第二王子と和解
推しのキラースマイルとイケヴォにやられてしばらく立ち上がれないまま呆然としていると、しばらく経って、また慌てた様子の使用人が応接室に飛び込んできた。
「お嬢様、大変です!今度はシューベルトさまがいらっしゃいました!」
「……はい?」
立て続けに王子様が家にやってくるなんてあり得ない。……お願いだからもう勘弁してください。フォスライナの対応でもういっぱいいっぱいだから。お引き取り願いたい……。
そう思っていると、応接室にやってきたシューベルトとバチッと目が合った。
少しばかりお互いにじっと見つめ合って、私はハッとして立ち上がる。
いけない、シューベルトの前でぼけーっと床に座っていた。絶対変なやつだと思われた。
私は誤魔化すようににっこりと微笑んで、
「ごきげんよう、シューベルトさま。この度はこのような場所までわざわざご足労いただきありがとうございます」
と挨拶をした。シューベルトもハッとして、
「あ、ああ」
と返事をする。
一体何の用で家に訪ねてきたんだ。逮捕状でも持ってきたのか。
私はとりあえずソファに座るよう促して、私も正面に座った。
シューベルトとは昨日のお茶会で全然合わなかった。どう答えても怒らせてしまったので、どう対応すれば良いか未だによく分かっていない。ここは変に話しかけない方がいい気がする。聞く専に徹するか。
黙っていると、シューベルトがおずおずといった感じで話し出した。
「その……昨日はすまなかった。お前と二人のお茶会のつもりだったのに、兄上がいて取り乱した。酷いこともたくさん言った。……悪かった」
最初、シューベルトの言ってる意味が分からなかった。シューベルトが謝った?え、なんで?というか俺様我儘王子とは思えないしおらしさで言葉が出ない。
私が黙っている間にもシューベルトは話し続ける。
「でも、お前が兄上と仲が良かっただなんて思わなかったんだ!もし兄上がお前のことを好きだと知っていたらお茶会になんて誘わなかった。だから、その、もし兄上が何か言ってきたらそう答えてくれないか……?」
シューベルトが口にした言葉が、すぐには理解できなかった。
ん?好き?フォスライナが私を?え、なんであり得ない。というかあの時点でフォスライナとは初対面だったし、そこまで仲良くなかったと思うんだけど。
シューベルトも何か勘違いをしているらしいことに気が付き、大きくため息が出そうになる。
この王子様たち、勘違いがすごすぎない?想像力が豊かだと思う。お互い初対面の相手同士を恋仲だと勘違いするって、もしかして恋愛ごとには疎いのだろうか。
そういえば、二人とも婚約者はいなかったっけ。前世の方ではどうだったかな〜と思い出してみると、推しがぐいぐい主人公に迫っているシーンが何回かあったのを思い出した。恋愛経験値は現実の王子様たちの方が低いのかもしれない。
私は誤解を解くべく口を開く。
「えー、その、シューベルトさま。何か勘違いをなさっていますよ?フォスライナさまは、わたくしのことが好きだとは思えません。だって、昨日が初対面でしたから」
そう言うと、シューベルトは「は?」と目を大きく見開いた。
「先程フォスライナさまがいらっしゃって、シューベルトさまと同じようなことを言っておられました。わたくしがシューベルトさまのことを好きだと。もちろん否定させていただきましたが、シューベルトさまもフォスライナさまも勘違いなさりすぎでは?お二人でお話されたりはしませんでしたの?」
私がそう問うと、シューベルトはキッと私を睨みつけて、
「俺が兄上と話せるわけないだろう!」
バン!と机を叩いた。使用人が置いたティーカップがカタンと揺れる。そんなに暴れたら溢れちゃうよ。
「兄上は、俺と違って完璧なんだ!俺なんか眼中に無い。昨日だって、お茶会の間中俺を笑って威圧していたではないか!俺なんて必要ないと思ってるんだ!出来損ないの不出来な奴だって心の中で笑ってるに決まってる!」
……おおう、すごい被害妄想。
そんなわけないでしょう。だってフォスライナは私の推しだよ?とっても優しい素敵王子なんだよ?前世で読んだお話にも、シューベルトのことを悪く思ってる話なんて出てこなかった。逆に羨ましく思って嫉妬してた気がする。なんでだっけ?
……ああそうだ、完璧でいることを強いられる環境が辛くて、自由奔放に生きるシューベルトが羨ましかったんだっけ。でも、そこを主人公が、
「あなたはあなたのままで良いのよ。無理なんてする必要はないわ。完璧じゃなくても良いじゃない。私は完璧でないあなたのことも、完璧であろうと努力するあなたのことも、素敵だと思うわ」
って口説くの!そして、フォスライナが一筋の涙を流すシーンは本当に感動して……。うお〜んと叫び出しそうになったものだ。
それからフォスライナは主人公に恋に落ちて、ぐいぐい積極的にアピールするの!大胆な行動に何回も赤面したわ……。
だいたいあのビジュアルで言い寄られたら恋に落ちない令嬢なんていないでしょ!それなのに主人公は全然気付かなくて、どんだけ鈍感なの!?ってよくツッコんだなぁ、懐かしい……。
一人で勝手に思考の海にダイブしていた私は、ふと顔を上げるとシューベルトの鋭い視線とぶつかった。
おおっといけない、今はシューベルトの話を聞いている途中だった。一旦思考を切り替えなきゃ。
私は頭を切り替えて、何の話だったかな?と紅茶を飲みながら思い出す。
「お前、聞いてるのか!?さっきからぼーっとして……せっかく俺が謝りに来たというのに無視するのか!どうせお前も兄上と俺を比べて出来損ないだと思っているんだろう!」
ああそうだった、被害妄想の話だった。
私はコトリとティーカップを置いて、真っ直ぐシューベルトを見つめる。
「聞いていますわ。ただ、すごい被害妄想だなぁと感心してしまっていただけですもの」
私は何と伝えればシューベルトを刺激しないで伝えられるのか考えた。
「被害妄想だと!?事実ではないか!」
「では、直接フォスライナさまにお尋ねになられたのですか?」
「……っ!そ、それは……」
「直接尋ねてもいないのに、勝手にそうだと決めつけるのはいかがなものかと思います。現に、わたくしも先程フォスライナさまと直接言葉を交わして、誤解を解きましたから」
シューベルトが一瞬たじろぐ。私はその間も彼から目を逸らさずに言葉を繋げる。
「それに、シューベルトさまを誰かと比べるのが間違っています。シューベルトさまはシューベルトさまです。他の誰でもない、たった一人の人間です。この世に二人と同じ人間は存在しないのですから、シューベルトさまがフォスライナさまと違うのは当たり前でしょう?それを理由にお話されることを拒むのでしたら、それは間違っています」
それに、迷惑です。今回の件だって、事前に二人が話していたら誤解が解けただろうし、私がこんなにあたふたする必要も無かったはずだ。
もう二度とこういったいざこざに巻き込まれないよう、シューベルトには釘を刺しておく。私は平凡な日常を送りたいのだ。多少恨まれたとしても仕方ない。平穏の為なら私は悪魔にだってなってやる。
「そんな事言ったって、俺は……俺は……」
シューベルトが、泣きそうな顔で私に何か伝えようと口を開け閉めする。彼の瞳にはいつもの自信がなく、不安気で何かに縋っているようだった。
その姿にザワリと心が揺れる。
「もう、しつこいですわ!うじうじうじうじ、そんなシューベルトさまを見ているとイライラしてしまいます!いつもの俺様はどうしたのです?いつもの我儘はどうしたのです?あなたはなりふり構わず堂々としていれば良いのですわ!堂々と我儘を言って周りの人を困らせていれば良いのです!それにわたくしを巻き込まないでくださいまし!」
私の知っている、好きな推しの姿ではなかったためつい感情を抑えられなかった。私の好きなシューベルトは、我儘で俺様だけど、根は優しくて無邪気に笑う姿がとても素敵なシューベルトだ。うじうじシューベルトはお呼びではない。
せっかくこうして現実で推しに出会えたのだから、私の好きな推しの姿でいて欲しい。
「お前は……俺が、このままでも良いと言うのか?我儘を言って困らせても、兄上とは全く違っても、良いと言うのか?」
それなのに、まだ自信なさげにそう言うシューベルトにカチンときてしまう。
良いと言ったのに聞こえなかったのかしら?もしかして耳が悪い?それとも私を怒らせるためにわざと演技してる?だとしたら素晴らしい演技だねと賞賛するわ。
「良いと言っているではないですか。それでもフォスライナさまのようになりたいだとか、こうなりたいだとか思うのならお好きなようになさいまし。わたくしには関係の無いことですから」
私は冷たく言葉を放つ。悪いと思ったけれど、それでも私はシューベルトに好感を持たれてはいけないので仕方がない。
私は紅茶を一口飲む。しかし、しばらく経ってからさすがにこれじゃ印象が悪すぎるかなと思い、にっこりと笑って付け足す。
「シューベルトさまのお好きなように生きれば良いのですわ。あなたの人生ですもの、やりたい事をすれば良いのです」
嫌われすぎて殺されるのも嫌だからね。
私の言葉を聞くと、シューベルトは大きく目を見開いて、しばらく私の顔を見ていた。何も言わずじっと見つめてくる視線に耐えられなくて、私は目の前にあるお菓子をパクリと口に運ぶ。
もしかしたら言われたことが衝撃すぎて、まだ頭の中で処理できていないのかもしれない。私も前世の記憶を持ってからそういうことがよくあるので、理解できた。きっと今一生懸命考えをまとめているところなのね。
私は何も言わず黙々とお菓子を食べる。今日のお菓子はマドレーヌだ。美味しすぎて止まらない。
そういえば、私の最推しはお菓子作りが趣味だった。ものすごい美味しそうなものを作っていたんだよな〜。仲良くなったらご馳走してくれるかな。
いや、それよりも自分のメンタルを鍛えなきゃ。お菓子食べる前に幸せすぎて天国逝っちゃったら困るもんな。
そんな幸せであり恐ろしくもある未来を想像していたら、不意に、
「お前、お菓子好きなのか?」
と尋ねられた。私は最推しのお菓子を食べる想像をしていたので、つい顔が緩んだまま、
「はい、大好きです」
と声を弾ませて答えてしまう。
そこでハッとして気を引き締める。これじゃあまるで、私がお菓子が好きすぎる令嬢になってしまう。
……まあ、間違いではないけれど。
すると、シューベルトは一瞬固まって、それからそれは無邪気で素敵な笑顔をして、
「そうか」
と言った。
「……っ!?」
不意打ちに私の一番大好きな無邪気な推しの笑顔をくらって、思考が一旦停止する。
待って落ち着け私。大丈夫、冷静になろう。ここで倒れたらダメだ。あのうじうじ姿から、私の大好きなシューベルトのあの無邪気な笑顔が見られたのだ、これは喜ぶべきことだ。きっともう二度と見られない。頭に保存しとこう。
気が付くとシューベルトは立ち上がっていて、
「それじゃあ俺は帰るぜ。また遊びに来るからよろしくな」
と言って、軽やかに帰っていった。
……はい!?今何と言いました!?また遊びに来る!?何故に!?
頭の中ははてなマークでいっぱいだ。ただ、唯一分かることがあった。それは、私はもう平凡に生きられないかもしれないということだ。
フォスライナにシューベルト。王子様二人が我が家に足を運ぶようになれば、私は身分的に断れないからおもてなしをしなければならない。すると接点ができまくるわけで。
王子と仲良くなるなんて、事件に巻き込まれる可能性を高めるだけだ。うあ〜、なんでこうなった。どこで間違えた。全く分からない。
つい先程まで、嫌われて逮捕状でも渡されるかとビクビクしていたのに……。なんか気に入られるようなことした?失礼なことしか言ってないと思うんだけど。王子様たち、よく分からないね。
私はソファに深く腰掛けながら考える。考えても考えても、良い答えは得られそうになかったので、考えるのを止めて残ったマドレーヌを食べた。
王族と関わることになっちゃったけど、よくよく考えてみたらフォスライナもシューベルトも私の推しキャラだ。推しと仲良くなれるならそれは幸せなことではないか。
だって、前世ではフォスライナやシューベルトとも話してみたいと思っていたのだから。その夢が叶うのならまあ良いじゃないか。多少の事件ぐらいどうってことない。
それに、私にはファイアルビットがいるからね。他にも魔剣を創るつもりだし、剣術を極めれば、死ぬ確率も減るはず。
うんうんと頷きながら、美味しいマドレーヌを平らげた。よし、これでゴミ箱行きは回避できたね。
私はご機嫌でお庭へと出て、水剣、風剣、土剣、光剣、闇剣を創ることにした。どんな魔剣ができるかワクワクである。
私は動きやすい服に着替えて、多少暴れても大丈夫そうな場所へ向かった。
無事シューベルトとも和解できました(*´∇`*)勘違い王子様たちと何事もなく(?)て良かったね、ルナディール。次回はシューベルト目線です。