第七話 ~林泉寺 天室光育~
越後屋に紹介された別宅は、港から少し離れた川沿いにあるなかなかに立派な屋敷だった。聞けば先代の越後屋の別宅であったが、当代の蔵田五郎左はほとんど使っていないものらしい。
使用人が4人。
特に特徴のないおじさんと、人の好さそうなおばちゃん、腰の曲がった爺やに、物静かな婆や。掃除や料理など、屋敷の管理を任されているらしい。部屋数はとても多くて広いが、俺と環塵叔父の二人では余りある広さだ。
山の方を見上げれば、天下の名城「春日山城」が見える。あまり日本史に詳しくない俺でも、山の上に築かれた堅固な城だということは知っている。ちょっと見た感じですら強固な出入口らしき門に何重にもめぐらされた曲輪。物々しい警備の兵が彼方此方に見えて近寄りがたい感すらある。これを落とすには相当骨が折れるだろうな。
今は、越後守護代・長尾家の居城だそうだ。「上杉謙信が城主なのか?」と聞くと、「誰ですか?」と案内してくれた手代の一人が答えた。「上杉」というのは越後守護の氏で、城主は「長尾為景」という人物らしい。これは、謙信の父か祖父なのかな?
「それでは明後日にお迎えにあがります。明日は直江津の町をご覧になるなどしてお過ごしください。この屋敷はご自分のもののようにお使いくださって結構です」
手代の足助はそう言うと、丁寧に礼をして屋敷を出ていった。金塊の鑑定とその支払い、そして必要な人員…… 乱取りで集められた者たち…… を雇用するのが明後日になった。
村の窮地を考えれば、一日でも早く佐渡に戻って準備をせねば……
その日の夜、俺は環塵叔父と話をした。
「俺は、羽茂郡領主、本間高季に歯向かうぞ」
「おんしなら、まあ、やるやろなァ。ただ、領主を倒すっちゅーことになると、相当やっかいじゃぞ。まず、足りないモンが多すぎるわ」
「足りないもの?」
「そうや。まず、世の事を知らな過ぎや。あと、この地の特徴や広さも何も知らん。さらに人の手も足りなければ、よき人との出会いも足らなすぎや」
「金ならあるぞ」
「『金はある。』言ってみたいのう。まあ、実際あるんじゃがな。ただ、金は金じゃ。それだけじゃ食えもせねば雑兵一人にすら勝てんじゃろう。金を力に変えるなり、人を動かすなりすることは、一人ではできん。故に、世の事を知り、地の広さを感じ、人の輪を広げることじゃ」
「『世の事を知り、地の広さを感じ、人の輪を広げる』か。素晴らしい言葉だな。だが、俺達には時間がないぞ」
「おんしは若い。これからそれは、徐々に身に付ければええ。そうじゃ、明日はその言葉をお教えしてくだはった方にお会いするとするか。林泉寺にいらっしゃるからな」
「ぜひ会いたいな。何という方じゃ?」
「まあ、明日おいおいとな」
そういうと、環塵叔父は早々に寝てしまった。
蔵田五郎左との会談、まずはこちらが一歩リードといった所だろう。商人は敵ではないが味方でもない。利によって動く。こちらが金を持っているということは、相手にとってはかなりのお得意様として扱っていいはずだ。明後日はいいように転ぶことを信じたい。
だが、強欲な商人であれば、金塊に払う金惜しさに闇討ちをかけるかもしれん。もしくは、俺と叔父を手玉に取って金の在処を聞き出そうとするやもしれん。信用しすぎるのも危険だ。
…… しかし、リスクの全てに保険をかけることなど、今はできはしない。ある程度のことは思考から外すことも必要だ。考え過ぎてもキリがない。今は蔵田五郎佐という豪商の人物の大きさに期待するべきだ・・・
翌朝、無事に朝日を迎えることができた。環塵叔父は「ふあぁあ」と大きな欠伸をして、さも熟睡したように見えるが、実は夜討ちにいくつか備えをしていたみたいだ。何者なんだこの叔父は。
朝食をいただいた後、フリーの一日として俺は叔父と林泉寺に向かった。
ドンドンと春日山城の方へ歩みを進める叔父に驚いたが、実は林泉寺は春日山城すぐそばなのだそうだ。
曹洞宗のお寺で、越後守護代だった長尾能景が亡父の供養のために創建したらしい。んで、能景の子が今の当主の為景という訳だ。難しい名前ばっかりで頭がこんがらかりそうだ。
林泉寺前では門番に止められたが、環塵叔父が名を名乗り「天室光育様にご挨拶に参った」と告げた。門番は確認のために寺に入っていき、すぐに戻ってきて「どうぞ、御坊がお会いになられるそうです。」と通してくれた。顔見知りなのか。
寺の中では、60~70歳くらいの、身なりは華美ではないが背筋のしっかりした僧が待っていた。皺は数多あるが、その一本一本から厳しさ、鋭さ、信念が滲み出るような人物だ。口元には笑みがあるが、目からは研ぎ澄まされた真剣が飛び出してくるような強さが感じられた。慧眼というやつか。
ブルブルッ
俺は一目見ただけで身体が震えた。只者じゃないぞ!
「御坊、お久しゅうございます。環塵でございます」
「久しゅうのう、環塵。いまだに世俗にまみれておろう。修行が足らんようじゃのう」
「ははは、これはお見通しのようで」
叔父は後頭部をかきながら、照れくさそうに答えた。
「そして、この者は…… ?」
天室光育が俺に目を移す。正面から目と目が合う。ビクビクッと俺は震える。
「…… ほほ、不思議な目をしておるのう。小僧。この世の者ではないような目じゃ…… 環塵、お主の子か?」
「いえいえ、甥にございます。中々の切れ者でして、御坊に一つ、ご教授願いたく存じまして」
「ふん、よかろう。小僧、こっちゃこい」
どうやら、環塵叔父は宗派は違えど天室光育に修行をさせてもらったことがあるようだ。叔父の生臭ぶりは昔からだったか。まあ、そうだろう。それでも、あんな化け物みたいな爺様に目をかけられていたのであれば大したもんだな。
奥に案内されると、そこは何もない一室だった。板の間のみ。
「そなた、禅とは何と心得る?」
俺は前世ではそれほど信心深くはなかった。
母が真言宗の寺の娘だっただけで、知識としては般若心経を暗記しているとか曹洞宗は座禅を組んで厳しく質素な生活、ご飯中は話してはいけない、5分以内に食べ終わるとか聞いたことがあるくらいだ。
「…… 分かりませぬ」
正直に答えた。
「取り繕う所が無いのはよい。ただ、素直なだけが世を渡す術ではないと知れ。
……禅とは物事の真実の姿、あり方を見極めて、これに正しく対応していく心のはたらきを調えること。まずは座禅を組み、身体を安定させ、心を集中させることで身・息・心の調和をはかれ」
「はい」
俺は座禅を組み、ひたすら心を集中するようにした。
座禅を組み目を閉じると、色々なことが浮かんできた。
前世のこと。
転生のこと。
叔父のこと。
レンのこと。ブタに殺されかけたこと。金を見つけたときのこと。村のこと。村主になったこと。斎藤のクソ野郎のこと。商人との話のこと。明日の取引のこと。将来のこと。自分のこと……
悩んで解決するものはなく、さりとて悩まなくてはいけないこともあり、悩んだ果てに何かがあるのかすらも分からず、確たる保証もなく、歩みを進めるための障害の高さに心が折れそうになり……
ぐるぐると思考がまとまりそうでまとまらず、それでいて何かが解決したようでもあり……
……
「喝ッ!」
右肩に痺れを感じ、目を開いた。警策を頂いたようだ。
「長いこと取り組んでおられたな。年の頃にしては稀じゃ」
「はっ、ありがとうございます」
気が付けば、昼前だったのが夕暮れ時となっていた。座禅とか一度もやったことがなかったのだが、これは凄いな。頭の中がとてもクリアになった気がする。モヤモヤしていたものが晴れた感じもする。ちょくちょくやっていきたいな。
「また修行に来なされ」
「ありがとうございました!」
俺は正座したまま、深々と一礼をした。
(この出会いは「人の輪」の一部なのか)
と心の中で問う。すると、それを見透かしたように天室光育がニッと笑った。とても敵わないな。
よっこらしょっと、体を起こそうとした。が、足首が超絶に痺れていて立てない!
ゴロっとその場で転んでしまった。ドテッ
情けない姿を御坊に見せてしまった…… とその時、
バシッ!
何者かに側頭部を叩かれた。木の枝?
「ふふ、お主、戦場なら死んでいたぞ!」
見ると、俺より1~2歳上、キリリとした眉の美少年が腕を組んでこちらを見てニヤついていた。
誰だ? この子?
天室光育は、実在の僧侶です。
深く書くとネタバレが酷いのですが、厳しいけれどもとても思慮深い人物だったようです。
物語でも傑物として度々登場してくるかも。
越後屋の蔵田五郎左も実在の人物のようです。某ゲームでも商人として登場していたなぁ。
仏教に関して造詣はあまり深くないのですが、時代的にも触れる必要があると思い、学んでいる最中であります。一応、「空海様の生まれ変わり」的な二つ名がつく主人公なので、「南無大師遍照金剛」と唱える真言宗については少し力を入れなくては。
「南無釈迦無尼仏」が臨済宗、曹洞宗・・・「南無阿弥陀仏」と唱えるのが、浄土宗・浄土真宗などなど。焼き討ちで有名な比叡山延暦寺は天台宗。
当時は僧兵やら堕落した僧侶などが沢山いたようです。また、そのうちに一向一揆とは対峙することになります。今から構想を練っております。
ちなみに私は、葬式ではお経を唱え、厄除けには神社、ハロウィンで仮装して、クリスマスパーティーでご馳走を食べています(゜∀゜)
ご愛読、ブックマークと評価、ありがとうございます\( 'ω')/