第三十一話 ~裁き~
<佐渡国 羽茂郡 羽茂城 城内>
則秋が刺された!?
俺は馬から下り、急いで城内を駆けた。別動隊の大将、椎名則秋は俺が最も頼りにしている大事な武将だ。そんなに大きな抵抗があったとは思えん。奇襲か伏兵でもいたのか!?
弥太郎と環塵叔父が付き添って走る。則秋、どうか無事でいてくれ!
本丸までたどり着いた。手の者が出迎えるが、無視するように俺は屋敷の中へ走る。
奥の間……ここか?!
「則秋!!」
そこは羽茂城の心臓部、大評定の間であろうか。広い板敷きの間に、椎名則秋は十数名の兵に囲まれて目をつぶっていた。供の者が俺に気づき、顔を向ける。
「則秋! 則秋!!」
俺は必死になって走る。則秋……そんな、まさか……
俺の両眼から、涙が止めどなく流れ落ちる。
俺が傍に寄っても、則秋は目を開けない。
脇腹を見れば、白かったであろう覆っていた布が、出血により真っ赤に染まっている!
「……則秋……そんな……?」
俺の両膝が音を立てて板床にぶつかった。
なんてことだ。俺が別動隊を任せたばかりに!
頼りの武将。六尺の巨漢が、まさかこんなところで……やってもらわねば、教えてもらわねばならぬことが、まだ山のようにあるのに……
「則秋、則秋ぃ・・・」
胸が痛い。涙が止まらない。赤子のように泣きじゃくる俺……
「……主殿。主殿が取り乱してはなりませぬぞ。」
どこからか声がする。どこだ?
「戦での死に傷はつきもの。一兵卒の生き死にで狼狽えては、全軍の士気に関わります。皆が心配いたしますぞ」
「……則秋!?」
則秋はゆっくりと目を開けていた。
「……生きて、いたのか?」
「不覚を取り申した。ですが、そこまで深手では御座らん。傷が痛むためしばしここで休んでおりました。しばらくは動けぬでしょうが、鍛え抜かれたこの体。大事にはなり申さぬ」
則秋は無事だった! よかった……
……取り乱しすぎたか。急に恥ずかしくなった。
「ふ、ふん! お主の命は儂が与っておるのじゃ。そう易々と死んでもらっては困るぞ!」
「はは、主様。涙を拭きなされ。みっとものう御座いますぞ」
則秋に言われて気づいた。頬やら鼻やら、びしょぬれじゃないか。
ハハハと笑いが起こった。俺は情けなく顔を拭う。
「領主本間高季、家老白井以下、主だった者は捕らえてあり申す。この先はお任せ致しましたぞ」
「ああ。城の制圧、大義であった。じっくり休養してくれ。あとはやっておく」
それを聞くと、則秋はニッと笑った。命に別状がなくてよかった。しばらく安静だな。
紫鹿おばちゃんたちに世話を頼もう。
……いかんな。確かに指揮官が取り乱しては、軍が全滅しかねない。
どんなに巨大な軍であっても、頭が腐っていれば何の意味もない。冷静になれ。落ち着け。全体を把握しろ……
目をつぶり、息を七つ数えて吸い、五つの間止め、十数えながら吐き出す。
二回もやればだいぶ落ち着いた。よし。
戦後処理のスタートだ。
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<佐渡国 羽茂城 殿屋敷の間>
(……久しぶりの明るさに目がチカチカとする)
新発田収蔵は、地下牢からその身を開放された。
小木宿根木生まれで本好き。学問を修めて才を認められ、羽茂本間氏で働いていた。
(財務や政務などを担当し、勤勉に働いていたが、どうにも数字が合わない。
「お主の計算違いじゃろう」と言われ、躍起になって反論した結果が、この地下牢だ。どうやら悪臣の白井や斎藤の不興を買ったのだろう。不正を指摘した結果が地下牢ではな)
同じように捕らえられていた、長谷川海太郎や辻藤左衛門信俊も牢屋から出されていた。海太郎は医師で物書きだが、白井にした診療の仕方が悪いとかで入牢。左衛門信俊は町奉行であったが、斎藤が使った賄賂を受け取らずに罪を犯した者を断罪したために入牢。何とも非道な羽茂本間のやりようだった。
(そんな我らを、見知らぬ侍が地下牢から連れ出した。
連れてこられた先は処刑場かと思えば、殿屋敷の間だった。最奥に座っているのは……童? 六つくらいの童ではないか!?)
羽茂高季をはじめ、家老の白井監物、侍大将斎藤堯保などの重臣は、荒縄で縛られている。それぞれに兵がぴたりと傍に付き、とても逃げられる様子ではない。特に斎藤には四人も周りに荒武者がついている。何か口を出そうとした瞬間に殴られていた。
(いい気味じゃ)
新発田収蔵は心が透く思いがした。
そこへ童子が言葉を発し始めた。
「俺は、千手村の本間照詮じゃ。これより、羽茂本間の者共に、沙汰を言い渡す」
(越後布の最高品か? この世の物とは思えない着物を着ている。僧侶と蟾蜍のような男が傍にいて、旗を持っている者がいる……)
「!? 何と!?」
(『九曜巴』に『桐紋』?! この者、長尾家と足利将軍家に認められておるのか!? そして最上にある紋は日輪! 将軍の上となれば、天皇家しかないではないか!?)
「白井監物。お主、羽茂の家老職にありながら私腹を肥やし、民の暮らしを顧みなかった。断じて許せぬ。死罪を申しつける!」
「お、お待ちください! 何かの間違……グハッ!」
(容赦なく殴られる白井。そうだ。こいつは羽茂郡の町や村を貧窮させた犯人だ。「影の殿」と呼ばれ、悪政を強いた張本人だ。死罪は当然だろう)
「斎藤!! キサマはただでは殺さんぞ…… 屋敷にいた女共は解放した。既に我が軍の色男を見つけ、いい仲になっておったわ。お主の大事な鯉は全て殺し、今日の晩餐に無駄なく使う。お主にも一口分けてやろう。あと、お主なぞを庇護した駄目神の社は、金槌で粉々になるまで砕いて燃やし、塩を撒いておいたわ」
「こ・・・ゴハッ! グヘッ! ヤメッ、グアッ! ウェッ!」
(怒りで血管が切れそうになっている斎藤。しかし、一言でも話そうとすれば、周囲の武者がドツキ回す。それを見て涼し気な顔を見せる童……!)
「二度とお主のような奸臣が現れぬよう、町中を引き回した上、金玉をすり潰し、指を一本ずつ切り刻んでやろう。食べ物は、お前の体以外のモノは与えん。お前のせいで飢えて死んだ者、お前に拷問され死んでいった者の辛さを、その身に十分味わい、苦しみながら死ね!」
「ウゴオオオオ、ガア! ゲヘッ! ブヘッ! ゆるし・・・ガハッ!」
(この者、なんという名君なのじゃ!?)
その後も他の私利私欲に塗れた重臣達にも死罪が言い渡され、斎藤・白井共々連れていかれた。
(これは、羽茂郡の風通しがよくなるのう…… 童が大殿の方を向いたぞ?)
「羽茂本間対馬守高季。これまで南佐渡を治めたこと、大義であった。しかし、白井や斎藤のような悪臣を廃せず、領地の町や村を混迷に陥れたこと、病の身であったとしても許しがたい。……何か言いたいことはあるか?」
「……我が嫡男、羽茂三河守高信はいかがした?」
「椎名則秋が副将、宗勝!」
(童が名を呼んだ。当事者に答えさせるのじゃな)
「はっ。入城した際、羽茂高信の姿は見えず。奥方屋敷にいた側室を問いただした所、『一早く気づき、お気に入りの胡桃姫だけを連れて小木の港へ向かった』とのこと! この場には居りませぬ!」
「……」
あまりにも場が白けた。
当主代行が防衛指示も出さず、立ち向かいもせず、正室ではなく側室一人だけを連れて、一早く城を捨てて逃げ出すとは……
これにはかつての名君、羽茂高季も俯く外なかった。
「小木の港には、柏崎水軍が向かっておる。船を手配した小木の田屋、藤井八兵衛も斎藤の手下の小役人共も捕まっておろう。逃げ延びることは不可能じゃ」
(既に、手は回してあったのか…… それに、柏崎水軍? 聞き間違いでは無かろうな!? あの佐渡海峡を荒らし回る海賊共をも手なずけておるのか?
……何という傑物じゃ。天か魔か?!)
「是非も無し。我らが敗れるのは必然じゃった…… まさか南佐渡の山奥にこのような小天狗がおって、我らを咎めにくるとは。報いというものはやってくるものじゃな」
(大殿は既に羽茂本間の命運が尽きていることを受け入れているようだ。昔は名君じゃったと聞いておるが、死を前にしてそれを取り戻したのか。惜しむらくは、我が子可愛さ故に、政を見誤ったことか……)
「…… お主に一つだけ心からの頼みがある」
「聞こう」
「…… お主がこのまま南佐渡の領主となったとすると、領民は大混乱するであろう。雑太や河原田に隙を見せることになる。お主らもそれは避けたいはず」
羽茂高季は、毅然と言葉を続けた。
「…… そこで、形だけでも我が羽茂本間の猶子となり、穏便に領主を譲られたことにして頂けないだろうか?」
(…… 大殿の願いは、羽茂本間の名を残したいという私利私欲ではない。領主として領民のことを思う最期の願いだろう……)
「頼む…… どうか……」
童は考え込んでいる様子であった。
そして、隣の無精ひげの僧の方を見て確認し、決意したようだ。
「…… 相分かった。猶子の件、引き受けた。領地・領民は俺がよりよく治める。羽茂高季。その方、出家し、命尽きるまで静養せよ」
「…… 承知した」
(高季様は、仏門に入り、療養することとなった。爺婆には未だに高季様を慕う者が多い。これからの統治を考えれば良策か……)
「新発田収蔵! 長谷川海太郎! 辻藤左衛門信俊!」
!?
「ははっ!」
(急に名を呼ばれた! 何故儂らの名を知っておる!?)
「俺は本間照詮、いや。今日から『羽茂本間照詮』と名乗る者だ。その方ら三名共に濡れ衣の罪により投獄されたこと、義の者であること、全て明白。よって罪の全てを許す。どこへ行くのも構わぬ!」
「おお!?」
「無罪放免か!?」
「しかも、身の潔白が証明された!!」
更に羽茂本間照詮は晴れやかな表情で笑い、三名へ語りかけた。
「ところで…… 我が新たなる羽茂本間には、優秀な人材が必要じゃ。特に、財務に明るい者、医療や文字に明るい者、公明正大な官吏のなり手を求めておる。心当たりはないか?」
(……断る理由があろうはずがない。何から何までお見通しじゃ)
「このまま身を腐らせていくものと思っておりましたが……」
「まだ、生きる意味があるようじゃな」
「宜しくお願いいたし申す」
後の世に伝わる三名の能臣達は深々と頭を下げた。
新発田収蔵は思った。
(この童に、新たな命を与えてもらうとしよう。
……いや、童ではないか)
顔を上げた新発田収蔵は、目の前に鎮座する才気溢れる主君の名を思わず呟かずにはいられなかった。
「……新たな羽茂本間家の当主様じゃ。羽茂本間対馬守照詮様じゃ……」
斎藤、バイバイ\( 'ω')/!
金玉を潰される痛さは、出産の百六十倍! または、3200本の骨が同時に折れる程の痛みだという情報もあります。怖いですね。痛いですね。
則秋は、生きてました。しばらくは安静です。
一歩間違えれば、すぐにあの世行き。戦国の世は厳しいです。ザオリクもカドルトもありません。
内政に明るい人材が必要だったため、登場してもらいました。
実は、3人とも南佐渡出身の実在の人物です。時代は違いますけどね。
新発田収蔵は、蘭学者。
ペリー来航前の嘉永五年(1852年)に、マテオ・リッチ系統の世界図・卵型地図を作製刊行した地理学者兼医師です。
長谷川海太郎は、明治33年(1900年)赤泊生まれ。
医師・作家・教師で、時代小説「丹下左膳」の作者「林不亡」です。
3つのペンネームを使い、数々の名作を生み出しますが、わずか35歳で亡くなっています。
辻藤左衛門信俊は、江戸時代の慶安五年(1652年)に、小木町小比叡で乱を起こした元役人です。
清廉潔白で賄賂を受け取らない町奉行だったが、人付き合いが悪くてネタミに遭い左遷。それを江戸に報告ようとしたが、手紙を持った人が波にさらわれ死亡。手紙が佐渡奉行に渡ってしまい対立。結果、小比叡にある蓮華峰寺で子どもと住職共々殺されてしまう悲しい人物です。
(「かくれた佐渡の史跡」(新潟日報事業社)より)
佐渡を舞台にしている物語ですので、まったくの仮想人物より感情移入しやすいと思い名前を使わせていただきました。優秀な能吏として活躍していただきます!