第四十一話 ~灰~
<佐渡国 羽茂郡 羽茂城 評定の間>
俺は妙恵おばさんに手当を受けながら、皆の前で斎平村の処遇について評定を行っていた。
「主様・・・これは傷が残りますわ。もう二度と、ご無理は為されないでください」
「すまんな、妙恵おばさん。意地で石くらい跳ね返すつもりだったんじゃ。が、俺の石頭でも無理だったわ」
船から、ナーシャの持ち物だった鏡を貸してもらっている。なるほど、星型の傷が出来ているわ。
そうだな。この左額の傷を見るたびに思い出すとしよう。
俺はもう、前世の頃の弱さを完全に捨てるぞ!
戦国の覇者となる! 情けを捨てて、力を示す!
「では、評定を始める! 辻藤! 斎平村の者共の罪状を述べよ!」
「ははっ! 二度に渡る領主への不服従、決められた年貢の納入の拒否、徒党を組んでの暴動、領主一行への度重なる暴言・挑発、護国神仏と称しての偽りの加持祈祷、先代から続いた年貢の不当な減免、金品の受領、極めつけは領主への不敬・反逆・傷害にございます!」
「それと、他国からの援助を受けていた謀反の罪もあるわ~。『あの村へ越後からの船に間者が入ってる』と白狼から知らせが入ってるわ~」
紫鹿おばちゃんからの知らせだ。あの家から「後ろ盾になる」とか言われて踊らされていたということか。浅はかな連中だ。
「赤塚! いかなる処遇が適当か!?」
「はっ! 笞刑、杖刑、徒刑、流刑、どれも不適格。よって『死刑』が妥当で御座います! また、死刑の、斬刑(打ち首)、絞刑(しばり首)、磔刑、梟首刑(晒し首)では、もっとも重い梟首刑が妥当でございます!」
「村の者、赤子から女、老人まで、全てであるな?」
「ははっ!」
「環塵叔父! 留守を頼む! 則秋! 弥彦! 正義! 兵を三百準備させよ! 半刻後(一時間後)、謀反人共を誅しに参る!」
「お、恐れながら半刻は余りにも・・・」
「弥彦! 甘いぞ! 一大事において半刻で準備できぬ軍なぞ用を為さぬわ! 全てを投げ打ってでも準備せよ!」
「ぎょ、御意!!」
「仲馬おじ! 先触れを頼む! 通告を出したあとはすぐに戻り、俺の元へ戻ってこい!」
「わ、わかったちゃ!」
「収蔵! 内務を司る者を総動員し、斎平村の者共の所業と処遇の書付けを佐渡の全ての村と越後、信濃、甲斐、尾張、京へ知らせよ! 我が羽茂本間の処遇の正当性を確保せよ!」
「承知仕りました!」
「殿! かの異国の三名の者から牛と海藻、椿、草、貝殻、布、水鳥の羽、木材、小麦、大麦、壺、裁縫道具などの用意、また、火を使って灰を作りたいとの要望が! 」
「海太郎! 望む通りに全て用意せよ! 金はいくら使っても構わん!」
「ははっ!」
「出陣じゃ! 陣太鼓を鳴らせ!!」
「応!!!」
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<佐渡国 羽茂郡 斎平村>
村を取り囲む手筈は済んだ。北西部の道だけを開けて、あとは蟻も通さぬ態勢だ。
「戻ってきたぞ!」
前触れに向かった仲馬おじが、息を切らして戻ってきた。見れば兜や胴鎧が少し凹んでいる。最後通牒の使者に暴行を加えたな。許すつもりもないが、最期まで逆らったな?
「皆の者、聞けぃ!! これより!! 羽茂本間を愚弄し、横暴を極めた無法村、一揆勢の斎平村の殲滅に取り掛かる! 女・子どもまで全ての者を荒縄で縛り上げろ! 少しでも抵抗する者は殺して構わん! 行けっ!!」
ジャーン! ジャーン!
銅鑼を強く叩く! 全軍攻撃だ!
弥彦率いる漆黒の槍部隊が先陣を切り、村の門へ突撃していく。
「見掛け倒しじゃ!」と侮っていた村人達。しかし、迷いなく突っ込んでくる無表情の軍勢を見てようやく気付いたようだ。遅かったな。
「門を壊せ!」
弥彦の合図で大槌を持った剛力の兵が絢爛な門を一撃。音を立ててガラガラと崩れていく。見た目だけの脆い門だったな。
「喰らえ!」
と村人が石を投げてくる。だが陣笠や小手、胴鎧の完全装備部隊だ。投石如きでは致命傷にはそうそうなりえん。「進め!」の合図で、訓練通り駆け足で村人達に駆け寄る。
今回は野戦ではなく村のある戦場。長すぎる槍は不適なため、通常の槍を持っている。豪華な小袖をまとった村人。手には石をまだ持っている。「く、来るな!」と及び腰となり、最期の武器を投げ捨てるが、槍によって払いのけられ、そして・・・
グサッ!!
「ぐああああああああああああああああああああッ」
腸を突き刺され、苦悶の表情を浮かべる!
(なぜだ!? 我が村は神に護られ・・・)
グサ! グサグサグサッ!!
彼は自分の最後の問いに自答することができないまま、冷たくなっていった。
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「こ、小僧が! やりおった!?」
村長の岩兵衛と、その娘、胡桃は驚愕した。「絶対に大丈夫」「小僧は自領の村人を殺せない」と宝然は言っていたのに!
「何てことなの! せっかく羽茂のボンクラ息子を騙して逃げこめたのに!」
胡桃は斎藤の忠実な僕の女だった。先代の羽茂郡領主、羽茂高季の息子、羽茂高信に取り入り、悪逆を尽くしてきた。羽茂城に敵が侵入して小木に逃げる際、「追手を食い止める! 貴方だけでも逃げて!」と嘘をつき、自分の生まれたこの村へ戻ってきていた。
折角、長尾家との密約が結べたというのに!
「し、神兵じゃ! 八百万の神の御加護を纏った神兵を出せ!!」
岩兵衛は叫んだ! 神の御加護がついた膂力無双の神兵達。「一人で五十人分の働きをする」と皆から言われてきた。羽茂の小僧は二百ほどの兵はいると聞いているが、こちらの神兵は十五名いる。単純に七百五十の兵じゃ! こちらの方が有利じゃ!
「ゆけ! 羽茂の小僧の首を取って参れ!」
「応っ! タケミカヅチの力を身に纏った我らに敵は無し!」
ドドドドッ
神兵と呼ばれる金ピカ鎧達。捧正義達の弓隊の強襲を受けた。
口を大きく開けたまま、銅剣を掲げたまま、バタバタと倒れていった。
残った神兵は・・・いない。五十どころか一人の敵も倒すことができなかった。
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「くそっ! 逃げるぞ!」
「逃げるって、どこへ!?」
『民に甘い』と言われている新領主の小僧が殺しにくるとは!
完全に見込み違いじゃ!
「あ! 山へぬけるみちが、あいてるっちゃ!」
息子の善吉が道を、敵のいない道を見つけた! でかしたぞ! あの糞小僧に手傷を負わすこともできたし、さすが儂の自慢の息子じゃ!
「善吉が抜け道を見つけたぞ! 皆の者! こっちじゃ!」
北西に抜ける道へ皆を誘導する。この後に及んでは河原田か雑太へ逃げ込んで・・・
ザザッ!
!?
上から何かが降ってきた? 何だ? 網!?
「網に掛かった者を叩けぃ! 黙らせろ!」
六尺はあろうかという、見たこともない巨漢が叫んだ。いかん! 逃げ・・・
・・・逃げようにも網がかかって逃げれん! 槍の柄の部分で情け容赦なく殴りつけてくる!
「やめろ! やめろ!」
「黙れぃ! そなたらの罪は明白! 晒し首となり、三途の川を渡ってからほざけぃ!」
堅い槍の柄でこめかみや背中を猛然と殴られ、男は自慢の息子と他の者と一緒に、目の前が暗くなっていった・・・
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「ここまでくれば・・・」
岩兵衛と胡桃は、山中にある社まで登ってきた。ここなら神の御加護のある場所じゃ。小僧とて神仏の祟りは怖かろう。ここなら安全じゃ。
「この場にて留まり、闇夜に乗じて逃げるぞ。糞ッ、儂の計画が台無しじゃ!」
傀儡領主の父となり、羽茂郡の影の支配者となるはずが! それが頓挫した後は、越後からの兵を呼び寄せ、内側から羽茂郡を攻めて所領を増やすはずが!
・・・・
なんじゃ?
羽茂の兵共が登ってくる・・・? やめろ・・・!? 神の社であるぞ・・・
何十人も登ってきおる・・・
逃げる場所はない・・・ かくなる上は社に祭られた宝刀「朱鷺丸」で無法者を屠ってくれん!
「神仏を恐れぬ愚か者共よ! この『朱鷺丸』の力、見せてみ・・・・」
グサッ、グサグサッ
口上も述べることなく、妖民・岩兵衛はこと切れた。
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「終わったようだな」
偽物の神を祀っていた社が燃え上がっている。灰になれ。それが唯一の使い道だ。
「殿! 胡桃と怪僧を捕まえて御座います!」
「うむ」
荒縄に縛られた二名。胡桃という斎藤の女と、異国の三名を殺そうとした奇怪な僧か。
「ア、アタシは魅力的じゃないかい? 坊やだって気持ちよくさせれるよ! 生かしておいて損はないよ? だからこの縄を解いておくれ?」
「ダメだな。お前のような魂の腐った女は趣味じゃない。死んで高信の菩提を祀れ。やれ!」
ザシュッ!!
首が一つ。
「せ、拙僧は長尾家と繋がりがあるぞ! 拙僧を殺せば長尾家が唯ではおかんぞ?!」
「長尾家には、佐渡のことについて『手出しせぬ』という約をつけておる。約を違えているなら謝るのはあちらの方だ。やれっ!!」
ザシュッ!!
・・・首が二つ。
首から血がまだ飛び出る荒法師の懐に手を伸ばす。上質な紙に達者な筆でしたためられた書があった。密書だ。
「羽茂郡を混乱せしめ、隙を作れ。斎平村の岩兵衛を支援し煽動し、羽茂本間照詮を苦しめろ・・・
直江大和守実綱」
か。なるほどなるほど。
「捕らえた謀反人共を河原へ連れて行き、全て首を刎ねい! 命乞いなど聞く必要はない! 二度とこのような者が生まれぬよう、晒し首にせよ!」
「はっ!」
落とし前はつけさせてもらうぞ。斎平の者共、そして直江実綱・・・
山頂の社が炎を巻き上げ、灰と化していった。
前世の優しさとの決別。戦国の世を血生臭く生きていくことを改めて決意しました。
覇道を突き進み始めます。