第七十三話 ~天下三分の計~
<越後国 頸城郡 直江津郊外 館>
「天下三分の計・・・」
西暦200年頃の中国、後漢の三国志の時代。曹操の魏と、孫権の呉と対抗すべく、劉備に「蜀の地を治めて力を蓄えよ」と進言した孔明の策。しかし、劉備ならではの仁徳、優しさのせいで完全には機能しなかった。
「荊州に当たるのは、さしずめ『越後』かな」
「左様ですな」
同氏族で世話になった劉表が治めていた豊かな地である荊州を、劉備は劉表の息子劉琦から奪うことができなかった。今で言えば、越後を治める為景の死後、晴景が治めはじめた所を奪え、ということか。越後は豊かな土地だ。海に広く面し、新潟三津(蒲原津、沼垂津、新潟津)、柏崎、直江津の港の利益も手に入る。石高も30万石を越える。為景が朝廷に献金できたのも、越後の地だからこそ獲得できた利益が大きい。
「俺が、やると思うか?」
「無論ですな」
そうだな。俺ならば、やる。
為景の娘の綾姫を娶った俺からすれば、晴景は形式上では俺の義兄だ。だが、互いの人間関係は最悪。踏みにじることに何の躊躇いもない。
「だが、為景は元気そうだったぞ。そう簡単に逝くか?」
「ならぬでしょう」
「おい?」
「ですが、獅子の如き信濃守様も、もうすぐ御年五十を数えます。小僧殿はお若い。『果報は寝て待て』に御座いましょう」
「ふっ。焙烙頭巾が敵の間者でないことを祈るばかりだ」
「ご安心くだされ。儂は何の後ろ盾もない、抜け殻ですから」
越後に関しての方針は決まった。
しばらくは融和モードで利を取り合い、為景の死後に長尾家を落とす、もしくは滅ぼす、か。
出来れば自然な形で禅譲してもらえると助かるが、なかなかに難しかろうな。
長尾家の娘を正室にしなかった理由の一つがこれだ。流石の俺でも正室の実家を滅ぼすようなことがあっては聞こえが悪い。
「しかし、ただ待つだけでは能がないな。揚北衆は何とかしよう。だがその先、力をより蓄えるためには、どうすればよいのだ?」
「・・・小僧殿、『蟻』をご存知ですか?」
宇佐美定満は俺の問いに答えず、逆に問い返してきた。しかも『蟻を知っているか?』だって?
「馬鹿にするな、蟻くらい・・・」
いや。
定満のことだ。生物学的なことではなく、比喩的なものか謎かけ的なものか?
特性的、生態的なものか? 天下を望むに当たり、『蟻』が何の関係があるのだ?
蟻は力が強い。自分の体重の30倍以上の物を運ぶことができる。
蟻は集団としての統率が取れている。統率力で統治せよとのことか?
蟻は夏に働き、冬を巣穴で過ごす。攻めるときは攻め、守るときは守れと言っているのか?
蟻の漢字は、「虫」に「義」だ。「義」を大切にせよ、と言っているのか?
蟻は、自分とは違う蟻を攻撃する。巣ごと壊滅させる。他家を許すな、根絶しろということか?
いや・・・ これか?
そうであるなら、俺の次の目標は必然的に「あそこ」になる。
「あそこ」は、俺の「蜀」となりえるのか・・・?
宇佐美定満から言われた「蟻を知っているか?」の真意は?
次の羽茂本間家が狙う地域は?




