思い通りにいかないお茶会
俺はシューベルト・エルプニッツ、第二王子だ。
二つ上には完璧な兄がいる。勉学、体術、剣術、社交、何においても完璧で、曲がったことが嫌いな完璧主義者。規律や模範を遵守する兄とは合わないとつくづく思う。
俺は自由が好きだし、何事にも縛られない生活を好む。好きなことをして生きていきたい。
周りは王位継承だとかで勝手に派閥を作り、対立している。兄と戦っても負けるのが目に見えているのに馬鹿馬鹿しい。俺があの完璧な兄に勝てるわけがない。
王位なんて面倒なもの、兄が勝手に継げばいい。
「おい、聞いたか。フォスライナさまが婚約をまた断ったらしい」
「ええ、毎日たくさん婚約の申し込みが来るにも関わらず断り続けるなんて。フォスライナさまのお眼鏡に敵う方がいらっしゃらないのでは?」
「ああ。しかし、完璧主義者のフォスライナさまの隣に相応しいご令嬢なんていないだろう。このままだと一生相手が見つからないのではないか?」
「あら、それは好都合ではありませんか。フォスライナさまが未婚でいらっしゃるから、シューベルトさまも王位を継げる可能性がまだあるのです。……あまり大きな声では言えませんが、はっきり言ってシューベルトさまは落ちこぼれですわ。あの完璧でいらっしゃるフォスライナさまと、本当に血の繋がりがあるのか疑わしいほどです」
「おい、誰かに聞かれたらただじゃ済まないぞ。言葉には気を付けろ。……ただ、そうだな、それは言えてる。俺もフォスライナ派に移るべきか?シューベルトさまが王位を継ぐ姿なんて想像できないぞ」
「あら、シューベルトさまを裏切るんですの?」
くすくすくす、と笑い声が聞こえる。
最近、兄の元にたくさん見合いの話が来ていることは知っていた。それを全て断っていることも知っている。兄は完璧主義者だから、良いと思う令嬢がいないのだろう。
全て断ってはいるが、いつ兄が結婚するか分からない。兄が結婚してしまうと、派閥争いが兄に有利な方へ傾く。
劣っている俺の周りには、きっと誰一人として残らないだろう。俺の味方がいなくなる。孤独になる。
兄が王位を継ごうが継ぐまいがどうでも良かったけれど、自分が一人になるのは嫌だった。周りの人全員が俺の元を去り、兄側につくのが怖かった。
俺の派閥の者も、早く婚約を、結婚を、と急かすようになってきた。見合いの話も多少きた。しかし、どうにも気が乗らなかった。
試しに数人の令嬢と見合いをしてみたが、誰とも会話が弾まず、ありきたりなつまらない世間話で終わってしまう。誰一人として俺に興味がなさそうだった。
俺が王族だから、俺が王位を継げるかもしれないから、そんな理由で見合いにくる令嬢ばかりだ。
誰か一人でも、俺を見てくれる人がいれば良かったが、そんな人は誰もいなかった。
家族も、使用人も、見合い相手も、同派閥の人も、全員俺を『シューベルト』としてではなく、『第二王子』として見てくる。そして、『王位』を求めてくる。
小さい頃からそうだった。周りの人は、誰一人として俺を俺として見てくれない。それが嫌だった。
また、それを受け入れている兄も嫌いだった。だから、俺は『完璧』である兄に対抗するように、『完璧』ではない振る舞いをした。勉強中に部屋を抜け出したり、仕事を放り出して外で遊んだり、我儘を言って困らせたり。
全ては兄に対抗するため。そして、誰かが俺を一人の人間として扱ってくれることを望んで、そんな風に振る舞い続けた。
俺と兄、二人で開いたお茶会で事件が起こった。
何か揉めているのは分かったが、仲裁するのは面倒だった。兄に任せておけば良いとしばらく放置していたら、どこかの令嬢がビクビクしながら俺のところまでやってきて、
「あ、あの、シューベルトさま。あちらで揉め事が起こってしまったのですが、どうか止めてはくださいませんか?その、身分的に王族の方が出ていかれた方が良いかと思うのです」
と声をかけてきた。
身分的に、か。確かに俺が止めに入れば争いはすぐに収まるだろう。だが、なんとなく釈然としなかった。今まで俺のことを王族だと遠回しに見ているだけで、ろくに声をかけてこなかったくせに、揉め事が起こった途端これ幸いと声をかける。腹立たしい。
俺はイライラとした気持ちで仲裁に入ろうと近付いていくと、輪の中心から「やめなさい!」と凛々しい声がした。
俺以外にも仲裁しようとしている人がいるではないか。
俺は出て行くのを辞め、代わりに少し遠巻きに観察することにした。
背の高い黒髪で黒い瞳の男が、金髪で青い瞳の令嬢に数人の男から庇われている様子が窺えた。普通反対ではないか?
数人の男に睨まれて喧嘩を売られても、怯むことなく堂々と言い返す様子に、なぜかスカッとした。
しばらく言い合っていたが、何かが彼女の逆鱗に触れたのだろう。それは凄まじい勢いで怒鳴りつけたのだ。俺も、周りにいた人もあまりの出来事に呆然としてしまう。
そして令嬢が男たちを追い払った後、彼女は自分がしたことに気が付いたのか、サアッと青ざめてどこかへ去っていった。
それにしても、さっきの光景はなかなか凄かった。お茶会でそうそう見られるものじゃない。
事情聴取のためにも、俺より近い場所で目撃していた人たちに話を聞くと、あの令嬢は宰相の娘のルナディール・ロディアーナだと分かった。そして、彼女が庇っていたのがアリステラ・ロディアーナで時期宰相候補。そんな身分の高い人たちに喧嘩をふっかけていたのが伯爵の息子たち。詳しい家名とかはどうでも良かったし興味もなかったのですぐに忘れてしまった。
それにしても、ルナディール・ロディアーナか。面白い令嬢だ。どうやら彼女は男たちを撃退しただけではなく、婚約なんて面倒なことはしないと言い切ったらしいのだ。
興味が湧いてしょうがなかった。こんなにたくさんの貴族が集まる中で、頭に血が昇ったからといってそのようなことを言うなんて普通じゃない。
どうしても彼女と話してみたくなった俺は、彼女をお茶会に招待しようと思いついた。王族から名指しで招待されれば必ず来るはずだ。
しかし、普通に招待状を送っても、義兄だというアリステラもついて来そうだ。俺はルナディールと二人で話してみたいのだ、義兄は要らない。だったら、一人で来るようにと書くか。
招待状を書き、さあ送ろうとしたところでふと思い留まる。面識も無い王族からいきなり一人で呼び出しをくらったら、何か粗相をしたのではと怯えさせてしまうかもしれない。それは本意ではない。
俺は少し考え、ルナディールが唯一交流のある令嬢、レティーナに招待状を渡してもらうことにした。友人から貰えば少しは怯えずにすむだろう。
うんうんと頷き、俺はレティーナに招待状を託してお茶会の日を待った。
そして待ちに待ったお茶会の日。
「シューベルトさま、この度はお茶会にお招きいただきありがとうございます。お初にお目にかかります、ルナディール・ロディアーナと申します。以後お見知り置きを」
俺は、なぜかルナディールと兄が一緒に登場したことに驚いて声を上げられずにいた。
なぜ兄と一緒にいる?なぜ兄がルナディールをエスコートしてきた?二人は面識があるのか?兄がエスコートをするほどの仲なのか?
「フォスライナさま、ここまでエスコートをして下さりありがとうございました」
挨拶を返せずに、呆然としたままの俺を無視して兄にもお礼を言う。すると兄は笑顔で、
「いえ、お気になさらず。不出来な弟に代わってエスコートをしたまでですから」
と言葉を返した。
不出来な弟に代わって?何を言っているんだ、喧嘩を売っているのか?それとも俺がルナディールをお茶会に誘って怒っているのか?
わけが分からず、つい、
「ルナディール、これはどういうことだ?なぜここに兄上がいらっしゃる?兄上と其方はどういう関係だ」
ときつく言って睨みつけてしまう。
するとルナディールの前にサッと兄が進み出て、まるで庇うかのようにして俺ににこやかに語りかける。
「ロディアーナ嬢は悪くないですよ。私がこのお茶会に参加したいと無理を言ったのですから。それよりもシューベルト、これはどういう事かちゃんと説明してください。お互い面識が無いにも関わらず、ロディアーナ嬢を一人でお茶会に来させたこと、あなたが招待したにも関わらず、迎えに行かずここまでエスコートも無しに歩かせたこと。彼女は宰相のご令嬢なのですよ。その辺りを考慮した上の行動なのですか?」
そのあまりの剣幕に気圧される。今まで兄と関わらないようにしていた分、なんて言葉を返せば良いのか咄嗟に出てこない。
なんと答えるのが正解だ?そんなに兄はルナディールと仲が良かったのか?もしかして見合い話を全て断っていたのはルナディールのことが好きだからか?
抜け駆けは許さないとかそういうことなのか?
「お、俺はただ、この前のお茶会でのことを聞きたかっただけだ!兄上も知っているだろう?この女が我ら王族主催のお茶会で揉め事を起こしめちゃくちゃにしたことを!」
とりあえず何か返さなければ、と思って咄嗟に声に出た理由がそれだった。
しかしその返答はまずかったのか、兄の顔はますます笑顔を濃くしていく。
「なるほど、つまりあなたはロディアーナ嬢を糾弾しようとお茶会に招いたと?」
糾弾とは違うが、他に言葉も見つからず、兄の様子にだんだん頭が真っ白になってきた俺は、どうにかして早く兄をこの場から立ち去らせたいと思い、
「そ、そうだ!だから兄上はこのお茶会に参加しなくても良いのだ!兄上はお仕事で忙しいのだろう?こんなやつに構わず自分の仕事を……」
と言ったのだが、兄は俺の言葉を遮って、
「それでしたら尚更私も同席しますよ。あなたの我儘でロディアーナ嬢を不快にさせるわけにはいきませんからね。それに、私もその件について聞きたいことがあったのです」
と俺ににっこりと微笑んだ。そしてそのまま後ろを振り返り、流れるようにルナディールを席に座らせると、笑顔で、
「なので、今日はよろしくお願いしますね」
とルナディールに言い、ルナディールも「はい」とすぐに返事を出す。
思い通りにいかないことにイライラしながらも、俺はひとまず紅茶と菓子を勧めお茶会をスタートさせた。
しかし、何をどう話をすれば良いのか分からなくて困惑した。兄に笑顔で圧をかけられ続けているのだ。恐ろしくて頭が上手く働かない。
ルナディールのことが好きなら先に教えてくれれば良かったんだ、もし知っていたらお茶会に呼んでいなかった。兄とは関わりたくないのだから。
兄への苛立ちと突然の出来事で、
「おいお前、あの時はよくも面倒を起こしてくれたな。爆弾発言をしてそのまま帰るとかどうなっているんだ?せめて後始末くらいしてから帰れ!」
と少々苛立った声でルナディールを睨みつけてしまった。
「その節は大変ご迷惑をおかけいたしました。申し訳ありません」
俺の言葉を聞き、そう言って深々と頭を下げる。
「ですが、あれは仕方のなかったことなのです。王族主催のお茶会には、たくさんの貴族がいらっしゃいました。あのような場でお義兄さまが罵られている姿を見て、つい頭に血が昇ってしまったのですわ。なので、悪いのはむしろお義兄さまを侮辱した方たちなのです。その辺は勘違いなさらないようお願いいたします」
にっこりと笑って俺に話しかけるルナディールに驚いて、つい動きが止まってしまう。
違う、そうではない。本当は謝って欲しいわけでも責めているわけでもない。これは八つ当たりだ。
それなのに、怒らず不快な顔をせずにっこりと微笑む彼女に驚きが隠せなかった。
そして、俺が無言でいるとルナディールは目の前にあるお菓子をパクパクと食べ始めた。重苦しい雰囲気を少しでも紛らわそうと、無理して食べているのだろうか?
そんな気を遣えるルナディールに少し感心してしまう。そこで視線を感じて、恐る恐る兄の方を見ると、兄とばっちり目があってしまった。
途端に頭の中が真っ白になり、また思ってもいないことを口走ってしまう。
「お前、自分が悪くないと言い張った挙げ句に菓子を食べ続けるとはどういう性格しているんだ!それでも令嬢か?貴族は王族を立てるものだろう!もっと遠慮したらどうだ!」
なんてよく分からないことを言ってしまう。
違う、そうじゃない!俺は普通に話したいんだ!これじゃあまるで本当に俺がルナディールを虐めているみたいではないか。
「これは失礼いたしました、シューベルトさま。わたくし、あまりのお菓子の美味しさについ手が止まらなくなってしまいましたの。さすがシューベルトさまがご用意されたお菓子ですわね、サクサクでしたわ。ですが、お菓子を食べすぎるとシューベルトさまのお気に触るようですので、少し控えさせていただきます。ご助言の程、ありがとうございます」
それなのに、ルナディールは怒ることもなく、ただ私を見つめにっこりと笑いお礼を言ってきた。
そして、言葉を話すことも食べることも禁止された彼女は、ただじっと俺と兄の様子を窺うばかりだ。
どうしてこうなるんだ、本当はもっと楽しいはずだった、二人で色んな話をして菓子を食べるつもりだった。それなのに、相手に気を遣わせて謝らせて、最低だ。
どうしましょう、というようにこてんと首を傾げたルナディールを見ていられなくて、自分が不甲斐なくて、そして兄の視線に耐えられなくて。
「ルナディール・ロディアーナ!俺はお前を忘れないからな!その憎らしい笑顔を絶対に悔しさと絶望で染めてやる!覚悟しろよ!」
俺はルナディールに宣戦布告の如く指を指してそのまま立ち去った。
最悪だ。
最初から最後まで、俺はルナディールを不快にさせただけだった。初対面がこれだ、嫌われたに決まっている。
俺は深くため息をついた。
せっかく久しぶりに楽しみにしていたお茶会だったのに、全部兄のせいで台無しだ。……後で、怒られるんだろうな。よくもルナディールを虐めてくれたなと怒られるに決まっている。
ここで、お気に入りだったのなら先に教えてくれれば良かったのになんて言ったらどうなるんだろう。もっと怒られるのだろうか。
……ルナディールにも、後で謝罪を入れなければならない。謝罪、受けてくれるだろうか。断られてもおかしくないよな。
しかし、それからしばらく経っても兄が部屋に乗り込んでくることはなかった。何も言われない不気味さに震えつつ、俺は早くルナディールに謝ってしまおうと決めたのだった。
シューベルト目線でした。お茶会参加メンバーそれぞれ、違ったことを考えていましたね……。次回は王子様と和解編です。