お友達として
目の前で繰り広げられる感動シーンに、涙を浮かべながらじっと魅入っていると。
「……一体いつまでそうやっているつもりだ?」
ふと、隣からため息交じりにそう義兄が言葉を発したので、え?と私は義兄を見上げた。
見ると義兄は心底くだらなさそうな目で二人を見ていて、
「そういうのは家でやってくれ。私たちは忙しいんだ」
と容赦なく言うので私は目を見張った。
え、え、え?
待って待って待って、今目の前で繰り広げられているのはきっと、ハッピーエンドのスチルだよ?
こんなに幸せでキラキラ輝いている、尊い二人を前にしてその台詞が言えちゃうの?
いや、そんな、まさか。いつもの優しさはどこにいったの?どうしてそんな、急に冷たく……
今こんな言葉を発すなんて、冷たい人間に間違われかねないよ?
もしかして、いつの間にか本来の冷酷な性格に戻ってしまったのだろうか、と一人困惑しながらじっと義兄を見つめていると。
「も、申し訳ございません」
「すみませんでした」
注意された二人は慌てて離れて、スッと背筋を伸ばしてしまった。
せっかくの尊いシーンが終わってしまったので、私は不満たっぷりに軽く義兄を睨む。
「お義兄さま、どうしてそんなことを言うのですか。せっかく二人の尊いシーンに魅入っていましたのに……」
「な、なぜそんな顔をするんだルナディール。私はただ正論を言っただけだ。私たちにはやるべき事がたくさんある、こんな茶番に付き合っている時間は……」
「茶番!?何を言っているのですかお義兄さま!これは誰もが涙する感動シーンであって、茶番などでは決してありません!!ソルユアの長年の想いがようやく届き、さらにはこれから一緒に暮らせることになった、奇跡のような場面ですよ!?どうしてこの素晴らしさが分からないのですか、私はもう感動して感動して……このような結果を与えてくださった神に感謝を捧げたいくらいなのにっ!!」
興奮した私がバッと立ち上がってそう力説すると、皆は目を丸くして私を見つめた。
「る、ルナディール様……?」
変な者を見るような目で私を見るソルユアに、私はハッと我に返ってストンと静かにソファに着席する。
「こ、こほん。す、少し興奮しすぎてしまいましたわね……え、ええと、とにかく!わたくしはソルユアとソレイユさまが幸せになられたようでとても嬉しく思いますわ」
おほほほ……と笑って誤魔化しを入れるもやっぱり微妙な空気は拭えず、私は心の中でもの凄く反省した。
どうしてあのようなことを言ってしまったのだと、数秒前の自分に怒ってやりたい。
推しのスチルを見ている時に邪魔が入ったものだから、ついカッとなってしまった。ここは現実なのだから、もっと冷静にならなくてはいけないのに。
「え、ええと……それでは、わたくしたちはもうそろそろお暇させて頂きますね。これ以上ルナディール様のお時間を取る訳には参りませんから。本日は急なご訪問失礼致しました。このご恩は一生忘れません。また後日、ライオ様とともに御礼をさせて頂きたく存じます」
「私からも、本当にありがとうございました。今後、もし何かありましたら何なりとお申し付け下さい。全身全霊でお応えしたいと思います」
ぺこり、と深々と頭を下げる姉妹に、私は慌てて手を振って、顔を上げてください!と頼む。
「そんな、お礼なんて結構です!今回はたまたまこうなっただけと言いますか……それに、わたくしは何もしておりません。この結果は、ソレイユさまが行動したから得られたものです。ソレイユさまが行動しなければこのような幸せな結果にはなっていませんでした。ですから、お礼など必要ありませんよ」
私は別に、二人に恩を売りたかったわけではない。ただ、推しであるソルユアが幸せになれば良いと思っただけ。
それに、元はといえば私が暴走したせいでソルユアがバッドエンドの危機に陥ってしまったのだ。だから、どうにかしようと思っただけ。つまりは自分の為だ。感謝されるような事ではない。
……しかも、今回は何がどうなってこんな結果になったのかも良く分かっていない。
私はただ、場をかき乱して一人焦っていただけのような気もするし……それでお礼とか貰えない。
「で、ですが……」
「私がルナディール様に救われたのは事実です。それに、お姉ちゃんとライオ様がより幸せになったのもルナディール様のお陰だと聞きました。私は一生を懸けても返せないほどの恩をルナディール様から受けたのです」
しかし二人はそう言って効かず、何かお礼をさせて欲しいと口にする。困った私は、うーんと考えてとりあえず一つの提案をした。
「……では、一つだけよろしいでしょうか」
「「はい、何なりと!!」」
私の言葉に、そう同時に返す二人になんて息がピッタリなんだと微笑ましく思いつつ、私は二人を見つめた。そして、緊張しながら一つのお願いを口にした。
「で、では……わたくしと、お友達になっていただけませんか……?」
「……お友達?」
私の願いを聞いた二人は、きょとんとした顔で互いに見つめ合って首を傾げた。
まぁ急にそんなことを言われても困るよねと思いつつ、私はゆっくりと言葉を繋げる。
「はい。その、実はわたくし、お恥ずかしながら女性のお友達はレティーナしかおらず……前から、もっと女性のお友達を増やしたいと考えていたのです。なので、ソルユアやソレイユさまとお友達になれたら嬉しいな、と……一緒にお茶したり、他愛の無い話をしたり、たまには恋バナとか……その、ダメでしょうか」
不安になりながら二人を見つめると、二人は驚いたように私をじっと見つめた。
ドキドキと心臓が高鳴って、身体もじんわりと熱い。断られたらどうしよう、と不安が募った。
とてもとても長く感じられた沈黙の後、二人は小さく笑って、もちろんですと頷いてくれた。
「こんなわたくしでよろしければ、是非。ルナディール様のような素敵な方とお友達になれるだなんて、とても幸せですわ」
「私もです。まさか、そんなお願いをされるとは思いませんでしたが……これからよろしくお願い致します」
「……!!はいっ、ありがとうございますっ!!」
二人の言葉が嬉しくて満面の笑みでそう返すと、レティーナも嬉しそうにくすりと笑った。
「おめでとうございます、ルナディール様。今度、四人でお茶会をしましょうね」
レティーナの言葉に、私はさらに幸せな気持ちになりながら笑顔で頷く。
「ええ。その時は、とびきり美味しいお菓子を準備するわ。レティーナ、ソルユアを紹介してくれて本当にありがとう。お陰でこんなに素敵な姉妹とお友達になれたわ」
「ふふ、わたくしもこのような幸せな結果になって嬉しいです。流石ルナディール様ですわ」
笑い声が響き、部屋が幸せで満たされる。
なんて心地よい空間なのだろうと私は心の底から思った。
推しであるソルユアとお友達になれた。その事実が、たまらなく嬉しい。
それからレティーナとソルユア、ソレイユは馬車に乗って帰って行った。
馬車が見えなくなってからも玄関先で突っ立っていると、隣にいた義兄がポンと私の頭の上に手を置いた。何だろう、と義兄の顔を見上げると、義兄は優しい笑みを浮かべていて、
「良かったな」
と短く一言だけそう呟いた。それから真っ直ぐと馬車の消えた先を見る義兄に、私も小さく笑って同じく馬車が消えた方を見た。
「はいっ」
「……それでルナディール、お前はこれからどうするんだ?」
しばらく幸せの余韻に浸っていると、ふいに義兄は頭に置いていた手をどけてそう尋ねてきた。私は手の重さが消えて少し寂しく感じながらも、うーんと一人考える。
本当は今日、ソルユアの家に突撃するつもりだった。それが逆に突撃されてしまい、しかもいつの間にかソルユアの問題は解決されていた。お陰で今日やるべき事はもう何も無い。
これから魔研に行っても良いかなとは思うけれど、昨日護衛には、朝現れなかったら魔研には行かないから各自好きなように過ごして欲しいと伝えてしまった。それを撤回するのも申し訳ない。
かと言って家で過ごすのもなぁ……何かないだろうか、用事。
「お義兄さまは何かご予定が?」
決まらなくて義兄にそう尋ねると、
「今日はルナディールについていく予定だったから特に無いが……仕事に勉強など、予定を作ろうと思えばいくらでも作れる」
と即答され、流石は優秀なお義兄さまと私は感心した。
しかし、仕事に勉強ってどれも堅苦しいものばかりだ。たまには息抜きぐらいしても良いのではないだろうか。そうじゃないといつか疲労で倒れてしまいそうだ。
私だったら、絶対途中で下町に逃げ出したくなるだろうな……
そう考えて、私はハッと良い用事を思い付いた。
そういえば私は、レティーナに何も贈り物をしていなかったのだ。レティーナにはソルユア絡みの事で色々と手伝ってもらった。それに、私の大切なお友達だ。そんな彼女に、感謝を込めて何か贈り物をしたい。せっかくなら、私にしか出来ない贈り物を。
では、その贈り物とは何か。そんなものはもうあれしかない、魔石だ。
今回も下町に行って、ベルリナさんのお店で何か作ってレティーナに贈り物をしよう。
ついでにメルアちゃんとお話して癒されてこよう。うん、そうしよう。
良い用事を思い付いた私は、満面の笑みで義兄を見上げて、
「私も良い用事を思い出しました!下町へ行ってきます」
と言った。そして、さぁ出発しようと動き出せば、待てと義兄に腕を掴まれ止められる。
「下町へ何しに行くんだ?まさか一人で行くつもりか。流石にそれは危険すぎる」
心配性の義兄はそう言って、私が勝手にどこか行かないよう腕を掴む手に力を入れた。
「下町にはレティーナへの贈り物を買いに行くのと、可愛い可愛い天使ちゃんに会いに行くのです。危険な事はありませんから心配しないでくださいませ。それに、もし仮に危ない目に遭っても今はクロウがいます。クロウを召喚すれば何も心配はありません」
あの時の私ではないのですよ、と胸を張ると、義兄はやれやれと言った感じでため息をついてふるふると首を横に振った。
「どうしてお前はそんなに下町へ行きたがるんだ……あそこは貴族がうろうろして良い場所ではないだろう。自分の身分をちゃんと分かっているのか?」
「む……分かっていますとも!だからバレないように変装をして平民に扮しているのではないですか」
「だが、あの女にはバレていなかったか?」
「うっ、それは……きっと、レティーナが私のお友達だったからです。あと、レティーナの観察力が凄かったとか」
私の言い訳に大きくため息をついた義兄は、少し考えてから、
「そんなに下町に行きたいのならば、俺も一緒に行く」
と言葉を発した。それに驚いた私は、えっと大きな声が出てしまった。
「お義兄さまも行くのですか?」
「あぁ。ダメなのか?」
「え、いや、別にダメという訳では……」
義兄もついてくるとは思わなかったので口籠もると、義兄は、
「行くならさっさと行くぞ。平民っぽい服装をすれば良いのだろう?」
と私を引っ張って家の中に入ってしまった。
「では、着替えたら玄関前に集合だ。馬車は俺が手配しておく」
行動が早い義兄は、そう言うなり自分の部屋がある方へスタスタと歩いて行ってしまった。
玄関に取り残された私は、仕方がなく自分の部屋へ向かい下町へ行く準備を済ませることにした。
それにしても、義兄が行くとなると下町での行動もかなり制限されるのではないだろうか。
何よりシャイニンフェルの無限収納が使えなくなる。義兄にはアースルトランの存在がバレているが、それでも二個目の魔剣について暴露するのには少し抵抗がある。
これ以上化け物じみた力を持っていると思われたくはない。
それに、魔石で作るプレゼントも危うい。ジャミラドに聞いたら、魔石で何かを作れる人なんて聞いたことが無いみたいなことを言っていたし……まぁ、ロイゼンにはバレているけれど。
でも、レティーナへの贈り物はやっぱり魔石で作った物にしたいんだよなぁ。だって、自分にしか出来ない錬金術っぽい力で作る贈り物ってなんか良いじゃん。特殊効果とか色々ついていそう。
それに何より、相手への想いを心の中で述べるだけで勝手に出来ちゃうっていうのが良い。デザインとか選ぶ必要が無いからとっても楽。
……まぁ、プレゼント選びから逃げていると言われればそうなのかもしれないけれど。
どうしようかなぁ、と色々考えているうちに支度はあっという間に整い、鞄を持って外に出るともう義兄が馬車の前で待っていた。
「すみません、お待たせしました」
「大丈夫だ」
声をかけられた義兄は、振り返って少しだけ目を見開いた。それから私の服の袖をつまみ、
「こんなにも違う物なのか……」
と溢したので、私はつい苦笑する。
確かに義兄は、いつもより質素な服を着ていたがそれでもやっぱり貴族オーラが漂っていた。本物の平民の服を着た私の隣に立つとその差は歴然としていて、そりゃあ驚きますよねと思う。
きっと、最初トールが私に会った時もこんな感じだったのだろう。本物の平民の服とはまるで違う、あからさまな違い。これで平民に扮したつもりで下町を歩いても、お忍びで来た貴族だと丸わかりだ。
「私も、最初は実物を見て驚きました。きっとお義兄さまが今着ている服は、平民にとって一張羅に分類されるものでしょう。下町を歩くのならば、トールのところで服を買った方が良いと思うのですが……お義兄さまが嫌でしたら、そのままでも大丈夫ですよ」
私の提案に、少し考え込んだ義兄。
「……いや、俺も平民の服を買おう。このままではルナディールに迷惑をかける恐れがあるからな」
「では、最初の行き先はトールのお店ですね」
にこりと笑うと、義兄はこくりと頷いて私に手を差し出した。義兄の手を取って馬車に乗り込むと、ラーニャがお気を付けてと見送ってくれた。
「あ、お義兄さま。私、下町ではルナと名乗っているんです。なので、下町では私のことをルナと呼んでくださいね」
「ルナ……?偽名を使っているのか?」
「はい。下町といっても、どこで誰が見たり聞いたりしているか分かりませんからね。面倒事を避けるためにも、平民のルナとして振る舞っています」
「なるほどな……では、俺も偽名を使うとしよう。ステラと呼んでくれ」
「ステラ、ですか?」
きょとんとして首を傾げると、義兄はこくりと頷いて指摘してくれた。
「あぁ。平民のルナが、俺の事をお義兄さまと言うのはおかしいだろう。それと、敬語も要らないからな」
その言葉に、ハッとして私もそうですねと頷いた。
確かに、平民は兄のことをお兄さまだなんて言わない。それに、普通の兄妹間で敬語を使うのもおかしい。前世でも、兄のことをお兄さまって呼ぶ人なんていなかったし。
でも、じゃあ私はどういう風に義兄と接すれば良いのだろう。友達のように接して良いのだろうか。
え、推しに?しかもアリステラに?それは何というか……ちょっと、抵抗が……
いやでも、平民に扮すると決めた以上、バレる危険がある行為はしない方が良い。ここは素直に義兄に従った方が良い気がする。
「で、では……お義兄さまのことは、ステラと呼ばせていただきますね」
「あぁ。下町に着いたら敬語も外すんだぞ」
「が、頑張ります」
馬車に揺られながら、私は必死に頭の中でデモンストレーションをして義兄をステラと何度も呼ぶ。
ステラステラステラ……とひたすら繰り返し、平民モードに切り替えた私は、正面に座る義兄を見て微笑んだ。
「私はもう切り替え完了です。平民モードの私を見ても驚かないでね、ステラ」
ステラと呼ばれた義兄は、きっと慣れていなかったからだろう、大きく目を見開いてフリーズしてしまった。
「……敬語を外すようお願いしたのはステラなのだから、怒らないでね?下町にはまだ着いていないけれど、今から慣れておかないとやらかす気がするから……平民に扮すと決めた以上、私は完璧に演じてみせるわ」
「……っ」
下町に着く前から平民モードに変えて、ステラ呼びとため口に慣れようとした私。しかし、何故か義兄は私の宣言を聞いてバッと片手で顔を隠し、思いっきりそっぽを向いてしまった。
「あ、あれ、ステラ……いえ、お義兄さま?大丈夫ですか?」
急にどうしたのだろうと尋ねても、義兄はそっぽを向いたまま何も言葉を発さない。
心なしか手が小刻みに震え、顔も少し赤かったので、もしやいきなりため口を使われたから怒ったのではないだろうかと不安になった。
さっきはため口でも良いと言ってくれたが、やはり実際に言われるとムカッとしてしまったのだろうか。
馴れ馴れしく話されるのが苦手な人だっている。今まで気にしていなかったが、もしかしたら義兄はその類いの人なのかもしれない。
「えっと、その、無理しなくても大丈夫ですよ。私にため口で話されたくないのなら、別に私は敬語のままでも……ほら、平民の富裕層なら怪しまれないかもしれませんし。それに、職場の先輩後輩って関係もありますから。ステラ先輩って呼ぶなら敬語でも問題はないと思います!」
こんなことで義兄の機嫌を損ねたら大変だと思い、私は必死に敬語のままでも大丈夫な関係性を考えた。
まさか、こんなに拒絶反応を起こされるほど、義兄がため口で話されることにストレスを感じるとは思わなかった。そりゃあ俺様王子のシューベルトが嫌いな訳だと私は納得してしまう。だって、シューベルトは誰に対しても基本的にため口なのだから。
そういえば、同じく基本ため口のサタンのことも鋭い目で睨み付けていたっけ。
義兄にストレスを与えてしまわないようため口は止めた方が良いと判断した私は、下町でも敬語で話そうと心に決めた。
そして、ため口を嫌う義兄が下町に行っても本当に大丈夫かなと一気に不安が押し寄せる。
これはかなり大変なお買い物になりそうだと、私は小さくため息をついた。
無事ニュイランド姉妹とお友達になれたルナディールは、喜びでいっぱいです。そして、次回は義兄と下町でお買い物。良いプレゼントが見つかると良いですね。