ソルユアの今までとこれから
「ソルユア、少し尋ねたいことがあるんだけど良いかしら」
微笑ましい姉妹のやり取りをずっと見ていたいと思ったけれど、そうもいかないのでそう切り出すとソルユアはこくりと頷いた。
「はい、なんでもおっしゃって下さい。私が答えられることならばなんでもお答えいたします」
ピンと背筋を伸ばし、真っ直ぐと見つめるソルユアに私は小さく笑った。
ソルユアがこんな風に言ってくれるなんて、私はいつの間にか彼女からの信頼をかなり得ていたらしい。
ソルユアが嫌な顔をして「尋ねたい事ってなんですか。私が正直に答える必要があるんですか?」って言わないだなんて……ソレイユの効果が絶大すぎる。
きっと、ソルユアを攻略したいのならば、姉と和解させて姉からの信頼を得ることが一番手っ取り早く進むのだろう。
顔立ちが整っている美しい姉妹が仲睦まじくしている姿はとても尊い。
「ルナディール様?」
私がぼーっと二人に見惚れていたからか、怪訝そうな顔をして尋ねるソルユア。ソレイユもこてりと首を傾げていて、本当にこの姉妹は可愛らしいなと私の中でどんどん二人に対する気持ちが膨らんでいく。
ここに来て、新しい推しペアが誕生してしまいそうだ。
「ふふ、何でもないわ。ただ、あまりにも二人が仲良さそうにしているから嬉しくて……」
「な、なんでルナディール様がそんなに嬉しそうなんですか!」
顔を真っ赤にしてそう言うソルユアがまた可愛くて、
「なんでって、だってソルユアがとっても可愛いんだもの」
と本心からそう言うと、ソルユアはわなわなと拳を振るわせて黙ってしまった。言葉が出ないのか、口をパクパクとさせるのが本当に可愛らしい。
こんな表情を見てしまったら、きっと義兄だってハートを射抜かれてしまうはずだ。
そう思ってちらりと義兄を見れば、義兄は何だか複雑そうな顔をしていて私は首を傾げた。
「ルナディール、聞きたい事があるのだろう?早く用事を済ませたらどうだ」
「え、あ、はい。そうですね」
義兄にそう指摘され、私はコホンと一つ咳払いをしてスッと背筋を伸ばした。
確かに、可愛い可愛いと思っていても仕方がない。私にはまだ、ソルユアに聞かなければならないことがたくさんあるのだ。
「ええと、それでは……まず、ソルユアはいつから私のことを知っていたの?」
「いつから、ですか?」
「ええ。この間は、私に尋ねたいことがあると言ってレティーナに頼んだのでしょう?だから、いつどこで私のことを知ったのか、どうして私にソレイユ様との仲について相談しようと思ったのかが気になって……」
私の知っている物語通りなら、ソルユアから私に接触してくることはない。だから、何がソルユアを動かしたのかがとても気になっていた。
このことについて知ることが出来れば、少しは物語通りに進んでいない理由も分かるのではないかと思ったのだ。
問われたソルユアはしばらく黙ってから、ちらりと私と義兄を交互に見た。それから少し言いにくそうな顔をして、躊躇いがちに言葉を発す。
「……ルナディール様のことを知らない人は、きっと貴族の中にはいないと思います。その、いろんな噂が立つくらい有名人でしたから」
「またルナディールを貶すのか?」
ソルユアの言葉に、義兄はあからさまに不機嫌オーラを醸し出して低く言い放った。私はビクリと肩を震わせたが、ソルユアはふるふると首を振って静かに言葉を続けた。
「いえ、違います。私と姉の仲を取り持って下さった方です、ルナディール様のことを悪く言うことなんて出来ませんよ。それに、姉が女神様だと称えるほどのお方です。そんな聡明で慈悲深いお方の悪口を言う者がいるのならば、私が全力で排除します。ルナディール様が傷心なさったら姉が悲しみますから。姉を脅かす危険がある者は、徹底的に潰します」
目を逸らさず、淡々と義兄に向かってそう告げるソルユアに私はハッと息を呑んでしまった。
義兄に怯まず自分の意見を言える度胸を持つソルユアを凄いと思ったし、その迫力に気圧された。
静かに見つめ合い、互いの思いを汲み取ろうと、二人の間で何かが行われているのだろう緊張感のある空気。
私は二人の顔を見ても、一切考えていることが分からなかった。ただ黙って見つめ合っているようにしか見えない。
だが、賢い二人はきっとこの瞬間、何かを感じているのだろう。私には感じられない何かを。
私はそんな二人を邪魔しないようにじっと静かに待っていた。しかし、先ほど言ったソルユアの言葉が引っかかって、それを指摘したくてたまらなくなりうずうずとしてしまう。
だって、私が女神ってどう考えてもおかしいでしょう!聡明で慈悲深い?それは一体誰のことですか。
絶対、ソルユアは勘違いをしている。聡明で慈悲深く、女神のような人はレティーナだ。私なんかじゃない。
ちらりとレティーナとソレイユの方を見ると、二人は互いに顔を合わせてくすりと笑っていたので、ほらやっぱり!と私は確信した。
二人もソルユアが勘違いしていることに気が付き、可愛いなぁ微笑ましいなぁとか思って笑ったのだ。
これはもう訂正してあげなきゃ可哀想だよ!ソレイユは私じゃなくてレティーナのことを女神って言ったんだよって。
「あのね、ソルユア……」
「ソルユア、あまりルナディール様を待たせてはなりません。アリステラ様も、ソルユアにルナディール様を悪く言う気持ちがないこと、分かって頂けましたでしょう?それに、長い間お二人が見つめ合っているとルナディール様が嫉妬してしまうのではありませんか」
私がちゃんとソルユアの誤解を解いてあげようと口を開いたが、私の声はタイミングよく発せられたソレイユの言葉にかき消されてしまった。
ふふ、と意味ありげに微笑むソレイユに、もしかして誤解させたままにしようとしているのかと私は驚きに目を見張る。
「し、嫉妬など……」
「あら、分からないではありませんか。人は話さないと何を考えているかなど分かりませんから。そうですよね、ルナディール様。ルナディール様も、先ほどは二人が見つめ合っていて心が揺れたのではありませんか?」
「え?あ、はい」
驚いている間に急にソレイユに話を振られたので、私は咄嗟に返事をしてしまい、ソレイユはにこりと微笑んだ。
「ですよね」
「な……」
ソレイユの微笑みに、何故か固まってしまった義兄。もう展開の速さについていけなくて、私は一旦思考をリセットすることにした。
なんというか、ソレイユは意外とお茶目なところがあるのだなと発見した私は少し驚いた。
ソルユアの勘違いをそのままにして楽しむだなんて……私はてっきり、勘違いしていますよと教えてあげるのかと思ったのに。
私の知っているソレイユは、ソルユアを苦しめた嫌なやつって感じだったから、こういった面を見るのは何だか新鮮で不思議だった。
「こほん!ええと、すみませんでした。私がルナディール様に相談しようと思ったきっかけ、でしたよね」
ソルユアはわざとらしく咳をしてソレイユと義兄の会話を切り、私にそう尋ねた。私もそこで気持ちをリセットし、こくりと頷いて話すように促す。
「まず、私が始めにルナディール様に興味を持ったのは、王族主催のお茶会でルナディール様がお義兄様のことを庇ったところを見た時です」
「ふえっ!?」
しかし、思ってもみなかった言葉がソルユアから飛び出し、私は咄嗟に素っ頓狂な声を出してしまった。
「お、おお、お茶会って、まさか、あの……?」
冷や汗をかきながらそう尋ねると、ソルユアはこくりと頷いて無表情のまま言い放った。
「はい。『アリステラは私の大事な人なの!居なくなって欲しいなんて微塵も思っていないし、むしろこれからもずっと側にいて欲しいと思ってるの!』とおっしゃったお茶会です」
「~~~~っ」
ソルユアが淡々と、あのお茶会で思わず言ってしまった告白まがいの言葉を言うものだから、私は恥ずかしさのあまり両手で顔を覆って悶えた。
まさか、あの時ソルユアがいただなんて。それになんだ、その無駄に良い記憶力!
どうして覚えているの、それにどうしてその台詞を今ここで言うの!
レティーナやソレイユ、それに義兄だっているのに……あぁ、穴があったら入りたいってまさにこのことを言うんだわ!
「ふふ。ルナディール様、お顔が真っ赤ですよ」
「本当ですね。可愛らしくて抱きしめたくなってしまいます」
さらに、レティーナとソレイユが揃ってからかってくるので私の体温はさらにカアッと上昇した。
「れ、レティーナ、ソレイユさま!からかわないでくださいませ!あれは私の黒歴史……人生で一番やらかしてしまったのではと思うほどに恥ずかしかった出来事なんですよ!?」
顔を上げ、キッと軽く二人を睨み付けると二人は互いに顔を見合わせておかしそうに笑った。
その姿に、あぁこの二人はきっと素敵令嬢同士気があうのだろうなぁと恨みがましく思った。
「と、とにかく!そんな話はもう良いのです!ソルユアもわざわざ私の言葉を繰り返さないで、恥ずかしいから。それで?ソルユアはその時に私に興味を持ったの?」
もう無理矢理話を続けようとソルユアに話を振れば、ソルユアはやはり表情を変えずにこくりと一つ頷いた。
「はい。その時、私と同じように義兄のことを想っているのに仲良くなれない方がいるんだと気付き、もしかしたらこの気持ちに共感してくれるのではないかと思ったのです。そして、尋ねてみたくなったのです。もし大切な相手を傷付けるかもしれない事実を自分が抱えていたら、それを正直に暴露しますか、と……」
「……なるほど。それじゃあ、その時からレティーナに私と会わせてくれるよう頼んでいたの?」
「はい、そうです」
ソルユアの言葉に、ふぅむ、と一人考え込む私。
つまり、ソルユアが私に興味を持って接触しようって思ったのは、私がやらかしたお茶会事件のせいだった。あのお茶会事件はシナリオ通りにはいっていない。つまり、私が原因で私とソルユアが出会ったことになる。
……いや、でも待てよ。もしあのお茶会にソルユアがいたのならどうして私は気が付かなかったのだろう。だって、推しだよ?推しに気が付かないことなどあるだろうか。
あの、お茶会とは比べものにならないくらいの人が集まる舞踏会で最推しのリュークを見つけられた私だよ?それなのに見つけられないって……
それに、あの時ソルユアと義兄が同じ場所にいたってことだよね?なのに、お互い認識せずに終わっちゃったんだ?
そりゃあ、ソルユアとアリステラの初めて会うシーンはあんな波瀾万丈なお茶会ではなかったけれど。
つまり、出会いイベントがなかったってことは、アリステラとの初対面シーンはあのお茶会の後に起こることだったってわけか。
それなのに私がやらかしてソルユアの関心を惹いちゃったから、初対面シーンが流れちゃったってことかな。
それならまぁ、ソルユアがアリステラと運命の出会いをしていないのも仕方がないのかもしれない。だって私のせいなんだもの。あぁ、まさかあれがソルユアの運命を変えてしまうなんて……
「でも、あのお茶会はかなり前の出来事ですよね。ソルユアも私と一緒に王族主催の舞踏会に出たのだから、その時に挨拶をすれば良かったのでは?」
「ふえっ!?」
不意にソレイユがそう首を傾げて言い、私は再び驚いて素っ頓狂な声を出してしまった。
こういう時、本当に私は素敵令嬢じゃないよなぁと思ってしまう。だって、レティーナやソレイユは驚いても、ふえっ!?なんて言葉を発さなさそうだから。
「あの舞踏会にソルユアとソレイユさまがいたのですか!?」
「はい、たくさんの人が呼ばれていましたから。レティーナ様もいましたよ」
「レティーナも!?」
そんな、会わなかったじゃん!とレティーナの方を勢いよく見ると、レティーナは申し訳なさそうに眉を下げて謝った。
「すみません。ルナディール様に挨拶をした方が良いと思ったのですが、挨拶に来て下さった方を捌き終わった頃にはもう王子様方とお話なさっていて……楽しそうに談笑していらっしゃったので、邪魔するのは悪いと挨拶出来なかったのです」
その言葉に、あぁ~……と納得する私。
確かにレティーナなら十分にあり得ることだ。だって、こんなに可愛くて素敵なご令嬢なのだ。お近付きになりたいと思う人は多いはず。
それに、レティーナは私と違ってお友達が多いのだから人を捌くのにも時間がかかるだろう。
「そうだったんだ。それは仕方がないよ。私だって、もしレティーナが王子様方と仲良さそうに話していたら邪魔しないように離れているし。だから謝らないで」
「ルナディール様……」
私の言葉に、レティーナはそう呟いてくすりと笑った。はにかんで笑うレティーナが可愛らしく、私はぽうっと見惚れてしまう。
あぁ、ダメだ。なんか今日は皆に見惚れてばっかりだ。どうしてこの世界の女性は皆、信じられないほどに可愛いのだろう。これも神絵師様のお陰か。
「こほん。私はあの時、ルナディール様とお義兄様が仲睦まじげに踊っていらっしゃるのを見て、あぁ二人は仲良くなったのだと思い、どういう経緯でそこまでの仲になれたのかを伺いたいと思いました。そしてその後、ルナディール様が素晴らしい才能を隠していらっしゃった事が私の耳に入り、これは是非とも意見を伺わなければとレティーナ様に再び催促したのです」
私とレティーナ、二人の世界に入っているとソルユアが咳払いをしてより詳しく経緯を話してくれ、私はハッとソルユアの方を見た。
「そうだったんだ……」
やっぱり、ソルユアが私に興味を持ったのは自分の行動のせいなのだなと確信しつつ、私は一旦考えをまとめるために紅茶を飲んだ。
私の行動が今の状況を引き起こしているのならば、私はこれからどう行動すれば良いのだろうか。
少なくとも、今後私がどう動こうともソルユアはきっともう不幸にならない。だって、大好きな姉と和解し、とても幸せそうな表情を浮かべているのだから。
この場合、きっとソルユアはソレイユルートに入って姉妹仲良く暮らしていくのだろう。両親から酷い扱いを受けていたが、ソレイユと一緒なら大丈夫なはず。だって、同じ家に味方がいるのだから……
そこまで考えて、ふとソレイユの手に嵌まっている素敵な指輪を見て私はハッと気が付いた。
ソレイユはライオと結婚するのだ。結婚したら、ソレイユは今の家を出て新居へと移るに違いない。そうなったら、ソルユアはどうなる?
姉と離れ離れになって、今まで通り家では酷い扱いを受けるの?いや、そんなの絶対に許せない。
姉妹の仲が良くなっても、まだソルユアの幸せが確定したわけではないのではと考えた私は、これからどうするのかを聞くべく紅茶を置いて口を開いた。
「あの、ところでソルユアはこれからどうするの?ソレイユさまはファニーさまとご結婚なさるのでしょう。せっかく誤解が解けたのに、すぐ離れ離れに?」
「え?そ、それは……」
私の言葉に、目を伏せて悲しそうな顔をするソルユア。
「……お姉ちゃんは、ライオ様と結婚して幸せになるのです。新居にお邪魔する訳にはいきませんから、私は両親の元で過ごします。お姉ちゃんがいなくなるのは寂しいですが……私は、誰よりもお姉ちゃんの幸せを願っていますから」
そう言って、寂しそうにソレイユを見上げるソルユアに、きゅうっと心が締め付けられた。
「ソルユア……」
やっぱりこればかりはどうしようもないのか、と私も目を伏せると。
「……ソルユア、そんなに悲しい顔をしないで」
ソレイユがそう微笑んで、そっとソルユアの頬に手を添えた。
「わたくしはずっと、貴女の事を誤解していた。その事をとても申し訳なく思っているの。だから、実は私、ライオ様に貴女の事を相談したのよ」
「そう、だん……?」
なんの?と、不思議そうな顔をするソルユアに、ソレイユはふわっと笑って、
「私とライオ様の新居に、ソルユアも連れて行って良いかって。そうしたら、ライオ様は快く了承して下さってね。だからソルユア、貴女は私があの家を出て行く時、貴女も一緒にあの家を出るのよ」
と言ってぎゅっと優しくソルユアを抱きしめた。
「今まで辛い思いをさせてしまって本当にごめんなさい。これからは、もう貴女に辛い思いをさせないよう頑張るから。一日中誰かにこき使われるような生活からはおしまいよ。貴女が素敵な人と出会って、結婚するその日まで。私とライオ様で貴女を守ってあげる」
優しく、ゆっくりとソレイユの口から紡がれる言葉に、ソルユアは呆然としたように固まった。
ぎゅっともう一度ソレイユが抱きしめると、ソルユアはだんだんその内容が理解出来てきたのか、お姉ちゃん……と呟いて、ぎゅっとソレイユを抱き返した。
その目にはキラリと涙が光っていて、私までつられて泣いてしまいそうになった。
「お姉ちゃん……本当に、良いの?私も、一緒に暮らして……」
「ええ、もちろんよ。私もライオ様も歓迎するわ。ソルユアは私の幸せを心の底から願ってくれているのだもの。そんな妹が辛い思いをしているのに、放っておく事なんて出来ないでしょう?両親には私から言っておくから、貴女はお引っ越しの準備をしていてね」
「……っ!あ、りが、とう……、お姉ちゃん……」
声を上げて泣かないよう、必死に堪えるもソルユアの瞳からはぽろぽろと涙がこぼれ落ちていた。
ソレイユの瞳も潤んでいて、目の前で繰り広げられる感動シーンに、私の目からも一筋の涙が流れた。
まさか、目の前でこんな感動シーンが見られるなんて。
これはもう、ソレイユルートのエンディングスチルなのではと思わずにはいられない。
二人の幸せそうな姿を見ながら、私は心の底から安堵した。
私のせいでソルユアがバッドエンドになるんじゃないかって心配したけれど、どうやら無事ハッピーエンドへ持って行けたようだ。
まさかソレイユがライオにも事情を説明し、ソルユアと一緒に暮らしたいと提案するとは思わなかったけれど。今回のハッピーエンドは、完全にソレイユのお陰だ。
私の知っているソレイユは最低な姉だったけれど、この世界の姉は最高に素敵な姉だ。
これからもどうか、ソルユアがずっとずっと幸せでいて欲しいと、私は心の中で願うのだった。
ソルユアは無事ハッピーエンドを迎えることが出来、ルナディールは幸せです。これから、ソルユアはどのような人生を歩んでいくのでしょうか……次回はソルユア目線のお話です。