第九十七話 ~父~
御心配をお掛けしました。
風邪治りました(*´ω`)b
<天文八年(1539年)十二月 越後国 頸城郡 直江津 春日山城 評定の間>
「舅殿におかれましては、上野国侵攻の大成功。心よりお喜び申し上げます」
「はは。婿殿こそ出羽国侵攻、お見事」
ハハハ、ウフフ
越後国、佐渡国の最高実力者が互いに笑う。
内心は食うか喰われるか。
長尾為景は山内上杉家当主関東管領上杉憲政が治める上野国に侵攻し、上野の半分以上を奪い取っていた。俺は出羽国の大宝寺氏、安東氏を退けて出羽国をほぼ掌中に収めた。互いの祝勝会を兼ねた会合だ。
「祝いの品が遅れてしまい、大変申し訳御座いませんでした。佐渡の物、南蛮より渡来した物、土崎湊、輪島湊などから取り寄せました物をお持ちいたしました。些少ではございますがご受納いただけましたら幸いです」
「はは。お主の贈り物が『些少』な訳がなかろう。どれ、見せてもらうか」
「はっ、では」
俺がパンパンと手を叩くと、奥に控えていた配下が貢物を運んできた。
佐渡からは極上清酒「春朱鷺」一樽、ビール一樽、朱鷺羽布団一組。
南蛮品と澳門からはワイン十本、砂糖一樽、飾りサンゴ二塊、生糸一梱(九貫≒33.8kg)。
さらに真珠百粒、羆の毛皮一枚、真昆布十把、輪島塗の三段重金蒔絵漆器一組。
あんぐりと口を開ける長尾家家臣団。数千貫文、いやそれでは済まぬぞ・・・
当の為景は眉一つ動かさない。
「ほっ。奮発したな」
「舅殿の祝いの品ですので。無理を致しました」
「……『鉄砲』や『大砲』と呼ばれる物は、無いのか?」
「……しばしば暴発して命を奪う物でして、祝いの席には相応しくないものかと」
ぎろりと睨む従五位下長尾信濃守為景。こちらは微笑みで返す。
「それもそうか」
為景は諦めた。そう易々と国の秘密を渡す訳はないか。
「出羽国を手中に収めた手際、まさに鮮やか、こちらからも祝いの品を渡そう。これ!」
「はっっ!」
小姓が恭しく持ってきたのは…… 刀か。
「山内上杉の憲政が命の次に大事にしていた『山鳥毛』という備前の刀よ」
ザワッ!
空気が動いた。周囲の諸将、それに俺の護衛役を買って出た「剣聖」上泉信綱様も目を見開いた。俺からすれば、刀一本とはちょっと残念だ。弥太郎は、俺と同様に何のことか分からない。
「はっ。有難く頂戴致します」
ザワワッ!!
えっ? 貰っちゃいけないのか?!
まあ、後から理由は聞いてみよう。
「して、頼みがあると聞いたが」
「ははっ」
「聞こう」
「はっ! 願いますれば、舅殿に手勢をお借り致したく」
「ほうっ! 儂に手伝い戦を頼むとは!」
優美な口髭をなぞりながら、嬉しそうに為景は身を乗り出した。
「『軍神』とも呼ばれる佐渡守が苦戦とはな! いつ頃じゃ? 相手は誰じゃ?」
「来年の六月。出羽国の山形盆地にて、伊達稙宗が一万の軍勢を率いて参ります」
「一万!?」
「何と!?」
同席している中条藤資、北条高広らは、聞いたこともない数に目を見開いた。為景はというと・・・泰然自若といった感じか。
「その方のことだ。対策は練っておるのだろう?」
「はっ」
「だが、勝利をより確実にしたい、その為に力を貸せ。そういうことだな?」
「いかにも」
「……ふっ、いいだろう」
えっ?
想定外に簡単に許可を貰えた。もっと難癖を付けてくると思ったが。
「婿殿の頼みとあらば、兵を貸すのは吝かではない…… 藤資! 景家!」
「はっ!」
「はっ」
「二名と兵二千を任せる。来年六月、直江津より船にて酒田湊に入り、婿殿に助力せよ!」
「「ははっ!」」
おお! 柿崎景家と為景の懐刀中条藤資か! 素晴らしい援軍が手に入った。これで勝ちは確実だろう!
「お主のことだ、無理はすまい。礼は任せる」
「はは、某はよい義父を持ちました。この借りは必ずや!」
「……そうだな。評定の後、私室に来てもらおうか」
「はっ? ……はぁ」
__________________
<天文八年(1539年)十二月 越後国 頸城郡 直江津 春日山城 城主私室>
呼ばれてから俺は、弥太郎と剣聖様と一緒に為景の私室に入った。
越後守護代、春日山城城主の私室にしては、小ざっぱりというか、堅実というか…… 有体に言えば簡素だった。禅寺に来たような感じだ。
為景は俺に背を向け、手を後ろに組み、何事か思案しているようだった。
その後、不意にこちらを見据えた。
「婿殿、『日ノ本の天下』を狙うつもりはあるか?」
「…… 御座います」
「そうか」
答えを聞くと、為景は語りだした。
「儂は永くない。長くて二、三年、短ければ一年であろう」
「何と!?」
「戦続きで胃の腑を患ったとみえる、自分の体じゃ、大体は分かる」
「舅殿……」
まさかの余命宣告だ。見た感じには病んでいるようにはとても見えない。凄まじい胆力を感じる。これは、俺を油断させる為の策ではないか。そうであってほしい。
「儂のいなくなった後の長尾家が心配じゃ……晴景は器が小さい。力量で言えば四男の虎千代であるが、晴景が黙っておらぬであろう」
「……お察しいたします」
俺を目の敵にしている為景の嫡男、長尾晴景は評定の間にいなかった。表向きは病と聞いているが、実質は謹慎処分のようなものだとこっそりと教えてくれた者がいる。
「……いっそ、お主が継いでくれればいいのだがな、長尾家を」
「……とんでもない、『綾姫』という宝を頂いたこの身。これ以上、何を望みましょう」
『はい』と言いたかった。だが、流石にそうはなるまい。戦国の世、多少の才の見劣りがあったとしても廃嫡するには理由が弱い。本当に長尾家の存続を考えるなら俺をこの場で殺すくらいはやってみせる男だ。この為景は。
「綾からは『佐渡の飛島萱草が美しかった』と文を貰った。その後も大事にしてくれているようだな、あれは我が娘の中でも飛びぬけていい女子よ、引き続き大事にしてくれ。できれば孫の顔を見たいものなのだがな」
「はは」
俺が綾姫との子を作り、その子に長尾家を継がせる。それならばありか。だがそれは早くて五年はかかる。
「……儂の亡き後、『長尾家を頼む』。言いたいことはそれだけじゃ」
「……何を仰います! 世は乱世! 為景殿の御力がまだまだ必要に御座います! 某と綾の子を見るまで、壮健でいてくだされ!!」
「ふっ……早く大きくなれ、『天か魔』の者よ」
会談はそれで終わりだった。
______________________
<天文八年(1539年)十二月 越後国 頸城郡 直江津 越後屋本店 店内>
「小鬼はん、浮かない顔をしてまっせ。茶菓子が気に入りまへんでっか?」
「いや、そういう訳ではない」
越後屋の当主、蔵田五郎佐が心配そうに俺を見つめる。孫娘のサチもその母も何事かと考えているようだ。
「まぁ、国主様ともなれば色々ありますよって! 悩んだときは相談に乗りますよって! サチ! お前も照詮様の助けとなるよう、精一杯にお尽くしするよって!」
「もうおじいったら、当たり前やん……」
漫才のノリの孫と祖父。俺が綾を嫁に迎え入れたから「次はサチを!」と力の入れようが半端ない。俺だってサチのことを憎からず思っている。武家の生まれではないサチとの文のやり取りは、殺伐とした世の中の俺の数少ない癒しの時間だ。
「酒田湊、輪島湊も掌中に収めた小鬼はんの御力は流石ですよって! あとは十三湊ですな!」
「ああ、そちらはもう水軍が向かっている、年明けには報告が入るであろう」
「何ですよって! 奥州の南部はんとももうぶつかりましたよって!?」
「蝦夷の豊かな富を、日本海を通らず三陸沖から運ばれてはならんからな。牽制の意味もある」
「へっ? 牽制でっか?」
「ああ」
南部家当主の安信がこちらに攻めて来るならば、津軽海峡を通って太平洋側の三戸、八戸、九戸などの港を襲撃する。守りに手をかけさせて、攻める力を削ぐ、敵対心は上がるが構うものか、攻撃は最大の防御だ、南部家が治める岩手郡はただでさえ家臣だった斯波経詮や稗貫輝時に背かれて一枚板ではないと聞く、かき回すだけかき回させてもらうぞ。
「日本海の北部を手に入れられ、更に東の海にも手を伸ばされますか! 要り様の物が沢山ありまひょう? 何でも言ってくださいますよって!」
「頼りにしているぞ、蔵田のおっちゃん」
「はは! お任せくれよって!」
そう言うと、蔵田五郎佐は笑いながらトレードマークの大きなおでこをつるりと撫でた。
「サチ、明の澳門から仕入れた『珊瑚の花飾り』だ。受け取ってもらえると嬉しい」
「まあ! 何て鮮やかな朱色!!」
新人に「贈り物にしたら喜ばれやすぜ」とニヤニヤされながら買い取ったものだ。南海からしか取れないサンゴを磨いて花模様に彫刻した物、この時代の日ノ本なら京の公家すら恐れ慄く貴重品だ。
「……一生、大事にしますえ」
「そんなに有難がらなくてもいいぞ。物はモノ、命には及ばん」
「まぁ」
サチは上品に笑った。嫁にはいつ来てもらおうかな、蔵田のおっさんが義祖父となってくれるのはとても喜ばしいことだ。出羽国が落ち着いて、能登国を奪い取ったらにするか。蔵田のおっさんなら超奮発した嫁入り行列を出しそうだ、別に金なぞいらんのだがな。
_______________
「剣聖」上泉信綱は預かった「山鳥毛」の重さに大汗を掻いていた。
「山鳥毛」は山鳥の産毛を並べたような細やかな刃模様がついた鎌倉時代の名刀中の名刀。そしてこれは関東管領山内上杉家に代々伝わった秘宝。つまり山鳥毛の持ち主こそが上杉家の主であり「関東管領の証」、それを持つ意味を佐渡守様は……
「年越しと今後の戦略を練るぞ」
晴れやかに潮風を浴びる主君。来月には十になられる。益々楽しみな御方。
だが「山鳥毛を持つ者には禍が降りかかる」という言い伝えもある、大事な人を失うという言い伝えが……
今日会った者達の中で今日が今生の別れとなる者がいた。その時の俺には気づくことが出来なかった。また会える、また笑い合えると信じていた。
「山鳥毛」は、昭和27年3月29日に国宝に指定された備前刀の最高峰傑作と言われています。
上杉謙信の愛刀とも呼ばれ、岡山県瀬戸内市がクラウドファンディングで五億円を集めて購入したと話題になりました。
今生の別れとなるのは・・・




