『完璧』を求められる王子
私はフォスライナ・エルプニッツ、第一王子だ。
今、二歳下の弟、シューベルトと王位継承を争っている最中だ。
とは言っても、私は別に王位に就きたいというわけではない。ただ周りが勝手に盛り上がっているだけだし、争っているだけだ。馬鹿馬鹿しい。
いくら私たちが争っても、時期国王を決めるのは父上だ。そんなことに労力を割く方が間違っている。派閥が一つにまとまった方が利点はたくさんあるだろうに、何故そんなに争いたがるのか。理解できない。
「フォスライナさま、あなたももう十九歳になられました。もうそろそろ結婚を考えてもよろしいのではないでしょうか?シューベルトさまがまだご婚約されていないとはいえ、そんな悠長にしていますと王位を継げなくなってしまいます」
最近はそう言って私に婚約を、結婚を、と急かす人たちが増えてきた。私の派閥で年が近い令嬢の見合い話が毎日のように届く。
全く結婚がなんだというのだ、面倒くさい。王位王位王位、そんなに王位が大事なものなのだろうか。結婚は必ずしなければならないものなのだろうか。
私と弟、どちらかの派閥の勢力が大きくなりすぎないように裏で調整するのがどれほど大変だと思っているのか。無駄な争いは要らない。
この均衡が崩れてしまったら、派閥争いは激しさを増し、最悪死人が出るかもしれない。王族は国民を守らなければならない。王位継承なんかで戦争を起こされてたまるか。
頼むから面倒ごとをこれ以上増やさないでくれ。
毎日毎日、周りの人は私が王位を継げるよう様々な案を持ってくる。結婚相手を持ってくる。弟の情報を持ってくる。
どうしてそんなに王位にこだわる?王にならなくても、生きていくことはできるではないか。
王位とは、争ってまでして手に入れるものか?王位とは奪って手に入れるものか?そんなに魅力的なものか?
毎日、王子であることを強要され、毎日国民の見本となるような生活を強いられる。失敗をしてはいけないし、弱みを相手に見せてもいけない。常に完璧であることを強いられる。
そんな生活にうんざりしていた。弟は我儘で、自由に振る舞っている。それを私の派閥にいる人たちは眉を顰めて見ているし、あんなのが王族だなんて恥ずかしいと陰口を言う。そして揃いも揃って、「やはり王位を継ぐに相応しい方は、何をやっても完璧でおられるフォスライナさま以外には考えられませんね」なんて言う。
……完璧な人間なんて、いるわけないのに。
弟が羨ましい。完璧を強いられない生活を、私もしてみたい。もう、こんなに縛られた生活は嫌だ。
毎日そう思いながら、しかし決してその思いを口に出さず、笑顔を貼り付けて『完璧』をこなしていた。
……ああ、疲れた。
私は廊下を歩きながら心の中で深い深いため息をついた。
今日も例の如く、お見合い相手の候補をたくさん出され、全員にお断りのお手紙を書いていたのだ。
本当は「嫌だ」と簡潔に終わらせたいものだが、完璧な王子様はそうはいかない。くどくどと長ったらしい文章を書き連ね、今回は縁がなかったということでと締めくくる。時間がかかってしょうがない。
図書室にでも寄って時間を潰していようか。今自室に戻ってもまた大量の仕事があるだけだ。
そう思って図書室へと向かっていると、向こう側から令嬢が使用人に案内されながら歩いているのが目に入った。
あの使用人はシューベルトの専属ではないか?ということは、あの令嬢はシューベルトの客人か。
軽く挨拶でもしておくかな、と近付いてみると、相手が宰相のご令嬢であるルナディール・ロディアーナだと気が付いた。
彼女は十七歳でありながら未だ婚約をしておらず、私の派閥の者がしきりに婚約者にと推してきたことがあったから覚えている。
ロディアーナ家は中立であり、味方に付けられれば一気に王位へ近付くと力説されたのだ。私はもちろん派閥の均衡が崩れてしまうので断った。
彼女は宰相の娘という立派な肩書きがあるにも関わらず、未だに婚約をしていない。だから彼女に何か大きな欠点があるのではと社交界では噂されていたが、どうやら彼女自身に結婚願望が無かったらしい。先日シューベルトと一緒に開いたお茶会で、堂々とそう宣言していた。
あんな面白いお茶会は久しぶりだったので、よく覚えている。
「お初にお目にかかります、ロディアーナ嬢。第一王子のフォスライナ・エルプニッツです」
私が側まで行き声をかけると、ルナディールもにこりと優雅に挨拶を返す。
「お初にお目にかかります、フォスライナさま。ルナディール・ロディアーナと申します」
私は一人でお城へ来ていた理由を尋ねるべく、会話を続ける。シューベルトに会いに来たのは明白だが、どういう関係なのか探りを入れる必要がある。ここでとても親しいようなら、私もそれなりに仲良くなっておかないとロディアーナ家がシューベルトについたと勘違いされてしまう。
「ロディアーナ嬢がお城へ来られるのは珍しいのではないですか?それにお一人のようですが、お父さまやお義兄さまはいらっしゃらないのですか?」
するとルナディールはそれは嬉しそうに微笑み、声を弾ませながら、
「今日はシューベルトさまにお茶会の招待を受けましたので、お城へ参りました。わたくしが一人なのは、招待状に一人で来るようにと書かれていたからです」
と答えた。
その様子に少し危機感を覚える。
王子から一人で来いと呼ばれて、普通このように嬉々として向かうだろうか。もっと緊張したりするのではないか?
彼女は結婚願望が無いらしいが、ここまで嬉しそうにするということはもしかすると、シューベルトのことが好きなのかもしれない。
そうだとしたらかなりまずい。今まで必死に均衡が崩れないよう根回ししていたのに、ここでルナディールがシューベルトとくっつきでもしたら、シューベルト派が一気に勢力を増す。
私の今までの努力が水の泡となる。
そう考えた私は、強引にでもこのお茶会に参加しようと決めた。
「そうなのですか、シューベルトが……。それではそのお茶会に私が参加してもよろしいでしょうか?」
「……はい!?」
私が参加したいと言うと、ルナディールはとても驚いた様子で聞き返してくる。それはそうだろう。
「あの、今なんと……?聞き間違いでなければ、フォスライナさまもお茶会に同席すると聞こえたのですが……?」
慌てながら尋ねるルナディールに、私は「はい」と頷き、有無を言わせぬ笑顔で尋ねる。
「宰相のご令嬢に失礼があればいけませんからね。弟が変なことを言わないよう私も同席します。それともロディアーナ嬢は私が参加すると困るのですか?」
王族にこんなことを言われて、ダメですと言えるわけがない。そんなことは分かっているが、私にも引けない理由がある。ルナディールには悪いが、シューベルトとくっついてもらっては困るのだ。
「い、いえいえそんなことは!ただシューベルトさまからいただいた招待状には一人で来るようにとあったので、急にフォスライナさまが参加されると驚くのではないですか?それにお茶会の準備だって整っているでしょうに……」
頑張ってシューベルトとの二人の時間を確保しようと奮闘するルナディールに、私はさっきよりも笑顔を深めて言葉を遮る。
「あなたが心配することはありません。急に人数が変わろうが、臨機応変に対応するのが当たり前です。それではロディアーナ嬢、行きましょうか」
そう言って手を差し出す。
するとルナディールは急に顔が赤くなり、目をうるうると潤ませた。泣きそうなのを我慢しているのか。
そんなにシューベルトと二人っきりになりたかったのか。これでは私が悪者だ。
しかし、これも無駄な犠牲を出さないためだ、仕方のないことだ。そう自分に言い聞かせ、固まっているルナディールの手を取り歩き出す。
「あ、ああ、あの、フォスライナさま!フォスライナさまにエスコートをしていただかなくても大丈夫ですよ?一人で歩けます!王族のエスコートだなんて恐れ多くて心臓が持ちそうにありません!」
そう震える声で必死に訴えるルナディール。私よりもシューベルトにエスコートされたかったに違いない。
ルナディールの方を見ると、必死に涙を堪えているのが分かった。その顔を見ていると、まるで私が彼女を虐めているようで良心が痛んだ。
「そんな畏まらなくても大丈夫ですよ。それに、宰相のご令嬢ですからエスコートするのは当然でしょう?本当はシューベルトが迎えに行きエスコートするものなのに、何をやっているのでしょうね。自分で招待しておきながら案内は使用人に任せるだなんて礼儀がなっていません。ダメな弟ですみません」
とりあえず、ルナディールがこれ以上シューベルトへの想いを募らせないよう、私に虐められていると感じられないように、優しく微笑んでシューベルトが悪いのだと言い張った。
するとルナディールは、少しぎこちない笑みを浮かべて、
「いいえ、フォスライナさまが謝らないでくださいまし。わたくしが謝って欲しいのはシューベルトさまただお一人でございますもの」
と言った。
これは私への苛立ちを押し込めての言葉だろうか、それとも本当にシューベルトに怒っているのだろうか。
彼女の笑みと言葉のトーンからはそれが分からず、私はとりあえずにこりと笑ってエスコートを続ける。
それから彼女は無言で歩き、私もかける言葉が見つからず、静かなまま歩き続ける。
いつもならこんなに沈黙が続くことは無いのだが、今日は全く言葉が浮かんでこない。
そのまま歩き続け、シューベルトの待つ庭が近付く頃には、彼女の顔から表情が消えていた。
挨拶をした時は笑顔だったのに、この短時間で彼女の顔から笑顔を消してしまった。想いを寄せている相手との二人きりの貴重な時間を邪魔してしまった。
そんな罪悪感で胸が潰れそうだった。こんなこと、したくなかったのに。ただ、派閥の均衡が崩れるのを阻止したいだけなのに。これじゃあ私が悪者ではないか。どうして私がこんな目に遭わなければいけないのだろう。
内心酷く落ち込みながら、私はシューベルトの前へ姿を現した。
私がエスコートをしてルナディールを連れてくると、シューベルトはとても驚いた様子でじっと私たちを見ている。その顔にははっきりと理解不能、と書いてあった。
ルナディールはシューベルトの前へ行き、優雅に挨拶をする。
「シューベルトさま、この度はお茶会にお招きいただきありがとうございます。お初にお目にかかります、ルナディール・ロディアーナと申します。以後お見知り置きを」
しかし、彼女の言った言葉に頭の中がはてなでいっぱいになる。
お初にお目にかかります?二人は初対面なのか?二人きりでお茶会を開くほど仲が良いと思ったのだが、違うのだろうか。
「フォスライナさま、ここまでエスコートをして下さりありがとうございました」
私が混乱している中、ルナディールは私にもお礼を述べてくる。私は長年『完璧』を演じ続けていただけあって、表情を隠すことは容易くできる。内心の混乱を顔に出さず、にこりと笑って、
「いえ、お気になさらず。不出来な弟に代わってエスコートをしたまでですから」
と答える。するとシューベルトがもっと意味が分からない言葉を言った。
「ルナディール、これはどういうことだ?なぜここに兄上がいらっしゃる?兄上と其方はどういう関係だ」
しかも思いっきりルナディールを睨んで。
シューベルトは何を言っているんだ?先程ルナディールが初対面の挨拶をしていた。ということは二人は今日初めて会うのだろう。それなのに、シューベルトは挨拶を返さず、あろうことか宰相の令嬢を呼び捨てした。これが初対面の女性に対する態度か?
シューベルトの行動に頭が痛くなりながら、私はスッと間に入り、
「ロディアーナ嬢は悪くないですよ。私がこのお茶会に参加したいと無理を言ったのですから。それよりもシューベルト、これはどういう事かちゃんと説明してください。お互い面識が無いにも関わらず、ロディアーナ嬢を一人でお茶会に来させたこと、あなたが招待したにも関わらず、迎えに行かずここまでエスコートも無しに歩かせたこと。彼女は宰相のご令嬢なのですよ。その辺りを考慮した上の行動なのですか?」
と尋ねる。
全く理解できない行動と、王族らしからぬ態度に多少の怒りを覚え、少し問い詰めるような形になってしまう。シューベルトは顔を引き攣らせ、
「お、俺はただ、この前のお茶会でのことを聞きたかっただけだ!兄上も知っているだろう?この女が我ら王族主催のお茶会で揉め事を起こしめちゃくちゃにしたことを!」
とキッとルナディールを睨みつける。
「なるほど、つまりあなたはロディアーナ嬢を糾弾しようとお茶会に招いたと?」
まさかの事実である。そんなことでお茶会に招待したのか?しかもたった一人で来るようにとわざわざ書いて。
「そ、そうだ!だから兄上はこのお茶会に参加しなくても良いのだ!兄上はお仕事で忙しいのだろう?こんなやつに構わず自分の仕事を……」
あからさまに私をこの場から退けようとするその言葉にイラッとして、シューベルトが言い終わる前に言葉を発す。
「それでしたら尚更私も同席しますよ。あなたの我儘でロディアーナ嬢を不快にさせるわけにはいきませんからね。それに、私もその件について聞きたいことがあったのです」
そして顔面蒼白なルナディールの手を引き、椅子へと座らせてにっこりと微笑む。
「なので、今日はよろしくお願いしますね」
ルナディールは心ここにあらずと言った感じで「はい」と返事をする。
シューベルトが私を退けることを諦めて、嫌々といった感じで席に座り、紅茶とお菓子を勧める。
「おいお前、あの時はよくも面倒を起こしてくれたな。爆弾発言をしてそのまま帰るとかどうなっているんだ?せめて後始末くらいしてから帰れ!」
私とルナディールがお菓子に手をつけた途端、シューベルトはキッと睨みつけながら怒った。
これがお茶会?考えられない。糾弾する相手を何のためにもてなすのか。シューベルトはお茶会をするという意味を分かっているのだろうか。
これではルナディールが可哀想ではないか。少なくとも彼女は、糾弾されると思ってこのお茶会に参加していない。あんなに喜んでいたのだ、きっと二人きりでお茶会をすると聞いて、婚約を申し込まれるとでも思ったのだろう。
シューベルトは婚約をしていない。そんな中、二人でお茶会を、と誘ってきたら相手にその気があると思わせて当然である。
「その節は大変ご迷惑をおかけいたしました。申し訳ありません」
ルナディールは深々と頭を下げ、
「ですが、あれは仕方のなかったことなのです。王族主催のお茶会には、たくさんの貴族がいらっしゃいました。あのような場でお義兄さまが罵られている姿を見て、つい頭に血が昇ってしまったのですわ。なので、悪いのはむしろお義兄さまを侮辱した方たちなのです。その辺は勘違いなさらないようお願いいたします」
とにっこりと笑ってシューベルトに言った。
笑顔を浮かべ、遠回しに私は被害者だと主張するルナディールに、ほお、と感心してしまう。
私だったらもっと直接的にガツンと言ってしまうかもしれない。それなのに笑顔を浮かべていられるとはすごい社交術だ。
そしてシューベルトの鋭い視線に臆することなくパクパクとお菓子を食べ始め、私はなるほどとまた感心する。
きっと内心すごい荒れているのだろう。それをお菓子を食べることで紛らわし、シューベルトの機嫌を損ねるような発言をしないよう自制する。
そのようなことができるなんて、なんと素晴らしい令嬢だろう。不快な思いをしたにも関わらず、相手を執拗に怒らせないよう注意して動く。さすが、あの宰相の娘である。
しかしシューベルトにはその心遣いが伝わらなかったらしい。
「お前、自分が悪くないと言い張った挙げ句に菓子を食べ続けるとはどういう性格しているんだ!それでも令嬢か?貴族は王族を立てるものだろう!もっと遠慮したらどうだ!」
あろうことかルナディールに向かって怒鳴ったのである。
貴族は王族を立てるもの?なんだそれ。本気で言っているのか?貴族でも平民でも何でも、国民はみな王族が守るものではないか。一体何様のつもりだ。
さすがにルナディールも怒るのではないか、とヒヤヒヤしていると、ルナディールはにっこりと笑って、
「これは失礼いたしました、シューベルトさま。わたくし、あまりのお菓子の美味しさについ手が止まらなくなってしまいましたの。さすがシューベルトさまがご用意されたお菓子ですわね、サクサクでしたわ。ですが、お菓子を食べすぎるとシューベルトさまのお気に触るようですので、少し控えさせていただきます。ご助言の程、ありがとうございます」
とお礼を言ったのだ。
予想外の発言に呆然とする。ここは完全にシューベルトへ怒るところだと思ったのだ。
シューベルトもお礼を言われて、わなわなと震えている。その姿を見ると、ざまあみろ、とつい笑ってしまいそうになる。
そんな私とシューベルトの反応を見て、こてんと可愛らしく首を傾げる様子に、また笑みが溢れそうになる。
「ルナディール・ロディアーナ!俺はお前を忘れないからな!その憎らしい笑顔を絶対に悔しさと絶望で染めてやる!覚悟しろよ!」
ビシッと人差し指を突きつけ、そんな捨て台詞を吐いてこの場を後にしたシューベルトに、大きなため息をつきそうになる。何をやっているんだ。
ルナディールには後始末をやってから帰れと言うくせに、自分はやらないのか。十七歳とは思えない行動に頭が痛くなる。
「……あり得ないんですけど」
小さく呟かれたその言葉に、激しく同意したい。本当にあり得ない。
私がルナディールの方に目を向けると、しまった、という顔をして口を閉じている。きっと気が抜けてついポロッと溢してしまったのだろう。
私は笑いが堪えきれず、クスクスと笑いながら、
「そうですね、お茶会に招待しておきながら逃げ出すなんて、王族とは思えない行動です。後で私の方からちゃんと注意しておくので、どうか許してやってください」
と言った。
するとルナディールはふるふると首を振って、
「違うのですフォスライナさま!わたくしがあり得ないと言ったのは、今回のお茶会で王族との関わりを終わらせようと思っていたのに、シューベルトさまに目を付けられてしまったことですわ!王族らしからぬ行為だと非難しているのではなく、わたくしがより王族と関わらなければならない事態に陥ったことを嘆いているのです!ですから勘違いなさらないでくださいまし!」
と答えた。
予想外の言葉に、すぐに反応できず固まってしまう。
王族との関わりを終わらせようとしていた?ではなぜシューベルトとのお茶会に嬉々として訪れていたのだ?彼女の考えていることが分からない。
しばらく呆然としていたが、ルナディールがこの世の終わりのような顔をして私を見ていることに気付き、ハッとして、笑顔を作る。
しかし、私が笑顔を作った途端にルナディールの目から涙が零れ落ちた。
「ご、ごめんなさい、フォスライナさま。あなたを傷付けるつもりはなかったのです。不快な思いをさせてしまい、本当に申し訳ありません」
そう言って深々と頭を下げて謝罪する。
いきなりの展開に、頭が真っ白になる。
どうして彼女が泣いているのだろう?私が傷付いた?不快な思いをした?
私が混乱しているうちに、彼女はゆっくりと立ち上がり、
「途中でお暇させていただく無礼をお許しください。これ以上フォスライナさまを不快にさせない為にも、今日はこれにて失礼させていただきます」
と言って去っていった。
私はわけが分からず、ただ呆然と泣いている彼女を見つめることしかできなかった。
私は何か、失敗をしてしまったのだろうか。彼女を泣かせてしまうことをしてしまったのだろうか。
泣いて謝ってきた彼女の姿が頭から離れない。
今日、いくらシューベルトがルナディールに不快な思いをさせようと、失礼な態度を取ろうと、あんなに悲しそうにしなかった。涙を流さなかった。
彼女の顔を曇らせたのも、瞳を潤ませ涙を堪えさせたのも、泣かせたのも、全て私だ。
私は『完璧』な王子を今までやってきたのに、彼女にしたことは全て『完璧』な王子のものではなかった。誰かを泣かせてしまったのは初めてだった。
私は長い時間、誰かに声をかけられるまで庭の椅子に座ってぼーっとしていた。
気が付くと結構な時間が経っていて、仕事が残っていると部屋へ促されるまで動けなかった。
私は重い腰をゆっくりと上げながら、今日のことは後日きちんとお詫びに行かなければ、と思った。また彼女に会うのは怖かったし、嫌われた可能性は高いけれど、ここで逃げたら『完璧』でなくなってしまう。
『完璧』を求められる私は、もし失敗をしてしまっても、その失敗を自分でカバーしなければならない。私は誰にも頼れない。
気が乗らないとか、怖いとか、そんな私の気持ちなんて関係無い。『完璧』に気持ちなんて要らないのだから。
完璧王子のフォスライナ目線からでした。完璧を押し付けられるのは辛いです……。次回はシューベルトから見た今回のお茶会と、どうしてルナディールをお茶会に誘ったのか、です。