第七十一話 ~大器~
一度UPした話を削除する方法って、なかったでしたっけ(*´Д`*)?
※追記 「この部分を削除する」見つけました。次回からは利用します。
<越後国 頸城郡 直江津 春日山城 評定の間>
静まり返った春日山城の評定の間。
思いもしなかった佐渡守の言葉。聞き間違いか? いや、確かに聞いたぞ。「お断りいたします」と?!
「佐渡守殿…… 真意を聞かせていただけますかな?」
断られると思ってもみなかった為景様。儂もじゃ。
「為景様の懐刀」と呼ばれるこの中条藤資でも分からぬ。困惑していると言ってもいい。婚儀を断る、つまり、『長尾家と羽茂本間家は敵対したい』、ということか?
「某、既に婚儀の契りを交わした者がおり申す」
「尋ねてもよいか?」
「はっ。我が家臣、西三川城主久保田仲馬の一人娘、蓮姫に御座る」
「…… それが、何の障害となるのじゃ?」
為景様は理解できておられぬ。儂もじゃ。
この戦乱の世で、力ある者が正室の他に側室を持つことなど山ほどある。儂とて正室の高梨政盛様の娘小雪姫の他に二人の側室がおる。我が家の家紋は「片喰」。繁殖力が強く。一度根付くと絶やすことがないという子孫繁栄の家紋じゃ。家運隆盛のため、子は宝じゃ。一人に限るのは愚かとしか言いようがない。
「某の正室は、その者と決めまして御座います」
「うむ」
「家格が雲より上の長尾家から姫をいただきましては、正室にしない訳にはゆきませぬ。そして某の正室を側室とする訳にはゆきませぬ」
「ほう、家格か。確かにな」
「故に、長尾家の姫を、我が家にお迎えする訳にはゆきませぬ」
「なるほどな」
「…… 愚かな感情とお笑いくだされ。長尾家との結びつきは我が羽茂本間家にとって渇望して已まぬことでございます。しかし、某、この我儘だけは通させていただきとう御座います」
佐渡守様の言葉を、為景様は頷きながら聞いておられる。
羽茂本間佐渡守照詮、思いの他、情に生きる者なのか? 婚姻は家と家を繋ぐもの。正室は飾りで、愛する者は側室、そんなことはどこにでもある。戦国の世の習いじゃ。こだわる所ではない。若さ故の惚けか?
ダン!
「いよいよ馬脚を露しおったな! 本間照詮! 我が妹を拒むというならば、長尾家と敵対すると言っていると同義! その方、今より手討ちにされても文句は言えぬぞ!」
嫡男の晴景様が立ち上がり激昂、いや、歓喜されておる。事あるごとに佐渡守様に突っかかっておられる御方じゃ。儂や為景様からすれば、晴景様と照詮様が手を取り合えば、先五十年は越後は安泰じゃと思う所なのじゃが。
「某、敵対するとは申し上げておりませぬ。長尾家との友誼はこれまで通り、いや! これまで以上に深めて行きたいと考えております。ただ、姫をお迎えすることはできぬ、と言わせていただいております」
「それが敵対と言っておるのじゃ!」
若が刀の鍔に手をかけられた! いかん!
佐渡守様の護衛が動くぞ!? それを見て景家も! このままでは大惨事じゃ!
越後も佐渡も、戦乱に埋まるぞ!?
「静まれぃ!!!」
立ち上がったのは、為景様だった。
「此度は、佐渡守様の御祝賀の会。無礼は許さん。晴景、止めよ!」
「ですが!」
「止めよと申しておる!!」
獅子の如き咆哮。気が刃を剥いたようじゃ!
若は気圧され、へなへなと座り込んでしまった。佐渡守様は…… 平然とされておられるか。流石じゃな……
「佐渡守殿。御祝賀の場のはずが、申し訳ない」
「いえ。滅相も」
「儂としては、そなたとの結び付きは何よりも代えがたいものじゃ。受けてもらえると思っていたのだがな。世はうまくゆかぬものじゃな。はっはっは!」
そう言って殿はお笑いになり、佐渡から贈られてきた澄み酒「春朱鷺」を口にされた。切れ味鋭い酒じゃ。水のようでいて辛さと旨味は他に類を見ない。儂も飲んで驚いた。これほどの酒を産出する佐渡との友誼が途絶えるのは大きな痛手じゃ。
「旨い! 実に旨い! これでは『澄み酒は佐渡が一番』と言われても仕方ないのう!」
そう言って豪快にお笑いになり、一気に飲み干してしまわれた。
そして、意外な言葉を口にされた。
「佐渡守殿。実は、越後でも佐渡の酒を真似て、澄み酒を造っておるのじゃ。佐渡のようにうまくいかぬがの。まあ、二番という所じゃ。飲んでいただけるか?」
「…… 幼さ故に飲み干せは致せませぬが。頂戴致します」
そう言って、佐渡守殿は為景殿の傍まで行き、大杯に並々と越後の酒を注がれた。
トクトクトク
漆塗りの飾り瓢箪から酒が注がれる。皆、その一条の酒の流れを見守っている。
注ぎ終わると、佐渡守殿は大杯を頂きながら元居た位置まで戻った。
「頂戴致します」
そう言うと、佐渡守殿はぐびりと一口飲まれた。
「『二番でも旨い』、そう思わぬか?」
「はっ」
何だ? 何かの儀式か?
意図することは…… まさか?!
「佐渡守殿。ご意志は固いようじゃ。儂としても無理を通すつもりはない」
「申し訳ありませぬ」
「じゃが、『正室』ではなく『側室』であるなら、どうじゃ? 我が娘、受け取ってもらえぬか?」
何と?! 長尾家の娘を、側室として嫁がせると言われるか!?
「父上! それだけは!」
「晴景! 黙れぃ! お主は下がれ!」
「父上!」
「若君、殿の御言葉で御座る。ここはご退席を!」
「父上!」
数人に引きずられるようにして、晴景様は下がられた。いや、下がらされたといった所か。
何という厚遇じゃ。誼を結びたい気持ちは皆にある。じゃが、家格が上の姫を側室として嫁がせるなど聞いたこともない! 正室は妻じゃが、側室は言わば他人。一時の気持ちが過ぎれば、路傍の石のように捨てられても文句は言えぬ。…… まあ、長尾家の姫をそこまでするほど愚かではないと思うが。
「…… お二人で御座いますか?」
「いや、一人じゃ。綾姫を側室として嫁がせたい。莉奈の方は、そうじゃな。上田長尾の政景に嫁がせるか。年の頃を考えて莉奈を考えておったが、気立ても見た目もよい綾の方が佐渡守殿にはよろしかろう」
先の三分一原の戦の後に上田長尾家は、我が長尾家と従属関係になった。しかし、羽茂本間氏が蒲原郡西部に入ったことで揚北衆からの脅威は薄れ、我が長尾家の当面の目標は南の山内上杉家へと変わった。上野国へと攻め込むため三国峠を通るには、上田長尾氏の治める魚沼郡南部を通る。結びつきを強めることは必要じゃ。
「我らの手は尽くした。儂がお主の大器を買っておること、分かっていただけたかな? ここまで手を尽くしたのだ。受け取ってもらえるであろうな?」
為景様は、手を尽くされた。大幅な譲歩じゃ。
「…… ははっ。某の我儘をお許しいただき、身に余る光栄に御座います。綾姫を末永く大切にさせていただきまする」
「そうか! よかった! 皆の者、受けてもらえたぞ!」
「「お目出度とう御座いまする!!」」
佐渡守殿は、この展開を見越しておったのか?
いや。もしかすると、長尾家との繋がりは大事としても、婚姻の繋がりを結ぶのは乗り気ではなかったのかもしれぬ。為景様の御威光は越後はおろか、越中、信濃、出羽、上野にも伝わっておる。だが、御嫡男の晴景様は病がちの御方。先の三分一原の戦でも戦場には御出でになられぬほどじゃ。「今は仲良くするが、後からは分からない」と考えていたとすれば、これは長尾家にとって恐るべき脅威じゃ!
しかし、従五位下の叙位と佐渡国平定、さらに朝廷からのお墨付きの産物。勢いの凄まじい羽茂本間家との友誼は、これからどの国も結びたくなろう。長尾家ですら側室を送るだけで手いっぱいじゃったのじゃ。他家はもっと厳しいじゃろう。いや、むしろ己の価値を高めること、それが狙いだったのか?
真意は分からん。酒の如く、入るまでは見えても、中に入れば見ることはできん。
婚儀は成ったのじゃ。あとは、綾姫と佐渡守殿の御子が生まれることを待とう。御正室に御子が生まれず、綾姫の御子が男児であれば、次の佐渡の国主は決まりじゃ。
「輿入れは、来春の吉日とさせていただく。よろしいかな?」
「ははっ。それまでに、綾姫をお迎えする準備をさせていただきまする」
「うむ!」
我が子景資、資興の主君となるのは、晴景様か、それとも…… ?
大器はどちらであるかは、明らかではあるが。
編集、とりあえず終わりです。
誤字脱字等のご報告、ありがとうございました。
何度か読み返しながら直していくスタイルなので、編集途中ではヘボヘボです。
戦国の世の結婚について。
正室は原則一人。正妻としての立場です。側室は使用人と変わらない立場。ただ、豊臣秀吉の「側室」である茶々(淀殿)などが実質の正室扱いされることもあったとか(wiki様参照)
側室の数は、武田信玄で3人、織田信長は正室の帰蝶以外で8人。徳川家康は19人? もっといたとか?
血筋が大事な時代、血を残すことは非常に重要でした。
逆に、妻一人で側室を持たなかった者もいました。毛利元就は愛妻家として有名で、その三人の息子、毛利隆元、吉川元春、小早川隆景も側室を持ちませんでした。これは家としての気構えということもあったかもしれません。そして現在「麒麟がくる」でドラマになっている明智光秀も妻一人だけということで有名ですね。あと、作中の上田長尾政景も、上杉景勝を生んだ綾姫以外の妻を持たなかったとか。
逸話が残っているくらいだから、それだけ稀有だった、ということでしょうか。




