それなのに、お父さんまでにっこりと笑って、気分転換は必要だ、好きなだけ花壇の手入れをしておいで、と言うのだ。信じられない!


 そんなこんなで、私は朝からどんよりとしていた。今日の日程は、これから軽くダンスの練習をした後、花壇のお手入れとなっている。最悪だ。

「午後は花壇のお手入れができるのです。気分転換ができるまで後少しです。頑張ってくださいませ、お嬢様」

 そう励ましてくれるが、私は心の中で声を大にして言う。その気分転換が問題なんだよ!と。


 ダンスレッスンが終わった後、私は昼食をいつもよりゆっくり食べてから花壇へと向かう。お手入れをするということで、シンプルなワンピースを着せてもらう。

 雑草抜いたりするのにワンピースって……。ズボンとかの方が動きやすいのに。確かに普段着(ドレス)よりは確かに軽くて動きやすいが、久しぶりにズボン履きたい。前世ではスカートとか全然履かないズボン派の人間だったのだ。


 日焼けをしないよう帽子を被り、嫌々ながら外に出る。いざ花壇の前に来てみると、雑草が伸び放題なのが見てとれた。

 ……確かにこれは抜かないといけないかもしれない。でも、それを私がやるの?


 恐る恐る近付いて、雑草を抜こうとしゃがみ込む。すると、近くで休んでいたのだろう虫が一斉に飛び立った。それに驚いて私も勢いよく後ろへ飛ぶ。

 ひぇええ、飛んだよ虫、普通にいるよ虫!蝶々もいるよ!やめてぇ、来ないでぇええ!

 すぐにリタイアして近くの木陰に移動する。そこにも小さな虫がブンブン飛んでいたり蟻がいたりと、不愉快極まりないけれど、とりあえず雑草抜きだ。あれをどうにかしなければお母さんに怒られる。

 これが気分転換とかあり得ないから!と散々文句を心の中で言いながら、解決策を考える。


 一番良いのは、私が草に触れずに抜くこと。花を抜かないよう、雑草だけを器用に抜く作業をどれだけ早くできるかが勝負だ。水やりは魔法でできた。だったら雑草抜きだって考えれば魔法でできるはずだ。

 魔法でやるならどうすれば良い?ゴーレムでも作って働かせる?でもそれだと魔力の消費が多すぎる。それに抜くって作業が面倒だ。花と雑草の区別がつくゴーレムなんて聞いた事がない。

 いっそのこと雑草を消してしまえば良いのでは?要らないものをブラックホールに捨てるみたいな感じでやればできるんじゃ?それだったら闇属性?


 そういえば、闇剣はまだ創れてなかったっけ。うーん、知性を持っていて、私が要らないと思ったものはどんどん消滅させていくような剣とかどうだろうか。人間でも建物でも、あらゆるものを消滅させることができたら完全なる闇属性の剣って感じがする。

 ブンッて振ったら黒い靄のような刃がギュインッて飛び出してきて、それに触れたものは、私が消して良いって許可したものだったら一瞬で無くなってしまう。

 おお、なんか闇剣っぽいぞ。もしこれで、いでよ闇剣ダークンヴェルダーとか言ったら完成しそう。


 そんな風に思っていたら、魔力がふっと吸われていく感じがして、手に何か現れた。ハッとして恐る恐るそれを確認してみると、そこには真っ黒な剣が握られていた。

「……う、嘘でしょう。冗談で考えただけなのに……」

 真っ青になりながら、一応心の中で聞いてみた。あなたはダークンヴェルダーですか?と。すると、背筋が凍るような、低く冷たい声が頭の中に響く。

【そうだ、我は其方に創られし魔剣、ダークンヴェルダーだ。今日から其方はこの世界の神となる。気に入らない者はどんどん消滅させるが良い】

 そんなのはお断りです!なんて恐ろしいものを創っちゃったの私!?でも、口に出してないのにどうして……心の中で名前を呼ぶのも召喚に入るの?聞いてないよそんな便利機能。


 私は、何も持っていない左手に水剣を呼び出せるか試してみた。心の中でウォルタルイェードと呼んでみると、魔力がスルッと吸われて水剣が現れる。

 おぉう、声に出さなくても召喚できちゃったよ。

【お嬢はまた魔剣を創ったのか。しかも考えられないくらい恐ろしいものだ。ちゃんと制御できるようにしておけよ。ダークンヴェルダーが暴走したらこの世界は何も無くなるぞ】

 登場早々そんな恐ろしいこと言わないでよ!この世界無くなるのは困るから、ここには私の推しキャラがいっぱいいるんだから!ダークンヴェルダー、絶対に暴走しちゃだめだからね?私が許可したものしか消しちゃだめだからね?

【ああ。我の主人は其方だからな。其方の意思は尊重しよう。それで?どの人間を消すのだ?】

 いや全然分かってないよね!?人間消しちゃダメ!消していいのはあの花壇に生えてる雑草だけだから!


 私はダークンヴェルダーを花壇の前まで持っていき、丁寧に説明する。

 良い?これ、雑草。これ、花。どれぐらいの知識があるのか分からないけれど、とりあえずこの雑草をこの花壇から消し去って欲しいの。できる?

【案ずるな、我は其方と一心同体だ。其方が知っているのなら我も知っている。花壇に向かって我を振ってみよ。雑草をこの世から葬り去ってくれよう】

 私はダークンヴェルダーの言う通り、思い切ってブンと剣を振る。すると、剣から放射状に黒い靄が飛び出し花壇を包み込んだ。しばらく花壇を真っ黒に染めていたら、やがて黒い靄が消え、そこに雑草は存在していなかった。綺麗さっぱり消えたのである。


 おぉー、すごいダークンヴェルダー!さすが魔剣!これだったら虫に煩わされることなく雑草抜きが出来るよ!最高ダークンヴェルダー!

 私が心の中で絶賛していると、水剣の呆れたような声が頭の中で響く。

【雑草抜きのためだけにこのような危険物を呼び出すとは……。お嬢、くれぐれも誰かに知られるなよ。知られたら大変なことになる】


 もちろんそれは分かっている。だいたいこの世に魔剣が存在するのかも分からない。そんな状態でホイホイ使うような考えなしではない。この闇剣だって雑草抜きに使うだけだ。他のことには使わないし誰かに見せる予定もない。

 だから私は胸を張って、そんなの当たり前でしょう!と言って、水剣の召喚を解く。召喚を解くのは簡単だ、心の中で、ばいばいと魔剣を体内に取り込むイメージをすれば、魔力となって戻っていく。


 それじゃあダークンヴェルダー、残りの花壇も終わらせちゃうわよ!

 張り切ってブンブンと剣を振り、雑草を消滅させていく。数分後には綺麗な花が咲き乱れる花壇となった。私は上機嫌で闇剣の召喚を解き、水やりをする。これでとやかく言われることもなくなったし、お手入れだって効率良く嫌な思いをせずに終わらせられる。

 ここでここら一体の虫を消滅させなかった私は偉いと思う。虫にもちゃんと役割があるのは知っている。私の一存で消滅させることはできない。


 お手入れが思ったより早く終わってしまったので、時間を持て余してしまった。午後全てが花壇のお手入れに充てられていたので、本当の自由時間である。何もすることがない。

 私は花壇に使用人を伴っていなかったので、もしかしたらこのままドロンできちゃうかもしれない。そんなことを考える。

 私は基本花壇のお手入れ中は人を近付けさせない。貴族らしさが保てないのが理由である。だからラーニャでさえ立ち入りを許さない。一番怪しまれる可能性が高いからだ。

 最初は誰も伴わない私を咎めたが、最近は諦めて好きにさせてくれている。きっと絶対に譲る気配がない私に折れたのだろう。


 私は辺りをくるっと見回して、どこか座れそうな場所はないかと探す。しかしここは外である。虫のいる地面には座りたくないし、いつ蝶々が襲ってくるかも分からない。外に私の居場所は無いと結論付ける。

 でも、あまりにも帰りが早いと説明が面倒になる。闇剣を使っているところは見せられないので、適当に時間を潰して部屋に戻る必要がある。


 むぅ〜、どうしよう。あの広大な花壇を一つ一つ手作業で雑草を抜くとすると、結構時間がかかるよね?だから午後は全て花壇の作業に充てられたのだ。ということは、あと数時間は帰られない。

 でも、このままドロンしたら、休憩しましょうと声をかけにくるラーニャにバレてしまう。何時間も外にずっといたら倒れてしまうのではと危惧していたので、ラーニャは絶対に途中で様子見にくるはずだ。

 私が来るなと言ったのに!と怒っても涼しい顔できっと言うのだ。お嬢様がお倒れになる方が大変ですから、と。

 だから私は、ラーニャがここに来る前に、時間を見て何回か顔を見せに行かないといけないのだ。この時にすれ違いなんて起こったら最悪だから、タイミングが重要である。

 でも、何もないのに虫が多い花壇近くで何十分も過ごすのは避けたい。

 もう誰か身代わりでも立てて遊びに行きたい。どうせこんなに時間があるのだもの、下町にだって行けるかもしれない。それに今の私の格好は、汚れても良い服装だから華美な装飾は無い。そこそこのお金持ちの平民とでも言えばなんとか誤魔化せる気がする。一張羅だとか言えばそれっぽく見えるだろう。


 そう考えてしまったら、もう下町に行きたいという気持ちは抑えられなくなった。私は何とか行ける方法がないかと考える。

 下町は遠いから徒歩じゃ無理。馬車を使わないといけないけれど、そんなの勝手に使ったらバレる可能性が高い。あと門番の問題もある。あと身代わりも。うあ〜、何か、何か方法を……。悪役令嬢っぽい悪知恵を今ここで発揮するのよ、ルナディール!


 うんうんと唸っていると、ふとガサゴソと誰かが茂みを掻き分ける音がしてハッと我に帰る。

 まさかもうラーニャが!?と身構えていると、知らない男性が飛び出してきた。そしてバッチリと目が会い、お互いに沈黙する。

 誰だろうこの人、初めましてだ。使用人の顔は一応全員知ってると思ったんだけど、新入り?でもそれなら紹介があるはずだし……。私の家で働く人で、見たことがないのはあとは門番の人ぐらいで……ん?門番の人!?


 私は良いことを思い付き、男性ににっこりと優雅に微笑む。

「初めまして。見ない顔ですけれど、もしかして我が家で働く門番の人かしら?」

 首を傾げて聞くと、男性はサッと青ざめて目を泳がせる。

「い、いえ、その……。わ、私はその、門番をしておりますが、今はその休憩中でして……。決してサボっているわけではございません!どうかお見逃しを!」

 そういう台詞を言うってことは、サボっていますって宣言することにはならないの?私は不思議に思いながらも、都合が良かったので笑みを更に強くする。

「安心してくださいませ。お父さまやお母さまには言いませんわ。ただ、そのかわりにわたくしのお願いも聞き入れてくださいません?ここで会ったのも何かの縁。悪いようにはしませんわ」

 そういうと、男性は顔を強張らせながらブンブンと首を縦に振る。そこで私は話した、下町へ行く計画を。

 男性はとても驚いた顔をしていたけれど、そんなの関係ない。とにかく、協力者をゲットできたのだから喜ぼう。


 それから私は彼と一緒に門まで行き、社会見学だと行って外に出してもらい、その間、彼には私の花壇で雑草抜きをするアルバイトをしてもらう。もちろん花壇の周辺で休んでもらうだけだ。彼はサボりたかったのだから、堂々とサボれる理由ができて嬉しいだろう。

 私が外へ出るのは大変だったが、何とかゴリ押しで乗り切った。徒歩で行くのは近くに社会見学をするために頼んでおいた馬車が待っているからだとか、護衛や付き添いがいないのはもう先回りしているからだとか、護身の術は持っているから安心だとか、色々甘いところはあったけれど、そこはあれだ、権力だ。

 あと、例え何か起こったとしても門番の責任は問わないとか、無事に戻れたら特別手当を出すとか言えば最終的には折れてくれた。

「お気を付けて!」

 そう言って敬礼する門番の人たちに微笑みながら、上機嫌でその場を後にする。


 徒歩で下町には行けないから、途中で何か捕まえないと行けないな。乗合馬車とかないかな。

 久しぶりの遠足気分だ。

 そこで、遠足といえば飲み物や食べ物が必須ではないかと思い出した。けれど、あまりにも急に思い付いた下町見学だったので、そんなものは持ってきていない。お金だって持っていない。どうしよう、これじゃあ下町に行っても買い物ができない!


 私はガーンとその場に立ち尽くす。しかし、今戻ったところで門番に不審がられるだけだ。せっかく出られたのに、のこのこ自分から捕まりに行くようなことはしたくない。

 ……まあ、何とかなるよね。魔法使えるし、喉が渇いたら水魔法で出せばいい。うん、そうだ、何とかなる。

 そう私は思い直して、下町へ向けて歩き出した。

ルナディール、家族に無断で家を飛び出しちゃいました。でも、貴族の敷地は広いです。ルナディールは無事に下町へ行けるのでしょうか……?

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