第八十三話 ~決着~
<天文七年(1538年)1月 越後国 蒲原郡 新潟城 広場>
ガキン! ガキン!
互いの刃と刃が火花を散らす。決定打はおろか有効打すら互いに出ていない。
だが弥太郎の着物は所々切れている。穂先が擦ったのであろう。だらりと下がっている。
互いに険しい顔のまま無言だ。軽口を叩く二人ではない。一瞬一瞬に己の全てを懸けている。
春綱の額から汗がかなり浮かんでいる。鍛錬は山のように積んでいるのだろう。だが激しい動きをこれほどまでにしているのだ。疲れない方がおかしい。
弥太郎は…… 汗を掻いていない。無駄な動きを省き体力を温存しているのか?
しかし僅かながらに肩が上下している。弥太郎が疲れた素振を見せたのは初めてだ。
ザッ! ガキッ! ザザッ!
激しい攻防が続く。いつ終わる? 勝負の行方は!?
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悦しい!
これほどまでに骨のある者と闘えるとは!!
加地春綱は興奮の真っただ中にいた。
互いに剣であれば既に俺の命はあるまい。だが得意の槍であれば刀を持つ者には負けぬ! 届かぬ距離から攻めるのみ!
「ハッ!」
ガン!
必殺の気合を込めようとも、虚を衝く動きを見せても、微動だにしない。
まるで大岩を相手にしているようじゃ。
……槍を持つ腕が下がってきた。
この小島弥太郎という男は鬼の如き膂力の持ち主じゃ。我が槍を受けとめるだけではなく瞬時に押し返してくる! このままでは儂の体力の方が底を尽きる。出し惜しみしておる場合ではない!
往くぞ!
「シッッ! シシシッ!!」
二連、三連、四連!! 乱れ突き!! 数多の長尾の兵を屠ってきた必殺の技ッ!
ガンガンガンガン!!
なっ!?
全て去なされただと!?
……フッ
笑がこみあがる。凄い男はいるものじゃ。唾液が口の中に溜まりまくる。
…… だが退けぬ! 民よ! 静よ! 済まぬ! 俺は一人の男となる!
一か八か! 命を取るか! 取られるかじゃ!
「うおぉおぉ!!!」
槍を持ち上げ小男目掛けて叩き落とす!
勢いと重さで叩き潰す!
ガシンッ!
味わったことのない感触が過ぎった。小男! 樫の剛槍を斬ったか!?
穂先が彼方へと吹き飛んだ。槍は唯の棒と化した!
「まだまだっ!」
棒となった槍で滅多突く! 突きながら間合を詰める!
防がれ斬られる槍。構わず突き進む!
ペッ!!
唾を小男の目に吹きかける! 視覚を奪う!
躱された!? 隙ありッ! そこだ!!
この一撃に賭ける!!
「イヤアアアアアアアアアアアアッ!」
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(今だッ!)
春綱の特攻!
皆の意識がそちらに向いた今ここしかない!
右手を左袖の袂に伸ばす!
本間照詮! その命、もらい受ける!!
「おっと」
パシッ
万力のような力で右手を押さえつけられた!?
「そいつはおよしなすって」
軽い口調だが凄みと重みのある声。音もなく儂に近寄っていた!?
「何者だ!」
「へっ。名乗るほどのモンじゃございやせん。今は二人の戦いを目に焼き付けましょうや。無粋なモンはお仕舞いくだせえ」
……顕れていた。
まさか監視を付けられていたとは。
…… わが命、我が領土も、ここまでか……
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「ま、参った!」
弥太郎の脇差が加地春綱の喉元に突きつけられていた!
「勝負あり!!」
俺は夢中で叫んだ!
何が起きていたか見えなかった。分かることは、春綱の槍が木刀ほどに短くなり、鉢巻きは切れ、額から血が滲んでいることだ。弥太郎が驚くほどの早業で薄皮一枚で斬ったのか? いや、届いていなくても剣圧のみで斬ったのか!?
「……参り、申した」
「……」
ドッと両膝を白砂に付き、負けを認めた春綱。だが、その顔には死線を越えた満足げな表情が窺えた。
「白狼、ありがとうな」
「へっ。おいらは何もしちゃいませんぜ?」
そう言うと伝説の忍びはヘヘッと笑った。
「…… 竹俣殿」
「…… 覚悟は出来ております」
竹俣昌綱だった。不審な挙動と目の動きをしていたため白狼に合図を送っておいた。きっと袂に針か小刀を隠しもっていたに違いない。助かってよかった。
「首も領地も諦め申した。某の独断でござる。揚北衆の皆の命はお救い頂ければ幸いでござる」
「いや、それには及ばんぞ」
俺は極めてニコリと笑った。
「領地、領民のことを想ってのことだろう。千載一遇の機会を逃そうとしなかった、それはある意味正しい」
「……」
顔面蒼白だ。人の顔は、こんなにも白くなるんだな。
「白狼は『何もしなかった』と言った。俺はそれを受け入れよう。竹俣殿の機を逃さぬ胆力を、是非別の機会に使って頂きたい」
「……」
竹俣昌綱は俯いている。命を狙ったのを「無かったことにしよう」と言われているのだ。頭の中が混乱しているようだ。
「それでは温いか。では・・・竹俣殿と領民の御命、俺が預からせていただこう。・・・二度目はありませぬぞ?」
「は、は、ははっ!!」
昌綱は蛙のように頭を床に擦り付けた。本来なら未遂でも一族郎党晒首だが、今回だけ特別だ。今後、死に物狂いで役に立ってもらおう。
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二人の勇者が評定の間に戻ってきた。
「弥太郎! 春綱殿! 見事な戦いで御座った!」
「ははっ!」
「…… う゛ん。」
神妙な顔つきの加地春綱、そして変わらぬ弥太郎。
「お見事でした!」
「かような一騎打ち、見たことがありませぬ!」
「度肝を抜かれ申した!」
揚北衆の皆も魂を揺さぶられたようだ。
戦乱の世だ。いくら鉄砲や大砲が凄かろうとも、個人の武の輝きにはある意味敵わない。
「義兄上。某が戦えなくて残念であるが、認めて頂けますかな?」
「…… これまでの大変なご無礼、お許しくだされ。義兄上など勿体ない! 某のことは春綱、もしくは春とだけお呼びくだされ」
「そうか。では・・・春綱、俺に従ってくれるな?」
「命に代えましても!」
良かった。これほどの剛の者が味方になってくれたのだ。弥太郎様様だな。
「弥太郎、流石だったぞ!」
「・・・あ゛あ゛」
朴訥とした弥太郎の反応。しかし、俺は知っている。弥太郎が超喜んでくれていることを。
「一つだけ、お聞かせいただきたく存じます」
「何じゃ?」
春綱から質問だ。
「小島弥太郎殿の鬼神の如き強さ、真にもって見事に御座った。ただ、何故に『脇差』を一騎打ちの得物にしたか、聞きとうござる」
「ああ、それか」
手を抜かれた、と勘違いされては困る。ここは言っておくか。
「弥太郎はな…… 脇差しか使ったことがないのだ」
「…… は!?」
驚くほどに間抜け面をした加地春綱。イケメンが台無しだ。
「槍とか刀など、勢いがあり過ぎてすぐ折れてしまうのだ。今持ってる美濃伝の名脇差ですらギリギリだ。決して手を抜いた訳ではない。この世に折れぬ太刀や槍があれば、修練させるのだがな!」
「ふふっ、そうでありましたか。ははは!! これはやられ申した」
「…… 槍もいいがな。おれ、しゅうれんづむ」
「ふはは! こりゃ、金棒でも用意せねばならんな!!」
ハハハと評定の間に笑いが起きる。ヒリヒリするような新年会だったが、何とか笑いが取れてよかった。会議に笑いがあるかないかで、結束力が大幅に違うからな。
「では、これにて新年会を〆させていただく! 雪解けの三月! 出羽国に出陣致す! 各々方、御準備願う!」
「「ははっ!!」
揚北衆の取り込みに成功。
出羽国へ侵攻開始します。




