第四話 ~新たな歩みへ~
ブタの葬式の前日、俺は環塵叔父の家に呼ばれていた。
「どうも本家の連中、照詮、お前を殺すつもりだっちゃよ」
無精ひげをなぞりながら、のんびりと恐ろしいことを言うおじさんだ。周囲にいた千手村~この村の名前~の大人たちも頷く。
「オメェがやった訳じゃねえと思うが、あいつら、お前のせいに何もかもしたいらしいっちゃ。自分たちがしてきた横暴は知らんぷりじゃ。分家の奴らだけねちっこく何度も何度も潰してきおってからに」
「オメぇにできることは、もう逃げることしかねえ。小木の港に越後屋の船が来てるみでぇだから、何とかそこに逃げ込めぇ」
レンの父親、仲馬が言った。俺のことを心配してくれる数少ない味方だ。
「嫌じゃ!」
俺は叫んだ。
「俺には力がある! 本家の連中を潰す力が!」
そうだ! あんなブタと、俺を殺そうとするクソ野郎共に負けてたまるか!!
「だけんども、オメエ。力も金もねえべよ。おっ父、おっ母も本家の連中に騙されて、イジメられて死んじまって。どうにもこうにもならねえべよ?」
聞けば、俺、本間照詮の両親は、本家の連中に殺されたらしい。ブタが大事にしていた壺を割ったと因縁をつけられたとか、耳の聞こえない娘から「オラに酷いことした!」と濡れ衣を着せられたとかで、朝も夜もなく働かされて、疲れて悲哀のうちに亡くなったらしい。
多かれ少なかれ、分家の者達は本家の一族に蔑ろにされてきたようだ。母の弟、環塵叔父は村唯一の僧なのだが、狡い手で上前をはねられ、貧乏で炭すら買えない。
「金ならあるぞ!」
叫んだ。心の奥底から叫んだ!!
「金なら、山ほどあるぞ!」
俺は、袖から黄金色に輝く塊を出した。金塊だ。大人の握り拳くらいはある。「不入の谷」から拾ってきた金の一部だ。環塵叔父、仲馬おじ、他の大人たちも目を皿のように見開いた。
「お、オメェ、これをどこから・・・?」
「不入の谷だ。ブタを殺した後、見つけたんだ。まだまだ山ほどあるぞ!」
「!? 不入の谷って・・・、そして殺したって!? どういうこっちゃ・・・!?」
「詳しくは後からだ。金はあるぞ、おじじ共。本家の連中を見返したくないか!? やられた分、倍返ししたくないか!?」
狐につままれたような顔をする大人たちを後目に、俺は計画を立てた。金塊は足の速い仲馬おじに小木まで運んでもらい、越後屋から鉄製の短刀や鎌と交換してもらってくる。分家連中にそれを隠し持たせて、葬式の時に本家連中を潰す作戦だ。握り拳ほどの金なら、補って余りあるほどだ。
「照詮、オメエさん、悟りでも開いたか? 空海様でも宿ったんか?」
環塵伯父は、不思議そうに俺を眺める。そして、
「やっちゃろうかいな。本家連中は、やりすぎた。オラたちも我慢の限界だっちゃ」
そういうと、他の大人達も同調した。娘を無理矢理、手籠めにされて捨てられた者、病気で働けない爺を山へ捨てられた者、やっと建てた家に因縁をつけられ、焼かれた者…… 多くの者が本家の横暴に憤っていた。だが、「本家だから」の一言で何もできなかった。深く考えてこなかった。虐げられて当然だと思っていた……
作戦は、すぐに実行された。村一番の健脚の仲馬おじが小木まで走った。
越後屋に金塊を見せると、商家の者は腰を抜かさんばかりに驚いた。魚か貝か、せいぜい筍などと生活雑貨を交換するために来ていたのだが、まさかの金塊だ。手持ちの鎌や短刀全てと交換しても余りある。これ一つで馬十頭以上にはなる。喜んで交換した。
その先は、分家の一人ひとりに鉄製の短刀を渡しながら本家を倒す計画を伝えた。皆は驚いたが、誰一人として反対する者はいなかった。それだけ、本家への憎しみは深かったのだ。
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本家を倒して一夜明けたあくる日、俺は本家連中が住んでいた大きな屋敷に移り住むことにした。
見れば、米俵や色のついた着物、屏風や掛け軸、酒甕まである。分家を働かせておいて、自分たちは楽々と贅沢をしていたのだ。あいつらの手は、まるで赤子のような手をしていた。野良仕事など一切したことがなかったのだ。
「照詮、これからどうするっちゃ?」
環塵叔父が相変わらずのんびりと尋ねてくる。本家を駆逐したのだ。大きな動きがあって然るべきだ。
「力を蓄える」
俺は言った。金はある。しかし、金は食えない。黄金の塊だけあっても、それを力に代えなくては意味がないのだ。
「ほほう、どうやって?」
無精ひげを撫でながら面白そうに尋ねる叔父。俺はこの叔父が気に入った。
「金に物を言わせる。それだけじゃない。軍備を整え、特産品産出とインフラ整備をする」
叔父は目をパチクリさせる。
「ほっほ。物言わぬ金が、物を言うか。それにいんふら? なんじゃろう? 誠に楽しみじゃわい」
新たな歩みが始まる。金を使うのは楽だが、使う時期と量を間違えれば逆効果になる。
この世界のことを知りながら、力を蓄えていかなくては。
…… しかし、醜い「暗雲」が俺の傍に近づいてきていることに、その時の俺はまだ、気づいてはいなかったのだった……
戦国初期(1530年頃)を想定して物語を進行しています。
佐渡ヶ島は今では金山で有名ですが、歴史書などからは「3人の山師によって1601年に発見された」と記されています。ですから、まだ誰も佐渡ヶ島に金があることに気が付いていません。
佐渡ヶ島から産出された金は、江戸から平成まで388年で何と78トン。銀は2,330トン。世界有数の鉱山を有していたのです。
その力を用いて、戦国を駆け抜けていけば・・・という物語を描いております。
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