第三十三話 ~西三川城 紅の川~
<佐渡国 羽茂郡 西三川の町 北の海岸>
河原田本間氏の当主河原田貞兼の命を受けた神田高照は、八十ほどの兵を率いて西三川の北の海岸へ上陸した。狙うは西三川の河口から半里ほど遡った所にある西三川城だ。
九日前、羽茂本間氏にお家騒動が起きた。詳しくは分からぬが、当主の羽茂高季は出家、嫡男の羽茂高信は行方知れず。そして新たな当主となったのは、照詮とか言う六つか七つの童らしい。経緯はどうあれ、羽茂本間といがみ合う我が河原田にとっては、攻めこむ隙ができたということだ。
船にて真野湾を南下して西三川へ渡り、一気に西三川城を落とす。
ここを落とせば、羽茂の町は目と鼻の先。さらに赤泊から真野へ向かう道をつなぐ交通の要所を抑えることができる。西三川から産出する砂金も手にすることができよう。
南から北上してくる波の影響で佐渡は越後よりも温暖。雪も少ない。山より北は空っ風のために凍えるように冷たいがな。・・・とは言え、季節は冬。寒空の下でこれほどの兵を動かすことは稀ではある。しかし! 今は絶好の好機! 混雑の最中の火事場泥棒と言えばそれまでだが、この戦乱の世の中、隙を見せた者が負けじゃ!!
お、見えてきおったぞ。あれが西三川城じゃな・・・
<佐渡国 羽茂郡 西三川城>
斥候の虎次郎が戻ってきた。何と、西三川城の城門は不用心にも開き、すぐになだれ込める様子だとのこと! ふふ、緩み切っておるな。千載一遇の機会じゃ。神も仏も我が軍の味方じゃわい!
城内には十から二十ほどの兵がいるやもしれぬ。だが、こちらは八十。城に入り込むことさえできれば、数で押し切ることができよう。
「全軍突撃・・・!」
と神田高照が叫ぼうとした時、思いがけず一人の男がそれを遮った。
「高照様。お待ちください。罠の可能性があります」
「赤塚直宗・・・ お主、臆病風に吹かれたか!?」
前々から気に入らぬ者だと思っておった。出雲の神主の生まれで貞兼様のお気に入りだか何か知らぬが、この機に及んでまだ盾突くか!
「『兵は神速を貴ぶ』と、明の兵法にもある。お主、それを知らぬのか?! 神主の生まれでは致し方ないのう!」
ハハハと歯を見せて笑う。さすが軍事を任されておる儂じゃな。
「『兵は拙速なるを聞くも、未だ巧久なるを賭ざる成り』。孫子は『遠征しての戦争は、長引かせると兵站も保たず、国が立ち行かなくなる』と忠告を致しております。『やり方が上手なのに戦を長引かせたという例は見たことがない』と言ってはおりますが、『雑でもいいからとにかく動け』とは伝えておりませぬ」
「何を小難しいことを・・・しかも、我らの『神速』を『雑』とな!? お主、大将である儂を愚弄するつもりか!?」
それを聞いた直宗は、ハッと気づくと俯いて言葉を続けた。
「・・・差し出がましいことを申してしまい、申し訳ありませぬ。某は『あまりにも出来すぎている』と思ったまでのこと。お許しくだされ。・・・ですが周囲の見張りは肝要。私と私の部下五名は、この場で様子を窺わせてはいただけないでしょうか? 異変があればすぐにお知らせいたします故」
「ふふん! こ奴め、やはり臆病風に吹かれおったわ! 初陣で玉の袋が縮こまったようじゃわい! ガハハハッ!! ・・・いいだろう。儂らが武勲を上げてくるのを、指をくわえて見守っておるがよいわ。 ・・・行くぞ! 我が猛勇なる河原田の兵達よ!!」
「応っ!!」
敵を前にして臆病者なぞに用は無いわ。門が開いていれば、突き進むのみ!
城の中に入りさえすれば、勝負ありじゃ!
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赤塚直宗は、もう一度西三川城の方を見上げた。
おかしい。静かすぎる。
それに、もうすぐ夕飯時と言うのに、城から煙一本も上がっておらぬ。城に誰もおらぬ訳はない。
まるで、意図的に息を潜めて待ち構えているが如く・・・
「続けー!」
「ワーッ! いけー!」
神田高照様が先頭を切り、城へと雪崩れ込んで行った。儂の杞憂であればよいのだが・・・
!?
どこからか来たのか。外側から門を閉めている兵がいる!?
あれでは一度城内に入り込めば、二度と出られぬ!
いかん! 完全に罠じゃ! お助けせねば!!
「行くぞ」
と言いかけて、それが最早手遅れであることを知った。
「グアアアアアッ!」
「ギャアアアアアアッ!」
城の内部から、我が河原田の兵達の断末魔が聞こえる。今から行っても間に合うまい。
この後に及んでは、儂らだけでも戻り、殿へお伝えせねば・・・
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<西三川城 城内>
「放て! ティイッ!」
合図と共に、雨のような石と矢が侵入者へ降り注ぐ。一方的な虐殺だ。
西三川城は、それほど大きな城ではない。門から入れば本丸までは一方通行だが、道は曲がりくねり、狭い場所が多く、通れる人数が限られるよう改造してある。所々に広い場所はあるが、そこも狙い場所だ。
『虚誘掩殺の計』だ。敵をわざと城に誘い込み、退路を断ってから袋に入ったネズミのように叩く。一度河原田の敵が止まりかけて「見破られたか」と思ったが、攻め込んできてくれて助かったぞ。
戦果は上々。二の門、三の門は岩や厚板などで通常よりも堅く閉ざしている。あとは高所から三の丸で立ち往生する敵に射かけるだけ。バタバタと一人、また一人と倒れていく。
「卑怯だぞ!」
「出てこいー! グアアアッ」
身動きが取れず、雑言を言うしかない河原田の兵達。卑怯もヘチマもあるものか。
大将と思しき奴がいるな。あ、投石が当たったな。さらに矢が刺さった。死んだな。
河原田から兵が出ていること、西三川の北浜に船が停泊すること、攻め込む大将の神田何某は武闘派で猪突猛進型の将であること。黒蜘蛛の手の者によって全て分かりきっていた。
城に入ってこなかった敵がいたな。あいつは使えそうだ。
今頃は、真野湾で待ち構えていた柏崎水軍の新人達が捕らえていることだろう。
まずは機先を取った。八十もの兵を失えば、そうそう次の矢を射ることはできまい。
しばらくは内政に力を注げるか。
たくさんの兵が城内で骸になったな。首だけは斬って河原田に渡すか。胴体は川で洗って、丁重に森へ葬ることにしよう。
薄暮が近づく冬の西三川。砂金の取れる川が、河原田の兵の血で紅に染まった。
だが、いくつかの黄金の粒はそれすらも消し去り、禍々しいほどに輝いていた・・・
西三川城 略図
詳しい資料が見つからなかったため、「佐渡の古城址」(余湖くんのホームページ様)の他の城を元に創作。本丸が一番高くて、二の丸⇒三の丸の順で低くなっていくと思ってください。
三の丸の館を壊し、隠れる場所を無くす。城内の赤◇の高台から、青〇の河原田兵に向かって弓矢と投石で攻撃。
城外の伏兵オレンジ◇は、赤◇からの死角にいる河原田兵に向けて真横から攻撃。向かって左側の兵が扉を閉める。
戦国時代の死因。
1位 弓矢(41%) 2位 鉄砲(19%) 3位 槍(18%) 4位 石(10%) 5位 刀(4%)
(戦国武将総選挙より)
投石は戦国時代において、刀よりも多く人を殺した武器と言われています。
特に、城防御では位置エネルギーと質量エネルギーが十二分に生かされ、恐るべき兵器と化したことでしょう。
虚誘掩殺の計がはまりました。気分は賈詡。河原田本間は主力が全滅。しばらく動けません。
赤塚直宗は実在武将。なんか、銀○伝のオーペル○ュタインみたいな人になっちゃった。大将を助けにいこうとするあたり、そこまで悪い人ではないと思います!
この時期の西三川が真野郡なのか雑太郡なのか羽茂郡なのか自信ありません。とりあえず真野郡としましたが、詳しい方いたら御一報ください(*_*)
※自分で見つけました(*´Д`*)羽茂郡でした。昔は雑太(中央と北西側)、羽茂郡(南側)、加茂郡(北東と南東側)に分かれていたそうです。
佐渡市歴史文化基本構想(佐渡市教育委員会)より




